9話 説得
「……で、殿下がルズベリーに? よくおっしゃっている意味が分からないのですが……」
ロイは困惑している。当たり前だろう。身代わりとして自分が用意されたはずなのに、なぜわざわざ自分から行こうとするのか。わけがわからないはずだ。
俺は言う。
「そのままの意味だ。俺はルズベリーに用事がある。俺が行く」
「だめですよ! そんなことしてバレたら、私もどのような責任を取らされるかわかりません。むざむざ、殿下を死地に追いやるようなこと……私には無理です」
「聞け」
反対されることは予想していた。俺がロイの立場なら、間違いなくそうする。メリットがほとんどない。
「俺が行く理由は簡単だ。おまえは俺よりも弱い。弱い人間が行ったところで意味はない。無駄死にするだけだ」
「……殿下。お言葉ですが、魔力も格闘技術も私のほうが上という自負があります」
「シルヴィルトはぐうたらのダメ王子。だからか?」
ロイは答えない。答えられない。しかし、本音はそうだろう。
「なら、試してみよう」
力のすべてを見せるつもりはない。だが、パフォーマンスとしてはこれで十分だ。
「俺は、この椅子から一歩も動かない。どうにかして、俺を椅子から落としてみろ。どうせ無理だろうけどな」
「……さっきみたいに人を呼ぼうとするんじゃありませんか?」
「しないぞ」
「信用できません」
「なら、こうしよう。俺は、今から3秒以内におまえを地面に叩き伏せる。好きなように抵抗しろ」
「ええと、それならば……」
どうせ無理だと思っているのだろう。油断が表情から見て取れる。
「ちなみに、俺に攻撃してもいい。俺に倒されないためであれば、全てが許される」
「わかりました」
ロイが背筋を伸ばす。ふにゃっとした目が、真剣なまなざしへと変わる。
いくら見た目が細いとはいえ、すでに軍隊に所属している身だ。肝も据わっているのだろう。俺は、ロイの顔を黙って見つめる。
「3」
カウントを始める。その間、俺は、どうするかプランを練っていた。
「2」
そのプランは、すぐに決まった。このやりかたなら、すぐに倒すことができるだろう。
「1」
俺は、自分の体に流れる魔力に意識を向ける。最初が肝心だ。気づかれぬように、立ち振る舞わなければならない。
そして、俺は言った。
「0」
瞬間、腕を前に出して、ロイが身構える。と同時に、俺も動き出す。
――透明化&幻影
心のなかで唱え、一気に魔力を開放。俺は、すぐに自分の姿をイメージする。
そのイメージは、現実のものとなって具現する。本来の自分は消え、代わりに自分の幻影がテーブルのうえをかけあがり、ロイへと襲い掛かっていく。
「……っ」
ロイから聞こえるわずかな声。予想していた行動だろう。重力の力を借りて、ロイの上半身にのしかかろうとする。
「火」
けれど、簡単にはそうさせない。ロイは、自分の顔の前に、視界を埋め尽くすほどの巨大な炎を出す。
俺は、その様子を見ていた。テーブルの下から。
俺の幻影の動きを止める。まもなく、3秒が経過しようとしている。ロイは、勝ちを確信したのか、小さく息を吐いた。
その瞬間を狙った。
俺は、一気に体を前に押し出し、椅子の足をつかんだ。そして思い切り持ち上げる。
「え?」
混乱しているのが手に取るようにわかる。急に椅子が浮かび上がったようにしか思えないだろう。透明化&幻影を同時に解除し、そのまま椅子ごと前に倒れこんだ。
ロイの体が床につく。炎が消えたのを確認してから肩をつかみ、そのまま床に押し付けた。
「……え?」
ぱちくりとまばたきを繰り返している。火を眼前に作り出していたせいで、幻影の俺がどのような動きをしたか全く見えていなかっただろう。なぜ急に下から力が作用したのか、欠片も理解できなかったはずだ。
「と、まあこんな感じだな」
肩から手を離して、俺は立ち上がる。ある程度、俺の動きを予想していたのは悪くない。容赦なく大きな火を作り出し、絶対に触れることのできない状況を作り出した。普通であれば、ロイが倒されることはなかった。
