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復讐のベアリーパー  作者: Pのりお
第二章 王都に忍び寄る者
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6話 事件

 翌日、俺を待っていたのは、衝撃的な報だった。


「国王陛下がお呼びです」


 ムースが、起き抜けの俺に対して差し迫った声でそう言った。

 朝。俺はいつものようにソファの上で寝転がっていた。目が覚めてしまったので、瞼を何度もこする。


そして、いつもどおり、面倒くさそうに返答する。


「ああ、うっせえな」

「そんなことを言っている場合ではありません!」


 仕方なく、体を起こす。いつもよりも、起こされる時間が早い。窓の外を見ると、まだ日が昇ったばかりのようで、少し薄暗かった。鳥のさえずりもいつもより控えめだ。あくびをかみころして、ムースの顔を見る。


 ただごとじゃないというのはすぐにわかった。国王が呼んでいる理由について、すでに一部聞かされているのだろう。


「とにかく、早く起きて、早く大広間にまで向かってください。すでに、皆さん準備を始めています」

「ったく」


 俺は、悪態をつきながら、内心、困惑していた。なにが起きた? かつて、俺がシーナを殺したときも、同様の緊張感が漂っていた。しかし、俺は公爵を殺してからなにもしていない。


 ムースに言われるがまま、急いで立ち上がり、丸テーブルのうえのベルを鳴らす。メイドたちに最低限身だしなみを整えてもらってから、部屋から外に出た。


 部屋の外も、緊迫感があった。使用人たちが、こわばった面持ちで歩いている姿が見えた。


 シニストラ宮を抜け、マッジョーレ宮の前まで歩いていく。マッジョーレ宮の前には、いつも通り見張りが2人立っている。俺の姿を見て、道を開けてくれる。


 大きな扉を開け、中に入る。


 すでに、何人かが入り口付近に待機していた。ニコル、ミハエル、セントレア、エステル。他にも、ビリヤンカ王妃までその場に立っているのが見えた。


 ビリヤンカ王妃は、扇子で口元を隠しながら執事のノールと何事か話している。俺は、ビリヤンカ王妃の近くまで寄っていく。


「……を……して……の代わりにする」


 何事か話しているようだが、聞こえてない。ビリヤンカ王妃は、俺の姿に気がつくとしゃべるのをやめた。そして、ノールに目配せする。


 ノールは恭しく頭を下げて、その場を去った。何を話していたのか訊こうとしたところで、王妃が俺に向かって口を開いた。


「珍しいじゃない。あなたがこんなに朝早く起きるだなんて」


 いきなり嫌味か。俺はため息をつく。


「仕方がないでしょう。国王陛下の命令とあらば、従わざるを得ません。俺もまだ勘当されたくないですからね。最低限は従いますよ」

「そう。殊勝な心掛けね。今後とも、規則正しい生活を心がけなさい」


 いつも通りの言葉だが、感情が籠っていないように思える。むしろ、ごまかしているようにすら感じられた。もしかしたら、王妃はすでに何があったのか知っているのかもしれない。


「ちなみに、私はすでに、陛下から話を聞いているわ」


 俺の考えを読んだかのように、王妃が言う。やっぱりそうか。たぶん、ノールと話していたのも、その内容に関することだろう。


「へぇ、じゃあ、先に教えてくださいよ」

「……陛下から直接聞きなさい」


 王妃の顔色を見ていても、やはりただごとじゃなさそうだということは感じられた。


 俺は、周囲を改めて見回す。現在マッジョーレ宮内で待機しているのは、王位継承者の者たちだけではない。宰相や評議長などの国の中枢を担う人物までいた。もしも、この場にいる全員が死んでしまったら、国ごとひっくり返ってしまうレベルだ。


 いつもは気丈なニコルも、不安そうな面持ちで、腕をぽりぽりと掻いている。セントレアは、落ちつきなく同じところをぐるぐると歩いている。エステルは、隅の方で肩身が狭そうに立っていた。


 そのとき、


「お兄様も来ていたのですか」

 俺と王妃のもとにミハエルがやってきていた。


 第六王位継承者。セントレアと違って、落ち着いているように見える。戸惑いはあるだろうが、それを表に出さないだけの器量をすでに備えている。


「ミハエルか。おまえも災難だな」

「確かに、これだけ朝早く起こされるのは驚きですが、何かまずいことが起こった様子ですし、致し方ないことかと。それよりも、何が起こったのか早く教えてもらいたいです」

「真面目だな」


 俺に対して侮蔑の視線を向けない数少ない人間だ。誰に対しても敬意をもって接し、誰に対しても穏やかな物腰を崩さない。すでに婚約者がいるが、かなり女から人気があったと聞いたことがある。


