11話 出発
あれから、ロイには何度も俺の練習をさせた。
徐々に徐々にロイの態度は俺に似てくる。伸びていた背筋はだらんとし、丁寧な口調はどんどん荒っぽくなっていった。出発の前日にはすでに、俺と遜色のないレベルまで近づいていた。もう完全に吹っ切れたようだ。
俺は俺で、ロイのマネをずっとしていた。ロイの化粧をし、ロイのように背筋を伸ばし、穏やかな口調を心がけた。いつもはしていないこととはいえ、さすがは俺。すぐにロイの行動パターンを理解し、実行に移すことができた。
これならもう大丈夫だろう。俺は安心していた。
そして、一週間後、出発の日がやってきた。
前日からすでに俺とロイは入れ替わっていた。ロイは、俺の暮らすシニストラ宮に、俺はロイが寝泊まりしているベンヴェヌート宮で横になった。
朝になり、体を起こす。
ロイの部屋は殺風景だった。最低限の荷物しか持ってこなかったようだ。着替え、生活必需品、それから武器となるアクチュエータ――ピストル型が2つある。試しに手に持ってみたが、性能は良さそうだった。あまり使用経験がないので、扱えるかわからないが一応持っていこう。
大きな木製のキャリーバッグにものを詰めていく。自分の部屋から持ち出した化粧品も必須だ。俺は俺で、ロイの顔にならなければならない。ピストル型を服の間に挟むようにし、最後に少量の油が入った瓶も押し込む。
これで、いいだろう。
出発の時間まで、あと30分程度ある。俺は、鏡を見て、自分の化粧に問題がないか改めて確認する。
出発の10分前になった。
俺は、キャリーバッグを持ちながらベンヴェヌート宮を出る。
王宮の中庭にはたくさんの馬車がとまっていた。すでに、何人もの影武者が一堂に会している。
あそこにいるのは、ニコルの影武者、あっちは、ミハエルのか。確かに、全員よく似ている。細かなところに違いはあるが、特徴が共通している。ニコルの気難しそうな感じも、ミハエルの穏やかそうな雰囲気も、しっかり醸し出されていた。
「あ、あの……」
急に話しかけられる。振り向くと、そこにはちんまい少女の姿。
一目見ただけで分かった。エステルの影武者だ。
「わ、わたし、あんまりよくわかってないんですけど……だ、大丈夫なんでしょうか」
俺は言葉に詰まる。
……おそらく、一般人の影武者には、詳しい事情が伝えられていない。
国の存亡にかかわるかもしれない出来事だ。おおっぴらにすると、余計な混乱を招く可能性がある。だから、最低限の情報と、最大限の謝礼を与えて、連れてきているはずだ。
エステルと同じように、まだ幼いのだろう。
急に親元から引き離されて、わけもわからず高い服を着させられて、どこか遠いところに行かされる。不安になるのは当たり前のことだ。非常に残酷な仕打ちだ。命にかかわるような仕事だなんて、気づいてはいない。それどころか、代わりに犠牲にさせるために選定させたなんて夢にも思わないだろう。
「……遠くに行って、調査をするだけだ。そのために、君も選ばれたんだろ」
だから、俺も全てを話すことができない。かわいそうだと思うが、今さらどうしようもないのも事実だ。
……もちろん、俺は、こいつらを犠牲にするつもりはないけどな。
必ず、敵を根絶やしにし、一人の犠牲も出さずに王宮に戻る。そのために、俺が行くのだ。
「大丈夫だ。なにかあっても俺が守ってやる」
これが精いっぱい。できる限りの気休めだ。
エステルの影武者は、小さくうなずいた。それでも、まだ不安があるようで、手の前でせわしなく指が動いている。
不安なのは、エステルの影武者だけではないはずだ。俺たち王族の年齢に合わせるため、若い影武者が大量に用意されている。軍人はまだいいが、一般人から採用された者は覚悟のしようもない。実家にお金を入れるために、渋々従ってきただけだろう。
影武者の間でほとんど会話はない。あちこちからの寄せ集めだ。お互いの顔を知っているというようなこともないだろう。さっきの会話だって、エステルの影武者は、ロイのことをあまり知っている風ではなかった。
これなら、俺が偽物とバレる心配はなさそうだな。
そう思ったとき、背後から少しざわめきが聞こえた。
視線を向けると、そこには、思った通りの人物がいた。
「……」
まだ幼い女だ。
その女は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきている。そばには、兵士が二人いる。瀟洒なドレスを身にまとい、かかとの高い靴を履いて、まっすぐ前を見つめている。
リナ・スキラ。
久しぶりに、見ると思う。
確かに、リナの容姿は整っている。貴族の間で話題になるだけのことはある。オーラが全く違っている。上品なたたずまい。憂いを秘めた表情。多くの視線が吸い寄せられている。影武者と比べると、どうしても浮き上がってしまうほどの煌びやかさがある。
俺たちのそばまで来て、立ち止まる。
リナが、俺のほうを見た。
――一応、教えておくか。
俺は、鼻の前で、人差し指を立て、ほじるような動作をする。
