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復讐のベアリーパー  作者: Pのりお
第二章 王都に忍び寄る者
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4話 エステル

 エステル・リル・トリトロンは、第八王位継承者であり、側室ミュリエルの娘である。


 ミュリエルは、もともと平民の出で、一度王宮に訪れたのをきっかけに国王に見初められた。そのため、側室の中でもあまり位は高くなく、同じ年齢のセントレアやミハエルよりも低い継承順位となってしまっている。


 当のエステルはというと、平凡という言葉が似あう人物だ。魔力は、貴族平均とほぼ同じ51。属性は、水魔法で、特に扱いが長けているわけではない。勉強もそこそこであり、悪いという話も良いという話もあまり聞いたことがない。容姿は、銀髪がきれいなものの、顔が他の貴族と比べて秀でているということもない。決して、可愛くないわけではないが、美人の多い王宮内では、埋もれてしまう程度の容貌だ。


 そういう意味では、かなり影が薄い存在だ。少なくとも、王位継承権の持ち主として、真っ先に名前が挙がることはないだろう。


* * *


 部屋に入ったエステルは、俺を睨みつける。


 先ほどの恨みもあるし、「わたしの可愛いリナ」と仲睦まじく話している俺が気にくわないのだろう。ずかずかと、大股で俺のほうまで歩いてくる。


 近くまで来たところで、やっぱり背が小さいなと思った。俺の胸のあたりまでしか身長がないんじゃないだろうか。目いっぱい顔を上げ、瞳をぐるんと動かして、俺の顔を見つめているが、怖さなど欠片もない。むしろ、いじらしささえある。


「お兄様! わたしをいじめただけでは飽き足らず、わたしのブランシュを使って、わたしのリナになんてひどいことをしてるんですか!」


 どうやら、エステルの中では、俺が命令したことになっているらしい。俺はため息をつく。


「何言ってるんだ。こんな犬っころを操って、リナをいじめることなんてできるわけないだろう。よく考えろ」

「うるさいです! どうせお兄様のことですから、ブランシュをたぶらかして、人の嫌がることをやったに決まってます! お兄様は、人をいじめるのが趣味ですもんね!」


 そんなことを言っている間にも、リナはぺろぺろ舐められつづけていた。さすがに上に乗っかられると重そうだ。


「……助けてやらないでいいのか?」

「……はっ! またお兄様の罠だったのですね! あやうく忘れてしまうところでした」


 そう言って、エステルがブランシュとリナを引きはがす。飼い主にも当然なついているようで、エステルもぺろぺろされていた。


「というわけで、俺は帰るから」


 踵を返す。すると、背中から声が聞こえてきた。


「ま、待ってください!」


 だが、俺は無視してそのまま歩きつづける。そんな俺の態度が気に障ったのか、エステルはさらにつづけて言った。


「ブランシュ、お兄様を捕まえなさい!」

「わんわん」


 あ、やばい。そう思ったが、すぐに俺は背中から飛びつかれ、その場に押し倒されてしまった。


「っ……」


 想像以上に重く、全く身動きが取れない。うつぶせの状態で顔を後ろに向けると、へっへっと鼻息をこぼすブランシュが俺を見下ろしていた。


「よくやったわ、ブランシュ。お兄様のことをようやくとらえることができました。悪には正義の鉄槌が必要です! 今後、二度と変なことをしないように、わたしがきっちり教え込んであげます」

「おいおい勘弁してくれよ」


 リナのほうを見るが、すっと視線をそらされる。おい。


「いいんじゃないかしら。少しは、痛い目見たほうがいいわよ」


 裏切者め。いつもからかわれているから、その恨みを晴らすいいチャンスとでも思っているんだろう。


「……ところで、何があったの? いじめられたって」


 エステルは、恥をかかされたときのことを思い出したのか、顔を赤くした。そして、その場でばんばんと足を踏み鳴らす。


「さ、さっき、厳粛な場で、わたしの、み、耳に息をふきかけてきたの! そして、わたしそれにびっくりして、大きな声出しちゃったの! それで恥をかいちゃったの!」

「へぇ……耳に息、ね」


 リナから、じとーっとした冷たい視線を送られる。俺は耐えきれずに言った。


「まあ、待て。さっきのことは悪かった。素直に謝りたい。しかし、ああいう生真面目な場面を見ているとむず痒くなってきてな。ついやってしまったんだ」

「とても謝っているようには聞こえないわね……」

「なんでだ、こんなにも申し訳ないと思っているのに」

「片頬を吊り上げて、鼻をほじりながら言われても、欠片もそんなもの感じないわよ!」

「おっと」


 ついうっかり、本心が態度に出てしまったようだ。鼻をほじるのをやめ、鼻の穴から出した指をブランシュにこすりつける。


「うわぁ……お兄様最低」

「……なんでこんなやつに……」


 二人とも頭を抱えている。しかし、これで突破口が見えてきた。


 俺はまた鼻をほじる。そして、指を出してまたブランシュの毛になすりつける。それを繰り返しているうちに、ブランシュが哀れになってきたのか、エステルが、こっちおいで、と手元に連れ戻した。


