なんでもなくない
「少しは一人で月実ちゃんと向き合えるようになりなよ。月実ちゃんを大事に思うなら」
「う、はい」
何故私は事故後まーくんになってしまったのかは未だにわからない。けれど何故を考えるよりこの経験で得た情報の方が益があるように感じる。
まーくんにならなかったら、流のことなんにもわからないまま死ぬところだった。
私は少し安心している。
あのときは流のことをひどいやつだ、このまま私が死んでしまうのは理不尽すぎる、と思っていた。でも、誤解したまま死ぬことにならなくてよかった。
私にも私なりの考えがあるように、流にも流の考えがあって行動をしていた。しかもそれが私を思ってのことだったという事実のなんと愛しいことか。わけのわからない現象だけれど、まーくんの視点から見ることができてよかった。
残り、できることは少ないけれど、
最期まで。
月実との待ち合わせ場所の近くまで来た。
「ここからは一人で行きなよ」
「おう、ありがとな」
無理すんなよ、と言われた。苦笑しか返せなかった。
近くの雑貨屋でも漁るとしますか。
といっても、もう私にはほとんど意味のない行動なのかもしれない。
もうすぐ、私は死ぬ。それは確実だ。「月実」が死ぬというのもあるが。死んだら意識は消滅するのだろうか。それともまた過去の誰かに取り憑いたりするのだろうか。まあ、何がどうあれ、本当に私は死ぬのだ。その確信はある。流は言ったら止めるだろうけれど。
私は理解していた。どうやってまーくんの体に私の意識が入り込んだのかはわからないし、この際どうでもいい。大事なのは「何故」だった。
こんなぎりぎりまで、どうして気づかなかったのだろう、と思った。私はまーくんのことを能天気とか言えない。私は私で能天気で楽観的で、判断が遅かったから。考える時間ならいくらでもあったのに、ちゃんと考えなかった。
流との話し合いにしたって、いつものように諦め悪くちゃんと食らいついていれば、誤解とか、流の考えとか、わかることができたのに。相手が諦めたからって、私まで諦める必要はないのだ。
本当、私はどうかしていた。流と付き合うとき、流が告白を速攻で拒否ろうとしたのに対して食い気味で弁論したあの精神はどこに行ったのか。私らしくなかった。本当に死ぬ前に気づいてよかったよ。
確かに流も言葉が足りなくて、悪かったと思う。でも、流が言った「わかり合えない」という言葉を理由に諦めるのは何か違うだろう。告白もタオルも押しの強さで乗り切った私らしくない。
流について、理解するために、転に生まれ変わったのだ、と私は思っている。今更わかったところでどうなるのか、と思うかもしれない。でも、わからないまま死んでいたら、ずっと私はもやもやしたままだっただろう。
それと。
なんとなく、あのとき流がいつも以上にドライだった理由もわかった。たぶん、まーくんだ。あのときもまーくんが体調不良を起こして流は不安だったのだろう。本当は家で休ませていたかったはずだ。
それが、無理を通してついてきたのだから、心配して上の空になっても責められない。「竹馬の友」と呼ぶくらい二人は仲がいいのだから。
結局、「私」もこうしてついて来てしまったのだが、家で留守番しているわけにはいかなかった。「自分」がもう一度死ぬのを指を咥えて見ているだけ、というわけにはいかないからだ。
転がついてきていなかったなら、もっと話がいい方向に進んでいた、という保証はない。どうあったって、そこには「流は口下手」という事象がある。つまり、結局喧嘩別れしていたかもしれないのだ。そこにトラックが突っ込んで来ないとも限らない。
となると、私ができるであろう最後のことを実行するため、ついてきた方がいい、と判断したわけである。
それは流にとってはもちろん、まーくんと仲良くしていた月実にとっても辛い現実を招くことになるかもしれないけれど。
そろそろかな、と覚えのある道を辿って、流と月実を探す。見つけた二人は案の定揉めていた。未来を変えようとして体調悪化させては元の木阿弥だが、二人に「落ち着け」と言いたい気分だ。落ち着いて話せたら、色々違っただろうに。
私もまだまだ余裕の足りない女だなぁ。
だからトラックにはねられたりなんかしたんだろうけど。
もし、来世なり何なりがあるのなら、早まった行動だけはするなよ、私。
いくつか口論を交わした果て、つん、と踵を返す月実。もうトラックは見えている。私は走り出した。
「危ない!!」
そのままトラックに気づかずに歩き出してしまう月実を力いっぱい突き飛ばす。向こう側の縁石と地面に豪快に体を打ち付ける月実。滅茶苦茶痛かったんじゃないだろうか。男の人の力って、思っているより強いんだな。死んでないかちょっと心配。
でも、これでよかったんだ。
私はよく考えて、思い出したんだ。意識がなくなる直前に聞いた「危ない!!」と叫ぶ聞き慣れた声の正体。あの場面で流じゃない聞き慣れた声って言ったら……
まーくんしかいないんだよね。
もちろん、私には他にも友達はいる。でもほとんど女友達だ。男の子の友達なんて、まーくんくらいしかいないんじゃないかな。あ、男の子で私を友達と思っているやつがいても私はカウントしてないので、そこんとこよろしく。
なんて、トラックに轢かれながら呑気だなぁ。まるで他人事みたい。涙は流れるんだけどね。
まーくん、ごめんなさい。私の勝手で、あなたの体を殺しちゃって。私が入ってから、まーくんの意識とか人格とか魂とかは別な場所に行っちゃったのかな。もう謝れないね。助けてくれてありがとう、も不謹慎かな。
明日なんて簡単に来ないね。あのときもそうだったけど、私っていつもなんで気づくのこんなに遅いんだろう。
せめて、月実を守れたなら──
そこで「私」の意識は闇に呑まれた。




