王都観光
ギルドを出たルーナたちは、その足で王都の市場へ向かった。
『王都のお魚、たのしみだな~!』
「もう、アルスったら……食いしん坊は相変わらずね」
隣を泳ぐアルスに苦笑しながらも、ルーナの口元は自然とほころぶ。
通りを抜けた先に広がったのは――色彩と香りが渦を巻く、王都最大の市場だった。
白い石畳の上を、人と馬車が絶え間なく行き交い、
軒先には赤や青の天幕が風に揺れている。
焼き魚の煙、香草の匂い、蜜パンの甘い香り――それらが混ざり合い、旅人たちの鼻をくすぐった。
「これが王都の市場……!」
「今までの町とはまるで違いますね!」
「ひゃー、目がチカチカする~!」
人波に押され、ルーナたちは思わず手を取り合う。
「皆さま、はぐれませんように」
「そうね、ナミ。――みんな、手を繋ぎましょう」
「はいっ!」
「私もさんせーい!」
四人が繋いだ手の輪の外で、アルスだけが膨れっ面になる。
『むぅ、ぼくだけ仲間はずれみたい』
「そんなことないわ。手はなくても、心の手で繋がってるもの」
『……心の手! うん、それならいいや!』
そんな微笑ましいやり取りをしながら、ルーナたちは市場を歩いた。
屋台の並ぶ通りでは、蜂蜜を塗ったパンが黄金色に焼け、通りの端では北方羊の毛織り職人が織機を操っている。
どの声も力強く、街全体が生きているようだった。
「おじさーん! 串肉四本くださーい!」
「あいよっ!」
ニッケが買った串肉を皆で分ける。
肉の香ばしい匂いと脂の旨味に、ルーナの頬も緩んだ。
「美味しい!」
「おそらく柔肌羊の肉ですね。この地方の名産です」
「そんな羊がいるのね……」
『ルーナ~、お魚はぁ?』
待ちきれない様子のアルスに、ルーナは苦笑する。
「はいはい、今行くわよ」
案内された魚屋には、氷詰めの魚がずらりと並んでいた。
銀色に輝く鱗が、王都の陽光を反射してきらめく。
「いらっしゃい! ――お嬢ちゃん、連れてるのは……噂のシャチってやつかい!?」
「ええ、アルスっていうの。よろしくね」
「キュイ~!(お魚ちょうだい!)」
魚屋の主人は大笑いした。
「はっはっは! よしよし、お前さん、いい目してる! ――ほら、このトロ鰻なんかどうだ?」
『んー、いらないー』
「鰻は苦手みたいね」
「じゃあ……湖鱒だ! ヨル湖直送、今朝揚げだぞ!」
『それがいい!』
アルスの目が輝く。
「それ、百匹ください!」
「へっ……百!? 嬢ちゃん、そりゃ店ごと買う気かい!?」
「この子、大食いなのよ……」
「お、おう……じゃああるだけ詰めてやる!」
笑いと驚きの中、湖鱒を大量に買い込み、ルーナたちは市場を後にした。
少し歩くと、宿屋が並ぶ通りに出る。
木組みの二階建ての宿がずらりと並び、通りを行く人々の笑い声と、どこかで奏でられるリュートの音が混ざっていた。
「宿屋が多すぎて、どこにするか迷っちゃうわね」
「ほどほどに安いところを探しましょう。安全面も考えて」
「そうね、ナミ」
そうして見つけたのは、明るいヒマワリの看板が印象的な宿――「宿屋サンフラワー」。
「フローラにあった宿屋と同じ名前!」
「うん、あれの本店なんだって~」
「それなら安心ね。ここにしましょう」
ルーナが湖鱒を三匹ほど渡すと、アルスは嬉しそうに頬をすり寄せた。
『ありがと! ぼく、ここで待ってるね!』
宿屋の中はオレンジ色の灯りに包まれ、木の壁と香草の香りが旅人の心をほっと和ませる。
「ようこそサンフラワー本店へ~」
「あの、数日ほど泊まりたいの」
「それならこちらのお部屋をどうぞ~」
女将の朗らかな声に導かれ、ルーナたちは鍵を受け取った。
