第11話「地獄行き」
「あっ!これ!!」
と、テツヤの叫び声で、祐一は回想と妄想の旅から帰還した。
ジャコさんは驚いて、どてっと床に倒れた。
テツヤの手には、一枚のチラシが握られている。
母屋の居間には奈良の各地の観光案内やチラシが置かれていたのだが、その一枚であった。
「長岳寺で大地獄絵特別公開!これ絶対見に行きたい。明日三人で行こうよ!」
テツヤがこれ見よがしに掲げて見せた。
「あ~それ。そういうチラシ、ソムリエの会の人らが持ってくるんだ」
「ソムリエの会?」
「また説明するよ。今はめんどい」
ジャコさんは起き上がり、「小生も行きたいです」と言った。
テツヤは興奮気味に、
「長岳寺の大地獄絵って、たしか普段なら秋に公開するはずなんだけど、今年は特別に夏の公開!前から見たいと思っていたんだけど都合が合わなくて見れなかったんだよね!」
「いいんじゃない。明日行ってみれば。それはそうとさ、フェスの話だけど…」
ようやく祐一は本題を切りだした。
「あっ…、そうだったね」
「そうでした」
と、テツヤとジャコさんは申し訳なさそうに座り、祐一の方を向いた。
祐一は二人に忍性忌でのロックライブの具体的な計画を語った。
とは言っても現時点ではあくまで構想レベルではあったが…。
とにかく、二人がやる気を出してくれただけで、祐一としては企画は成功したようなものだったので話は早かった。来週の週末にまた二人は来るというので、それまでに祐一が音響の機材などを揃えておくということで話はまとまった。
「対バンとか呼ぶの?」
テツヤが訊いた。
「いや、さすがに準備期間が少ないから、それは無理かなと思っている。おれたちだけで演奏しようかなと思っている」
「じゃあ、好きにできるわけだね。演奏したい曲とか候補考えておく!」
「小生も、来週は楽器は持ってきたほうがいいですかね?」
「そうだね。おれはもうギターとか全部売ってしまってなにもないから買い揃えるけど、自前があれば持ってきてよ」
「わかりました」
テツヤもうなずき、
「うん。わかった。最近僕も全然楽器触ってなかったら、来週まで少しリハビリしていくよ」
と、両手で鍵盤を弾くマネをした。
その後、テツヤとジャコさんが買い出しに行き、早朝まで宴会が続いた。祐一は酒が飲めないので、盛り上がる二人を見つつ、いつの間にか寝ていた。意識がなくなる直前、二人がやたら”ガーターベルト”について語っていたのだけは覚えている。
翌朝、案の定テツヤとジャコさんはグロッキー状態だったが、なんとしてでも長岳寺には行きたいらしい。
尾尚文にも会いたいと言ったが、今は面会謝絶だと祐一はウソをついた。
*
テツヤのインテグラタイプRに三人乗り込み、長岳寺へと向かった。
奈良市内からは、国道169号線、通称”天理街道”を南下し、天理市と桜井市のほぼ境目に近い柳本町に長岳寺はある。30分もかからないうちに着いた。
「創建は空海で、ここの東にある釜口山にちなんで、別名釜口大師とも呼ばれるんだって。本尊は藤原時代の阿弥陀三尊像で、玉眼を用いたもので最古なんだとか。あと、叡尊を真言の僧として認めたのがこの長岳寺の僧侶だったそうで、そのゆかりなのか境内に叡尊を供養する十三重の塔が立っていると。てなんて、偉そうなこと言っているけどおれは来るの初めてだけどね」
祐一は、にわか仕込みの知識を二人に披露した。
「いやいや、祐一くんそこまで覚えているの凄いよ」
テツヤが感心して言った。
駐車場を出て山門をくぐると、地道と草木が生い茂る参道を歩いた。
「いいですねぇ。この田舎な感じ。奈良はやっぱいいですねぇ」
ジャコさんがしみじみ言うと、「そうだよねぇ。憧れちゃうよねぇ」とテツヤが応えた。
田舎に憧れるとは、田舎者の祐一からすれば、以前なら「どこがそんなものがいいねん」と突っ込んだところであろうが、今となれば少しわかるような気もした。こんな穏やかな景色を見ていたら、心も穏やかになるかもしれない。自分が堕落したのも、東京という街がそうさせたのかもしれない。街が狂っていれば人間も狂ってしまう。
参道は一直線につながっていなかったので、一瞬道に迷いそうになったが、無事拝観入口についた。
拝観料は大人400円だった。
「安いよねぇ」
「京都じゃこうはいきませんよね」
「いいよね~」
テツヤとジャコさんとがしみじみと言い合う。
創建当時の遺構だという楼門をくぐると、左手に本堂があり、右手に池があった。参拝者はちらほらといた。
決して、立派な境内という雰囲気ではなかったが、手入れが行き届き、”わびさび”を感じる庭園的な雰囲気があった。こうしていろんな寺に行けば行くほど、金玉寺の廃れぶりが身に染みてくる。ほんと情けなくて仕方がない。
本堂に入ると、正面に大きな阿弥陀如来坐像が並び、左右に足を下ろした姿が特徴的な脇侍の観音菩薩坐像と勢至菩薩坐像が鎮座していた。この三体が最古の玉眼を用いたものだという。四隅には怖い顔をした四天王像が置かれていた。テツヤとジャコさんが深く拝み、眺めながら、
「いいよねぇ」
「いいですねぇ」
と、さっきから二人はそれしか言っていない。
「そして、お待ちかねの!」
テツヤが意気揚々と、本堂内の右手の壁の方に向かった。
