第14話「一堂に会する」
週末、テツヤ、ジャコさんがまた金玉寺にやってきた。
そして、三人で狂気ヨシノリの来訪を待った。
「本当に来るの?」
テツヤが祐一に訊いた。
「うん。間違いない。ノルマがないなら出てくれるって言ってくれた」
「そう…」
「来ると…思うんだけど」
祐一はそう言いながらも、だんだん心配になってきた。
よくよく考えてみれば、この数年なんの絡みもなかったのに、いきなり出演するライブハウスに現れて、わけわからん寺でロックフェスやるから出演してくれと頼んでくるとは、無茶苦茶な話といえばそうである。普通なら門前払いであろう。
それをまさか祐一たちのことを覚えていてくれて、さらに快く引き受けてくれて”奇跡的”だと喜んでいたが、そうこれはまさに奇跡なのだ。
奇跡をスマホの辞書で調べてみると、
”常識では起こるとは考えられないような、不思議な出来事。特に、神などが示す思いがけない力の働き。また、それが起こった場所”
めちゃくちゃ神頼みじゃないか。
これはダメかもしれない…。
やっぱ自分で歌うしかないのか…と、祐一が思い始めた。
その時だった。
「あっ、誰か来たようです」
ジャコさんが言った。
「ほんと?」
祐一たちは寺の門の前で待っていたので、階段の下の方は見えない。
「はい。なんか自転車が着いたような音が聞こえました」
祐一とテツヤは顔を見合わせ、首をかしげた。
二人には聞こえなかった。
半信半疑だったが、三人で階段を下った。
「あっ」
たしかに階段下のスペースで、自転車から降りている人の姿があった。
祐一はすぐにわかった。狂気ヨシノリ本人で間違いない。
しかし、麦わら帽子をかぶり、ランニングシャツに短パン、下駄という出で立ち。
”裸の大将”じゃないか。
「狂気さん、来てくださったんですね、ありがとうございます」
祐一が声をかけると、狂気ヨシノリは顔をこちらに向け、頭をさげた。
「おひさしぶりです…」
テツヤとジャコさんが挨拶すると、狂気ヨシノリは「おひさしぶりです」と小さく言った。
「自転車だとここまでの坂が大変だったでしょ?駅で自転車を借りてきたんですか?」
祐一が訊くと、狂気ヨシノリは首を振って、
「いえ、大阪の自宅から自転車で来ました」
「えぇぇーーー!!」
三人で驚く。
「ほんとに大阪から自転車で来たと言うんですか?」
「はい」
「……」
「チャリで来た」
「……」
いや、今のそれは言いたかっただけだろと思ったが、祐一はあえて突っ込まなかった。
しかし、にわかに信じられなかった。大阪から奈良までそう遠くないとはいえ、自転車でくる距離ではない…。
まぁでも実際来たんだし、嘘をつく理由もないので、本当にそうなんだろう…。
ともかく祐一は、狂気ヨシノリを誘って金玉寺への階段を上がった。
階段を登りながら、祐一は”例の扁額”を狂気ヨシノリが見たなら、どんな反応をするのだろうかと期待した。しかし、その期待をよそに、狂気ヨシノリはまったく反応することなく門をくぐった。
そして、境内をぐるりと一周したあと、祐一に耳打ちするように小声で言った。
「いい寺ですね」
「そう?ありがとう」
「この寺は死の匂いがします」
「……」
*
三人をスタジオと化した母屋の居間にあげ、アレンジの最終チェックを行った。
「狂気さん、般若心経って唱えれます?」
祐一が訊くと、「はい。一応…」と、狂気ヨシノリは答えた。
テツヤとジャコさんが顔を見合わせる。
祐一も、半分冗談で言ったつもりだったのに、改めてそのポテンシャルに驚かずにはいられなかった。そして、このフェスに狂気ヨシノリを呼んだ自分の判断は間違っていなかったと確信した。
「じゃあ、とりあえず狂気さん、おれが合図出したら、般若心経唱えはじめてください」
狂気ヨシノリがうなずく。
「では、テツヤお願い」
祐一が手を振って合図をすると、テツヤがシンセで荘厳な和音を弾き出した。
しばらくしてリズムマシーンのリズムが重なる。祐一は狂気ヨシノリに合図を出した。
狂気ヨシノリは大きく息を吸い込み、般若心経を唱え始めた。それから、祐一のギターとジャコさんのベースを徐々に被せていく。
祐一は大きく目を見開いた。
それは、新しい音楽が生まれた瞬間だった。
各パートはありきたりである。しかし、今まで誰も合わそうとしなかったそれら要素が合わさった時、化学反応が起きたのだ。西洋と東洋、そしてアナログ電子。まさに音楽の色即是空、空即是色であった。
般若心経が3周したところで祐一は演奏を止めた。
祐一は体が震えるような感覚を得ていた。テツヤとジャコさんも顔を見れば同じように感じていたのがわかる。途中、ポリリズムになるパートはもう少し詰めなければいけないと思ったが、想像以上に手応えがあった。もちろん、狂気ヨシノリの読経が様になっていたことが一番大きい。
当の狂気ヨシノリは目を閉じて深呼吸をしていた。
次は、インスト組曲大地獄絵こと「Close to the Edge」。
泣きバラード「忍性フォーエバー、」。
メロン記念日のカバー「This is 運命」。
そして、祐一のオリジナル「スーパーピュア」と、アレンジを詰めていった。
さすがに狂気ヨシノリはこれらの曲は知らなかったので、今回は祐一が代わりに歌い、それを録音したCDーRを歌詞とともに渡した。
「狂気さん。もう来週だからほどんどぶっつけ本番になると思うんだけど、このボーカル入りの3曲覚えてきてくれるかな?」
「わかりました」
狂気ヨシノリはCDーRを丁寧に両手で受け取り、
「4曲とも良い曲でしたね。誰の曲ですか?」
と、祐一に尋ねた。
「Close to the Edge、忍性フォーエバー、最後のスーパーピュアはおれのオリジナルだけど、This is 運命はメロン記念日ってグループの曲で…。知ってます?」
「いえ」
狂気ヨシノリは首を捻った。
「4人グループなんだけど…」
祐一はどう説明しようか迷った。
すると、狂気ヨシノリが首をかしげ、
「レッド・ツェッペリン的な…?」
と、目を輝かせて言った。
祐一は「うーん‥」と唸り、「…まぁ、そんな感じだね」と答えた。
テツヤとジャコさんは吹き出しそうになるのを堪えていた。
*
祐一は、金玉寺のホームページ、SNSでニンショーソニックの告知をしていった。
正直、ほとんど相手にされないのではないかと心配していたが、世の中には物好きが多いのか、いいね!やリツイートが相次いだ。
「奈良にこんなお寺があったんですね。行ってみたいです!」
「こんぎょくじって読むんですね。はじめ、きんたまでらって読んじゃいましたwwww」
「お寺でロック?不謹慎じゃないのか!?」
「秘仏公開。これは仏像マニア必見!」
「奈良の寺でロックフェス?(ネットニュースらぼらぼ)」
いつの間にかネットニュースにまで取り上げられていた。
ツイートも、いわゆるバズっているらしい。
携帯の通知が鳴り止まない。
祐一は、思いの他の反響に戸惑った。特に秘仏公開の件だ。
まぁでも、尾尚文は絶対ネットなんか見ないだろうし、大丈夫であろう。と開き直った。
もはや、今更なるようにしかならない、と。
もうおれには失うものなんてないのだから。




