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わたしとシャチの異世界ペアダイブ  作者: 月光壁虎
運命の再会、からの旅立ち
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2/20

シャチのアルス

 胸元に、ふわりと温かな感触が触れた。


 氷のように冷えきっていた身体に、ゆっくりとぬくもりが戻ってくる。


 まぶたを開けると、そこには――彼がいた。


 曲がって横に折れた背びれ。

 柔らかな瞳。

 誰よりも大きく、誰よりも優しい存在。


(……アルス……会いたかった……!)


 ルーナは涙を浮かべながら、そんな気持ちを念じるようにその背に抱きついた。


 すると、不意に頭の中に――聞き慣れない、けれどどこか懐かしい少年の声が響いてきた。


『ぼくもだよ、トレーナーさん。やっと会えたね』


(えっ……この声って……まさか、アルス……!?)

『うん。やっと通じたんだ。……実はね、最初に会ったときからずっと――話しかけてたんだよ』


 その声に応じるように、アルスが水を蹴って海面へと浮上していく。

 顔を上げたルーナは、信じられないというように目を見開いた。


(ずっと……そんなに前から……)


 アルスの瞳が、まっすぐ彼女を見つめ返す。


『言葉が通じなくても、気にしてなかったよ。ぼくの心は、ずっとトレーナーさんと繋がってたから』


 その言葉に、ルーナの胸はじわりと熱を帯びた。


「ごめんね……アルス。今まで、全然気づいてあげられなかった……」


 ルーナがそう言うと、アルスはぺろりと舌を出し、彼女の頬に優しくキスを落とした。


 そのぬくもりに、ルーナはふふっと笑い、彼の顔をそっと抱きしめる。


 ふと、船上から父とメイドの声が届いた。


「おーい、ルーナぁ!」

「お嬢様、ご無事ですか!?」


「お父さま! ナミ! こっちよ~!」


 ルーナは大きく手を振る。


『あれって、トレーナーさんの家族?』

「ええ。……今はルーナって呼んで。これが、今のわたしの名前だから」

『ルーナ……分かった! ――じゃあ、しっかり掴まってて!』

「えっ? ちょ、ちょっと待っ――きゃああああ!?」


 言い終えるより早く、アルスはルーナを乗せたまま再び海へ潜り、勢いよく水中を駆ける。


 だけど、もう怖くなかった。

 ――アルスが、そばにいてくれるから。


『よーし、それっ!』


 水を蹴り、アルスは海面を突き抜けて跳躍する。


 しぶきが舞い、星々のきらめきと海の銀光が視界いっぱいに広がった。


「わあ……きれい……!」


 思わず見惚れたその瞬間、アルスは巨体ごと客船の甲板に乗り上げる。


「きゃっ!?」


 その衝撃でルーナは背から転がり落ちたが、すぐに誰かの腕に抱きとめられた。


「ルーナ! 無事か!?」


「お父様!」


 ビンゴの胸に飛び込んだルーナは、笑顔で言った。


「ええ、アルスが助けてくれましたの!」


「アルス……というのは、あの白黒の……魔物か?」


 警戒心を隠せず剣に手を掛けるビンゴに、ルーナは首を振る。


「違いますの。彼は魔物なんかじゃありませんわ。わたしの、大切な相棒なのです」

『その通り!』


 アルスが尻尾と頭を同時に上げ、愛嬌を振りまく。


「おや、ずいぶんと賢そうな子ですね……」

「……だが、あの姿。文献にも記録がない……」


 ナミが感心する一方で、ビンゴはなおも警戒の色を解かない。


 ――だがその時。


 再び船体が大きく揺れた。


「お館様ーっ! もう、もちませんーっ!」


 それは、海竜の猛攻を受け続けていた兵士たちの悲鳴だった。


「分かった、今行く! ルーナ、お前は船内に避難していろ」

「でも……!」


 戸惑うルーナの横で、アルスが甲板を這うようにして海へと戻っていく。


「アルス、まさか……!」

『任せて! ぼくがやる!』

「アルス、待って! 危ないわ!」


 ルーナの叫びも聞かず、アルスは荒れる海へと躍り出る。


 その巨体が、海面を滑るように海竜めがけて突進し――


『てやあああっ!』


 次の瞬間、海面を切り裂いてアルスが跳ね上がり、海竜の長い首へとダイビングプレスを叩き込んだ!


