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第15話「絶体絶命」

 いよいよ、ニンショーソニックを前日に向かえたその日。

 音響設備は地元のスタジオに頼んで機材をレンタルし、設営してもらった。PA(音響スタッフ)も一人雇うことにした。


「へぇ~、僕もさすがに寺で音響の仕事をするのは初めてだなぁ」


 いかにも元バンドマンっぽいPAの津田さんはその境内を見渡して言った。


「寺でロックとか不謹慎だと思いますが…」


 祐一が遠慮気味に言うと、


「そんなことはないんじゃないですか?昔、東大寺でXジャパンがライブやったし」


「あ~、そういやそんなのありましたね」


 祐一の頭の中に遠い記憶が蘇った。

 あれは、たしか中学くらいの時だったと思う。祐一は行かなかったが、同じクラスの奴が見に行ってきたらしく、やたら「Toshiがステージでこけた」と、熱弁していたのを覚えている。それってやっぱり罰が当たったんじゃないかと、今頃になって疑問が湧いたが、今となっては、まさに神のみぞ知るである。

 昼過ぎ、テツヤ、ジャコさん、狂気ヨシノリがやってきた。


「凄い!様にやってきたじゃん」


「ほほう」


 テツヤとジャコさんが嬉しそうに、スピーカーや照明器具が設置された本堂を見た。

 むしろ祐一には、みずぼらしさが余計際立つようで情けなかった。スピーカーや照明が置かれた様子は、まるで”葬式の祭壇”のようにしか見えない。

 本堂前に簡易的なステージも作ることにした。

 アンプや楽器や機材類は本堂の縁側に置く形になるので、基本ボーカル用の、またギターソロの時などのための花舞台である。


「大工仕事は任してください!」


 と、ジャコさんと狂気ヨシノリが勢いづいたが、ビールケースの土台にベニヤ板を乗せ、軽く補強する程度だった。

 昼過ぎに機材もすべて設置が完了し、軽く音出しをしてみた。悪くない感じだった。


「いい感じだね」


 祐一が言うと、


「野外はいいね」


 と、テツヤが言った。


「野外プレイか」


「言い直さなくていいよ」


 祐一が言うと、テツヤはごめ~んと手を合わせてお辞儀した。


「小生は野外プレイは経験ないです」


「だから、もういいって」


 テツヤはジャコさんの頭を叩くふりをした。





 PAの津田さんが帰ってから、祐一たちは秘仏の文殊菩薩立像をどうやって公開しようかと相談し合った。


「来客には本堂に入ってもらって見てもらおうかと思っていたけど、この様子じゃ難しそうだね」


 祐一は、所せましと並べられたアンプや機材類を指さした。


「う~ん」


 テツヤとジャコさんが首をひねった。狂気ヨシノリは境内の隅で一人景色を眺めている。


「本堂の入口のところまで運んできてさ、幕を張っておいて、演奏終了後にバッと見せるとか」


 祐一が思いついたことを口にすると、


「えっ、そんなことしていいの?」


「祐一さん、それはさすがにまずいんじゃ…」


 と、テツヤとジャコさんは困惑した。


「いいんじゃないかな。場所を移動するくらい。本堂からは出さないわけだし。おれが責任持つよ。住職からも許可もらってるし」


 もちろん、嘘である。いや、好きにしていいと言われたんだから、嘘ではない。


「まぁ、祐一くんがそこまで言うのなら…」


「そうですね。お客さんに見えやすくするためには…」


 二人はしぶしぶ承知した。


「狂気さーん!」


 祐一が呼んだ。狂気ヨシノリがこちらにやってくる。

 狂気ヨシノリにも仏像を本堂の入口まで運ぶことを説明した。さすがの狂気ヨシノリも「えっ!」と驚いたが、すぐ「わかりました」と、うなずいた。

 そして、四人は厨子の前に立った。

 さすがに厨子のままは運べないので、祐一が扉を開けた。中から金色の文殊菩薩立像が現れた。

 まず祐一とテツヤが両脇から慎重に持ち上げてみた。


「あれ?意外と軽い」


 祐一はとなりのテツヤの顔を見た。


「そうだね…」


 テツヤも意外そうな顔をしている。

 もちろん、今まで仏像を持ち上げた経験なんてなかったで、標準的な仏像の重さはわからなかったが、もっとずっしりくるんじゃないかと思ったので拍子抜けした。でも幸いこれなら充分運べそうである。