「……シルヴィルトとは大違いね。あなたが年上とはとても思えないわ」

「へいへい」

「まったく、ニコルやミハエルはしっかりしているというのに、どうしてこんなにも違うのかしら」


 ミハエルは、いえいえ、と恐縮し、それから頭を下げた。


「ビリヤンカ王妃殿下。おはようございます」

「ふふ。おはよう」


 ビリヤンカ王妃が産んだ子供は3人。俺とルーベンとニコルだ。なので、ミハエルにとっての母親は別にいる。俺と比べて、王妃と直接話をする機会は少ないだろう。


「あなたは、ここにいるバカと同じようになってはだめよ。挨拶できない、ろくに起きることもできない、勉強もできないこんなバカとはね」

「あのですねぇ」


 いくらなんでも言い過ぎではないだろうか。公爵の一件で少し見直したようだったが、すぐに評価が戻ってしまったらしい。


 そんなことを話しているうちに、ノールがまた戻ってきた。そして、玉座の間へと通じる段差の前で言う。


「国王陛下の準備が完了いたしました。みなさん、玉座の間へと入室ください」


 ようやく、来たか。俺とミハエルは顔を見合わせる。


 ニコルたちが中に入るのに続いて、俺も玉座の間へと足を踏み入れた。


 ――久しぶりだな

 圧倒されるような、煌びやかで巨大な空間が視界に広がっていた。


 絨毯が、四方100メートルほどの空間に敷き詰められている。目を引くのは、天井から吊り下げられているガラス製のシャンデリアだ。いくつもあるせいで、反射された光がまぶしく感じられる。


 玉座が、正面に堂々と設えられている。ここに座る者こそ国の中心であるということを雄弁に語っている。玉座のうえには、二つの丸を重ね合わせた、トリトロン王国のシンボルマークが掲げられている。


 そして、その人は、玉座の前に立っていた。


 白くて長い髪の毛。その髪を後ろに束ねている。すでに50を超えているが、顔にはしわが少なく若々しく感じられる。その昔、国王は非常に容姿が美しく、女性の前を通り過ぎるたびに黄色い声が上がっていたと聞く。


 ハイラル国王。この国の長であり、俺の父親でもある。


 国王は、やたら分厚い大きなシルク製の布を体に巻きつけている。さらに、体の内部に詰め物をしているだろう。そのせいで、体がとても大きく見える。威厳を示すために、玉座の間ではいつもこのような格好をしている。


 俺たちは、国王から20メートルくらい離れたところでぴたりと止まる。


 ここが、おそらく限界だろう。それ以上近づくとまずい。


 ニコルやエステル、セントレアも俺たちの横に並んだ。やがて、全員がそろったのを見届けてから、国王が言った。


「急に呼び出して悪かった。しかし、一大事だ。早急にお前たちにも伝えておく必要があると判断した。そのため、今回はアクチュエータも用いない」


 国王は、基本的に誰に対しても通信型アクチュエータで会話する。その理由は、一部の者以外には知られていないが、俺たちは知っている。


「深夜、私のもとにある情報が舞い込んできた」


 今も、国王を見ていると、その理由がわかる。


 国王は、人間が嫌いなのだ。もっと言うと、リナのような恐怖症――人間恐怖症だ。リナよりもさらに恐怖症の範囲が広い。過去にどのようなことがあったのかはわからないが、人間が自分のそばにいると、恐怖で体が震えだす。


 俺たちが少し離れているにもかかわらず、その症状はわずかに出ていた。顔色が少し青くなり、声もわずかに震えている。国の為政者として致命的ではあるが、アクチュエータなど間接的な呼びかけであれば問題ないので、それでも何とかなっているのが現状だ。


 国王は、つづける。


「情報源は、かつての公爵領――ルズベリー。公爵亡きあと、直接支配下に置いているが、内部が現在どのようになっているかわかっていなかった。だから、人を派遣して、ルズベリーの状況を探ってもらい、逐一情報を入手していたのだ」


 ルズベリーか。俺は国王の話に意識を傾ける。


「そこで、恐るべきことがわかった」


 いったん、間が置かれる。ここで本題に入るのだろう。


 俺としても、ルズベリーは危険なところと認識している。レイア教とどこまでズブズブなのかが未知数なうえ、旧ネブロ勢力が眠っている可能性がある。リナをこちらで握っている以上、何かしら怒っていてもおかしくない。


「何者かが、ルズベリーの領民を何人も殺している」


 場が静まり返る。ごくりを息をのんでいる者もいる。


「今のところ、わかっているだけでも、被害者が20名ほどもいる。詳しい情報はまだ入手できていないが、口封じの可能性も高い。毎夜のように死体が畑のうえに転がされている。領民たちが恐怖に震えているとのことだ」


 俺は、その話を聞いて、レイア教のことを頭に思い浮かべた。


「さらに、それだけではない。我々に対して、殺人者からメッセージが届いている」


 そのとき国王が掲げたのは、ところどころ赤く染まった白い紙だった。


 ――これは?


 その赤は、紙の模様ではない。不規則だし、水滴を垂らしたみたいに丸い斑点がいくつもつけられていた。


 ――まさか、血か?


 国王は、「情報を入手した」と曖昧なことしか言わなかった。「どのような形で」入手したのかは教えていない。国王が派遣したという人間がどうなったのか、そして血にまみれる形でメッセージが届けられた経緯がどうだったのか、一切伝えていない。


 なぜ、使用人たちが先に知っていたのか。


 なぜ、これほどまでに緊迫感があるのか。


 どうやら、のんきに構えている場合ではなかったようだな。


 俺の中で、再び怒りの感情が頭をもたげるのを感じていた。


「この紙に書かれている内容は、一言でいえば脅迫文だ。我々が指示に従わない限り、もっと恐ろしいことを起こすと脅してきている」


 そして、国王は紙を広げ、その内容を声に出して読み始めた。

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