第12話「選曲」
週末、テツヤとジャコさんが楽器を持参して金玉寺にやってきた。
テツヤはインテグラから鍵盤のDX7を下ろし、母屋に運んだ。
ジャコさんは背中にベースを背負い、エフェクターを鞄に入れて持ってきた。
祐一はスレテオコンポの前で汗をぬぐい、
「とりあえず、この一週間で演奏してみたいなと思う曲の簡単なデモを作ってみたんだけど聴いてみて。まずは、テクノロック的な般若心経と、バラード調の忍性フォーエバー、そして、プログレインストの大地獄絵」
と、再生ボタンを押した。
曲が流れはじめた。
「………」
「………」
二人は真剣な顔をしてそれを聴き、次第ににやけ、曲が終わるとテツヤが興奮気味に叫んだ。
「凄いじゃん!特にこの般若心経。よくこんなの思いついたね!」
「まぁ、ちょっとしたひらめきだけどね。この寺の住職が朝に般若心経を読経するのをいつも聞いていたんだけど、たまに木魚がズレることがあってさ、それが”ポリリズム”になることがあったんだ」
「たしかに、ちょっとPerfumeのポリリズムっぽいね」
ちなみに”ポリリズム”とは、複数の異なるリズムや拍子が同時に進行する音楽技法のことで、Perfumeのポリリズムはまさにそれを取り入れた楽曲として知られる。しかし、よくもまぁこんなマニアックな音楽用語をアイドルソングにしたものである。これには、やられた!と思った音楽マニアも多かったことであろう。
「うん。まさにね…。Youtubeで般若心経を流して、いろんなリズムを合わせてみたんだ。それが思いのほか汎用性があるというか。あとはコード進行をつけてみて…」
祐一は、もちろん今まで般若心経の意味も知らなかったので、何冊か解説する本を読んでみて、ざっくりではあるが内容を理解した。そして感銘を受けた。あくまでも祐一の感じた解釈なだけであるが、これは究極の応援歌なのではないのか。この世は無。いや、無すらない空。と突き放しておいて、でも、がんばれよ。みたいな。なんだかしゃくだけど、真理をつかれたような気がした。
祐一は他の曲の説明も続けた。
「忍性フォーエバーはそのままだね。個人的な楽曲のイメージは、タイタニックの主題歌のMy Heart Will Go Onかな」
「またえらく大きく出たね」
テツヤが嬉しそうに言う。
「大地獄絵は、あの絵図からインスパイヤされたプログレインストで、6回転調するようになっている。修羅道の場面は、ギターと鍵盤のソロバトルで表現してて、地獄道の悲鳴とか人体破壊の音は昔のホラー映画からサンプリングしてさ。曲名は、あえて英語表記にして、Close to the Edge(危機)」
「いや、それって…」
さすがにテツヤが困惑気味に言うと、突然ジャコさんが立ち上がり、「素晴らしいです!」と叫んだ。
「やっぱり祐一さんは天才です。一生付いて行きます!」
祐一のことをまるで仏像のように拝む。
「そ、そんな大袈裟な…。おれが本当に天才ならこんなところにはいないよ。きっと今頃武道館で…」
「祐一さん!人生、名声やお金がだけがすべてはないんです。見てください。この奈良盆地を!」
と、ジャコさんは窓の外を指さして言った。
「武道館よりぜんぜん広いです!ここから世界に発信しましょう。祐一さんの才能を!」
「いや、たしかに武道館よりは広いだろうけどさ…」
祐一は窓の外を見た。奈良盆地。これをライブ会場に見立てるというのか!?