「プルウウルルルッ!?」


 苦悶の声を上げる海竜。

 だが、まだ終わらない。

 口から放たれた水鉄砲がアルスに迫る。


「アルスっ!」


 ルーナが叫ぶ間にも、アルスは水中を縦横無尽に泳ぎ回り、巧みに水撃を避けては、何度も体当たりを叩き込む。


 その動きはまるで、かつてのショー演目のように正確で、美しく、そして力強かった。


『これで……終わりだぁっ!』


 最後の一撃――アルスは海竜の喉元へと飛びかかり、そのまま巨体で食らいつくように突き刺さる。


 海竜はくぐもった悲鳴を上げると、やがて力なく、深い海の底へと沈んでいった。

 海竜が暗い海へと沈んでいくと、甲板にはしばし静寂が訪れた。


「すごい、です……!」

「まさか、あの海竜を――単独で……!?」


 唖然とするナミとビンゴ。


 だがすぐに歓声が湧き上がる。

 アルスは勝利の雄叫びを上げるでもなく、ただルーナの方を見つめて胸びれを揺らした。


「アルス……やっぱりすごいわ!」


 ルーナが瞳を輝かせて駆け寄ると、彼は嬉しそうに頭を下げて応える。


「まぁ……! まるで海の守護獣ですわ!」


 先に声を上げたのはララだった。

 頬を紅潮させ、両手を胸に組んでいる。


「伝説の物語を目の当たりにしているよう……。あの光景、絵に描き留めずにはいられませんわ!」


 ララが感激する一方でステラは、扇を唇に当てたまま視線を落とす。


「確かに見事でしたわね。ただ……あれほどの巨体、万が一暴れれば船もひとたまりもありません。ルーナ、あなたは本当に気をつけなくてはなりませんのよ」


 夢に酔うララと、現実を見据えるステラ。

 母と姉の対照的な声に、ルーナはふと苦笑する。


「大丈夫よ。アルスはわたしを守ってくれるもの」


 その言葉に、アルスは嬉しそうにひときわ大きな声を上げた。


『ふふーん、ぼく、強いでしょ?』

「すごいわ、アルス! あなたのおかげで助かったのよ!」

『えっへん! ……それよりも――』


 そう言って、アルスは口をパカッと開けて見せた。


『お魚ちょうだいっ。ねっ、ぼく、がんばったでしょ?』


 無邪気なねだりに、ルーナはくすりと笑う。


「そうね。ショーの後は、いつもそうしてたものね」


 彼女は懐かしむように目を細め、父へと向き直る。


「お父さま、厨房から生魚をいくつか持ってきてくださいません? アルスに、ご褒美をあげたいんですの」

「あ、ああ。そういうことなら、お安いご用だ。待っていなさい」


 快く頷いたビンゴは、すぐに船内へと戻っていった。


「アルス。お父さまが今、お魚を持ってきてくれるから、ちょっと待っててね」

『うん! ぼくはお利口にしてるよ!』

「ふふ……ほんと、前と何も変わらないわね」


 ルーナの口元に自然と微笑が浮かぶ。

 どこまでも真っ直ぐで、甘え上手で、心優しい――前世から変わらぬアルスの姿が、嬉しくてたまらなかった。


「ルーナ、持ってきたぞ」

「お父さま! ありがとうございます! ――ほら、アルス。お魚よ」


 父から受け取った生魚二つを、ルーナはアルスの口元へぽいと投げ込む。


『ごっくん! ……ごちそうさまっ!』


 アルスはそのまま一口で呑み込み、嬉しそうに声を上げた。


 その姿を見て、ルーナは再び微笑む。

 まるで時が巻き戻ったような、穏やかであたたかいひとときだった。


 ――そして、その後もアルスは船を離れようとはせず、クルーズが終わるその日まで、ルーナたちと共に海を旅し続けたのだった。

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