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なんでもかんでも

 現在時刻は午後三時。

「おやつの時間だねぇ」

 転(イン私)がのんびり呟くと私がくすくす笑う。

「三時のおやつなんて保育園ぶりに聞いたよ」

 確かに。

 五ヶ月前の記憶は鮮明とまではいかないまでも、ちゃんと残っている。そういえばまーくんが三時頃に「おやつの時間」と言って、私は笑ったのだった。三時のおやつなんて未就学児発想だったので、本当に保育園ぶりくらい。

 まーくんはやっぱりふわふわしてる、と思った事案だった。私も特に考えて言ったわけではないのだけれど。なんとなく口を衝いて出た。

 ここで私は一つの疑問を抱く。

 今、私の意識がまーくんの体を動かしているとして、ここから私が事故までのこれから五ヶ月、まーくんが実際に採っていたのとは別の行動、言動をしたなら、矛盾が生じないだろうか。所謂こういう時間遡り系にあるタイムパラドックスとか言うやつだ。

 ……まあ、それ以前に五ヶ月前の知り合いの体に転生しているっていうのがそもそもの矛盾だよね。意識だけで言うなら私……「月実」が二人存在することになる。

 これは気取られてはいけないのでは? もし、「月実が二人いる」という矛盾が発覚したら、ラノベみたいに世界の均衡が崩れたり、ゲームみたいに時間の管理者とかに成敗されてしまうのだろうか。そうなったとき、十中八九「月実」は両方消されるよね? 最悪の場合、まーくんが巻き込まれるよね? まーくん何も悪くないのに。

 それを言ったら、この意味不明現象だって、私が悪いのかも判然としないところだけれども。神様のチュートリアルなしで異世界転生したみたいな事態だよね、これ。

 問題なのは異世界じゃなくて、これが私の知る限りの現実世界なこと。事故に遭うという身の危険を察知して体ごと時空を移動したタイムリープ現象なら、聞いたことはあるんだけどなぁ。

 うーん、と物思いに耽っていると、隣がもぞもぞ動く。

「どうした? 考え事なんかして」

「え、ううん、なんでもないよ、るー」

 顔を覗き込んでくる様子がイケメンすぎるんだが、この幼なじみどうしたらいいの?

 あー、もう。ごちゃごちゃ考えたって仕方ない。なったことは仕方ないんだから、状況利用して楽しんだ者勝ちってことでどうよ。

「まーくんがぼーっとしてるのはいつものことじゃん、流」

「まあ、それもそうだな」

 失礼だな、と思ったが、確かにまーくんは大抵ぼーっとしている。こういうとき否定していなかったから、本人はそういう認識でいいと思ったのだろう。

「それより今日は美味しいお菓子持ってきたのー!! 確かにまーくんの言う通りおやつにちょうどいい時間だし、みんなで食べない?」

「何買ってきたのー?」

 むう、どんなに意識しても間延びした感じの声になってしまう。まーくん恐るべし。

「バウムクーヘン。スーパーで大量売りしてるのよりちょっとリッチなやつだよー」

 あ、これ覚えてる。流がこの後コーヒー淹れにいくんだ。

 その予想通り、流が立ち上がる。

「甘いもんならコーヒーが合うだろ。淹れてくる」

「るーはコーヒーにこだわり深いからねえ。よかったね月実ちゃん、美味しいコーヒーが飲めるよ」

「あとお前の眠気覚ましだ、転」

 ありゃ。まあ、流のコーヒー本当に美味しいからそれで眠気覚ましなんて贅沢にも程があるよね。

 台所へ向かう流の背中を見送ると、すささ、と寄ってくる私。私私言うとややこしいから月実ということにしよう。自分で自分の名前呼ぶって複雑な気分。

「まーくんまーくん」

「んー?」

 そう、この流のいない隙に月実は流のことで転に相談したかったのだ。

「こないだ、流くんがもうすぐ誕生日だーって話だったじゃない?」

「うん」

「……誕生日プレゼント、何がいいだろう……?」

 そう、この乙女は真剣に悩んでいたのである。初めての彼氏への誕生日プレゼントを。なんて健気なことであろうか。

 というのも、流の好みがわからないのだ。流は口数が多くはないので、聞かないと話してくれないし、コミュニケーション能力がおかしいので、話題クラッシャーになってしまうのだ。

