The Game 25
状況としては陽爻神社のときと似たようなものだ。
市職員がゴールを目指し、その間を夢操者ことXが遮る。
「……」
ただし、弱体化している。
超常的な力を発揮することはきっと難しい。
だが、だからと言って安心はできない。
ホテルの部屋の中にいるはずのZさんを叩き起こし、逃げ出すにはこの妨害者を沈黙させなければならない。
自らを改変してまで執着を続ける相手に。
この異様な様相のホテル内から。
「なあ、言えよ、Sはどこにいるんだ」
考えない。
夕食についてだけ想像する。
「ああ、言っておくがテメエとはもう、交渉なんざしない、人間相手にそんなことをしようとした俺が馬鹿だった。ははは、このまま手ぶらで帰ると思ってんじゃねえだろうな、全部だ、全部台無しにしてやるよ、テメエが守ろうとしたもの全部だ、その程度のことは理解して俺を騙したんだろうなあ?」
「そちらの勝手な勘違いを、市職員のせいにされては困る」
「黙れ。俺が騙しと言えばそれは騙しだ、テメエの意見なんざ聞いてねえ、詐欺師が一丁前の口聞いてんじゃねえぞ」
「詐欺師とは不当に金銭的な利益を得る者のことを言う、異なる形とはいえこちらが損を被ったような状況を詐欺だというのは無理が――」
「うるせえ!!!」
顔を赤くして怒鳴った。
ただし、その立ち姿はふらついている。
「素直に土下座して答えを吐いてれば手加減くらいしてやったものをよ……俺にこんだけのことをさせたんだ、テメエの関係者は誰一人残さねえ」
「その部屋で合っているのか?」
「あ?」
唐突な話題展開に、Xの不機嫌さが増した。
気にせず言葉を続ける。
「ここに来たのはただの推測だった。その部屋にZさんはいるのか?」
「……どうして俺が言うと思ってんだ」
「これはゲームだ、そちらがヒントを与え、市職員が探し当てた。その主催者は、せめてクリアしたかどうかを伝えるべきだ」
「……合ってるよ、ここにいる、間に合ってよかったなあ? 無駄に終わるだろうけどよ」
「なるほど」
まだ迷いがあった。
だが、Xはすべてを台無しにすると言った。
たとえこの場からZさんを救出できたとしても、明救市は酷いこととなる。
この「改変」にXが慣れたら、あとはもう容赦をしない。
倒れ伏す偽警官の様子を見れば想像がつく。死亡者は、きっと恐ろしいほどの数になる。
「いまだ扉を開けていない、市職員はそれが本当であることを確かめていない」
ならば、対処するより他にない。
人気のないホテル。
ほとんどの部屋には誰もいない。
ハズレばかりの中で問いかけた。
「だが正解した、そう言っていい状況だと市職員は考える。どうだろうか?」
「おまえ、何を言って……」
Xは改変された。
その力の大半を失った。
だからこそ、気づいていなかった。
「ええ」
その「正解」の扉の奥から漂う、おぞましい気配を。
薄く鳴らされていた、時計の秒針の鳴る音を。
それは、市職員が真っ先に連絡した先であり、協力を断られた相手だ。
「たしかに言いました。続きは正解してからだと。なぜなら、信頼の根拠がないのだから」
扉が開いた。
誰も触れていないにも関わらず、ゆっくりと。
その奥には、何かがいた。
暗く淀んだ気配の塊。
あるいは、悪夢の集積地。
笑うもの、微笑むもの、あるいは、人の意識を喰らうもの。
懐中時計を手に、そこにいた。
「は……?」
「ですが、あなたはこれを捕らえる機会を整えた。私に利益を与えた。多分に偶然と幸運が招いたものではありますが、正解したことは間違いなく、信頼に足る行動を取ったことにも違いはありません、応えるべきなのでしょうね」
その懐中時計に潜み、Gさんの意識を奪い去ったものだった。
捕獲者以外の、この明救市に来た最初の異変だ。
この子供っぽいXとは、明らかに異なる相手だった。
それは密やかに立ち上がり、近づいた。
「さあ、帰りますよ、いつまでも家出をされては困る」
「ふざ、おれは、まだ!」
「これだけの時間があったというのに、あなたは望むものを手に入れることができなかった。あなたは、ゲームに負けたのです」
「はっ、何を言って――」
指が鳴らされ、頭の中に映像が浮かんだ。
おそらく、この黒い異変が見せたものだ。
それは鍵を開けた仮眠室で、不安そうに堪えるSさんの様子だ。
部屋の外からは、騒がしく呼びかける声が続いた。彼らはSさんの名前を連呼した。
歯を食いしばり涙を堪え、音を立てないよう縮こまり隠れていた。
「あ」
「こんな簡単な問題も、あなたは解けなかったのですよ?」
「だ――」
泣き出す子供の顔でそれは指を向け、叫んだ。
「騙したな、騙したな! 騙したんだな!!」
「はい」
市職員は頷いた。
「ふざけんな! こんな、詐欺みたいな――」
「この地の神とは話がついています、さあ、戻りますよ」
「違う、違う、俺は……!」
Gさんに憑いていたものが、Xの肩に手を置いた。
瞬間、弾けた。
明救市を覆っていた夢が覚めた。
接続が、断たれた。
色鮮やかに、奇妙に、理不尽に人々の意識に入り込んでいた幻想が崩壊した。
それは、この変異が徐々に流し込んだ毒であり、このXが自在に展開させた意識に対する改変だった。
矢管吼のホテルの豪奢がくすみ、失せ、鉄骨の様子をむき出しにした。
周囲の電線の群れにより動かされていた建物もその形を崩壊させた。
駅前のアーケード街の絵が消えた。
外の建築物同士の衝突が歪み、消え失せた。
夢から取り残された人たちが次々に落下する。
鵜陣保蔵から須園通りまでの、消失物により作成されたものがその存在をかすれさせ、暗く淀むものとなり引き寄せられる。
異変が見せたであろう映像だった。
誰もがその変化に戸惑っていた。
その中には、不安そうに顔を上げるSさんの映像もあった。
「あ」
幻のそれと、現実の倒れ伏している偽の姿が重なった。
目を開けた人が映像か、現実のものかは不明だ。
だがそれは、Xを見つめ、微笑んだ。
とても親しげな、大切な人に向ける表情で、唇が、何かを言おうとした。
ボロボロになりながらも発するその言葉を聞こうとXは近づき――
「では、さようなら」
嗤いながら指を鳴らすその人に、容赦なくすべてが吸い込まれ、消失した。
懐中時計
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The Game 2
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