14話 入域
数日が経過し、目的地のルズベリーまでだいぶ近づいていた。
馬車の小窓から、迫ってくる町並みが見えてきた。峠を越えた先に、建物が立ち並ぶ地域があった。
がたん、とまた馬車が揺れる。
車輪の下から、荒れた道を踏みつける音が聞こえる。
俺は、目の前に座る人の顔を見る。そこにいるのは、依然と同様、エステルだ。
旅の間、同じ馬車にいるのはずっとエステルだった。というか、なるべく一緒にいるように行動していた。エステルが本物だとバレるのはまずい。
「ロイさんは、ルズベリーに行ったことはあるんですか?」
「いや、ないよ」
「そうなんですか。楽しみですね!」
そして、ロイに扮した俺とエステルの仲はすっかり深まっていた。どうやら、エステルは、今の俺のように穏やかな人間が好きらしい。普段と違って、話しやすそうにしていた。
エステルの怒った顔ばかり見ていたから不思議な気持ちだ。
「ずいぶんと、緊張も和らいだみたいだね」
「え?」
エステルは、小さく首を傾げた。
出発したばかりのときは、ひどくおびえていた。また帰ってこられるともわからない旅に恐怖していたはずなのだ。だが、今のエステルは観光に出ているかのようだった。単純にルズベリーに行くことを楽しみにしている。
「そういえば、そうですね。緊張するのに疲れてしまったのかも……」
確かに、こんな景色を見て緊張しつづけるのも難しい。
綺麗な町だった。現在、山を下りているが、低地にある町を一望できる。
山岳の間に挟まる形で存在し、大きくてゆったりとした川が町の外を走っている。思ったよりも田舎ではなく、きちんと区画整備されている。
とても殺人が起こっているとは思えない、美しい風景だった。
「すごい……」
エステルが感嘆の声を漏らす。
スキラ公爵は水魔法の使い手だった。豊かな町を彼自身の手によって築き上げたのかもしれない。リナがかつて言ったとおり、畑らしきものが町の大部分を占めているが、文明の息吹を感じさせる素晴らしい建物もいくつかあるようだ。
中でも、街の中央部にある建物が圧巻だった。
水の上に建っているのかと思った。建物の周囲が水で囲まれている。屋根の上には尖塔がいくつも聳え立っている。あれが、町のシンボルなのだろうか。
俺は今まで、王都の外に出たことがあまりない。公務で外出したことはあったが、そこまで遠出していない。だから、目の前の景色にため息を漏らすしかなかった。
10分くらいして、馬車が止まった。どうやら、目的地にたどり着いたらしい。
俺は、いち早く馬車の外に出る。空から差し込む日の光がまぶしかった。
エステルもつづけて下りようとしていたので、手を差し出す。
「気をつけて」
「はい……」
エステルは俺の手を取る。ドレスの裾をつまみながら、地面に降り立つ。
「うわぁ……」
すると、エステルは目をキラキラさせた。
俺は、エステルと同じ方角に目を向ける。
さっき遠目で見た町並みが、眼前に広がっていた。間近で見ても美しい。町の前には大きな堀がある。堀を貫くようにアーチ状の橋が架かっていた。橋の先には、人よりも何倍も高い門扉が設置されている。今は、門扉の横に衛兵が立っているが、ちょうど商人が通り抜けようとしているらしく開放されていた。
「王都とはまた違った趣があるものだね。水の町と表現できそうなくらいだ」
ゆるやかに水が流れる音が心地よく耳に響く。
公爵という人間がどうであれ、領地を治めることに関しては十分な成果を残したようだ。門の先を歩く人たちにも活気があった。ときおり、客引きをしている声が聞こえてくる。子供がはしゃいで走り回る声も聞こえる。
「どうやら、全員着いたようだな」
振り向くと、そこにはリンクの姿があった。馬車の中で寝ていたらしくあくびをしていた。
辺りを見渡す。いくつもの馬車が、俺たちの周囲に止められていた。俺の兄弟たちの影武者が次々と馬車から下りてくる。
そして、他の者たちの反応も同じだった。
ルズベリーという町の美しさに感嘆の声をあげていた。
「よし、全員集まってくれ!」
大声でリンクが叫ぶと、リンクの周囲に集結する。町の外には人が少ないが、明らかに目立つ集団となっていることが自覚できた。王族の影武者だ。見目麗しい者がそろっているし、そもそもその連中がそろって綺麗な服を着て、禿げたおっさんのもとに集まっている。
だが、それでいいのかもしれない。俺たちは、犠牲になるためにやってきたのだと相手に知らしめる必要がある。下手な小細工は失敗のもとだ。
「これから、通信型アクチュエータを全員に配布する。貴重なものだから、決してなくさないようにしてほしい。何かがあれば、こちらから連絡するように」
「質問です」
俺は真っ先に手を挙げた。
「なんだ、ロイ」
説明しないのはわざとだろうか。
「通信型は、基本的に1:1で動作するように設計されているはずです。どのような組み合わせで連絡を取るつもりなのでしょうか」
「ああ。おまえの質問はもっともだ」
例え通信型を用いたところで、他の一人にしか伝えることができない。それではあまり効果がないように思える。
