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なんでもないのか

 それから一月。何も変化はなかった。月実はやはり「るーくん」と呼びたいようだが我慢しているようだ。彼女に我慢させるなんてなんて彼氏だ。

 とはいえ、今はまーくんの私が何か言ったところで何か変わるわけでもあるまい。流にも何か考えがあるようだし。

 とのんびり考えているうちに、更に一月経って、さすがに焦った。付き合い始めて四ヶ月である。

 最近は月実が「流」を「るー」と言いそうになって言い直すというのが増えてきた。流は気づいているようだが……何も言わない。けれど月実にはそれがはっきり拒絶だとわかっているようだった。「目は口ほどに物を言う」とはよく言ったものだ。

 このままだと、私がいるそのままの未来になる、と思い、ある日、私は流を呼び出した。

 流の家から歩いて数歩で辿り着く転の家。つまり隣の家なわけだが。

 流の家と比べると、まーくんの家であることも踏まえてあまりにも殺風景な部屋。必要最低限の家具しか置かれていない。

 そんな中部屋の中央に鎮座する質素な卓袱台に向かい合って座る。

「お前が俺を呼び出すのは珍しいな」

「話がある」

「……じゃなきゃ呼び出さないよな」

 話す前から、流ははぐらかそうとしているのがわかった。流はこの話題が嫌なのだ。けれど、月実と向き合う気があるのなら、この話題を避けてもらっては困る。

 月実には話せなくても、転には話せる、と信じて。

「お前さ、月実ちゃんとの距離感どう思ってるんだよ?」

「……別に」

「別に、何だ?」

「お前にゃ関係ないね」

 ほうほう、関係ないとな。

「そりゃ関係ないさ。大事な幼なじみと大事な友達とはいえ所詮は他人だからね」

 開き直った私に流は驚いたようだ。それもそうだろう。まーくんならこんな話し方はしない。

「でもさ、お前の問題なのにお前が一向に解決しなくて、それで巻き添えを食らっていることに文句を言うくらいはいいと思わない?」

「え、えと」

「まあ、これはるーの意見なんてどうでもいいんだけど」

「んな」

 関係ない発言の仕返しに成功して溜飲が下がる。さて、ここからが本題だ。

「お前さ、初めてとはいえ、カレカノ関係がここまで続いているっていう状況すごいからね? まずそこへの認識大丈夫?」

「え」

 やっぱり理解していなかったか。

 流は恋人というのに興味がなさそうだったからな。そもそも私と付き合ったのも私に押し負けた形だったから、なるようになるくらいにしか思っていなかったのだろう。

 他の人がああだこうだ言うなら、流はつっけんどんにあしらったに違いない。けれど、それが長年の付き合いの幼なじみからの指摘ならどうだ、という賭けだが、今のところ優勢のようだ。

「月実ちゃんさ、元々お前と反りは合うのかもしれないけど、お前に合わせてるところだってあると思うよ。価値観の違いなんて誰にでもあるんだから」

「そんくらいはわかってるよ」

「いいや、わかってないね。るーさ、月実ちゃんからもらった誕生日プレゼントのタオルに一回でも感謝した?」

 記憶違いでなければ、こいつは月実に「ありがとう」の一つも言っていないのだ。人としてどうなのか。

「感謝っていうか……あいつが勝手に買ってきたもんだろ」

「でも受け取ったじゃん!」

「あれはお前や月実が無理矢理……」

「じゃあなんで開けたの?」

 ひゅっ、と息を飲む流。

 私はそこに漬け入るように言葉を連ねる。

「中身はどうあれ、嬉しかったんだろ。誕生日祝ってくれたのが」

 固まる流。図星だったのだろう。

 考えれば、わかることだった。私が以前祝ったときもそうだった。流は少なくとも幼なじみの親友であるはずの転から、誕生日プレゼントをもらっていない。まーくんは気の回る子で、誕生日プレゼントくらい用意していてもよかったはずだ。私が入っていたとしても、だ。

 もし、毎年誕生日プレゼントをもらっているなら、「今年はくれないのか」と流は何かしら感情が出ていたはずだ。

 私の見る限り、そんな挙動はなかった。まるで、誕生日プレゼントなんてもらえなくて当然であるかのようだった。だから月実から誕生日プレゼントをもらって、あのときは「自分に似合わない」とか言っていたけれど、本当は。

