10話 練習
ロイの協力を取り付けることに成功した。
であれば、あとは、ロイに練習を積ませるだけだ。今のままでは、性格が違いすぎてすぐにバレてしまうかもしれない。
まず、ロイの姿勢から矯正する。
「お前は姿勢がよすぎる」
さっきから思っていた。ロイは常に背筋をピンと伸ばし、顔をまっすぐ前に向けている。あまりにも不自然だ。俺は見本を見せるべく、思い切りだらけた。
足を組み、腕を背もたれの後ろに回す。座り方を浅くし、斜め上のほうに視線を向ける。
「いいか。普段の俺はこんな感じだ。決して姿勢を良くしようとするな。他人の目を気にして、常に呆れられるくらい悪い姿勢を目指せ」
「……姿勢の良さを注意されるのは初めてです」
そう言って、ロイが俺のマネをする。机に足をのせるよりは抵抗がないらしい。なんとか俺らしい態度をとることができていた。
「よし。いいだろう」
姿勢を良くするのは大変だろうが、悪くするのはそう難しくないはず。今後は、悪い姿勢をどれだけ意識できるかにかかっている。
「ちなみに、姿勢の悪さを注意してくる人物が何名かいる。俺の専属執事であるムース、母親であるビリヤンカ王妃、ニコルなどだ。だが、注意されても決して謝ってはいけない。それがなんだ、と言わんばかりの態度を貫け」
「はい」
「じゃあ、練習だ」
俺は、背筋を伸ばし、深く腰掛けなおす。そして言った。
「王子、なんですかその姿勢は!」
ムースっぽく口うるさい感じで言ってみた。すると、ロイは驚いたらしく、一瞬背筋を正そうとしてしまっていた。すぐに気づいて、姿勢を崩す。
「ダメだな。大声を出されたくらいでビクビクするな。何があっても毅然としていろ。軍において、怒鳴られることは日常茶飯事だろう」
「軍でこそ、怒鳴られたら姿勢を正さなければならなくて……」
「なるほど。では、一度そのことは忘れろ。自分のことが世界で一番偉いと思え。誰であっても、自分より下だ。その意識でもう一度やってみろ」
「わかりました」
自分が一番、自分が一番、とぶつぶつつぶやいている。
俺は立ち上がり、思い切りテーブルを叩いた。
「シルヴィルト! いい加減にしろ! なんだその姿勢は!」
少しだけ、表情に変化があったが、なんとか持ちこたえていた。怒っているとき、そこまで相手の表情の変化に敏感にならないだろう。まぁ、大丈夫か。
「これもよし。以後、急にどのようなことがあっても余裕を崩さないことだ。あと、自己暗示のつもりかもしれないが、独り言は言うんじゃないぞ」
「すみません……」
椅子の座り方講座はこれで終了だ。とにかくふんぞり返ってくれさえすれば問題ない。
よし、では、次だ。
「いいか。これから、さらに厳しいミッションをお前に課そう。今までは、俺に見せるだけだったが、他の者を騙せないことには意味がない。部屋から出て、俺のマネをするんだ」
「い、いきなりですか」
「そうだ。時間は待ってくれないぞ。来週には、ルズベリーに派遣されることになる。とっとと俺のフリに慣れておけ」
「しかし、急に言われてもどうしたらいいのか……」
当然といえば当然か。王宮に足を踏み入れたことすらなかったはずだ。急に放り出されても道に迷うだけだろう。そもそも、俺の知り合いがいても、反応できないはずだ。
「まずは、俺が見本を見せよう。ドアの隙間から覗いてみろ」
俺は、部屋の外に出る。
部屋の外は長い廊下が左右に伸びている。侍女が何人か掃除をしていた。
一度大きく息を吸ってから、実行に移した。
「ひゃっほぉおおおおお!」
奇声を上げながら側転を始める。そのままごろごろと転がっていき、侍女たちの横を通り過ぎる。そして、もう一回。
「いやっほぉぉおおおお!」