「よし、俺の勝ちだな」


 俺は服をはたきながら、立ち上がる。リナとエステルは、軽蔑度100%のまなざしを俺に向けていた。だが、俺の心はまったく痛まない。


「ブランシュ、ごめんね。あとで洗ってあげるから」


 エステルがブランシュの頭をなでる。なにをされていたのかよくわかっていないブランシュは、首をかしげながらしっぽをふりふりしていた。


「エステル、わたし、なんでこんなやつと会話してたんだろう。こんなクズ、いえ、粗大ゴミと一瞬たりとも目を合わせてはいけなかったわ」

「リナ……。すぐに駆け付けてあげられなくてごめんね。まさか、あのあとすぐにリナの部屋に入って行くとは思っていなかったの」

「いいの。エステルのおかげで目が覚めたわ。わたしの知らないところで、恥をかかされてたんだもんね。かわいそう」

「もう、気にしていないから大丈夫。もはや、こんな人、兄でもなんでもない。こんなのと少しでも血がつながっていると思うと、吐き気が出そう」

「そうね」


 二人で俺の悪口を言い合っている。こういうときの女の結束力はすごいと思う。


「好きに言えばいいさ。誰が何と言おうがこういう人間だ。残念だったな」

「もういいです。お兄様と話していると疲れてきます」


 すっかり意気消沈していた。エステルはリナに問いかける。


「そもそもなんで、お兄様が、リナの部屋に来ているの? 縁談を断ってしまったことを悔いて、未練たらしく言い寄ってるの?」


 全然違うな。まあ、本当のことは言えないが。しかし、なぜかリナがうなずく。


「そうよ。さっきも、ブランシュで無理やり手籠めにしようとしてきたのよ」

「やっぱり!」


 エステルが鋭い目つきで俺を見る。


「ニコル兄さまに言いつけます! リナに何かあってからでは遅いですから!」

「はぁ、マジで言ってるのか……」


 さすがにまずいぞ、というのをリナに目線で伝える。リナと全くコンタクトが取れないと、今後に支障をきたす。


 リナも俺と同じことを思ったようで、すぐにうなずいてみせた。


「じゃあ、今からニコル兄さまのところに行ってきます!」


 ブランシュを連れて歩き出そうとしたところで、リナがエステルの服の裾をつかんだ。


「あの、エステル。ごめんね。さっきのは嘘よ。ブランシュがじゃれてきただけだから」

「ほんとに?」

「本当。さすがに、そんなことまでされたら、こんな平然としていないわよ」

「確かにそうね」


 納得してくれたようだ。あやうく犯罪者扱いされるところだった。俺は言った。


「それにしても、お前ら本当に仲がいいんだな……」


 ……千里眼を用いたときに、たびたびリナの部屋に訪れていたことは知っていたが、ここまで仲がいいとは思っていなかった。


 エステルは、どちらかというと人見知りするほうだ。血縁関係のある者や、主従関係が結ばれている者以外に対して、積極的に話をする姿を見たことがない。だから、まだ知り合って間もないはずのリナと親密になるなんて予想外だった。


「お兄様には関係のないことです」


 俺と会話したくないエステルはにべもない。それでも気になった俺はつづけた。


「リナが王宮で暮らすより前から、知り合いだったってことはないよな?」


 俺の言葉にリナが答える。


「ないわよ。だって、初めて会話したのは、つい一週間ほど前だもの」

「そうか」


 そもそも、リナも知り合いが多いほうではない。いくら歳が同じとはいえ、関わる機会も多くなかっただろう。


「そもそも、わたしは基本的に公爵領にいたから、王宮に足を踏み入れること自体あまりなかったわ。たぶん、片手で数えられるくらいだと思う」


 確かに、建国記念パーティの日、リナを見てすぐ公爵令嬢だと気づけなかった。面識がなかったからだ。


「エステルも、公爵領まで訪れたことなんてほとんどなかったと思うの。そうなると当然顔を合わす機会もない。建国記念パーティのときだって、お互い意識していなかったわ。誰が誰だかすぐにはわからないんだもん」


 そうだな。……まあ、貴族の男どもはリナのことをしっかり記憶していたようだったが。


 そこで、エステルが口を開いた。


「ねえ、公爵領って、どんなところなの? ルズベリーって言うんだっけ」

「うん」


 そういえば、俺も公爵領――ルズベリーに足を運んだことはない。王都からそう遠いわけではないが、遠くないからこそわざわざ行こうと思ったことがなかった。他の王族が訪れたという話もほとんど聞いたことがない。


「ルズベリーは、畑ばかりの土地よ。王都みたいに、建物がたくさん建っているわけではない。けれど、自然が豊かで、とてもきれいな場所よ」

「へー。行ってみたい!」


 リナは苦笑いする。


 本音を言えば、リナこそ帰りたいのだろう。しかし、気軽に帰れる場所ではなくなってしまった。今も、ずっと監視されている状態だ。外出できる日など、いったいいつになるかわからない。


「そうね。いつかいっしょに行けるといいね」

「うん!」


 無邪気に笑うエステルを見て、そうだな、と俺も心の中でうなずいた。


 エステルとは全く違う理由で、俺も行きたいと思った。なぜならば、レイア教につながる手掛かりが眠っている可能性が高いからだ。おそらく、トリトロン国内でもっとも地位の高い信者だったはずだ。多少処分したとしても、隠し切れないものはある。


 ……だがこのあと、ルズベリーに行くことになるとは、俺自身思っていなかった。

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