なんでもいいからもう
それから日々が過ぎ行くにつれて、私の中には危機感が芽生え始めていた。
毎日毎日、流と月実の間に進展が訪れないか、そわそわしていた。心配で夜も眠れなくなってきたくらいだ。
そんな私の顔色はやはり悪くなってきたようで、クラスメイトにも心配された。名前知らないけど、心配してくれてありがとうとだけ言った。
女子のきゃーきゃー言う声が頭にガンガン響く。原因はわかっている。寝不足だ。
私がどれだけ焦っても、刻一刻とそのときは迫ってきている。流の家で日めくりカレンダーなんか見ると尚更実感が湧く。
──あと一ヶ月ほどで、月実は死ぬ。
進展がないから。流が自分の思いを話した様子もないし、それどころか最近は会う頻度も減ってきた。
始めは能天気に始めたまーくんの体での生活。今では後悔ばかりだ。のんびり二人を応援して、なんて、いつの間に私は第三者になったんだ?
体が月実じゃない? だから何だ? 私は紛れもなく、「月実という意識」じゃないか。事故死する未来を、喧嘩別れしてしまう未来を見て知っている、そんな最悪の未来を避けられる唯一の存在じゃないか。
タイムパラドックスが何だ。リアリズムに欠けて悪いか。
何故今まで思い至らなかったんだ。これは最初で最後の絶好のチャンスだってのに……思い合っている私たちのすれ違いを正して幸せになれる未来に修正できる可能性があるのに、なんで今まで行動しなかったんだ。
もっと流の背中を押せただろう? 何なら尻だって蹴っ飛ばせた。月実に喧嘩別れして事故死する未来を告げてはいけないなんて誰か言ったか? 何故しなかった?
ただ、時間だけが過ぎていく。今なら、意気地なし、と思った流のタイミングという発言にも同意できる。
元々、まーくんと私は流を介しての付き合い。だから、個人的に会いに行くのもタイミングを選ぶ。クラスが同じわけじゃないし。月実には月実の友達がいるから、その友達と話しているタイミングに介入できない。
「ああ、くそっ」
今日も毒づいて朝を迎えた。
「転、顔色悪いぞ」
誰のせいだよ、と言いたくなったが、生憎、そんな元気はない。これは自分の努力が足らなかったせいでもある。
流は買ってきたらしいコーヒー牛乳のパックを一つ、私に渡す。受け取ると、ひんやりとしていて気持ちよかった。
「……タイミングはまだ来ないのかい?」
「ん……ああ」
罰が悪そうに頷く流に責めているわけじゃない、と伝える。
本当はここでもっとがつんと、「暇なら今行こう!」みたいなことを言えたらいいんだけど……ああ、コーヒー牛乳冷たくて気持ちいい。
駄目だ、頭がまるで回らない。
「言えた義理じゃないけど……頑張ってよ」
「ん? ああ。……なんかお前、変だぞ?」
「そう?」
のそのそと紙パックにくっついたストローをぷつっと出し、ここですよ、と控えめに主張した感じの丸に刺す。
ちゅー、と啜ると、コーヒーの苦味のある香りとコーヒー牛乳特有というか砂糖思い切り使いましたね、という甘さがぶわりと口の中に広がった。
一気に視界が澄み渡ったように感じる。
机にのぺーっとだらしなく広がっていたのからすっと起き上がり、流と向き合う。
「おはよー」
「おはよう。……お前、ちゃんと飯食ってんのか?」
そういえば、食事もまともに喉を通っていなかった気がする。寝不足の他に栄養失調かな、こりゃ。
「月実ちゃんとは最近会ってないの?」
「タイミングがな……あと会ってもいざ一対一で話すとなると緊張する」
ほうほう、それはそれは。
「ふっふっふっ、我が存在が有り難かろう」
「お前、そんなキャラじゃないだろ」
あ、調子乗ったら引かれた。ちょっとは元気になったよアピールのつもりだったんだけど。
まあ、確かにまーくんのキャラではない。時々ならやりそうだけど。
「頭打ったんじゃねーの?」
失礼な。
「普通に悩み事だよ。誰かさんのおかげでね」
「え、俺のせい?」
やっと気づいたか。
この数ヶ月、幼なじみの転として接してきたことでわかったが、流は鈍い。他人の感情の機微に。時には自分の感情すらよくわかっていない風なところもある。
幼なじみのことにすら気づかないのだから、それより短い付き合いの人の感情なんて、そりゃわかりませんよね。
「でも、付き合って半年くらいにもうすぐなるし、さすがにそろそろ、切り出してみようと思う」
流の「半年」という発言に思わず凍りついた。
付き合って半年の前日、喧嘩別れして事故死するのだ。
「そうやって先送り先送りにしてると、いつかなんて来ないよ?」
胸が、痛い。きりきりと締め上げられるように苦しい。心臓の脈打つ音が耳元で鳴り響いているようだ。
「おい、転?」
「い……そぃ……」
きちんと言葉を紡げない。回復したばかりなのに頭がくらくらする。視界が滲んで……
「おい、転、転……!」
ああ、流の声が遠退いていく。
違う、違うよ流。転じゃなくて、私の名前を呼んであげて。
転にじゃなくて、月実に話してあげて。
急いで。時間がないよ。
ぱちくり。
目を開けると知っている天井。まあ、この天井を見る回数なんて健康第一の私は滅多にないのだが。
保健室だ。
「……ふぅ~~~~」
長く息を吐き出す。久しぶりに呼吸をしたみたいな感覚で美味しい空気を味わった。
起き上がるには、まだ頭は重い。けれど時間くらいは確認しようと思ったら、カーテンの向こう側は綺麗なオレンジ色。夕方までぐっすり眠ってしまったらしい。
ということは意識を失ったんだな、私。
しゃ、とカーテンの開く音がしてそちらを向くと、王子様が立っていた。王子様なのは見た目だけで、実は中身は滅茶苦茶人間臭い王子様が。
「やあ」
「『やあ』じゃ、ねぇよ……!」
顔をくしゃりと歪めた王子様……はそろそろやめよう。流の眦にはよく見ると水溜まりができていた。
「何、心配したの?」
「突然目の前で意識失われたら心配するだろ!!」
それもそうか。
なんて冷静に考えていたら、がっと抱き寄せられた。え?
私、というかまーくんの体は流の両腕の中にすっぽり収まってしまった。ええと、どういう状況かな、これは。
「心配したんだぞ。ったく……呑気にしやがって……!」
「……怒ってる?」
「当たり前だろ!!」
当たり前かね?
「ほら帰るぞ。飯作ってやる」
「わーい」
単純な私は普通に喜んでしまった。
ちょっと忘れていたのだ。あとどれくらい、時間が残っているのか。




