2.タイトル:あばら骨由来のクローニングと、過酷すぎる初期生存チュートリアル
「ねえ、ハジメ! 見て見て! 第1話の『光と太陽のバグ修正』を正史サーバーに上書きして流したら、下界のインテリ人間たちの間で『神の御業は深遠である!』って大絶賛されてるわよ! 信仰度メーターが12%から18%に跳ね上がったわ!」 真っ白な神界の作業スペースで、創造神エレナがポンコツ美少女らしからぬ満面の笑みを浮かべて飛び跳ねていた。 僕が愛用するゲーミングチェアに深く腰掛けたまま、ノートPCの画面に表示された地上の『信仰度アナリティクス』を確認する。確かに、折れ線グラフが急激な右肩上がりを描いていた。「よし、まずはツカミ成功ですね。光源のバグを宇宙のインフレーション理論で言いくるめた甲斐がありました。……ですがエレナ様、喜んでいる暇はありません。次の第2章……いや、第2話のテキストを開いてください。創世記の第2章、いよいよ人類の始祖であるアダムとエヴァの創造パートです」「あ、そこね! 土から男を作って、そのあばら骨を一本抜いて女を作ったっていう、私の自信作よ!」 エレナは胸を張るが、僕は容赦なくキーボードのバックスペースキーを連打した。「全ボツです。設定の穴が深すぎて、現代の読者や学者が読んだら一発でブラウザバックされますよ」「ええっ!? なんでよ! ロマンチックじゃない、あばら骨!」「ロマンだけで生命科学を無視しないでください。いいですか、問題点を整理します」 僕は画面のメモ帳に、箇条書きでバグを打ち込んでいった。バグ①:無機物(土)から有機物(DNA)への変換プロセスが説明不足バグ②:あばら骨一本から女性を形成する質量保存の法則の無視バグ③:生まれたてのアダムとエヴァが、成人男性・女性の肉体なのに精神が赤ん坊のまま楽園に放流されている(サバイバル知識ゼロ問題)バグ④:なろう規約違反(全裸問題)「ま、待って! 四番目の『なろう規約違反』って何よ!?」「なろう……ではなく、地上の健全なプラットフォームの利用規約ですよ。聖書通りだと、アダムとエヴァはエデンの園で完全な全裸です。そのまま詳細に描写したら、一発で『アカウントBAN(神格剥奪)』か『年齢制限(R18)』指定を食らって、一般層への布教活動がストップします。ここは全年齢対象の健全なコメディお仕事小説としてリライトしなければなりません」「うぐっ……! 神の創造物に検閲が入るなんて……!」「コンプライアンスの遵守はプロの基本です。それから、もっと深刻なのはバグ③の『生存知識ゼロ問題』です。言葉も知らない、火の起こし方も知らない、何が毒草かも分からない大人の男女を、ただ『管理しなさい』とだけ言って楽園に放置する。これはネグレクトです。人間たちの生存能力が低すぎて、楽園追放の前に餓死するか、その辺の野生動物にモブキャラ並みの速さで処理されますよ」 エレナは青ざめ、僕の肩をガクガクと揺すった。「ど、どうすればいいの!? 私、ただ『なんか可愛い人間がトコトコ歩いてたら癒やされるなー』って思って配置しただけなのに!」「だから設定がガバガバだと言うんです。……安心してください。僕が、現代の遺伝子工学の概念と、ゲームの初期チュートリアルのシステムを組み込んで、完璧なプロットにリライトします。神の奇跡(魔法)の発動準備を」「が、了解よ! いつでもシステム上書き(リライト)できるわ!」 僕はキーボードを叩き、文字を紡ぎ始めた。 ――神エロヒムは、地上の最も純度の高い有機微粒子(土の比喩)を集め、それをベースに最初の人類『アダム』の基礎ゲノムを構築した。 しかし、単一の性別だけでは種の保存(サーバーの永続性)が不可能である。そこで神は、アダムの胸部から最も多分化能(あらゆる組織に成長できる能力)を持った幹細胞を含む『肋骨の骨髄組織』を抽出し、それを超高速クローニング技術(神の奇跡)によって最適化。 XY染色体を操作し、もう一つの性別である『エヴァ』を完全な形で対構成した。「おおおっ……! なんかすごく科学的で格好いい! あばら骨を抜く手術に、そんな高度なバイオテクノロジーの文脈が乗るなんて!」「まだ終わりません。衣服の問題とチュートリアルを追加します」 ――誕生した二人の肉体は、神の神聖魔力によって紡がれた『不可視の光の加護(プラズマ防護服)』によって優しく包まれていた。これにより、全裸という概念そのものが高次元の輝きによって隠蔽され、同時に楽園の有害な紫外線や害虫から身を守る初期装備となった。 さらに、神は二人が目覚める直前、その脳内に直接、言語データ、果実の識別能力、および基本サバイバル技能を含む『初期生存チュートリアル・プロトコル』を一括インストールした。「よし、これでリライト完了です! エレナ様、下界のメインサーバーへパッチを送信!」「いっけええええーーーっ!」 エレナが黄金の羊皮紙に手をかざすと、神界の空間が激しく明滅した。 地上の映像を映し出す床を見ると、エデンの園に横たわるアダムとエヴァの姿があった。 二人の身体は聖なる光に包まれており、不適切な露出は一切ない。完璧な全年齢対象仕様だ。 ゆっくりと目を覚ましたアダムは、自分の手を見つめ、隣で目覚めたエヴァを見て、滑らかな言語でこう言った。『――おはよう、エヴァ。君は僕の骨の骨、肉の肉(完璧なクローニング対)。さあ、神様から脳内に送られたマップデータを基に、まずは安全な拠点の確保と、食用果実の採集を始めよう』『ええ、アダム。タスクを確認したわ。神の恵みに感謝して、このエリアの管理ログを記録しましょう』 二人は無駄のない動きで、エデンの園の開拓を始めた。野生の獣が近づいてきても、脳内のチュートリアルに従って毅然とした態度で威嚇し、従わせている。「す、すごいわハジメ……! 人間たちが、ちゃんと知的な生命体として、サバイバルゲームのプロプレイヤーみたいに効率よく動いてる……!」 チーン、と頭上で電子音が響いた。 画面を見ると、『信仰度メーター:25%』の文字。「やりましたね。下界の人間たちが『神の創りたまいし人間は、なんと完璧な生存システムを備えているのだ!』と感銘を受けています。これで人類初期の餓死ルートは完全に回避されました」「やったぁぁ! ハジメ、あなた最高よ! 天才編集者! 天才作家!」 エレナが僕に抱きついて歓声をあげる。しかし、僕はノートPCの画面を見つめたまま、冷や汗を流していた。「……いえ、エレナ様。まだ安心するのは早いです。アダムとエヴァが知的になりすぎたせいで、次の『あのイベント』の危険度が跳ね上がっています」「え? あのイベントって……?」「エデンの園の最大の設定ミス。禁断の果実と、そこに現れる『喋る蛇』です。知性を得たアダムたちなら、ただの蛇の口車には乗らないはずですが……だからこそ、歴史の強制力がどう動くか。すぐに第3話のデバッグに入ります!」(第2話・了)




