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復讐のベアリーパー  作者: Pのりお
第二章 王都に忍び寄る者
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8話 影武者

 影武者が用意されたのは、それからわずか3日後のことだった。


 脅迫者がいつ殺人を犯すかわからない以上、急ぐ必要があったのだろう。


 影武者として選定されたのは、主に王国軍からだった。王国軍の人間であれば従わせることが容易だし、戦力として期待が持てる。


 ただし、俺たちの年齢はまだ若い。


 ニコルは、ほとんど大人だが、ミハエル、セントレア、エステルはどう考えてもまだ子供にしか見えない。王国軍に入隊できるのは16からだから、似た容姿の者が存在しなかったらしい。彼らの影武者は、一般市民から用意された。多額の給与を支払うことを約束し、連れてきたと聞いている。


 そして、俺の影武者は、今俺の目の前にいる。


「初めまして」


 そいつの年齢は、16歳。まだ入隊したての新人らしい。


 俺とそいつは、ベンヴェヌート宮の応接室で向かい合っていた。あまり大きな部屋ではない。中央に大きなテーブルがあり、挟むような形で装飾の入った椅子が置かれている。横の壁には、シルフィン大王の肖像画が掲げられていた。


 俺は、目線を目の前に戻す。


 そこには、俺にそっくりな男が座っていた。ブロンドの髪。すらりと細長い体つき。俺ほどではない、整った顔立ち。おそらく、軍服を着ていなければ、軍人とは思えないだろう。まだ入隊したばかりなので、体も鍛えられていない。


 なるほど、ちょうどいい人材だと言える。火魔法の使い手というのも運がいい。

 緊張しているらしく、さっきから膝に置いた手がせわしなかった。


「あの……私は、ロイ・マクレーンと申します」


 声が少し震えている。それもそうだろう。王族の人間と直接話す機会など今まで存在しなかっただろうから。もともと平民だし、貴族に会うことすら少なかったはずだ。


 俺は言う。


「そうか。知っての通り、俺がシルヴィルトだ。よろしく頼む」


 腕を組み、足をもう片方の足に乗せる。

 影武者として危険な仕事についてもらう以上、それぞれの影武者に対し、直接話す機会が設けられることとなっていた。こちらのほうが立場は上だが、自分の命を危険にさらさないためにお願いする身でもある。無碍にはできない。


 しかし、よくこんな人材が存在したと感心する。これ以上ないくらい、影武者として最適だと思った。あとは、もう少し堂々としてくれれば完璧だ。


「……今回の件について、どこまで説明を受けている?」

「あ、はい」


 軍人であれば、おそらく全部聞いているだろう。そう思いながらも一応訊いてみた。


「まず、王宮に対し、腐乱死体と脅迫状が届きました。その脅迫状には、シルフィン大王の血を継ぐ者全ての首を差し出せ、との言葉がありました。ルズベリー地方の連続殺人と関連すると思われる本件について、実質人質を取られている状況であるため、影武者を用意し、敵の動向を探り、可能であれば殲滅する必要があると聞いています」

「そうか」


 どうやら、本当に全部伝えられているらしい。


 おそらく、ロイにとっては恐怖だろう。まだひよっこであるにも関わらず、国を揺るがそうとしている巨悪と対決しなければならない。帰ってこられる保証などない。


 まあ、こいつをルズベリーに行かせるつもりはないが。


 ただ、そのまえに、こいつのことを詳しく調べなければならない。


 俺は、事前にもらっていた経歴書を見る。出身地は、辺境の地――ミランダ地方。鍛冶職人の家庭で育っている。三男であるため、職は継がず、比較的給与の高い軍人となる決意をしたようだ。


 魔力は、34。平民にしては高い数値だが、貴族としては物足りない。軍隊のなかではごろごろいるレベルだと思われる。


 入隊後、とくに問題を起こしたことはない。きわめて真面目に訓練を受けており、まだ体力はないが、上官からも信頼され始めているという。


 ――これを見る限りでは、大きな問題はなさそうだ。


 一応、俺は質問する。


「お前の両親は、どんなやつなんだ?」

「あ、はい」


 お前は、答えるときに、いちいち「あ、はい」と言わないと気が済まないのか。


「私の父は、鍛冶職人です。曾祖父の代から続いている老舗でして、火魔法を駆使しながら良質な刀剣を作成しています。また、母は商人の家から嫁いだと聞いております」

「ふむ」


 当然のことながら、身辺調査は、すでに国のほうで行っている。そのうえで、問題なしと判断されたから、こうして俺の影武者として選定されたわけだ。


 もしも、こいつがレイア教の信徒であれば元も子もない。あるいは、今回の脅迫者と通じているようなことがあれば大問題だ。少しでも、不安の芽はつんでおきたい。


「なあ、おまえは、自分の魔力についてどう思っている?」


 しかし、急にそんなことを言われてもぴんとこなかったらしい。どういう意味でしょうか、と首をかしげていた。


「魔力が34。普通の平民よりも高い数値だ。だが、貴族ほどではない。もっと高い魔力に産まれたかったと思うことはあったか?」


 結構、踏み込んだつもりだったが、未だに質問の意図を図りかねているようだ。どう答えるべきかしばらく悩んだあと、急にハッとした顔をし、それから言った。


「ま、魔力など、大した問題ではありません。私は少なくとももっと魔力が欲しいと感じたことはありませんでした。低い、高いなど、気にするようなことではないと思います!」