「狼狽えてるんだ、るーは」

「そんな、ことは」

「本当にいらないなら捨てればよかったんだよ」

「んなことしたら」

「月実が悲しむ」

 口調を真似してみたが、まーくんの柔らかい声だと語調が柔らかく聞こえてしまう。

「でしょ? だから捨てなかった。それはね、るー。単に誕生日プレゼントだから捨てられなかったんじゃない」

 これは、こじつけ、と笑われるかもしれないが。

「月実ちゃんを捨てられなかったんだ」

 ……うーん、言っているのが私でなければ、個人的には感動シーンなのだが。実際はまーくんが言っていることになるからいいか。

 流はこちらを真っ直ぐ見ていられなくなったらしく、斜め下に俯いている。

「……嬉しかったんでしょ、プレゼント」

 私は流の昔を知らない。何故「竹馬の友」とまで自慢するほどの関係であるまーくんからすら誕生日プレゼントをもらえないのかわからない。

 でも、渡してからずっと、洗濯くらいはしているだろうけど、月実が訪ねてくるときには必ず、あのタオルの存在があった。それくらい、大切にしていた証拠だと思う。

「……いつの間にか、大切になっていた」

 ぽつり、と流が呟いた。

「最初は、ただ今まで会ったどんな女子より押しが強くて、根負けしただけだった。そう思ってた。ただそれだけのはずだった」

 そうだろう。かなり付き合い始めた流はドライだった。けれど、今は違う。私が月実でないからこそ、流の変化がわかった。

 ひっじょーにわかりづらいが、流は自ら進んで月実という女の子に接していくようになったのだ。今までだったらあり得ない。流にとって「女子」という存在はうざったくて鬱陶しいだけのがらくたみたいなものだっただろうから。

 あの頃私は気づかなかったが、今まで流に袖にされてきた女子が見たらひっくり返るくらい扱いがよかったのだ。私は恋人同士ならそれが当然と思い込んでいたけれど。

 人によって、価値観は違う。これは私が今、現在進行形で擬似体験中であるからこそ言える。タイミングが違うだけで、見たことがないシーンを見るだけで、同じ人物でも物の見え方が変わるのだ。他人同士で同じわけがない。

「でも、転、だから何だっていうんだ? 俺は受けたこともない施しにどう返したらいいかわからない。でも、あいつが望むこと……つまりは俺を渾名で呼ばせることはあのタオルと対等な価値か? それがわからないんだよ」

「そんなに渾名呼び嫌?」

 率直に聞くと、流は唸った。そして項垂れた。

「お前に『るー』と呼ばれるのは嫌ではない。ただ、な……恋人というのは特別な間柄なのだから、渾名とかより呼び捨ての方がいいんじゃないかって……」

「はあ……」

 溜め息とも疑問符ともつかぬ声が零れてしまった。言うなれば、これがあのとき「わかり合えない」とまで言わせしめた理由なのだろうと思うと、なんだか頭を抱えたくなってくる。

「何そのよくわかんない理由……」

「いや、わからなくはないだろ」

 まあ、呼び捨ての特別性は認めるとして、だ。

「そのこと月実ちゃんに言った?」

「う……」

 ここ! 重要なのここ!!

 そういう考えを持つのはいいよ。ただし言ってもらわないとね!! 嫌われてるって思うじゃん!?

「で、でも」

 ほう、ここで言い募るか流。どんな言い訳が出てくるのやら……

「でも……いつかは……ちょっとだけ……『るーくん』って呼ばれても、いいかな……とは思ってる……」

 尻すぼみになっていく流の言葉に口角を上げずにおれようか。今私は今生最大のにんまり顔になっている自覚がある。

 いつもなら「気持ち悪いぞ」とか突っ込んでくるのだが、流は顔を真っ赤にして黙りこくっている。女子か。

 しまいにはぎゅっと目を瞑ってこんなことまで宣った。

「いっそ殺せ!!」

「え、やだ」

 即&答。写メりたいの我慢しているだけでも有難いと思ってほしい。そのまま恥ずかしさでしばらく死んでいてもOKよ。

「っていうかさ、ここで話して恥ずかしさで死ぬくらいなら、月実ちゃんに今言ったまんまを全部言えばいいじゃん」

 これが最適解だと思うのだが。

「タイミングがな……」

 んなもん自分で作るんだよ、ああっ!? ……と、叫びそうになった。かっこいい流はここにいない。言ってしまえば一般男性よりダサダサの残念な思春期男子がいるだけだ。

 それだけに。

「奇跡だよ」

「は」

「顔はいいし見方によってはクールでかっこいいるーが、譬他の子と付き合ったとしてもこんなことなんてあり得ない。こんな意気地なしを見放さずにお付き合いが続いているるーと月実ちゃんのカップルは奇跡でしかないよ!!」

 本当そう。普通の女子ならもっと早い段階で愛想尽かしてるよ。半年耐え抜く私すごくない!? 四ヶ月続いてるの!? やばっ!!

 こほん。自分への限りない賛美が出てしまった。私は今はまーくんだから話は別。

「いつかって、いつ?」

 そう、呼ばせる気があるなら何故そのことを言わないのか。いつかとはいつなのか。

 すると、流は視線をふよふよとさせた。

「……決めては、ない……俺が、気を許せるようになったら?」

「なんで疑問形なのさ。るーはもう月実ちゃんに気を許してるんじゃないの?」

「う、わからない……」

 わからないことだらけだねぇ。

「いつかって思ったそのタイミング」

 苦しい言い訳。

「今では?」

「急すぎる」

「言うと思ったよ」

 肩を竦める。

 意気地なし。だけど嫌いにはならない。なんかいつものすんとした感じよりこっちの方が親しみやすくていいくらいだ。

 月実も、自分の好きという気持ちをもっと信じられたら、未来は変わるかもしれない。

 ……なんてまーくん(ひとごと)の立場だから言えることだ。

 だから流には一つだけ。

「なるべく早く決めるんだよ」

「……ああ」

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