それで、リナは理解したようだ。
目を見開く。一瞬だけ微笑んだあと、俺から視線をそらした。
――これで、全員揃ったかな
そう思ったのも束の間、さらにこちらに歩み寄ってくる人影があった。
俺はその人影を見た瞬間に、げ、と声を出しそうになる。
なぜかリンクとセリーヌがいた。リンクはあくびをして、まぶたをこすっている。セリーヌは胸の下で腕を組んで、やたらでかい胸を強調している。……微塵も、興奮できないが。
よりによって、あの二人かよ……。
俺は絶望的な気分だった。リンクは退役兵とはいえ、強い魔力を持ち、戦場での経験も豊富だ。連れてこられる理由もわからなくはない。
だが、なんでセリーヌなんだ。医者も必要だというのはわかる。だが、別にセリーヌでなくともいいのではないかと思う。俺は、無理なんだ。本当に無理なんだ。しかし、影武者たちはまだセリーヌのやばさを分かっていないのだろう。特に反応もなく黙って二人を眺めていた。
俺は、つい、目線をよそにそらす。
それがいけなかったのだろうか。足音が徐々に大きくなる。そして、急に俺の脳天に強い痛みが走った。
「いたっ……」
そこには、リンクの姿。なんで俺は今殴られたのだろうか。
リンクは言う。
「おい、ロイ! 挨拶もなしとはいい度胸じゃねえか」
俺は理解した。
リンクは退役兵だ。だからこそ、軍とのつながりが未だに残っていてもおかしくない。たとえば、指導教官をたまにしているとか。そのときに、ロイの名前を憶えて知ったかもしれない。
血の気が引く。よりによって、ロイの知り合いがこいつとか……。
「返事!」
とっさに背筋を伸ばし、敬礼する。
「も、申し訳ありません! リンク殿がいらっしゃるとは夢にも思わず、見間違いかと考えてしまいました!」
くっ、調子に乗りやがって。
いつもだったら、ふざけんなって怒鳴り返しているところなのに。
リンクは、厳しい表情のまま言う。
「たるんどるぞ! あとで鍛えなおしてやるから、覚えておけ!」
うーわ。めんどくさ。絶対サボってやろうと思いながらその言葉にうなずいた。
リンクが立ち去って、ほっと息を吐いたところで、俺の視界にやたらでかい胸が映った。
俺は、気づかないフリをして、体を反対側に向けようとする。
しかし、なぜか回り込まれる。
「な、なんですか」
そこにいるのはセリーヌ。セリーヌは俺の顔をまじまじと眺めて、不思議そうにうなっていた。
「あなたが、ロイという方ですか~?」
俺はうなずく。なんで急にこんなことを訊いてきたのだろう。
「ふぅん。影武者、なんですね」
肝が冷える。まさか、俺がシルヴィルトと少し勘づいている? バレないように化粧したつもりだった。だが、常に若作りの化粧をしているセリーヌにとっては、違和感を覚えるような出来だったのだろうか。
あと、香水がきついので、離れてほしい。鼻が曲がる。
「初めまして、医者のセリーヌです~」
ちいさくお辞儀をされる。俺もお辞儀を返す。
「は、初めまして。ロイと申します。軍人ですが、今回のミッションに招聘されました」
セリーヌは、もう一度、ふぅんと意味深な反応をする。
「それだけ似ていればそうなるでしょうね~。本人かと思いましたわ~」
こ、こええ。こいつ、性格に難があるけど、頭はいいんだよな。一応、蠱惑の才媛とよばれていたらしいし。
セリーヌは俺から離れていく。
その後は、他の影武者たちに一人一人挨拶しているようだった。
まさか、俺のことを知る人間が、リナ以外にも二人もいるとは。さらに、リンクは俺もロイのことも知っている。少しのきっかけで気づかれかねない。
と、同時に思う。
リンクが出かけるということは、家庭教師がつく時間もなくなるということだ。うらやましい。あいつは自由に王宮内を行動できるわけだ。楽しそうだ。
やがて、出発の時間がやってくる。
メンバーは、影武者と俺、リナ、リンク、セリーヌ、数名の兵士だけだ。
一人一人、馬車に乗り込んでいく。俺は、リンクやセリーヌと同じ馬車にならないように距離を置いた。そして、二人が乗ったのを確認したあと、まったく異なる馬車に足を向ける。
と、俺と同じ馬車に向かう人物がいた。
エステルの影武者だ。
まだ怖いのか、一歩一歩の足幅が小さい。行きたくないのに、無理に行こうとしているように見える。
馬車の前に立ち、彼女は一つ呼吸をした。そして、つぶやく。
「……リナ。わたしがリナを守るから」
小さな声だった。危うく聞き漏らすところだった。
え? と思う。今、なんかすごいこと言わなかったか。
しかし、俺の疑問が解消されるのを待たず、さっさと乗り込んでしまう。俺は、内心動揺しながら、あとにつづく。
エステルの影武者と俺は並んで座席の上に座る。その横顔を見ると、エステルとは微妙に違う顔が視界に映る。そうだよな、違う顔だよな。
そういえば、エステルは女だから、化粧はいつもしているんだっけ。
――まさかな。
あいつが、俺と同じようなことをしているわけがない。
そんな俺の疑念をよそに、馬車は前へと進み始めた。




