13話 密会
一日では目的地には到着しなかった。
二つほど山を越えたあと、小さな集落が見つかった。今夜はそこで泊めてもらうことになったらしい。事情は説明せず、謝礼だけ渡して、泊まる場所を用意してもらった。
おそらく、人口は100人程度だ。畑のなかにぽつんぽつんと石造りの家屋が建っている。遮熱できるようなものではないため、夜が深まるにつれて、どんどん中は寒くなった。
王宮とは段違いだ。
俺は、藁の敷かれた簡易ベッドの上で横になる。
瀟洒な衣類では目立ちすぎるため、簡素な服装に変えてある。住人たちは、多人数で訪れた俺らを見て何事かと訝しんでいるようだったが、謝礼が十分もらえるのであればと大人しくなった。
金持ちだと見られて襲われることも考えたが、兵たちが見張り役を買って出てくれたおかげで特に何事も起こっていない。
壁の高いところに設置された四角い穴から、風が吹き込んできている。その音がうるさくて、さっきからあまり寝られそうにない。寝床が固く、背中へのダメージもすごい。寝返りを打とうとするたびに骨に当たって痛くなる。
俺は、いったん上半身を起こした。
男の影武者数名と同じところに並んで横になっている。セントレアの影武者やニコルの影武者は、慣れているらしくすぐに寝息を立てていた。彼らは貴族出身ではないため、同じような環境で生活してきたのだろう。
俺のように、生まれたときから王宮で育った人間からすると、この劣悪な環境は耐えがたいものだった。
俺は、足音を立てないように外に出た。
明かりがほとんどなく、視界が開けない。集落の周囲を囲むように篝火が灯っているが、それくらいしか光がない。猛獣や山賊が少ない地域なのだろう。全体的に無防備なように見えた。
小さく声に出す。
「暗視」
目に入る篝火の光を増幅させる。徐々に視界が開けていき、辺りが見渡せるようになった。
すでに、寝静まっているらしく、人の声がない。風の音と、さらさらと草木が揺れる音が聞こえるくらいだ。
少し離れたところに、リンクが立っているのが見えた。見張りだろう。
俺は、リンクの視界に入らないように歩きはじめる。
暗視の悪いところは、自分の視界がよくなる代わりに、他の人間にはどのように見えているのかわからなくなることだ。俺には鮮明にリンクが見えるが、リンクからは俺が見えるのかどうかが判然としない。
念のため、壁伝いに移動する。周囲が見えているかのような動きをすると怪しまれることだろう。
そうして、一分くらい歩いたときだった。
俺と同じように外に出ている人物に気が付いた。
リナだ。
寝られなかったのだろう。不安そうな面持ちで家屋の壁に背中を持たれて座り込んでいた。おそらく、真っ暗で何も見えていないのだろう。どこにも行くことができず、星の瞬く空を見上げていた。
俺はそちらに向かって慎重に歩いていく。
畑の横を通り過ぎる。収穫の時期らしく、高く伸びた茎の上部に赤いものがたくさん実っていた。
リナのすぐそばまで来たところで、俺の足音に気が付いたようだ。
身体をびくっと震わせて俺を見た。
だが、案の定、よく見えないらしい。目を細めているが、体から警戒が抜けていない。
俺は言った。
「リナ。俺だ」
「え?」
大きな声を上げそうになっていたので、あわててその口をふさぐ。
「あんまり大きな声を出すな。気づかれるだろう」
こくこくとうなずくので、口から手を離した。
男と女で寝床は分断されている。おそらく、エステルたちもすぐそばにいることだろう。
「あれからしばらく話ができなかったからな……。今回のことについて、お前に話せることは話しておきたい。すべては聞かされていないだろうしな」
俺は、リナの眼前に手を差し出す。
なんとなく、どしゃぶりの中で山を下りたときのことを思い出した。
リナは戸惑いながらも、俺の手を握る。
リナの手は、俺の手よりも冷たかった。俺よりも早く外に出ていたのだろう。
立ち上がったリナの手を引っ張って、人目のつかない場所まで歩いていく。歩くにつれて、足元の草の背丈が高くなる。手入れがされていないから、伸びっぱなしになってしまっている。だが、今の状況では、むしろありがたい。気づかれる可能性が低くなる。
3分ほど歩いたところで、足を止めた。
リンクの姿も見えなくなる。今日越えた山の麓だ。馬車が数台、木の幹にくくりつけられている。
「ここらへんでいいか」
念のため、千里眼も用いたが、人は誰もいない。
リナの手を離す。が、すぐにリナが俺の手をつなぎなおしてきた。ここは、さっきの場所よりもさらに暗い場所だ。何かに触っていないと不安なのだろう。
仕方なく、そのまま手を握っていることにした。
「悪いな、急に連れ出して」
すると、リナは首を横に振る。
「大丈夫よ。やっぱり、あなたは影武者なんかじゃなかったのね……」
「ああ」
俺は、目をつむってから、一瞬だけ光魔法で手の上に光の玉を作る。それで、俺の顔も見えたことだろう。
すぐに光は消えた。目を開く。
増幅している時に強い光を見てしまうと目が大きなダメージを受けてしまう。
「やはり、眠れなかったのか?」
