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なんでもないことから

月実(つきみ)、いい加減懲りろって」

(りゅう)くん釣れないー」

 街角で純然たるリア充であるカップルが喧嘩だなんて、非リアのやつらが泣いて喜ぶしかない事案であろう。ともすれば非リアの仲間入りだ。

 そんなのはごめんだ、と思いつつも恋人の流と揉めているのは私。

 揉めている内容はといえば、

「いいじゃん少しくらい渾名で呼んだってー!! 『るーくん』なんて可愛いじゃない」

「可愛くなりたいわけじゃねえよ」

 ……といった具合。

 下らない、と一笑に伏すやつもいるだろう(それは大抵非リアだ)。けれど、彼女である私としてはとても納得のいかない問題なのだ。

 恋人同士で渾名呼びなんて定番中の定番だし、まだちちちちちちゅーもしたことないんだよ!? 渾名呼びくらいちゅーに比べたらハードル低いにも程があるでしょ。というかそもそも私たちは恋人なのっていうくらい恋人らしいことしてないんですけどね!? 手ぇ繋いだくらいかな!? な!?

 ふう、ふう、息継ぎを忘れるほど取り乱した。失敬、失敬。まあ、正直恋人なんだからもっと仲を詰めたい、というのはある。だが、この渾名呼びに関してはもっとずっと納得のいかない事象が伴っているのだ。

「なんで友達のまーくんには呼ばせてるのに彼女の私は駄目なの!?」

 これ、そう、これである。

 流には(まわる)という幼なじみの親友がいる。彼女持ちで親友持ちとかもはや人生勝ち組でしかないよ流くん、というのはさておき、その幼なじみには「るー」と渾名呼びを許しているのだ。

「まあ、転は竹馬の友だからな」

「流くんは私の白馬の王子様でしょ」

「白馬になぞ乗った覚えはない」

「揚げ足を取るなー!!」

 もう、腹立つ腹立つ。元々色素の薄い茶髪だったのが最近更に色素が薄まって金髪に近くなってイケメン度増してるからって調子乗っちゃってさ。目も琥珀色で綺麗だし、目鼻立ちは整ってるし、その上ステータス値が高いんだよ? 勉強できるし、運動できるし。唯一の欠点がコミュニケーション能力がないというか、他人に興味がなさすぎるとこなんだけど……あれ? こんな優良だけど難関物件とカレカノになってる私って実はすごい?

 まあ、白馬の王子様なら、金髪碧眼か蒼眼が望ましいところだけど、顔面偏差値が高いのでよしとする!

 ただ問題はね、誰にでもなんだけど、態度が基本的にドライということ。まあ、こんなイケメンですから? 告白する女子なんて殺到して困って突き放すようにしたんだろうけど? それに猛アプローチして私は恋人の座を射止めたのだ!! あれ? 私すごくね?

 とはいえ、とはいえだ。結局告白を受け入れてもらっただけで、態度はドライなまま。つまりその他大勢とおんなじまんまなの。それってカレカノ関係としてどうなのよ? と私は思うわけ。

 こんな平凡でどこにでもいる黒髪ショートにカチューシャつけただけのやつを彼女にしてくれただけでありがたいのかもしれないけども。

 私より待遇がいい人がいるというのは、気に食わないとまではいかないけど、承服しかねると言いますか。

 恋人より友達っていう感覚がね、理解できないの。恋人にしたってことはお前一番大切にするって言ったのと同義ぞ?

 でもまーくんはいい子だし、まーくんを責めたいわけじゃない。短い付き合いの私ですらまーくんはいい子だと思うくらいだ。「竹馬の友」を豪語するくらいの長い付き合いなら、よりまーくんの人となりを理解しての発言だろう。

 でもさ! 付き合ってもう半年経つの! 明日アニバーサリーなの! ここで決着つけて、綺麗に明日を迎えたいよね!

