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復讐のベアリーパー  作者: Pのりお
第一章 二人の出会い
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4話 秘密

 家庭教師のリンクは、もともと王国軍の所属だった。


 16のときに入隊し、隣国との小競り合いの中で出世していった叩き上げだ。火属性の魔法を操り、周囲を焼き尽くしながら特攻するそのさまは、人型バリスタと呼ばれるほどに恐れられていた。しかし、35のときにアクチュエータ―カタパルト型により足に大けがを負い、戦場で戦うことが難しくなった。


 叩き上げながら豊富な知識を買われ、家庭教師となったのが3年前。評判を上げ、もしかしたら更生させられるのではないかと俺の専属になる話が持ち上がったのが1か月前だ。


 俺はそのころ、授業を聞きながら側転したり、急に大声を上げながら部屋を飛び出したりしたおかげで数々の家庭教師に匙を投げられていた。戦場での苦難を思い出し、久々に燃えてしまったらしい。その捨てられた匙をリンクが拾った。


 もちろん、俺は相変わらずの態度をとっていたが、つい先日縛りあげられながらの授業が発案されてしまったせいで叶わなくなった。逃げようにも、戦場で活躍していただけあり、すぐに罠にかけられて捕まえられてしまう。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   


 王宮には5つの建物がある。先日パーティがあった大広間や玉座、国王の寝室が存在する「マッジョーレ宮」。その左右に、王族の寝室や娯楽施設を置いている「シニストラ宮」「デストラ宮」。さらにそれぞれの前方に、来客用の設備である「ベンヴェヌート宮」、芸術作品を並べている「アール宮」が建っている。


 高さが3メートルほどの正門を抜けた正面にマッジョーレ宮があり、そこまでの幅の広い道程を4つの宮殿が囲んでいるような形だ。そして、囲まれたその場所が中庭だ。


「今日は実技だ」


 リンクは、中庭にある噴水の前に腰掛けながら言った。


「魔法自体はおまえにとってそこまで重要ではないが、最低限度は憶えておいたほうがいいだろう。いざというときに身を守る術となる」


 膝のうえに掌を広げ、風をあおるように指を手前に動かすと、10センチほどの赤い炎がざっと音を立てて現れ、すぐに消えた。


「魔法を使ううえで重要なのは、効率よく属性魔法に変換する感覚と集中力。どちらも経験を積めば向上するはずだ。ひとまず、一度やってみろ」


 今日は俺の足だけがロープで縛られていた。腕を使えないと魔法も出せないからな。


 俺は、握りしめた手を胸の高さまで持ち上げ、手を広げながら腕を下ろした。

 かすかに、赤い炎がともるが、豆粒ほどの大きさだ。


「だからさー、俺には魔法なんか向いてないんだって」

「魔力12だったか。魔力は完全に先天的だから成長はしないが、あくまで出力の数値に過ぎない。大きな炎は出せなくても、持続させられるはずだ。その小さな炎でもいいから集中してキープしてみろ」

「無理。小さいころからずーっとこんな感じだから」

「いや、もっとやれるはずだ」


 リンクはもう一度掌の上に炎を出した。さっきとは違ってすぐには消えず、掌が暖炉の薪になったかのように一定の大きさで燃えつづけていた。


「おまえは、俺と同じ火属性の使い手だろ。火属性の魔法を長年使ってきた俺にはわかる。いくら魔力12といってももっと大きな炎を作れるはずだし、少なくとも今俺が出している炎くらいはできないとおかしいんだ。延々と魔力を込めつづければこんな感じで炎を安定して出しつづけられる。初めからあきらめずにやれば、必ずこのレベルに到達するはずだ」


「そうかね。でも12でそれなら、あんたが全力出すとどうなるのよ」

「ちなみに、俺の魔力を知っているか?」

「知らんが、過去の経歴を聞く限り3桁はあるんだろ?」

「そうだ」


 リンクは炎を消し、噴水側に体を向けた。そして、掌を高く、天にかざす。


「見ておけ。これが俺の本気だ」


 魔力がこめられ、小さい赤い点が中空に生まれたと思うと、その点は急激に広がり熱風が吹き荒れた。ばちばちと音を立てて、中庭を覆いつくすほどの丸くて大きい炎が左右に揺らめいた。周囲の光景がすべて赤く染まる。熱風が顔に当たって目を開けていられない。


