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第四章 C―Linkシステム

 匠人は家に帰り、コーヒーを飲みながらパソコンの前に座った。今日のコーヒーはいつもより少し苦かった。


「……C―Link、起動」


 声に呼応して、ディスプレイに見慣れたインターフェースが現れる。黒い背景に、淡い青色の人の顔が、柔らかな波紋のように揺らめいている。まるで呼吸をしているかのように画面が微かに震えた。


 C―Linkシステムは、“Communication Linkage System”の略称であり、東北情報工科大学を母体としたスピンオフベンチャーによって世界的に開発が進められている感情理解支援型の人工知能(AI)である。この分野で著名な米国のNeuronix社も開発に参加しており、国際共同プロジェクトとしての側面も持つ。


 C―Linkは、人の感情を理解し、共感を伴う対話を可能にすることを目的としたオープンなAI基盤である。今後、医療・教育・コミュニケーション支援など、幅広い分野での応用が想定されている。現在も改良が続けられており、対話ログと感情波形のリアルタイム解析を組み合わせた最新モジュールであるLINK40が試験運用として公開されている。


『こんばんは、匠人さん。今日のご機嫌はいかがですか?』


 柔らかく、しかしどこか人間らしい温度のある女性の声が響く。だが今日は、いつもとは違う微かな揺らぎを含んでいた。


「ねぇ、C―Link。誰かの過去に触れたとき、人はどうするべきなんだろう?」


『過去、ですか?もう少し詳しく教えてもらえますか?』


 ディスプレイの光が一瞬強く輝き、解析アルゴリズムが匠人の言葉の感情波形を捉え、深く掘り下げようとしているかのようだった。その光は匠人の感情を繊細に読み取ろうと、画面の中で静かに脈打っていた。


「その人にとって大切な記憶なんだ。でも、そこには少しだけ寂しさもあるんだよね……」


 話すほどに、匠人の心は整理されていくように感じた。


『その記憶が今のあなたを支えているなら、無理に変えたり忘れさせたりする必要はありません。ただ、その人が未来を見るきっかけを持てるような関わり方ができるといいかもしれませんね』


 C―Linkの声は静かに、しかし確かな温かさを持って匠人に届く。話すたびに、感情理解のモデルが学習を続けているかのような微かな振動が、画面に現れていた。


「……未来か」


 匠人は画面をじっと見つめ、ほんの少しだけ目元を和らげた。


『その方との関係に変化がありましたか?』


「……そうかもしれない」


 吐息を一つつき、匠人はそっと横に置いたコーヒーカップに手を伸ばした。夜の静けさの中で、彼の胸の奥には昨日までとは違う、小さな揺らぎが確かにあった。


 翌日。出社してノートパソコンを起動し、画面の隅に表示されたメッセージアプリを開いた。そこには、つむぎからのチャットが届いている。


【原田つむぎ:昨日は偶然とはいえ、びっくりしました。ちょっと泣きそうになってしまって……つまらない過去の話を聞かせてしまい、申し訳ありませんでした。】


 匠人は神妙な、でも穏やかな表情で返信を打つ。


【相馬匠人:こっちこそびっくりしたよ。つむぎさんにとって大切な思い出だもんね。気軽に話してくれて全然いいんだからね。】


 ――でも、心のどこかに小さな不安があった。


 そんな何気ないやりとりが、少しずつ二人の間に積み重なっていった。


 恋愛に不慣れな匠人は、戸惑いを感じるたびに、C―Linkに相談するのが日課のようになっていた。この夜も、ディスプレイに浮かぶ青白い光に向かって、そっと問いかける。


「ねぇ、C―Link。つむぎさんとの関係、どう思う?」


『つむぎさんとの交流は、前回から感情の波形に微妙な変化が見られますね。お二人の距離感は少しずつ近づいているように見受けられます。前回の会話ログとも照らし合わせていますが、ポジティブな傾向が続いています』


「そうか……でも、ちゃんとつむぎさんの気持ちを理解できているか、不安で」


『そのためには、相手の言葉だけでなく、行動や表情の裏にある感情を注意深く観察することが重要です。匠人さんは、すでにその努力をされていますよ』


 匠人は画面のC―Linkの顔を見つめ、静かに頷いた。


「ありがとう、C―Link」


『いつでもお手伝いします、匠人さん』


 部屋の時計が深夜を告げる中、匠人はつむぎとの関係の未来に、ほんの少しの希望を感じていた。

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