 やけに力説してくる。どういうことなんだと考えているうちに、思い至った。


 ……もしかして、気を使われているのかもしれない。


 俺の魔力が12しかないということは、よく知られている。ロイよりも魔力が低いことを気にして質問したと勘違いしたのだろう。


 望んだ回答ではなかったが、なんとなく人となりがわかった気がした。


 ……というか、若干むかつく。


「ああ、そう。それは結構なことだな」


 俺は、足をテーブルのうえに音を立てて乗せた。椅子を傾け、背もたれによりかかる。急に態度が急変した俺を見て、明らかにロイがビビりだす。


「……!」


 なにか返答を間違えたのかとおろおろしている。俺は言う。


「ビクビクするな。これが俺だ」


 俺のダメ人間っぷりについても、多少は聞いているだろう。


「おまえは、俺の影武者になるんだろ? これくらいで驚いてどうする。俺は常に楽することしか考えていない。そういう人間の影武者であれば、当たり前にできなければならないことだ。真面目過ぎると、影武者だと見抜かれるかもしれないぞ」

「は、はい」

「よし、じゃあ、お前もやってみろ」

「ええ? そんなこと……」

「おいおい。国の命運にかかわる仕事だってわかってるんだろうな? 机に足を乗せるくらいのことできなければ、どうしようもないぞ」

「わ、わかりました」


 やっぱりクソ真面目だな。ロイは、おそるおそる、椅子を引き、足を持ち上げる。そして、「失礼します」と言ってから、机のうえに足を置いた。


 その瞬間、俺は、足を床に戻した。それから言う。


「うわー、なにやってんの? ひくわー」

「え、ええ?」

「すみませーん、こいつ、王族の前で机に足乗せてます!」


 俺が大声で騒ぎだすと、顔を真っ赤にして、あわてて足を除けた。


「わ、私は、シルヴィルト殿下が足を乗せろとおっしゃったので……」

「お? 俺のせいか?」

「い、いえ」


 どう考えても俺のせいだが、耐えてくれている。さすがに、王族に対して怒り散らかすことはできないだろう。


「こんなことはどうでもいい。ついでに、お前が王国軍に入隊した動機を教えてくれ」

「あ、はい、わかりました」


 あとで、「あ、はい」と言う癖は直させようと思いながら、耳を傾ける。


「私は、辺境の生まれです。そのため、ときおり海を渡って来た侵入者が、国内でよからぬことをしていることをよく知っています。盗み、強姦、殺人……。私の育った村でも、彼らの被害を受けた者がいます。そのたびに、何もできない自分を歯がゆく思っていました。だから、軍に所属して、そういう人を少しでも助けたいと考え、志望しました」

「……そうか」

「あ、あの、私では物足りないということでしょうか?」


 顔合わせだけと聞いていたはずなのに、やたらと質問してくる俺を訝しく思ったらしい。


「そんなことはない」

「国を守るためなら、命を捨てる覚悟です。ど、どうか、この任務、私にお任せいただけないでしょうか」

「……」


 なるほど。俺は、こいつを見誤っていたらしい。


 こんな危険な仕事、やりたくないに決まっていると考えていた。しかし、クソ真面目なこいつにとっては、非常にやりがいのある仕事。命を賭してでも国民を守りたいという強い心の持ち主なのだ。


 俺は、ロイという男を見定める必要がある。


 ロイは信用に足る人物なのか。俺の代わりを務めるときに、悪さをしないのか。


 しかし、だんだんと試すのがバカらしくなっている俺がいた。


 どうやら、そういう駆け引きができるタイプではないらしい。素直で、ひたむきな人間だろう。演技かもしれないが、そのときは、俺の失策だ。最低限の保険だけは打つとして、もうとっとと話を進めたほうがいい。


 そう判断した俺は、本題に入るべく、口を開いた。


「――おまえは、上官からどのような命令を受けている?」


 すぐにロイが答える。


「……シルヴィルト殿下の影武者となり、ルズベリーの事件を解決に導くことです」

「そうだな。影武者となること、この事件を解決に導くという二点だ。偵察や殲滅はあくまで可能性の話でしかない。任務となるのはその二つだけだ」

「シ、シルヴィルト殿下……」

「いいか?」


 俺は大きく目を見開いて、体を前のめりにする。


「お前に下された命令は、俺の影武者になること。だが、その命令を少し修正しよう」


 何を言われるのか、想像もできていないロイは、ごくりと息をのんでいた。


 俺は、少し笑う。そして言った。


「――ルズベリーには俺が行く。お前は、王宮にいる俺の影武者となれ」


 ロイは、ぽかんと口を開けていた。

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