5話 書物
夜になった。
誰もが活動をやめて、王宮全体が静まり返る。ランタンの灯り以外、ほとんどが闇に沈み、すぐ目の前の光景すらおぼつかなくなってくる。俺の視界も、すでに暗闇に奪われていた。ベッドの上で、ひとり仰向けになる。
使う能力は、いつも通りのもの。
「千里眼&暗視」
その瞬間、俺の見える範囲が一気に広がっていく。範囲を王宮全体とすると、どこで誰がなにをやっているのかが鮮明に見えてくる。
俺の部屋からの道筋をたどっていく。怪しい動きをしている者はいないか。王宮内に変なものが置かれていないか。前回の反省から、通信型アクチュエータの存在には特に気を付けている。
すでに、王宮内にある通信型アクチュエータは、すべて撤去済みだ。国王の命令で、使用人総出でアクチュエータの捜索が行われた。その結果、最初に見つかったアクチュエータ以外にも3つ王宮内備え付けられていることがわかった。
ただし、通信型アクチュエータが再度設置された、あるいは見落とされている可能性もある。これ以上、情報を盗まれるのは良くない。
細々とサーチしたが、問題となる人物や設置物は存在しなかった。俺は、少しだけ安心する。すでに、戦いは始まっている以上、油断はできない。
俺はさらに唱える。
「透明化」
自分の手を天井へとかざす。紙に水を垂らしたときみたいに、徐々に自分の色がむしばまれていく。やがて、自分の体が全く視界に入らなくなる。
俺は、ベッドから起き上がる。毎日の習慣。今日も、王宮内を歩き回らなければならない。「千里眼」だけでは拾えない情報を入手する必要がある。
部屋から出た俺は、慎重に、足音を立てないように前へと進んでいく。ランタンを直接見ると眩しいので、あまり視界に入れないようにする。シニストラ宮において、活動している人がいないことは確認済みだ。
シニストラ宮から外に出て、今度はマッジョーレ宮へと向かう。すでに、ベンヴェヌート宮にはほとんど人がいないため、出向いても得られる情報が少ないだろう。
国王の寝室が存在するため、マッジョーレ宮の前には、見張りが数人立っている。気にせず扉を開けたら怪しまれるだろう。だが、そろそろ交代の時間であることを俺は知っている。その場で、黙って立ち尽くす。
と、やがて、マッジョーレ宮の中から次の見張りが外に出てくる。俺は、そのすきに扉を通り抜けて、中に入った。
マッジョーレ宮のなかも当然暗い。入口の先には、横に長く伸びる通路があり、さらに奥には小さな段差と両開きの扉が見える。段差から左右に階段が伸びていて、そこから二階にまでつながっている。
俺は、前ではなく、右側へと進む。通路を進んでいくと、そちらにも扉がある。奥に誰もいないことを確認してからドアノブを回す。
ここから先には、3つほど部屋が存在する。そのうちの1つが、昼間に国王の話を聞いた会議室だ。一番奥にあるが、今回用があるのはそちらではない。
前から2つ目の扉の前に立ち、ポケットに仕込んでいた鍵を取り出す。
ここは資料室。本来は、鍵がかけられ厳重に保管されているが、こっそり鍵を複製したため、俺は自由に出入りできる。
中に入ると、そこにあるのは大量の本棚だ。資料室と呼ばれるだけあり、国家機密情報も含めて膨大な過去の資料が保存されている。かつて、シルフィン大王の私室だったが、頭のよい大王は本を大量に所持していて、当時から資料室さながらの様相だったらしい。
百年以上前の貴重な本も残っている。そのため、かなり重要な場所だ。本来、ここには許可の与えられたごく数名しか入れないうえ、何があるのかも知らされていない。
俺は、数ある本棚のうち、一番右端、かつ奥から二番目の棚まで移動する。
ここには、主に神話関係の本が所蔵されている。俺は、そのなかの一冊を手に取る。ぱらぱらとページをめくっていくと、やがてその文字を見つけた。
レイア――。
かつて、人々に魔法を与えたと言われている神。唯一神ではない。神のなかでも、運命の女神として扱われている。
本には、このように記述されている。
『かつて、世界には、ザイール、クリント、レイアという神がいた。神には男や女という概念は存在せず、完全体としてこの世に存在する。ザイールは土地を作り、クリントは時間を操り、レイアは生物を生み出した』
いつごろ生まれた神話かわからないが、今ではほとんど忘れ去られた古典だ。レイアだけでなく、ザイールやクリントも普通の人は知らない神様だ。そもそも、トリトロンでは曖昧な神様の概念だけが存在し、名前やその歴史など語り継がれていない。
ページをめくっていく。レイア神について、より詳しい記載がされている。
『レイアは、3柱のなかでも我々人類に大きな影響力を持つ。人類の運命を司り、時に褒美を、時に罰を与える。かつて、人々が貧しかったころ、手助けのために魔法を編み出し、力を伝授した。現在の人類の発展は、レイアの手助けなしでは難しかっただろう』
