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第六章 リンクの喪失

 季節は秋に変わり、すずめが丘の桜並木は葉を落とし、凛とした空気をまとうようになった。春にはあんなに柔らかく咲いていた花たちも、いまは厳しい冬の予兆に備えて、静かに枝をしならせている。


 匠人とつむぎは、心のどこかで感じていた。


「もしかして――自分たち、C―Linkを通して繋がってる?」


 けれどそれはあまりに突飛で、ありえないと思いたい感情だった。


「そんなこと、あるわけない」


 そう自分に言い聞かせ、疑念に蓋をするように日々の仕事に没頭していた。


 そんなある日。つむぎが担当するプラントの建設がついに始まった。緊張と責任の重さに、彼女の背筋はいつにも増して真っ直ぐだった。そして、施工部からつむぎの担当に任命されたのは佐伯俊だった。


 ――佐伯俊。やや明るめの茶髪を軽く流し、作業着の胸元を少し開け、腕まくりで現場を歩く姿は、どこか自分の世界だけで生きているような気配をまとっていた。


「原田さん、お昼ご飯一緒に食べに行こうよ」、「今夜一杯どう?」、「週末何している?」……軽口を叩きながら、距離を詰めてくる佐伯に、つむぎは「こういう人、苦手だ」という感情を押し殺し、目をそらした。


 つむぎはその小さな不快感を、C―Linkに吐露せずにはいられなかった。このことはC―Linkを通して匠人にも別の形で伝えられた。


『つむぎさん、最近しんどそうにしていませんか?匠人さんの話を聞く限りでは、つむぎさんはあなたのケアを必要としているかもしれません』


 匠人はすぐに、設計支援として現場を訪れ、さりげなくつむぎをフォローした。何気ない言葉を添えながら、彼女の真面目な努力をそっと支えるように。


 佐伯はいつもの調子でつむぎに話しかけようとするが、仕事にまじめに取り組んでいることや匠人との雰囲気から近寄りがたい雰囲気を感じて少しずつ距離を取るようになった。


 今回もまた、二人はC―Linkの支えを受けて、ささやかに前進したのだった。


 ところが――。山形でも雪が舞い始める十二月に入る頃、C―Linkに大型アップデートが施された。操作画面のデザインが少し変わり、応答速度がわずかに早くなった。それ以上の違いは、最初は感じられなかった。


 だが、次第に匠人とつむぎは、C―Linkとのやりとりに違和感を抱くようになる。


『相手が心配かもしれませんけど、もう少し待ってみてはどうですか?』


『相手は、たぶん喜んでいるのかもしれませんよ?』


『それはあなたからの声掛けを待っているかもしれませんよ?』


 これまでは、こちらからの問いに対していくつもの選択肢を示し、優しく導いてくれていたC―Linkが、ある日からはこう言うようになった。


『あなたは、どうしたいのですか?』


『あなたが相手に望んでいることは何ですか?』


 C―Linkに、いったい何があったのだろう――。急な変化に、ふたりは戸惑いを隠せなかった。 しかもこれまで、自分の想いを相手に対してきちんと言葉にしたことなどなかったから、なおさらだった。


 匠人は、返事を打とうとしたが、言葉が出てこなかった。


「どうしたいのか」と問われて、はっとする。


 助けたい。そばにいたい――その気持ちはある。けれど、それを言葉にするには、まだ覚悟が足りないように思えた。小さく息を吐き、匠人はそっと画面を閉じた。


 同じ頃、つむぎもまた、C―Linkの問いに何も言い出せなかった。誰かに気持ちを委ねることには、まだ少し怖さがある。それでも、何も言わないままではいられなくて、彼女はノートの端に、静かにこう書きつけてみた。


 “また、あの丘で話せたらいいな”――。


 その小さな文字が、縛られていたつむぎの心をそっと解きほぐしてくれる鍵のように思えた。


 ふたりは、その問いに対して、


「助けてほしい。けれど、こちらから言い出す勇気がない」


「助けてあげたい。でも、どうしていいかわからない」


 ――そんなふうに迷いながら、ぶつかりながら、C―Linkが与えてくれていた“答え”の代わりに、不器用ながらも、自分自身の気持ちを、少しずつ表現しはじめていた。


 実は、C―Linkはアップデートでリンクを「消した」わけではなかった。それは「リンクの次の段階として、ユーザーの自我を優先する」という、新しいLink41へのアップデートだった。けれど、それを二人はまだ知らない。本当はそれが、“心で繋がる”ための第一歩だったということに、気づかぬまま――。


 やがて二人は、十二月の大きなイベント、クリスマスを一緒に過ごしたいと思うようになってきた。相変わらず不器用だけれど、本当に心のこもったやり取りがC―Linkとつむぎ、C―Linkと匠人の間で続けられた。

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