とりあえず、祐一はジャコさんを落ち着かせて、演奏したい曲の候補をあげた。
「せっかくだから、メロン記念日の”This is 運命”もやろうかなと思ってさ…」
と、祐一は提案した。
テツヤとジャコさんはぽかんと祐一のことを見ている。
メロン記念日というのは、かのシャ乱Qのつんく♂がプロデュースしたアイドル巨大帝国、ハロー!プロジェクトの「第2回モーニング娘。&平家みちよ妹分オーディション」で見出された4人組で、なりものでデビューしたものの人気がなかなか出ず、地道にライブハウスなどで活動をつづけていた。
しかし、この「This is 運命」という曲でようやくブレイクし、祐一もたまたま深夜番組で流れていたのを見て知ったのだが、アイドルソングらしからぬ洋楽風の曲調にハマリ、テツヤとジャコさんにも勧めた。すると二人も気に入ったので、祐一は二人を説得し、三人でメロン記念日のライブに行ったのだった。そしてまたこのライブも衝撃的だった。アイドルコンサートなのにモッシュやダイブが起きていたのだ。
「いや、ここんとこ妙に昔のことを思い出してさ。久しぶりにYoutubeで見てたら、やっぱり良い曲だなっと思って。三人の思い出の曲でもあるし…」
祐一が申し訳無さそうに言うと、
「いいじゃん。やろうよ!」
と、テツヤがのった。ジャコさんもうなずいた。
「だったら、僕も希望あるんだけどさ」
今度はテツヤが提案した。
「スーパーピュアもやろうよ」
「えっ、あの曲?」
「うん。もう一度演奏したいよ。名曲だし。みんなに聞いてもらいたい」
祐一は個人的には気が乗らなかったが、テツヤとジャコさんが乗り気だし、もともと二人に無理言っていたので、しぶしぶながらも快諾した。
「あと、ボーカルだけど…」
と、祐一が言うと、
「えっ、祐一くんが歌うんじゃないの?」
テツヤとジャコさんが驚いた。
「おれはもう歌いたくないんだ。自分の声に自信がないし」
祐一は、結局のところバンドにある程度以上の人気が出なかったのは、自分のボーカルに原因があったと結論付けていた。
事実、よくライブハウスの関係者にも演奏はうまいし、楽曲もおもしろいけど、ボーカルがそれについてきていないねと、特に活動しはじめた頃はよく言われたものだった。
自分では練習を積んだつもりだったし、そのうち指摘されなくはなったけど、結局のところ弱点には変わりなかった。
「ちゃんとボーカリストに歌ってもらった方がいいと思うんだよね」
「由実ちゃん呼ぶとか?」
ジャコさんがその名前を口にすると、テツヤがジャコさんの頭を叩いた。真顔の祐一を見て、ジャコさんは「すみません」と頭を下げる。
「えーっと…」
祐一はあえて無視して、話をつづけた。
「実は考えがあって…、今回、対バンは呼ばないけど、唯一呼べるんじゃないかって人がいてさ、”狂気ヨシノリ”に頼もうと思ってるんだ」
「狂気ヨシノリ!!??」
二人は声をあげて固まった。
「覚えていない?ほら、ツアーと称して大阪まで行ってライブしたとき、奈良から来ていたあのソロの…」
「あぁ~」
二人はユニゾンした。
「思い出した」
「えぇ。小生も思い出しました」
狂気ヨシノリ。もちろん、ステージネームである。
祐一は、今でもあの大阪のライブハウスで見た狂気ヨシノリのパフォーマンスを忘れられないでいた。まさに言葉通りの衝撃であった。少なくとも未だかつてあれほどライブハウスの構造を駆使したステージングは見たことがない。
たしか、狂気ヨシノリはオープングのSEが流れる中ステージ上に現れると、いきなり全力疾走でステージから降り、そのままステージ脇の楽屋口の扉に飛び込んだ。そして、またステージ上に現われると、ステージから降り楽屋口に消えた。それを数回繰り返した。はじめ、なにかトラブルでもあったかと思うほどの意味不明な行動だったが、次第にそれがパフォーマンスの一部だとわかると、祐一はその前衛さにしびれた。