『すべての運命は、レイアのさじ加減によって決定する。レイアは人類を生み出し、魔法を伝授し、その先に待つ未来をも操っている。ザイールやクリントにとって、人類などどうでもよい存在であり、レイアの機嫌を損ねれば人類は滅亡を迎えることになる』
おそらく、この記述こそが、レイア教へとつながっている。
レイア神が魔法を与え、そして、人類の運命を握っている。だからこそ、ひとりひとりに与えられる魔力はレイア神からのメッセージ。魔力の高い者はレイア神に愛されているので、重用されなければならないという考えに至る。
ただし、さっきの記述以外に、この本の中でレイア神について述べているところはない。ひとりひとりの魔力の高さをレイア神が決めていることも、その魔力こそレイア神の意思の表れだということも憶測にすぎない。
そもそも、レイア神が存在すること自体が、眉唾物だ。
かつて、この国を建国したシルフィン大王は、魔力の高さを能力の評価として採用しないことを決めた。それは、シルフィン大王自身が、光魔法の使い手だからわかっていたのだろう。魔力の高さは、その強さを表すわけではないということ。
この場所に、この本が存在するということは、シルフィン大王もこの本を読んでいたはずだ。だからこそ、レイアという神がのちのち大きな波紋を広げることも予想できたのかもしれない。
伝説でしか知らないシルフィン大王がどのような人物かはわからないが、かつてその優秀さで平民から国王までのし上がった男ならば、そこまで予期していてもおかしくない。
本を閉じ、また本棚に戻す。
レイア神についての記述がある本は少ない。今までここで何冊もの本を開いてきたが、これ以上の情報を見つけられたことはなかった。
俺は、別の本棚に移動する。今度は、この国の歴史に関する書物だ。
『トリトロン建国後も、しばらく内戦が絶えなかった。旧ネブロ国の派閥が残っていたからである。トリトロンの前に土地を支配したネブロは、敗北後も虎視眈々とその玉座を狙っていた。一度目は、建国後の2年に起こり、その中心地は、ルズベリーであった』
この話は、俺も知っていた。
王都からそう離れていない場所であるにもかかわらず、建国間もないころは統治が上手く行えずに、反乱の芽をつぶしきることができないでいた。だからこそ、この地に当時の公爵を派遣し、支配させるように仕向けたのだ。
スキラ公爵の件と、この歴史。果たして関係があるのだろうか。当時の公爵は、国王が信頼を置いていた人物と聞く。しかしながら、時が進むにつれて、本来の意味を失い、旧ネブロ国の派閥に影響されたのだろうか。
公爵が行おうとしていたことは、結局のところ国家の転覆であった。それが果たしてレイア教の影響だけによるものなのかは疑問だ。
本を閉じて、大きく息を吐く。
現在のところ、とにかく情報が足りていない。王族というのは、俺みたいな底辺でも自由ではない。透明化できるとはいえ、朝には必ず戻ってこなければならない。外出できる機会はあまり多くなく、とにかく勉強することが求められてきた。フィールドワークが重要視されていないわけではないが、安全面を考慮するとそうならざるを得ない。
ノーウェン・レグナルド。あの男のことがずっと気がかりだった。
現段階で、俺に関する情報をもっとも握っていると思われる人物。
フルールは海の向こうの国であるため、もちろん行ったことはない。トリトロンと違い、魔力の高さが出世に大きく影響する国だということを風のうわさで聞いたことがある程度だ。トリトロンとは、何度も小競り合いを起こしてきている。そのため、商取引も活発ではなく、情報があまり入ってこない。
彼がフルールの軍人であるのならば、レイア教の幹部を兼任していたことが非常に気になる。フルールの考えとレイア教の考えは近しい。レイア教の発端が、フルールであるということも十分に考えられる。
前に、ノーウェン・レグナルドは言っていた。
(すでに国一つ分の軍事力は備えています)
その言葉は、もしかしたら、レイア教がフルールという国自体を支配していることを示唆しているのかもしれない。これが事実であれば、戦争になる。レイア教を倒すことは、すなわち丸々一つの国と相対することになるかもしれない。
もしそうならば、俺も覚悟を決めないといけない。
復讐のために、戦争を起こすことを。
俺は、資料室から外に出ようとドアの前に立つ。千里眼をもう一度用いて、ドアの先に誰かがいないかを確認する。
――よし
ドアから通路に出る。そして、マッジョーレ宮のなかを歩いていく。
ひとまず、俺にできることは、この王宮内でできる限りの情報を入手することだ。派手な行動を起こすタイミングではない。今は、じっくりと考える必要がある。
情報をためていけば、そのうちやらなければならないことも見えてくる。
そして、近いうちに必ず行動を起こす――。




