7話 脅迫
『我らはあるべき主を取り戻すため、この国に反逆する者である。トリトロンという国はこの世界に必要ではない。むしろ、排除しなければならない害悪である。
害悪を駆逐するため、我らはここに宣言する。
トリトロンを放逐し、我らの本当の主を打ち立てる。
まずもって、トリトロン国民を殺すことと決めた。
ルズベリーでの殺戮は、ほんの手始めである。この殺戮は正当な殺戮であり、あるべき姿に戻し、大多数の幸福を実現するために必要な犠牲である。これから、さらに殺戮を拡大し、この国の根本を覆す。
このメッセージは、血にまみれた傀儡とともに送り届けられることだろう。トリトロンはますます血に染まることになる。止めてほしくば、シルフィンの血を継ぎし者全ての首を差し出すことを要求する』
玉座の間が静まり返る。
国を相手取った、明確な敵意の証。
トリトロンという国は、長い間、平和を保ってきた。その地盤となっていたのが、アクチュエータを中心とした技術力の高さである。その技術力は、軍事力にも適用され、フルールをはじめとした隣国との諍いを小競り合いの範囲に収めてきた。
だが、このような形で、正体不明の存在が、一般市民を攻撃するのは初めてのことだった。
すでに、多くの犠牲が払われていると国王は言っていた。
そして、それを止めるには、この場にいる王位継承者全員が死ななければならない。
「これが、今起こっている状況だ」
いくらなんでも、説明が杜撰すぎる。同じように思ったのだろう、ニコルが声を上げた。
「不躾ですが、質問させていただいてもよろしいでしょうか」
国王がうなずく。それを見て、ニコルがつづける。
「夜になにがあったのですか。それを教えていただかなければ、こちらも今の状況を把握することができません」
ニコルの顔は、青ざめていた。当たり前だ。間接的に、死ね、と手紙で命令されたのだから。そして、死ななければ、自分のせいで国民が犠牲になる。
「そうだな。説明しよう」
国王は、執事のノールに目配せをする。
「陛下に代わり、目撃者である私からご説明させていただきます」
話をまとめると、このような内容だった。
夜、その日の仕事を終え、使用人の宿舎に戻るために、ノールは中庭を歩いていた。だが、その途中、正門に異変があることに気が付いた。近づき、状況を確認すると、そこには2つの死体と1つの大きな箱がある。
死体は、衛兵だった。首を絞められたらしく、どちらの首にもはっきりとその痕が残っていたという。さらに、大きな箱からは、ぶんぶんという羽音が聞こえてきていた。
その箱を開けた瞬間、ノールは言葉を失った。
そこには、ばらばらになった死体が押し込められていたのである。しかも腐乱しており、異臭とたかる蠅でその周囲が惨憺たる有様になった。ノールは、あわてて屋敷中の使用人に事件を伝えたのだという。
「死体……」
状況が、少しずつわかってきた。おそらく、先ほど国王が読み上げた手紙もその現場に置かれていたのだろう。血にまみれていたのも納得できる。
「もしかして、その死体が、先ほどおっしゃっていた、ルズベリーに派遣された人間……」
「その通りだ。ニコル」
ぼかされていた内容がようやく見えてくる。騒ぎになるのも当然のことだろう。
さらに、ニコルが強い口調で言った。
「では、我々への通達が遅れた理由は何でしょうか」
ニコルが、珍しく怒っているように見えた。
夜、というのが具体的にいつのことかはわからないが、少なくとも今よりも何時間も前のことだろう。これだけの大ごとが起こっていたにもかかわらず、何も知らされないまま朝を迎えてしまった。そのことに対する羞恥も含まれているようだった。
「……この件は、きわめて高度かつ政治的な内容を含んでいる。混乱を防ぐために、情報がある程度整理できるまで、伝達しないように私が指示した」
「そうですか」
そのやりとりはそこで止まったが、ニコルの顔には不満がありありと現れていた。事実上、戦力外扱いされたことになる。現在の第一王位継承者として自負があるニコルにとって、この仕打ちは相当こたえたのだろう。
「では、聞こう、ニコル。おまえなら、この危機にどう立ち向かう?」
「それは……」
言葉に詰まってしまう。
答えられない理由が俺にはわかる。そして、だからこそ俺たちに伝えるのを遅らせた理由もわかる。
結論だけ伝えることにしたのだ。ニコルたちには出せないであろう結論を問答無用で伝えるためにこの場が設けられたのだ。
ニコルは、優秀であると思うが、まだ覚悟ができていない。それゆえ、その結論に達することができない。
「この玉座の間にいる者たちは、私が信用できると認めた者だけだ。我が子供たち、私を支えつづけてくれた国の中枢。そして、一部の使用人。だからこそ、今この場で、この件に関する判断を伝えようと思う」
俺には、なんとなくそのつづきの言葉がわかっていた。
(……を……して……の代わりにする)
先ほど、王妃が話していた言葉を思い返す。しっかり聞き取ることができなかったが、とぎれとぎれに聞こえてきた内容が、今この瞬間に俺の脳内でつながった。