その後のパフォーマンスも圧巻だった。謎のダンスで始まり、飛び跳ね、絶叫、悶絶。奇才とは彼のためにある言葉であろう。曲はオケで流され、カラオケのように一人で歌うスタイルだったが、そのオケがまた独特で、リズムやピッチが正確かどうかわからない微妙さ加減。しかし狂気ヨシノリの鬼気迫るパフォーマンスがすべてをどうでもよくした。
はじめはドン引きしていた客席も、最後は謎の感動に包まれ拍手喝采となって終演した。祐一も感動した。
でも、祐一が最も関心したのは、芯にあるのは狂気ヨシノリの楽曲レベルの高さと歌唱力の高さであった。おそらく、もっと真面目に歌えば普通にうまいはずである。只者ではないと思った。
終演後、同じ奈良出身とも聞いて親近感も覚えた祐一は、狂気ヨシノリに声をかけた。狂気ヨシノリはライブハウスの外のビルの階段で、まるで幽霊のように放心状態で座っていた。
「どうも、ステージとてもよかったです。実はおれも奈良出身なんです」
「あっ、そうなんですか。ありがとうございます」
ぼさぼさの髪と髭面で見上げた狂気ヨシノリは、先ほどまでの絶叫パフォーマンスをしていた同じ人間とは思えない物静さと礼儀正しさで答えた。
話してみると、実際に真面目な好青年という感じで、そのギャップもおもしろかった。
狂気ヨシノリとの共演はそれ限りであったが、たまにネットで検索をして動向をチェックしては、東京でライブがやることがあれば見に行こうと祐一は思っていた。結局、その機会はなかったが…。
祐一は今回、ぜひ単純にあのパフォーマンスをもう一度見てみたいという思いもあったし、奈良で知り合いといえるバンドマン関係といえば、狂気ヨシノリしか思い浮かばなかった。
「今でも活動しているのかなと思って調べてみたらやっているみたいでさ、丁度今週に大阪でライブあるみたいだから、見に行って参加してもらえないか頼んでくるよ」
祐一が言うと、テツヤとジャコさんは「祐一くんに任せるよ」「小生も」と賛同した。
夕方になると、またテツヤとジャコさんは買い出しに行って、それから宴会となった。くだらない会話をいつまでも続ける二人を、祐一は微笑ましく眺めていた。今夜は、某国民的アイドルに激似のAV女優について二人は熱弁していた。
*
翌日、実際に楽器の音を出して、祐一がつくったオケに合わしつつ演奏してみた。
しかし、正直酷いものだった。ブランクとはこれほどまでに大きいものなのかと祐一は愕然とした。これは相当本番までに練習をつまなければならない。
「これから毎日、仕事終わりに練習しよ」
「小生も」
テツヤとジャコさんも少なからずショックを受けている表情であった。
でも、どこか嬉しそうでもあった。たしかに演奏はひどかったが、祐一も久しぶりに大きな音でギターを弾いて気持ちがよかった。
それからも、オケに合わしつつ、アレンジのアイデアを出し合っているうちに、窓の外は暗くなっていて、テツヤとジャコさんは明日は仕事だからと急いで帰っていった。
祐一にはたくさんの宿題が出来た。来週二人がまた来るまでにオケを改善しなければいけないし、告知のためのポスター作りなどもしないといけない。全部一人でやるのはなかなか大変だが、一番時間を持て余しているのは自分なのだから仕方がない。金玉寺が暇な寺でよかった。
その夜は、なかなか寝付けなかった。
寝付けないといろんな思いや感情が浮かんでは消えた。
楽しかったこと。忘れてしまっていたこと。忘れようとして封印していたこと。
今思えば、それらすべては自分にとって輝いた青春だったのかもしれない。長い長い青春だった。さすがに後半のギャンブルと風俗漬けの日々は擁護しようがないが、それもいつか笑い話になる日がくるのだろうか。
寝返りを何度もうった。
ようやく寝付けたのは早朝の頃だったと思う。
夜明けの空の色をいつぞやぶりに窓越しに見た。目を覚ますと昼過ぎだった。