部屋は明るい木目と白い寝具に包まれ、窓際には小さな鉢植えの花が並んでいた。
「やっぱり落ち着くわね……」
ベッドに身を沈めたルーナに、ナミが問いかける。
「お嬢様、この王都にはどのくらい滞在されるご予定ですか?」
「そうね……アルスが退屈しない限り、少し長めに滞在したいわ」
「承知しました。明日は街の図書館なども巡ってみましょうか」
「いいわね、楽しみ!」
窓の外では、夕暮れの鐘が街にこだまし、王都ノールセントの夜が静かに始まろうとしていた。
翌朝、王都ノールセントの鐘楼が、柔らかな朝焼けの中に澄んだ音を響かせた。
鐘の音で目を覚ましたルーナは、ゆっくりと伸びをしてベッドから身を起こす。
「ん~っ……よく寝たわ~」
窓を開けると、石畳の街路を行き交う人々の足音と、パンを焼く香ばしい匂いが流れ込んできた。
王都の朝は、どこか優雅で規則正しい。
「ナミ、起きてる?」
「ええ、お嬢様。すでに支度を整えております」
頼もしい声に笑みを返しながら、ルーナは身支度を終えると、早速街の図書館へ行くことにした。
部屋を出たところで、ちょうどベルが隣の扉から顔を出す。
「あ、ルーナちゃん! おはよう~!」
「おはよう、ベル。いい朝ね」
ベルは軽くあくびをしながらも元気いっぱいだ。
「今日はどこ行くの?」
「これから図書館へ行くつもりなの。ちょっと調べたいことがあって」
「図書館! それなら私も行きたいな~。魔法の勉強、もっとしてみたくて」
「もちろんよ。一緒に行きましょ!」
「やった~! ――ニッケちゃんは?」
呼ばれたニッケは、髪を二つに結びながら顔を出した。
「ウチはお留守番してます! 魔法の勉強はニガテなので……」
「そう、無理しないでね。それじゃあ私たちは行ってくるわ」
ルーナとベル、そしてナミは王都の朝の街へと繰り出した。
白い石畳は朝露でしっとりと濡れ、商人たちが店の看板を出し始めている。
屋根の上では小鳥たちがさえずり、遠くからは噴水の水音が聞こえた。
「それにしても清々しい朝ね~! こんなに空気が澄んでるなんて」
「ルーナちゃん、なんだか感動してる?」
「ええ、ちょっとね。わたし、都会の空気ってもっと埃っぽいものだと思ってたの」
「都会……?」
ベルがきょとんと首をかしげる。
ルーナは苦笑しながら心の中で呟く。
(そうだった、この世界には都会の排気ガスなんて概念はないのよね……)
そこへ、いつの間にかついてきていたアルスが、巨体を揺らして近づいてきた。
『ルーナ~! お腹すいたぁ~!』
「ふふっ、あなたの朝はいつもお腹から始まるのね」
『だってお魚の夢見たんだもん!』
ナミがすかさず持参したバケツを取り出し、湖鱒をアルスの口に注ぐ。
鱒を飲み込んだアルスは満足げに胸びれをぱたぱたと揺らした。
『ごちそうさま!』
「相変わらず見事な食べっぷりね」
「魚臭くても、かわいいから許しちゃう~」
ベルが笑うと、アルスは嬉しそうに頬をすり寄せる。
『ベルもだいすき~!』
「あはは、くすぐったいよ~!」
「はいはい、アルス。わたしたちも朝ごはんにしましょう」
通りの角にあるパン屋からは、甘い香りが漂っていた。
ルーナたちは焼きたての蜂蜜パンを買い、歩きながら頬張る。
「このパン……やさしい甘さで美味しいわ」
「うんっ! これ、ノールセントの名物なんだって!」
パンを食べ終える頃、街の中心部にひときわ大きな建物が見えてくる。
白い大理石の壁に青い屋根、そして入り口には金の羽根を象った紋章――。
「わあ……あれが王立図書館ね」
「すごい……お城みたい!」
ルーナとベルは思わず息をのんだ。
こうして、ルーナたちの王都の知識探訪が始まろうとしていた。