なにやら大きな絵が掛けてあった。これが大地獄絵のようだ。絵図の前には、食い入るように見入る人が何人かおり、住職と思われる人も立っていて、祐一たちに絵図の概要を教えてくれた。
長岳寺に伝わる大地獄絵は、江戸初期の狩野山楽筆とされるもので、縦長の掛け軸のような絵が9つ並べられ、横幅11メートルにもなる巨大なものになっている。右端からストーリー仕立てになっており、荼毘にふされて死後の世界にきた人間が、それこそ三途の川を超えて、閻魔のもとで裁判を受ける様子が描かれている。
住職曰く、この世界は六道によって成り立っていると言い、天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道。
つまり祐一たちは、今”人間道”にいるわけであるが、その人生の行いによって次はそれこそ地獄道に落ちるかもしれないということなのだそうだ。
「あぁ、僕は次は間違いなく地獄だね」
「小生も同じく」
テツヤとジャコさんがしみじみと言った。
絵図にはその地獄の様子が描かれていた。焼かれ、千切られ、落され、まさに阿鼻叫喚。今ならそれこそR18間違いない、グロ、スプラッターのオンパレードだ。しかし、そんな恐ろしい世界を見ることによって、こんなところに行かないためにはどのように徳を積んで生きるか。逆に人生の教訓、戒め、模範を悟るという教訓にもなっているのだという。
いろんな阿鼻叫喚の中、一番印象的だったのは、木の上に絶世の美女がおり、誘惑する美女に向かって罪人らが木を登る場面であった。もちろんただの木ではない。なんと木の葉っぱが鋭利な刃物となっており、美女を求めて木を登る罪人の身体がそれによって切り刻まれていく様子が描かれている。これはまさに淫行を重ねた人生を送った人間が落ちる地獄なのだそうだ。
「あぁ、まさに僕らのことだね」
「えぇ」
と、テツヤとジャコさんが深くうなずき、祐一のことも見た。
「えっ、おれも…?」
うんうん。とうなずく二人。
「まぁ、否定はしない…」
仏教においては人間道の上の天道ですら、悩み苦しむ地獄だという。
まさに救いのない世界感だが、だからこそ、最後はこの六道の輪廻から解放されて、極楽浄土の世界に行くのを仏教では至上とする。長岳寺の大地獄絵は、左端の最後では観音菩薩が来迎し、刑期を終えた人らが阿弥陀如来のいる極楽浄土へいく様子までが描かれていた。これで、めでたしめでたしというわけである。
「獄卒のフィギュアほしいなぁ」
「小生は、Tシャツがほしいです」
いつまでたっても絵図の前から動かないテツヤとジャコさんを半ば強引に連れ出し(他の拝観者に迷惑になりかけてもいた)、三人は寺をあとにした。
「いや~、よかった。満足したよ」
テツヤとジャコさんは満足気だった。祐一も二人が楽しんでくれていたのなら悪い気はしなかった。
テツヤが振り返り言った。
「奈良は浄土の世界かもしれないね。浄土は西方極楽浄土って言ってさ、西の方角にあるとされるんだ。ということは、東は地獄とも言えるよね」
「東…、つまり東京ってこと?」
祐一が言うと、「いや、そこまでは言わないけど」とテツヤは否定はしたが、顔はにやけている。
なるほど、東京は地獄だったのだ。だからうまくいかなかったのだと祐一は妙に納得した。いや、本気でそう思ったわけではなかったが…。
テツヤとジャコさんが腹が減ったというので、三人で三輪そうめんを食べに行った。三輪山本という店で、店内はモダンで広く、多くの物販と奥に食事処があった。
祐一は、おそらくとてつもなく久しぶりにそうめんなんて口にしたと思うが、想像以上に美味しかったので驚いた。子供の頃は、昼飯や夕飯にそうめんなんて出てきたものなら、正直テンションが下がったものだった。ラーメンや焼きそばがよかったと親に言ったような気がする。しかし、自分も35歳を超えたからであろうか。そうめんも嗜める歳になったのかもしれない。
「柿の葉寿司、三輪そうめん、葛もちは、奈良の”三種の神器”なんだよ」
テツヤが言うと、ジャコさんが、
「テツヤさん。奈良漬を忘れています」
と、言った。
「あぁ、そっか。それじゃ、四種の神器だね」
というような、アホなのか賢いのかよくわからない会話を二人はしていた。
そうめんを食べ終わり、テツヤは大神神社や桧原神社にも行きたいと言い出したが、ジャコさんが二日酔いもあって疲れたというので、金玉寺に戻った。
祐一は階段下で車を降り、テツヤはジャコさんを駅まで送ると言うので、二人とはその場で別れて見送った。テツヤのインテグラタイプRが見えなくなっても、祐一はしばらく手を振っていた。
それからの一週間というもの、祐一は準備に明け暮れた。
市内のハードオフに向かい、音響や楽器の機材の調達。
そう言えば最近まで知らなかったが、ハードオフとブックオフは別会社だったというのには驚いた。世の中には知らないことがまだまだある。
金玉寺のHPも開設し、フェイスブック、ツイッター、インスタグラムと次々にSNSも開設していった。
このあたりは、バンド時代の経験が役に立った。
やっぱり、人生どこでなにが役に立つのかわからないものである。