「あのな、月実」

 諭すように流が話しかけてきたので、一応耳を傾ける。

「前から言っているが、渾名で呼ばれるのは嫌なんだ」

「まーくんはいいのに?」

「あいつはもう癖になってるから直せねえんだよ……だから諦めてる。でもな、だからこそお前には俺をちゃんと名前で呼んでほしいんだ。お前だって、『つっきー』やら『つーちゃん』やらと俺に呼ばれるのは嫌じゃないか?」

「いや、むしろ大歓迎なんですけど」

 即答した私に流が溜め息を吐く。すぐわかった。呆れられたんだ。

 渾名呼びは特別感があっていいと思うから推奨してるのに……

 すると、流はふいっとそっぽを向いた。

「もういい。わかった。お前とはわかり合えない」

「はあ!?」

 思考放棄? ふっざけんじゃないわよ!?

 意見も聞かないで私を見限るなんてひどいでしょ。ドライにも程があるわ!!

 激情に駆られて私は苛立ちを込めながら踵を返した。

「わかったわよ。流くんがそうやって諦めるんなら、私も一生理解してやんない。短い間だったけど、じゃあね!」

 これで清々するわ、と歩き出す私に何度か、「おい」と流が声をかけてくるけど、私はガン無視した。見損なったばかりの男に向けてやるような目はないわ!

 けれど、

「危ない!!」

 聞き慣れた声がして、私は渡りかけた横断歩道で立ち止まった。

 目の前に、ダンプ。止まる気はないだろう。ここは信号がないし、運搬で三連になっているうちの二台目くらい。

 ……嘘すぎでしょ。

 彼氏のドライな性格に愛想尽かしたくらいで、

 なんで私がこんな目に……?

 無駄にでかくて派手なクラクションが響いたのが、私の最後の記憶だった。


「……い、……おい……」

 ん? 流の声? 私死んだんじゃないの?

「起きろって……」

 生きてる……?

 が、ちょっと違った。

「起きろ()!!」

 へっ?

 え、え。事態が理解できないのだけれど、びっくりして私は飛び起きた。流がいて、やっと起きた、みたいな呆れ顔が見えたんだけど……今、私のこと「転」って呼んだよね? どういうこと?

「……流?」

「お、お前がそう呼ぶのは珍しいな」

 出た声が自分の声じゃなくて更に困惑する。低くて優しくてふんわりした声。これは紛れもなく流の友達の転のものだ。

「もう、まーくんったら寝坊助ねー」

 ふぁっ!?

 思わず声を上げそうになった。

 だって、だって、目の前に黒髪カチューシャ天使が……こほん、私がいるんだもん。は!? 私!? なんで!?

「顔、洗ってくる」

 事態が理解できない。え、私まーくんになっちゃったの?

 辺りをぐるりと見回せば、ここが流の家であることはわかった。何度も訪れたことがある。洗面所の場所くらいはわかった。

 が。

 え。

 洗面所に置いてあるタオルは無地。そのことに驚く。

 確か、ここには私が流の誕生日にプレゼントした水玉模様でパステルカラーの可愛いタオルがかけられているはずなのだ。こんな可愛いの似合わない、と渋面した流にごり押しして、洗面所に置くというところに話を落ち着けた記憶までしっかりとある。

 ちょっと待て、今日は何日だ。

 傍らのトイレに目を向ける。今時珍しい日めくりカレンダーがそこにはあった。きちんと今日の日付を示す役割を果たしている。

 は? これ流と付き合ってから一ヶ月くらいの日付なんだけど。どういうこと? わけわかめすぎるわ。

 時間が戻ってる?

 しかも……

「まじでまーくんになってるよ……」

 鏡に映るのは、円らな目をしていかにもふわふわしてそうな万人が認める能天気顔の青年。顔は悪くないのだが、性格共々ふわっとしていて女子の間では「男性界のゆるふわ代表」とまで言われた正真正銘転の顔だ。

 記憶が正しければ、私は交通事故に遭い、気づいたら五ヶ月ほど前に時間が戻っていて、しかも彼氏の友達の体になっていた……所謂転生ってやつ? いや、異世界ならわかるんだけどなぁ……

「おーい、転。いつまで顔洗ってんだ」

「あ、うん、今行く」

 行ったところで何になるのか。よくわからないまま、よくわからない状況をどう過ごせと?

 はっ、でも、一つだけいいこと思いついた!

 今の私はまーくんなわけで、流のことをるーと呼んでも怒られないのでは!?

 私ってば天才……むふふ、呼びまくってやろう……


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