第13話「狂気ヨシノリ」
狂気ヨシノリにコンタクトを取るために、祐一は難波にあるライブハウスに出向いた。
難波ハムスター。名前とは裏腹に、まさに掃き溜めのような箱だった。
無駄に狭く。無駄に汚く。無駄に独特の匂い。
壁や扉にはステッカーがびっしり貼ってあり、謎のポスターがいくえにも重ねられていた。懐かしい雰囲気だった。
ホール入ると客は20人もいるかどうか(半分は共演のバンドマンかもしれない)、それでも空間が狭いのでそれなりに埋まっているように見えた。
丁度、祐一がホール内に入った時には、反戦ソング?を歌う浮浪者のようなバンドが演奏していた。その反戦バンドが終わると、狂気ヨシノリの順番となった。
転換中、狂気ヨシノリがステージにふらりと出てきて準備をしている姿を祐一は見て、まったく変わらないシルエットに祐一は安心した。狂気ヨシノリはアコギをかき鳴らし、マイクをセットするだけで準備は終わったようだった。そして一度ステージから捌ける。
祐一は胸を高鳴らせて開演を待った。
しばらくすると会場が暗転し、SEが流れ始めた。
どんな登場の仕方をするのだろうかと祐一は固唾を飲んで見守ったが、狂気ヨシノリは普通に歩いて登場すると、アコギを持って歌い出した。
正直少し落胆した。まさか狂気ヨシノリも”売れ線”に走ったのかと。
しかし、弾き語りしている曲をよく聴いてみると、コンドームの品質について歌っていて、相変わらず尖っているなと安心した。
次の曲からはオケありで、謎のダンス、絶叫、飛び跳ね、悶絶と以前と変わらないパフォーマンスが披露された。さらに最後は新機軸があって、オケすらない”アカペラで歌とオケを歌い切る”という斬新というか、もうやけくそというか、凄まじいものを見せられた。
終演すると、会場は笑い声と奇声と拍手に包まれた。
*
きっと外にいるだろうと、祐一はライブハウスから出ると、案の定、狂気ヨシノリは放心状態で道端に座っていた。祐一は近づいて声をかけた。
「狂気さん。おひさしぶりです」
狂気さんと街中で呼びかけるのも凄いなと思いつつ、声をかけられた狂気ヨシノリはゆっくりと顔をあげ、祐一のことを見た。
ぼさぼさの髪と髭面。でも目は少年のように透き通っていた。
「おれのこと覚えていますか?以前大阪で対バンして、奈良出身で…」
祐一はそう切り出したが、さすがに覚えてはいないであろうと思った。一度きりな上に何年前の話だってレベルである。しかし、狂気ヨシノリは澄んだ目で祐一のことを見つめ、
「覚えてますよ。おひさしぶりです」
と、つぶやくように言った。
ほんまかいなと祐一は思ったが、バンド名まで言い当てたので本当だった。恐ろしい記憶力である。
それなら話は早いと、祐一は、現在の自分の近状と、寺でロックフェス(あえてそう言った)を行おうとしていること、狂気ヨシノリにボーカルとして参加してほしいことを端的に伝えた。
狂気ヨシノリは表情を変えず押し黙った。
「まぁ、フェスっ言っても、出演するのはおれたちだけなんだけどね。まぁ今回は実験というか…」
少し大げさに言ったかと思い、微妙に訂正した。
「ノルマとかありますか?」
狂気ヨシノリは消え入りそうな声で尋ねた。
「そ、そんなのはないよ」
「じゃあ、出ます」
こうして出演交渉は終了した。
*
週末までに、祐一はオケを完成形に近づけるために作業に没頭し、フェスのポスターも製作した。
野口さんが久しぶりに寺にやってきた。
「何度かお邪魔したんですが、留守だったみたいで」
「すみません。いろいろ飛び回っていたものですから」
「その、ロックライブとかの準備は…?」
「順調ですよ」
「へぇ~、楽しみですね」
野田さんは笑顔で言った。しかし、すぐ顔を真顔に戻し、
「今朝病院に行ってきました。尾尚文さんは元気そうでしたよ。もちろん、まだ歩くこともできないですが」
祐一は、てっきり尾尚文のことを忘れていた。
「ほんとすみません…。いろいろありがとうございます」
頭を下げた。そして、その顔をあげ手を合わせると、
「実は…野口さんに頼みたいことがあるんですが、いいですか?」
「なんでしょう?わたしにできることなら」
野口さんは首をかしげた。
「ポスターを作ったんですが、駅とか人が集まるところに貼ってもらいたいんですよ。良い場所とかありませんかね?」
「どんなポスターですか?」
「あっ…、ちょっと玄関でもなんなので、どうぞこちらに上がってください」
祐一は野田さんを居間に案内した。
居間の中は、楽器や音響機材、ケーブルが散乱し、さながらスタジオのようになっていた。
野口さんはそれを見て歓喜した。
「凄い!凄い!なんだか血がさわぐなぁ。実はわたしも学生の時にバンドやっていたんですよ」
と、いきなり意外なカミングアウトをした。
「そうだったんですか?」
「まぁ、言っても趣味に毛が生えたような感じでしたけど、当時は真剣にやってました」
人は見掛けによらずとはこういうことを言うのであろう。でもまぁ、男なら思春期に楽器やバンドに憧れるのはそれほど珍しいことではない。
「よかったら、野口さんもフェスに出ます?」
祐一は訊いてみたが、
「いやいやいや!それは無理です。もう何年もギターにも触れていないし」
野田さんはブルブルと顔と手を振った。と、言いながら、スタンドに立ててあるギターを嬉しそうに眺めては触れた。
「こんな感じのポスターなんです」
祐一はポスターを手に持って見せた。
上部に“寺ロックフェス”と小さくフォントがあり、下に大きく“ニンショーソニック”(サマーソニックのもじりである)。あとは場所や日時の詳細、奈良の各地の寺や仏像の画像が並んでいる。金玉寺にはちゃんと「こんぎょくじ」と振り仮名も振ってある。
「ニンショーソニック……。松岡さんが全部自分でつくったんですか?」
「えぇ、まぁ一応」
「…凄い。まるでプロがつくったみたい。これなら本当のフェスと間違えて来る人もいるかもなぁ」
野田さんはそう言って、「あっ」と口をふさいだ。
「すみません、失礼なことを」
「いや、いいですよ。実際フェスというほどの内容でもないですし」
「あっ、それ」
野口さんはポスターの下の方を指さした。
「秘仏特別公開…って書いてますけど、いいんですか?」
「いいでしょう。やっぱり、寺としての目玉もあった方がいいと思いますし、野口さんも見たいとおっしゃってたじゃないですか」
「まぁ、たしかにそうですが、勝手に公開していいんですか?」
「おれの好きにしていいってことでしたし、せっかくあるものを見せなくてどうするんですか。この寺はケチくさいというか貧乏くさいんです。もちろん、適当には扱いません」
「ふむ。ふむ」
と、野口さんはうなずいた。
「これはいいかも。ソムリエの会でも告知しますよ」
「ありがとうございます」
「ポスターもわたしに任せてください。観光協会の案内所などにかけあえば貼ってくれるでしょう」
「お願いします」
祐一は頭をさげ、野口さんにポスターの束を託した。
野口さんは、「では、また!」と元気よく帰って行った。
見送りながら祐一は、これは上手くいくかもしれない。
なんとなくそんな確信がした。