そう訊くと、リナは、うんと小さな声で答えた。
「いつもと違う場所だったし、不安だったから。わたし、今回のことについて事情をあまり聞いていないもの。やっぱり、スキラ公爵の娘だから、信用されていないのね」
「そうだな。ちなみに、今回の件でお前を連れて行くよう提言したのは俺だ。目的地がどこかくらいは聞いているだろう?」
「ええ」
風でなびいた髪をもう片方の手でおさえる。
「ルズベリー。わたしの故郷……」
「そうだ」
何も聞かされていないのは予想通りだ。今の王宮は、リナの扱いに困っている。
「今回の流れを一から説明してやる」
俺は、国王から聞かされたこと、自分の目で見てきたことを包み隠さずリナに伝えた。
ルズベリー内で大量殺人が行われていることを知り、リナの表情が露骨に曇った。さらに、自分たちがその事件を解決するために派遣されたという話を聞いて、ますます顔が青ざめていった。
「……さすがに、怖いわ」
俺の手を握る力が強くなる。
「あの土地のなかで人が殺されているのは、許せないことだけど。首を切り落として王宮にまで届ける人たちと戦わなくちゃいけないなんて……」
「そうか」
まぁ、急に言われると混乱するよな。
だが、混乱させるためにこんなことを言ったわけではない。これから先、リナは戦いに巻き込まれることになる。自分の置かれた状況を正しく認識してもらいたかった。
「でも、あなたがわたしを連れてくるように言ったのよね」
「必要と判断したからな。おまえは不満かもしれないが、おまえの闇魔法は強力だ。ルズベリーの地形に明るいことも非常に有用だ」
「そういう事情……ね」
スキラ公爵やレイア教の兵士たちを殺したとき、リナはずっと隠れているだけだった。自分の能力を用いて殺し合いをするのは初めてのはずだ。
「前にも言っただろう。おまえのことは俺が守ってやる」
リナが、俺を見た。
「俺は誰にも負けることはない。それだけの力を持っている。だから、今回のこともあまり心配する必要はない。俺に従っていれば大丈夫だ」
「……」
リナの瞳の色が変わっていく。
たったそれだけの言葉なのに、リナの瞳に意志が戻ってくる。かつて、俺が絵に描いたときと同じ目をしている。
「俺とともに戦うとはすなわちそういうことだ。決して小さな相手ではない。国を揺るがそうとする巨悪だ。だからこそ、何の関係もない人たちを殺すことだって平気でできる。なにせ、自分たちが絶対に正しいって信じているからな」
勝つか負けるか、というだけじゃない。生きるか死ぬかという話でもある。
今回だって、要求されたことは俺たちの命だ。戦わなければ死ぬことになる。
リナは言う。
「知ってるわ」
空気が冷たい。鼻を通り抜けるたびに、体から体温が奪われていく。
「きっと、ルズベリーにはたくさん悪い人たちがいたんだわ。お父様が生きていたときからずっと。隠れていただけで、お父様が生きていようと、いつかこうなる日がきていたのかもしれないわ」
俺はうなずく。その推測は間違っていないだろう。
「だから、私にも責任がある。背負わなくちゃいけないものだと思う」
戦う怖さを押し切って、リナはそう言った。
本当に俺と一緒に戦っていくのであれば、乗り越えていかなければならないものだ。ここで優しくすることはできない。
「なら、俺とともに戦え。俺に言えることはそれだけだ」
リナがうなずく。
「わかってる。あなたがここにわたしを連れてきた意味、ちゃんと理解したわ」
「それならいい」
「……っ」
急に手をつねられる。いって、と慌てて手を離した。
「なにするんだ」
びっくりした。普通に話をしていただけなのに、なんでこんなことされなくちゃいけない。
「別に。なんか偉そうだったのが『かに』にさわっただけ?」
「それを言うなら、癇に障る、な」
足をけられる。
「う、うるさいわね! そんな細かいこといちいち指摘しないでよ!」
「いや、マジで、そのまま間違ったままだとバカにされると思うぞ。俺でなくても指摘するはずだからな」
「もう! 人がせっかく真面目に話してるのに!」
「真面目なら、そんな笑える間違いしないでもらいたいんだがな」
「しつこい!」
ぷんすか怒って、どこかに歩き出そうとする。しかし、すぐに自分一人じゃ戻れないことに気づいたようだった。
「どうした?」
わかっていながら訊いてみた。
「べ、べつに……」
「怒ってるんだろ? じゃあ、そのまま俺なんか放って帰ればいいじゃないか」
「そうよ。あなたなんか知らないわ」
「そうかそうか。じゃあ、俺は一人で帰るから、ご自由にどうぞ」
「え?」
俺がさっさと歩き出そうとすると、袖をつかまれる。
「どうした? ん?」
「だ、だから、その……。一人じゃ帰れないもん……」
「じゃあ、俺に何か言うことは?」
苛立ちが、リナの眉根にしわを寄せる。嫌々、言った。
「悪かったので、わたしと一緒に戻ってください。お願いします」
「ふん、よくできました」
また、足を蹴られる。俺が手を握りなおすと、リナも手を握り返してきた。
俺たちは、手をつないだまま、元の場所へと戻っていった。