今度は反対側へ側転する。叫びつづけながら元の部屋の前に戻った。そして、側転をやめて、部屋の中に入る。
ロイは扉の前で震えていた。俺は容赦なく言う。
「と、いうわけだ。お前もやれ」
「む、ムリムリムリです!」
ロイは、後ずさり、両手を前に突き出して拒絶する。下がった分だけ、俺もロイへと足を進める。やがて、壁際に追い詰めた。
「ほう、何が無理なんだ」
「さすがに、ハードルが高すぎます。奇声を上げるだけならまだしも、なんで側転する必要があるんですか!?」
「そのほうが面白そうだからだ。特に理由はない」
「側転しないと殿下のマネはできないのですか!?」
「そうだぞ」
本当はそんなことないが、一度殻を破らせる必要がある。
「侍女たちの様子を見たか。あれだけのことをしたのに、ちらっと一瞥しただけで特に気にしていなかっただろう。あれくらいしてもおかしくないと思われているからだ」
「で、殿下はいったい何をしてきたんですか!?」
実演して見せた以上、からかっているわけではないと理解したはずだ。俺は、懇切丁寧になぜやってもらう必要があるのか説明してやった。仕方ない、と最終的には折れてくれた。
「殿下、骨は拾ってください……」
なぜか死地に赴くような悲壮な表情で、俺にそう言った。
何度か深呼吸を繰り返したあと、意を決して、部屋の外に出た。
扉の隙間からロイの様子をうかがう。そして、ロイが叫んだ。
「ひ、ひぃゃっほぉおおおおお!」
ちょっと声が裏返っているが上出来だ。俺と同じくらいきれいな側転を決めながら、侍女の前を通り過ぎていく。一度側転を止め、また来た道を側転で帰る。
「いぃやぁっほぉぉおおおお!」
感動している自分がいた。さっきまであんなに気が弱かったロイが、あそこまで無茶苦茶なことをしているのである。目元をおさえて、高ぶる気持ちを静めようとする。
しかし、できなかった。
部屋に戻ったロイは、俺の姿を見て、顔を赤くした。さっきから涙が止まらない。
「腹抱えて、テーブル叩きながら爆笑してるじゃないですか!」
「すまん、ぶふっ、すまん」
感動しすぎて、腹筋が痛い。笑いすぎて涙が出てくる。
「いや、うん、いや、上出来だろう。うん」
「ひどいです、殿下……」
笑えてしまったものはしょうがない。俺は、こみあげてくる笑いを必死に押し込めながらゆっくりと立ち上がった。
「本当に上出来だぞ。俺に成り代われる日も近いだろう」
「きつすぎます……」
ここまで一度できたのだ。これ以上、心理的負荷のかかる行動もそうそうない。
「じゃあ、次のミッションだ」
「まだやるのですか!?」
「当たり前だ。これだけで俺になれると思ったら大間違いだ」
次にやるべき内容をロイに伝える。ロイは露骨に顔をしかめながら、渋々はいとうなずいた。
ロイは、シニストラ宮に入った。
堂々と胸を張って歩くさまは、俺そっくりだ。顔も俺に似せてあるため、誰が見てもシルヴィルトだと疑わないだろう。
俺は、透明化した状態で、ロイの背後をついてきていた。後ろにいることはロイにも教えていない。
俺の指示通り、ロイは、近くにいた侍女に話しかけた。
「おい」
侍女が振り向く。
まだ若い。おそらく20を超えていないのではないかと思われる。そこそこ可愛い容姿だった。
「おまえ、なかなかかわいいじゃねえか。今夜、俺の部屋に来いよ」
その途端、侍女の瞳から光が消える。軽蔑のまなざしがロイに突き刺さった。
よし、いいぞ。
そのままロイはつづける。
「ん? どうした? 俺の言うこと聞こえてるのか? まさか断るつもりじゃねえだろうな。王族の命令だぞ」
もはややけになっているのだろう。ロイは、見事にダメ人間を演じきっていた。
「殿下……」
侍女がにっこりと笑う。手入れしていた花瓶を置いて、ロイに向き直る。そして……
バチィィィ!