 誕生日は二週間後に迫っている。焦るのも無理はない。

 過去の自分を眺めることで、私はあのとき転が言っていた意味がわかった。故に、それも道理と思い、同じことを言葉にしてみる。

「るーの好み知るより、自分の好きなもの贈って、自分を知ってもらった方がいいんじゃない? るーが本当に月実ちゃんのこと好きなら、案外常用してくれるかもよ?」

 それでいいのかなぁ、と月実はやや不安げな顔をしたが、他に案もないので、それを採用することになる。

「二人共、付き合ってるって言ったって、まだ一ヶ月くらいでしょ? それで互いの好み完全把握してる方が怖くない?」

「……それもそうだね」

 単純明快な月実は納得し、水玉タオルの購入を決定。

「でも、可愛いよりかっこいいのが好きそう……」

「るー押しに弱いから、ごり押せば通るよー」

「そ、そうなのかな」

 うーん、この頃の私はなんだか弱気だな。付き合いたてだからかな。

「月実ちゃんは可愛いんだから自信持って!!」

 自分で自分を褒めてるみたいで複雑な心境だけど、なんとか半年までは仲保ったからきっと大丈夫さ!

 なんだろう。だんだん性格がまーくんみたいな楽観思考になってきているような。まあいいか。

「で、月実ちゃんはるーのどこに惚れたの?」

「ふぁっ!?」

 うん、初々しくて可愛いな。なんだろう、自分を第三者視点から弄るのも楽しいかもしれない。

 何がどうなってこうなっているのかはわからないままだけれど、やっぱり楽しんだもん勝ちだね。

 そこから流が来るまでは月実を惚気させて楽しんだ。

 ……ふと、思う。

 転は楽しかったのかな、と。

 転とは友達として接していた。突然友人にできたどこの馬の骨とも知れぬ彼女を転は喜んで受け入れてくれた。聞いたところ、流は顔も能力もいいのにコミュニケーションに難があるため、彼女ができた試しがなかったらしい。

 初めて「流の彼女です」と転に自己紹介したとき、「お赤飯炊かなくちゃね!」と興奮していた転を思い出す。よっぽど嬉しかったんだろうな……

 でも、「ただの友達」に彼女ができたくらいであそこまで喜ぶだろうか、と思ったら、二人は幼なじみで、保育園からずーっと一緒だったようだ。なるほど「竹馬の友」というだけはある。

 私を歓迎していた転だけど、私がいて楽しかったのか、という疑問が湧いた。

 親友盗られた……とか言って彼女を妬むような根暗くんではないとは思うが、あの性格に難ありの流が「竹馬の友」と呼び親しむくらいだ。……寂しい思いをさせていたのではないだろうか。