「これから、お前らには3人くらいの組み合わせで動いてもらう。だから、一つずつつなげていけば、必ず最終的に俺に連絡が届くようになる。ここから先は何があるかわからない。こんなのでも役に立たないことはない。用心しておけ」
そうして、全員にアクチュエータが手渡される。一部使い方がわからない者もいるようだ。軍人はわかっているようだが、一般人から招集された者はわかっていない。
リンクは、彼ら一人一人に使い方を説明する。そんなに難しい操作でもないので、すぐに使えるようになっていた。
俺は試しに、通信型に魔力を込める。果たして誰につながるのか。
と、反応したのは、セントレアの影武者と思しき男だった。声を入れると、向こうも反応する。
エステルの通信型は、セリーヌと接続していた。
「とりあえず、誰が誰とつながっているかは今のうちに把握してほしい。通信型の相手を替えたい場合は申し出てくれ。その場合、考慮はする」
一人一人に手渡したのはリンクだ。あらかじめ、誰に誰をつなげるべきかを考慮したうえで決めたものと思われる。だから、むやみに変えようとはしないはずだ。
特に異論はないようで、意見はでなかった。
「また、これから組み合わせを伝える。基本的に、これから単独行動は避けてもらいたい。それ以降の指示は追ってアクチュエータより教える」
俺と組む相手は、リンクとリナだった。
全体の組み合わせを見ると、最低でも一人は軍人が配置されるようになっている。おそらく俺のいるグループがもっとも戦力として優秀だろう。リンク一人で、だいたいの勢力を撃破できるうえ、リナの闇魔法も強力だ。
「では、これより、ルズベリー域内に入る。我々の身分は貴族とする。堂々と入り口から入ればいい。身分を証明するために手段はこちらで用意している」
俺たちはうなずく。
気がかりなのは、エステルのことだった。エステルの相手は、セントレアの影武者とニコルの影武者。全く関係のない者たちと組まされることになる。
初対面の相手に、エステルはまた緊張しているようだった。ちら、と俺のほうを見るが、がんばれ、と口だけで伝えておく。こればっかりはどうすることもできない。
リナが俺のもとまで近づいてくる。
幸いだったのは、リナと組むことができたことだ。おそらく、リナを見張る観点から、軍人を二人用意する必要があったのだろう。だから、俺のところだけ戦力が多めに配分されている。
「ロイ。おまえの仕事は、リナ・スキラを守ると同時に怪しい動きがないか注意することだ。わかってるな」
リンクに小声で耳打ちされる。
「はい」
言われなくとも。
リナは、俺の前でスカートのすそを持ち、小さく頭を下げた。
「宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします。リナ様」
俺も恭しく頭を下げた。顔を上げると、少しリナのほおが緩んでいる。普段とは違う俺の姿に笑いがおさえきれないようだった。
すると、リンクが俺の頭に拳骨を下した。
「いった……」
振り向くと、片頬を吊り上げたリンクの姿。
「遊びに来ているんじゃねえぞ。あとで鍛えなおすから、覚えておけよ」
「……はい」
くそ、ふざけやがって。
リナと一緒だったのはよかったが、リンクと一緒なのは最悪だと言える。
「それと」
リンクがリナに外套をかぶせた。フードがついている。リナの服を包み隠すような形で身にまとわせる。
「リナ・スキラ。おまえは当然ルズベリー内で顔が知られている。隠しておけ」
リナはうなずく。
「行くぞ」
リンクはさっさと前に行ってしまう。リナは大人しくフードを目深にかぶった。
リンクの後をついていく。
門の前にたどり着く。衛兵二人が俺たちに身分証の提示を求めてきた。俺たちは何も用意していないので、素直にリンクに任せることにする。
「これだ」
リンクが差し出したのは、明らかに偽造のものだった。しかしかなり精密に作られている。貴族と接する機会の少ない彼らでは見抜けないことだろう。
「も、申し訳ありません! 念のため、家紋をお見せいただいても?」
「ああ」
どうやら、俺たちは王都の近くに住む貴族の名前を借りることになるらしい。アドコック家にも了承をとったのだろう。俺の新しい名前は、「バイロン・アドコック」。ちなみにリンクは「クレイグ・アドコック」、リナは「ケイ・アドコック」。リンクが父親で、俺とリナが子供という設定だ。
「ちなみに、そちらにいる、フードをかぶった方は、ケイ・アドコック様でしょうか」
「ああ。道中で顔を怪我してしまってな。悪いが、顔を見るのは勘弁してもらえるか」
「バイロン様のおっしゃることであれば。承知いたしました」
「では、通るが、かまわないな」
「はっ、どうぞ!」
衛兵たちが道を開ける。その先にあるのは、ルズベリーだ。入口近くに大きな噴水があるのが見える。
リナにとっては故郷だ。ふと、リナのほうを見ると、怯えているように見えた。ルズベリーの領民にも、公爵が死んだことは伝わっている。また、公爵が、国賊であったことも伝えられている。だから、リナと気づかれた場合、どのような目にあわされるかわからない。
あとで、その対策をしておくか。
俺は、ルズベリーに一歩足を踏み入れた。