「たしかに、すっげえ、な」


 リンクが手を閉じると、さっきまでの光景が嘘のように炎が消えた。こいつが本気になれば王宮なんかあっという間に吹き飛ばせるかもしれない。


「俺の魔力は267だ」

「どうりでな。俺が見てきたなかでは一番だ」


 平均的な貴族の魔力は、50程度と聞く。100を超えただけでも相当すごいはずなので、267は天才と言っていいレベルだろう。


「ただ、まあ魔力が高いのも良し悪しなんだけどな」

「そうなのか?」

「ああ。高ければ高いほど魔力の制御が難しい。ちょっと魔力を込めただけでも必要以上に炎が大きくなるからな。最初に見せた炎をキープできるくらいになるまでが大変だった」


 逆に言えば、魔力が低ければ制御に長けるということである。


「まあ、俺のことはいい。もう一度やってみろ」

「無理だと思うけどな」


 俺はポケットに手を入れてから、さっきと同じように拳を胸の高さまで持ち上げたあと、指を開きながら手を下げた。


 豆粒ほどの火がともったと思うと、それが落下しながら消えていく。


「これが限界だぜ」


 いいや、とリンクが首を振る。


「できるはずだ。何度も何度も繰り返せ」


 面倒くさい。俺は眉根にしわを寄せながら、同じことを繰り返す。

 俺にはわかっている。リンクと同じようなことはできないと。

 そもそも、俺は火属性の使い手ではないしな。これまでの人生、火属性だと嘘をついて生きてきた。さっきからやっているのは簡単な手品みたいなもんだ。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   


 夜になった。


 日が沈むとどこもかしこも闇に包まれる。ランタンに火を灯すくらいしか明かりが存在しないからだ。光属性が発する光以外は、火に頼るしかないのがこの国の実情だ。


 だからこそ、日が沈んだあとは、皆、部屋に引きこもる。せいぜいランタンをかざして本を読むくらいしかできることがないのだ。


 だからこそ、俺は、ねらい目だと思っている。


 リンクの授業を終え、晩飯を食ったあと、俺はベッドの上で寝たふりをしていた。全員が寝静まったと思われる頃合いに俺は起き上がった。


 火はすべて消してしまったので、ほとんど完全な暗闇だ。わずかな月明かりで窓の付近だけ目視ができる。


 音を立てないよう、ベッドから出て、立ち上がる。

 暗闇といえども、まったく光が存在しないわけではない。俺はそのことをよく知っている。


「――」


 小声でつぶやき、目に力をこめる。


 すると、何も見えなかった暗闇が、色を帯び始める。昼間と比べて色合いは暗いが、それでも行動に差しさわりのない程度まで回復する。


 辺りを見渡すが、部屋の中にはやはり誰もいなかった。


 ムースも、侍女たちもそれぞれ自分の寝室で横になっているだろう。

 俺は、化粧台の前まで向かう。そのうえには大きな鏡がある。椅子に腰かけて、鏡の向こうの自分の姿を見る。


 自分の顔を見ていると、やっぱり兄に似ているな、と思った。俺が5歳のころ、毒殺されてしまった兄――ルーベンに。


 ルーベンは、とても優秀な男だった。だからこそ殺されてしまった。


 未だに犯人は捕まっていない。火消しのために、たまたま給仕をしていた男が処罰されたが、彼が犯人でないことはすでにわかっている。そして、おそらく真犯人は王宮の中に潜みつづけている。


 俺は、自分の胸に手を当てる。目に魔力を込めながら、この魔法を使うのには集中力が必要だ。深呼吸をし、唱えた。


「――」


 鏡の中の自分が消えていく。まるで、背景に自分の体が溶けていくように見えなくなる。


 透明化だ。


 俺は、立ち上がる。そして、部屋の出入り口へと向かう。


 ルーベンを殺した犯人の手がかりは必ず王宮内に埋まっている。


 もっと手がかりを探すんだ。復讐を遂げると誓ったあの日のことを、俺は忘れていない。


 俺はドアを静かに開け、慎重に部屋から廊下に出た。


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