 今も、本来なら転自身が月実と会話していたところだ。私は面白がってやったけれど、転はどういう気持ちでいたんだろう。

 どういう気持ちで、私にアドバイスをくれたのだろう。

 もちろん、転の考えることなんてわからないから、私は私の思うように転の体で行動するだけだ。けれど、その結果、転と同じ行動に出た場合、私はやはり疑問に思うだろう。

 ……まーくんは優しいからなあ。

 気にしても仕方ないことだけれど、気にはなる。まあ、この頃の私は流の気を引きたくて必死で、転の気持ちなんて考えてなかったけど。

 ぐるぐる考えながら、バウムクーヘンの甘味をコーヒーの苦味で溶かした。


 数日後、私は月実に呼び出された。いや、呼び出されたのはまーくんだが。

 理由はわかっている。流への誕生日プレゼントの件だ。自分でやったことなので覚えている。

 ショッピングモールで、私の目には馴染んだペールカラーで水玉模様のタオルを示す。

「これなんだけど」

「うん、可愛いね」

 ほわほわ青年からの素直な賛辞に「ですよね!?」と食い気味に喜ぶ月実。しかしそのエンジェルフェイスにも陰が射す。

「でもやっぱり、可愛すぎるかな……?」

「いやー? るーにはこれくらいがちょうどいいんじゃないかなー」

 やはり自信なさげな月実。なんだか、これからこのタオル勝って流の誕生日にプレゼントとしてごり押すという成長が楽しみすぎる。

 実際、転にも先の台詞を言われたのを言ってから思い出した。今思い返すと本当にその通りだ。こんな可愛い彼女がいるのだから、多少のファンシー要素は必要だろう。

「でも、なんでタオルにしようと思ったの?」

「え? ああ、流の家で、洗面所に白無地のタオルがあるじゃない? 滅茶苦茶タオルらしい生地のタオルなんだけど、拭えないオッサン感があるから」

 思わず噴いた。タオルだけに拭えないってか!

 それはさておき、あの「これぞタオル」っていう感じのごわごわ生地には確かにオッサン感が溢れている。ちゃんと洗ってはいるようだが、そういうことではなく。

「ほら、これマイクロファイバーだし、触り心地もばっちりだと思うの」

 そう! この子はね! そんなところにまで気を遣ってるの!!

 なんかもはや自分を見ているというより親心湧いてきたかもしれない。

「マイクロファイバーかー。確かに触り心地は大事だね」

「ですよね!?」

 これにしようかな、これにするかな、これにしよう!! と自己完結する月実を見ていると微笑ましく、面白い。

 サービスカウンターでプレゼント用の包装を頼み、わきわきとしている月実。これデートだったら流に怒られるね。

 無事、包装をしてもらい、持ち帰ったプレゼントは渡すまで一週間ほど、眺めてニヤニヤする代物となるわけである。

 付き合い始めて一ヶ月だと初々しいのう。

 それはそうと……このままだと五ヶ月に破局なのだが。

「まーくん、ちょっとお茶してこ」

「うん」

 適当な喫茶店に入り、適当に飲み物を頼む。

 月実はとても肝が据わっているので、さくさく本題を切り出してしまう。

「まーくんって流と仲いいよね。渾名呼び羨ましいんだけど」

「ああ、これね」

 私は苦笑して誤魔化す。まさか「今転の体には五ヶ月後の君が入っていて好き放題に渾名呼びしてるだけだよ」なぞと電波なことは言えない。

 転から以前聞いていた話を出す。

「かなりちっちゃいときからるーとは一緒にいるんだけど、最初、『りゅう』って発音できなくて『るー』になっちゃったんだよね」

 何それ可愛い、と思ったエピソードだ。これが見た目ゆるふわ青年から放たれているからいいのであって、ごつごつ系男子から言われたら引くしかない。

 まあ、まーくんが流を渾名呼びするのはこういう理由からだ、と知ってはいた。けれどやはり、他の人から渾名呼びされるのを嫌うというのはなんとなく納得いかない。

「いいなー、私も呼んでみたい」

「呼んでみたら?」

「速攻でやめろと言われました」

 うん、実行済みだった。行動力おばけだよね。

「なんでまーくんはよくて私は駄目なんだろう……」

 それは私にもよくわからなかった。だからといって、まーくんに嫉妬するわけではないのだ。

 よく考えると、それは不思議な思考回路だった。羨ましい、がいつの間にか恨めしいになっていても何ら不思議ではないのに。

 まーくんにはまーくんで、友達としての「好き」があるからな。憎めないというか。

「とりあえず、押してみる! うん!」

 またもや自己完結。行動力おばけの自己完結ってすげーなー、と他人事のように思いながら、私はオレンジジュースを啜った。


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