ロイの顔をビンタした。
「嫌です」
侍女は、笑顔を崩さないまま立ち去っていく。呆然として、侍女を見送る。
悲しいかな、俺の王宮での立場はこんなものだ。使用人たちは、俺に対して敬意を払っていない。もし、俺に何か命令されても、ニコルやビリヤンカ王妃に言いつければいいだけなので断ることに躊躇がない。
きつい一撃をもらったが、誰も入れ替わっていることに気づいていない証拠だ。
(最初、ナンパしてみろ。どうせ断られるだろうが、平然としていろ。権力を振りかざしても構わない)
俺の言ったことを、しっかり守ってくれたわけだ。
ビンタの音を聞きつけたのか、角からムースの姿が現れた。怒りの形相で、大股になってロイのもとまで近づいてくる。
「王子!」
しかし、ここでもロイは表情を変えない。むすっとしたまま、ムースの顔を見つめる。
「なんだ?」
悪くない受け答えだ。堂々としろ、という俺のアドバイスをちゃんと守っている。
ムースは、ロイの肩をつかんだ。
「また、侍女をナンパしていたのですか! なんて情けない……!」
眉根にしわを寄せ、ロイの肩を揺さぶる。さて、少し想定外だが、ロイはきちんと対応できるだろうか。
ロイは言った。
「それがどうかしたか?」
ムースの動きがぴたりと止まる。
それを見て、ロイの表情に焦りがよぎる。
ムースは、はぁ、と大きなため息を吐いた。
「何度言っても、聞く耳を持ちませんね。こんなに大変なときだというのに……!」
態度が変わらないとわかっているのに、毎回律儀に説教してくるムースは、ある意味すごいと思う。
いくつか、小言を言ったあと、ムースがその場を立ち去る。
ロイよ、罪悪感があるだろうが、気にするな。
(ムースやニコルに会って、説教されるかもしれないが、反抗的に対応しろ。決して、素直にはいと答えてはいけない)
これも、無事クリアだ。
最後に、あとひとつだけやることが残っている。
足が、さらに奥へと進む。やがて、一つの扉の前で、ロイが胸に手を置いた。
ノックする。
シルヴィルトと名乗って、中に入る。そこには、ビリヤンカ王妃がいた。ドアが閉じる前に、俺も体を滑り込ませる。
ビリヤンカ王妃は、少し体調が悪いらしく、ベッドの上で横になっている。最近の過労がたたったせいだろう。
「シルヴィルト……どうしたの?」
ゆっくりと上半身を起こす。近くのテーブルには水が置かれている。
ロイは言った。
「もちろん、お見舞いに参りました。お母さま」
様になっている。むしろ、さっきまでの荒れた態度よりも演技が上手い。
ビリヤンカ王妃は目を見開いたあと、微笑んだ。
「あら? 珍しいわね。そう言うこともできるようになったなんて成長したわ!」
ご機嫌になっている。そして、近くにある椅子に座るよう促してきた。
ロイは、おそるおそる腰を下ろす。さすがに王妃の前というのは緊張するらしい。座るとき、若干足が震えていた。
「あんなことがあったから。私も気合いを入れすぎてしまったわ。でも、あなたが見舞いに来てくれるなんて大きな収穫よ」
「大したことじゃありません。当たり前のことです」
はてさて、どうなることだろう。
そのまま、ロイとビリヤンカ王妃は話し込んでいた。話していることは、どうでもいい内容ばかりだ。最近の天気であるとか、今日のご飯のこととか。知らないことも多いだろうが、適当に相槌を打ってごまかしていた。
30分くらい経ったところで、ロイが席を立つ。
「そろそろ、失礼します」
「あら? 意外と時間が経っているわね」
まだ、ロイのミッションはクリアしていない。一度背中を向けたあと、ロイが言った。
「ところで……」
また横になったビリヤンカ王妃が視線をロイに向ける。
「何かしら?」
「見舞いしてやったので、あとで酒の手配をお願いします」
凍り付く空気。俺は、やった! とガッツポーズした。
(最後に、ビリヤンカ王妃の見舞いをしろ。そして、最終的にビリヤンカ王妃の期待を裏切れ。具体的なやりかたは自分で考えろ)
これで、すべてのミッションがクリアされた。
俺は、ロイをたたえてやりたい気持ちでいっぱいだった。お前も立派なろくでなしだ。
ビリヤンカ王妃は、その言葉を無視して、反対側に体を向ける。聞かなかったことにするらしい。
ロイは、部屋から外に出る。
これからも、ロイには練習させなければならない。だが、今日で光明が見えてきた。このまま鍛えていけば、俺の影武者として十分に機能してくれることだろう。
あとは、俺が、ロイに成り代われれば、問題ない。