「今、何が起きたんです?」
「わからないなら、おまえが未熟ということだな。教えてやる義理はない」
本当は未熟とかそういう問題じゃない。だが、こう言っておけば、勝手に納得するだろう。
ロイは、動揺を隠せないのか、立ち上がるまでに時間がかかった。やがて、のろのろと椅子から体を離し、起き上がった。椅子をもとの位置になおし、そのうえに座る。
「言っただろう。3秒だ」
「……」
こいつには、ある程度、力を見せなければならない。まだ完全に信用できるわけじゃないが、今後の様子次第では、仲間に引き入れることも考えている。少なくとも、俺の影武者をやってもらう以上、最低限、こちらの事情を理解してもらう必要がある。
「御見それ、しました」
「おお、もっと褒めていいぞ。俺は最強だからな。ハハハ」
相手が俺の力を知らないからこそできた芸当だ。また、ロイが俺の想定した形で動いてくれたのも助かった。
「噂など、あてにならぬものですね。尊敬いたします」
照れるなぁ。さっきとは打って変わり、きらきらとしたまなざしになっている。
「いつ、これほどの体術を会得されたのですか?」
耳をほじくりながら答える。
「まぁ、生まれつきかな。気づいたらこれくらいできるようになっていたぜ」
「なるほど。さすがは、この国を背負って立つ血筋ですね」
一応、嘘は言っていない。光魔法の会得は生まれつきだ。
「というわけだ。俺の力は理解しただろう。お前が心配するほど、俺は弱くない。たとえ魔力が低くてもだ。お前より、俺が行ったほうがいいというのも納得できたはずだ」
もちろん、これだけで説得できるとは思っていない。案の定、ロイから反論が入る。
「しかし、殿下。私は殿下に協力できません」
「ほう、なぜだ?」
わかっていながら訊く。俺が一方的に説明するよりも、そのほうが納得感があるだろう。
「まず、殿下と私の命の重みの問題です。殿下は私よりもはるかに優先されるべきお方。シルフィン大王の血を継ぎ、さらに今見せていただいたような優れた体術もお持ちです。国が失ってはいけない存在だと認識します。その反面、私は、平民出身の新兵でしかありません。今回の任務に危険が伴う以上、殿下をルズベリーに行かせるわけにはまいりません」
まぁ、そうくるだろうな。さっき言っていたように、バレたときが大変だ。ロイにどのような処罰が下されるかわかったものじゃない。
「もうひとつは、私の影武者としての能力の問題です。僭越ながら、私と殿下の容姿はかなり似ているものと思います。しかし、身内を騙せるほどかと言われると首をかしげざるを得ないのも事実です。特に、間近で見られた場合に、気づかれる可能性が高いと判断します。それに、私は、殿下のようにふるまえるかどうかも……正直自信がありません」
これも、言われると思った。
さっき、机に足をのせるときもおっかなびっくりという感じだった。ちょっと脅かしただけでビクビクするくらい気の小さな男だ。俺が普段しているようなびっくり行動ができるとはなかなか思えない。
だが、やってもらわなければならない。
見た目はともかく、ここに関しては心構えの問題だ。練習は必要だろうが、本気になればできないことはない。
「ご理解いただけると助かります。申し訳ありませんが……」
ロイが、頭を下げるところを見て、俺は言う。
「おまえの言い分は理解した。だが、俺はあきらめるわけにはいかない」
俺は、隣の椅子に置いていたものを見る。
自分の部屋から持ち出した小物入れ。それを手に取り、さらに、椅子の後ろに隠していた鏡を机の上に乗せる。
「化粧品、のセットですか?」
俺はうなずく。
「そうだ。まず、お前の見た目の問題。これから解決して見せよう」
席を立ち、ロイの背後に回り込む。ロイの眼前に、大きな鏡を向ける。
「ま、まさか。これで私を殿下の容姿に近づけると?」
「それ以外ないだろう。なに、すぐ終わる」