 祐一とテツヤが持ち上げ、厨子から少し出すと、四人で持った。


「慎重に‥」


 祐一は、細心の注意払い言った。

 本堂入口まで数メートル。

 短いようで長い。

 四人は無言で運んだ。

 その時だった、「ぶっ」と誰かが屁をこいた。


「……」


「……」


「……」


 四人の動きが止まり、沈黙が訪れた。

 すると、さらに「ぷぅ~、ブチッ!」と音が鳴り響いた。


「すみません。”ミ”も出てしまいました」


 狂気ヨシノリが泣きそうな声で言った。


「くっ!」


 最初に身をよじらせ吹き出したのは祐一だった。

 そして、同じようにテツヤ、ジャコさんへと伝播した。


「あっ」


 それは一瞬の出来事だった。

 力が抜けた三人の手を離れた文殊菩薩立像は、直立のまま倒れていった。まるでスローモーションのように見えたが、体を動かすことはできなかった。

 ガシャーン!

 身の毛もよだつ音を響かせ、文殊菩薩立像はバラバラに床にちらばった。


「あーっ!!」


 テツヤとジャコさんは叫び、その場に倒れ込んだ。


「すみません。僕のせいです」


 狂気ヨシノリは土下座をした。

 祐一は、一人立ち尽くしその状況を見ながら、


「いや、狂気さんのせいじゃないよ。動かそうと言ったおれのせいだ。…しかし、こんなモロイものとは」


 と、文殊菩薩立像の破片の一部を持ち上げて言った。


「おれ知らなかったけど、仏像ってこんなに軽くて中が空洞だったんだね…。被り物みたいに…」


「えっ」


 テツヤがはね起きた。


「ほら、これを見てよ」


 祐一は腕の部分の破片をテツヤに手渡した。


「ほんとだ…」


 テツヤはまじまじと見つめ、破片を回転させてはあらゆる方向から見た。そして、ごくりとつばを飲み、


「以前、なにかで見た記憶があるんだけど、聖衆来迎練供養会式って言ってさ、それこそ菩薩の被り物を着て行列する行事があるんだけど、その行事のためにすっぽり被れる仏像があるらしいんだよね…」


「…その話は小生も聞いたことがあります」


 起き上がったジャコさんも破片を眺め言った。


「たしか…このあたりに、ほら」


 と、ジャコさんが見せたのは頭部の部分。眉間のあたりによく見ると穴が空いていた。


「これが中に入った人が外を見るための覗き穴になっているんですよ。たしか」


「へぇ~」


 テツヤが感心して見ていると、


「僕が被ります」


 と、突然狂気ヨシノリが立ち上がって言った。


「えっ!?」


 三人は驚愕の表情で見る。


「僕がこれを被ります。一時期、遊園地の着ぐるみのバイトしていたこともあるのでそういうのは慣れています」


「いや、そういう問題じゃ…」


 祐一は、さすがに無茶だろうと思った。


「これ、動くもんじゃないんだよ?」


「大丈夫です。パントマイムも経験あるんです。じっとしておきます」


「……」


 パントマイムって…。

 いくらなんでも無謀すぎると思ったが、他に良い案が今は思い浮かばなかった。

 狂気ヨシノリが母屋の方へ向かって歩きだした。


「狂気さん!どこへ!?」


 祐一が呼ぶと、狂気ヨシノリは振り返り、「トイレに行きます」と言った。

 祐一は振り返り、床にバラバラになった文殊菩薩立像を再度見た。


「祐一くん、どうする?」


 テツヤが訊いた。


「どうするも、こうも…」


 まさに史上最悪の絶体絶命の緊急事態。おそらく、今までの人生で一番の窮地かもしれない。最終的には仏像を修復しないといけないのはもちろんだが、一体いくらくらいの金額がかかるのだろうか…。ていうか、そもそも明日はどうする。公開するのを取り止めにしようかと一瞬頭によぎったが、一度公開と、しかも割と大々的に告知してしまった以上、祐一はそれを目当てで来る客の期待は裏切りたくはなかった。

 ということは………。

 まさか、本当に狂気さんが中に入る?マジで…!!??