「影武者を用意する」
簡潔に、はっきりと国王が言った。
「影、武者……」
それが、どういうことか、ニコルにもわかっているだろう。
「すなわち、我々の代わりに犠牲にする人間を用意し、国の手によって殺すということですか」
「少し違うが、おおむねその通りだ」
「それは……」
納得できていないのだろう。ニコルが唇をかみしめていた。
そして、ニコルだけじゃない。
その場にいる全員が悔しそうな顔で顔をうつむけていた。
そんなことはできないと言うのは簡単だ。だが、脅迫者の思惑通りに王位継承者全員を死なせてしまうことが、いかに国を揺るがすのかも理解している。自分を生き永らえさせるために、何の罪もない人間を犠牲にしなければならないという事実を受け入れるしかない。
国王が言う。
「ニコル。一つだけ、お前の考えに誤りがある」
ニコルが顔を上げる。
「お前は、国の手によって殺すと言った。脅迫状には『首を差し出せ』と書かれていたため、当然の発想だろう。しかし、今回、影武者の死体を送りつけるようなことはしない」
「と、いうのは……?」
まあ、そうだろうな。それでは、影武者の死が無駄死になる可能性が高い。
国王が、一つ呼吸を置く。
「生きた影武者を派遣する。魔力が強く、戦闘力に優れた影武者を急ぎ用意する。当然のことながら、お前たちに容貌も似ていなければならない。厳しいが、やるしかない」
「なるほど。生きていようがいまいが、彼らを王位継承者と認識したのであれば無視することはできない。無意味に死なせてしまうより、相手を倒したり、相手の情報を少しでも入手できる手段にしたほうがいいと」
「そうだ」
ただ、どのみち、影武者が生き残れる確率は低いだろう。なにせ、すでにたくさんの人間を殺している相手だ。また、相手の根城に足を踏み入れなければならないわけだから、圧倒的に不利なのは間違いない。
「異論は、あるか……?」
再び、場が静まり返る。
誰も何も言えない。これが最善の結果を招く手段であるとは思えない。だが、最善の手段ではないかと考えてしまっている。
まずいな。そのやりかたで事態が好転するとは思えなかった。
俺は、手を挙げて言う。
「ちょっとよろしいでしょうか」
まさか、俺が発言するとは思っていなかったのだろう。その場にいるほとんどのやつから警戒のまなざしを向けられる。「このバカが、何を言うつもりだ」と思っているんだろう。
そんな空気を無視して言う。
「リナも、連れて行きましょうよ」
「は?」
あっけらかんとした俺の口調に、怒りの声を上げたのはセントレアだった。だが、失敗だったと感じたのか、すぐに口を抑える。
「……シルヴィルトよ。一応、訊くが、理由はなんだ」
簡潔に答える。
「だって、リナの故郷でしょう? 帰りたいんじゃないですか」
空気全体がピリつくのがわかる。こいつ何言ってんだ、という苛立ちが伝わってくる。
「シルヴィルト……今回はお前の戯言に付き合っている余裕はない。死人が出ているのだ。場をわきまえろ。……ちなみに、ほかに理由は?」
「ありませんけど」
はぁ、と露骨に国王がため息をついている。
しかし、俺はバカなことを言ったつもりなどなかった。おそらく、誰か一人くらいは気づいてくれるのではないかと思った。
そして、思惑通り、俺の提案にハッとなった人物がいた。ニコルだ。
「国王陛下。今のシルヴィルトの発言、理由はともかく採用すべきではないでしょうか?」
ニコルの発言に、国王が怪訝そうな顔をする。
「どういうことだ?」
「二つ理由があります」
どうやら、わかってくれたらしい。俺は内心ほっとしながら、ニコルの言葉を聞く。
「まず一つ目は、リナ・スキラが戦力として有用だということです。闇属性の高魔力者であり、なおかつルズベリーの地形に明るい。闇属性は、かなり希少であるため、相手の意表を衝くことも期待できます」
「なるほど」
国王の目の色が変わった。
「そして、もう一つの理由は?」
ニコルがつづける。
「もう一つは、敵がスキラ公爵と通じていた者である可能性が高いからです。その場合、リナ・スキラは、敵にとっても重要人物です。公爵の忘れ形見であり、戦力として有用なリナ・スキラを放っておくことができないかもしれない。場合によっては、リナ・スキラも人質として機能する可能性があります」
おおむね、俺が考えている内容と同じだった。この考えを一蹴することはできないはずだ。
国王は、しばらく考え込んでいた。すぐに答えが出せるようなものではないだろう。公爵の事件を把握するために、リナは重要なカードだ。ここで切ってもかまわないのか、慎重に判断する必要があるだろう。
「ニコル。お前の考えは理解した。最終判断は私が下そう」
「宜しくお願いいたします」
恭しく、ニコルが頭を下げる。
とはいえ、ここでもったいぶってリナを連れて行かないことはないだろう。そして、もしそうならば、俺も悠長に留守番しているわけにはいかない。
――俺も、どうにかしてルズベリーに行かなくては。
そんなことを考えていた。