小物入れを開け、なかにある化粧品の数々を取り出していく。
化粧の技術と、絵画の技術には似ているところもある。色の扱い方や線の描き具合で人の目に映るものがどれだけ変わるのか。それをずっと考え、掘り下げていくこと。
ロイの顔を熱心に塗っていく。肌の色は似ているし、パーツの形もほぼ同じだ。あとは、違っている点を、少しずつ修正するだけで済む。
10分ほど経ったときに、全てが終わった。
「自分の顔を見てみろ」
「……え?」
鏡に映る自分の姿を見て、驚愕の声を漏らしたロイ。
そこには、どこからどうみても、俺にしか見えない顔が写っていた。
「どうだ。さっきの問題のうち、見た目に関してはクリアできたと思わないか?」
「……」
角度を変え、表情を変えているが、それでもそこに映るのは俺の顔だ。これなら、俺をよく知る人間が見ても気づかないはずだ。
「……確かに、そうかもしれません」
これだけのものを見せられれば、反論できるはずもない。
「あとで、このメイクのやり方は教えてやる。これほどの完成度でなくとも、ある程度まねることができれば、十分に俺に見える」
「はい……」
第一関門突破といったところか。化粧道具を小物入れに戻し、鏡を閉じて、さっき座っていた位置まで戻る。
しかし、俺の持っている切り札はそれだけだ。
ここから先は、ロイの心に直接訴えかけるしかない。
「ロイ」
「はい」
俺の言葉に、ロイが背筋を伸ばす。真剣な顔を作って、俺は言った。
「俺には、やらなければならないことがある」
まっすぐに、相手の目を見つめる。冗談ではないということをわかってもらう。そして、これが、重要なことだということも理解してもらう。
「おまえが断ったところで、ルズベリーには行くつもりだ。他にも手立てはいくつか用意している。どのみち、命の危険に晒されることに変わりはない。ただ、お前が俺の代わりをしてくれることが、最も望ましい。おまえに、迷惑をかけないよう、俺の権力を用いて最大限おまえのことを援助しよう。失敗したのなら、俺の持つ財産をすべて、お前の家族に渡しても構わない」
覚悟が必要だ。ルズベリーであれだけの死者を出した以上、このまま放置することはできない。ロイをひとまず信用し、行動に移すしかない。
「頼む」
俺は、頭を下げた。
長い長い沈黙が二人の間に漂う。他の手立てがあるなんて、当然嘘だった。だが、こうでも言わないと、決して首を縦に振ることはないと思った。
どれだけ時間が経ったのだろうか。膝と膝の間を見つめたままの俺に、ロイが言った。
「殿下、お気持ちはわかりました」
顔を上げる。そこには、ロイの真剣な顔があった。小さく息をのむ。
「私は、殿下がどのような事情を抱えていらっしゃるのか、わかりません。しかし、殿下ほどのかたが、私のような者にこれだけ誠意を向けて話してくださいました。身分の低い、私に対して、頭を下げてまで……。だから、私も覚悟を決めることにします」
「それならば……」
「殿下、ぶしつけながら、一つだけ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
俺はうなずく。ロイは、そのままつづけた。
「私は、入隊するとき、故郷に家族を残してきました。大事な家族です。決して、今回のことで、彼らに咎を負わせたくありません。もしも、この任務が最悪の結果を迎えた場合、私の家族に罰が下らぬよう、手を回していただきたいのです」
俺は、力強くうなずく。
数人程度なら、俺の権力でも守ることはできる。
「それともう一つだけ、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
ロイは、言った。
「殿下のこと、少しだけ教えてください。私に、もう少しだけ信用を与えてくださいませんか。そうすれば、殿下に、この命をささげても構いません」
俺は、影武者がこいつでよかったと心の底から思った。