「狂気さんを信じてみよう」


 祐一は震え声で言った。


「……」


「……」


 テツヤとジャコさんが猛反対したら、祐一はやめようと思ったが、意外と二人はなにもいわず押し黙った。祐一はそれを承諾と受け取った。


「最後の曲をインストのClose to the Edgeとスーパーピュアにして、スーパーピュアはおれがボーカル取るから、その間に狂気さんに準備してもらおう」


「うん…。祐一くんがボーカル取るのはいいと思うよ」


 テツヤが力なく言った。


「小生は祐一さんに任せます」


 ジャコさんは青ざめた顔で言った。

 祐一たちは、ひとまず文殊菩薩立像の破片を本堂奥に片づけた。

 そして、三人で茫然としていると、夕方に野口さんがやってきた。

 野口さんは、パイプ椅子とパイプテントをトラックに積んで持ってきてくれた。祐一が頼んでいたものだ。


「いよいよ明日ですね」


「ええ」


 野口さんの対応は祐一だけでした。出来る限りの平静を装った。


「明日、他の寺のお坊さんや観光協会の人もくるらしいです」


「えっ、…そうなんですか」


 祐一は冷や汗が出るのがわかった。


「一般のお客さんもたくさんくるといいですね」


 野口さんは感慨深そうに機材が並べられた境内を眺めて言った。


「えぇ…」


「どうしたんですが、松岡さんどこか体調でも?」


「いえ、大丈夫です」


「とても、顔色が悪いというか…」


「さすがに、久しぶりのステージにナイーブになっているんです」


 祐一は表情を見られないように夕陽を眺めた。


「なるほど。そうですよね。こういうのは見る側はわくわくするだけですが、演者側の苦労というか…」


「…そんなところです。野口さん、どうもありがとうございました」


 祐一は深く頭を下げた。


「いえいえ。わたしもお役に立ててよかったです。明日楽しみにしています!」


 野口さんは、祐一の憂鬱な気持ちは裏腹に、とても素晴らしい笑顔で帰って行った。

 まだ茫然自失な表情をしているテツヤとジャコさんの前に戻った祐一は、


「こうなったら、やりきるしかないよ」


 と、勢いよく言った。


「そうだね…」


 と、テツヤは立ち上がり、「やるっきゃ騎士ないとだね」と言った。

 ジャコさんは、「よっこいしょういち」と立ち上がった。

 なんとか気を取り戻し、またテツヤとジャコさんがコンビニに買い出しに行き、”最後の晩餐”ばりに宴会を開いた。今夜は、ジャコさんが少し料理も作ってくれた。


「旨い!」


「ジャコさんが女だったらなぁ」


 テツヤが悶えると、ジャコさんが「お願いします」と、テツヤの前に土下座した。


「いやいやいや、僕はそんな趣味はない。冗談だから」


「はははは」


 狂気ヨシノリが大声で笑った。祐一も笑った。

 その後、深夜遅くまで四人寄り添ってひたすら練習と打ち合わせをした。

 急遽テツヤが、H Jungle with tの「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」をどうしても演奏したいと言い出したので、作業は増えた。

 しかし、改めてこの曲を聴いてみると、流行っていた当時はなんだこりゃと思っていたが、これ、かなりの名曲だよな…。

 作業は徹夜になった。気付けば陽が上っていた。

 四人でおもてに出て、肩をのばす。


「うおぉ~」


 と、祐一は思わず変な声が出た。

 疲労は深刻だった。しかし、どこか気持ちよかった。

 はやく今日という一日を無事に終えて、静かに眠りたい…。

 その瞬間のことを思い浮かべたら、少し頑張れる気がした。

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