2話 死を招く大熊
通信型アクチュエータには、一本の細い線が伸びている。その線は、円卓の中央部からニコルの手にまでつながっている。このなかでもっとも魔力の強いニコルから魔力が込められ、通信型が機能している。
「国王陛下。すでに王位継承権を持つ21名全員がそろっております。声も問題なく聞こえています。そのままお続けください」
ニコルが代表して答えた。怒りの表情を見せていたセントレアも大人しく口をつぐんでいる。
「うむ。……シルヴィルトは?」
「今のところ、大人しく席に座っています」
「ならよい」
「それで、今回我々をお呼びになった理由を教えていただけますでしょうか」
この会議は、国王が主催者として定期的に行われるものだ。どうやら子供たちが何をやっているのか本人の口から聞きたいらしい。
しかし、今回はいつものタイミングではなく臨時的に招集があったものだ。誰も、今回の会議の目的を知らない。
アクチュエータから声が聞こえる。
「理由は簡単だ。最近起こった、死を招く大熊事件。それについて、お前たちに共有すべきことがある。私から直接話す形でなくともよかったが、本件に関しては慎重に扱わなければならない情報も多い。それで今日の会議を催させてもらった」
――すでに、事件から1か月が経過していた。
王都の内部にある空き倉庫から、大量の死体が発見された事件。体をバラバラにされたうえで燃やされており、ほとんど身元が特定できなかった。そのなかで、スキラ公爵と思しき死体も見つかり、王都中の話題をさらった。
迷宮入りするなか、生まれたのが、謎の幻獣――死を招く大熊。最初、市民の一部で噂になっていたが、殺害方法に関して謎が深まるにつれ、徐々に大きな話題となった。かの幻獣に関する絵巻物まで作られた。そして、事件も死を招く大熊事件と呼ばれるようになった。
「あの事件について、さらに問題となる情報がわかってきている。隣国、フルールに関することだ。過去から今まで長きにわたり敵対していることは、おまえたちも知っての通りだ。そして、最近になりフルールの軍人が、王宮に通信型アクチュエータを取り付け盗聴していたことも明らかになった」
「そこまでは我々も存じています。それ以上に何かあったのですか」
擬態する幽霊火こと、ノーウェン・レグナルドのことは、王族および軍の上層部だけが知る極秘事項となっている。
「うむ。倉庫の死体の大部分が、フルールの軍人ではないかという疑念が生じている」
その場にいた全員が息をのむ。もしそれが事実とすれば、やすやすと国内に侵入を許したということになる。しかもそのほとんどが殺されているとなると、謎が深まるばかりだ。
「しかし、死体のほとんどが原形をとどめていなかったと聞いております。それでも、フルール軍の者と思われる理由は何でしょうか?」
「よい質問だ、ニコル」
もともと、その話もするつもりだったのだろう。国王がつづける。
「死体は、おまえの言うようにほとんど判別できていない。しかし、その場には、大量の武器が残されたままになっていたのだ。製造地等の表記は綿密につぶされていたが、明らかにトリトロン製ではないとわかる形状だった。現在、トリトロン国内でとらえているフルール側の人間に尋ねたところ、そのような証言を得たわけだ」
「なるほど。だから、確証を得られていないわけですね。しかし、嘘をつく理由も見当たらない」
アクチュエータ越しで、「そうだ」と国王が肯定する。
「これが事実であれば大ごとだ。トリトロンという国は、あらゆる面で後手に回ってしまったことになる。事件のおかげで、我々の知るところとなったが、あの事件を引き起こした者が我々の味方とも限らない」
そうだな。味方とは限らない。
俺は、だんだんと退屈になってきていた。さっきからニコルしかしゃべっていないうえ、内容が真面目すぎて面白くない。
「そもそも、死を招く大熊と呼ばれる〝それ〟が個人か組織かもわからない。組織であるとすれば、レイア教のことも疑わねばならない。なにせ、手口が過去の事件と全く同じなのだ。もしも、レイア教が関与しているのであれば、これ以上手をこまねくこともできん。全勢力を上げてつぶさなければならない」
「……なるほど」
レイア教にヘイトが向くことは俺の想定通り。同じやりかたで殺したことが、この点でも功を奏している。
俺としては、必ずしも自分の手でレイア教をつぶさなくてもかまわない。何より優先すべきは結果だ。過程ではない。だからこそ、シーナを殺したときにトリスケリオンの刺繍を残したままにしたのだ。
「これからも、事件に関しては調査をつづけることになる。そして、捜査の進捗如何によっては、お前たちの協力も求めることになるだろう」
「承知しました」
今のところ、俺の思うように進んでいるとわかっただけ、有益ではあった。
しかし、このまま終わってしまうのは面白くない。俺は、隣の席の少女を見た。その人物の耳元にふっと息を吹きかける。
「ひゃぁっ!」
そして、そいつはみっともなく大きな声を出してしまう。すぐに自分の失態に気づいて顔を真っ赤にした。
「……その声は、エステルか」
国王の言葉に、エステルは大げさなくらい頭を下げた。
「も、申し訳ありません。し、シルヴィルト兄さまが、きゅ、急に……」
「みなまで言わなくてよい。事情はわかった」
それでも、何度も申し訳ありませんと謝っている。
ニコルやセントレアがきついまなざしを送ってきた。こんなときにふざけてんじゃねえと怒っているのだろう。
「シルヴィルト……今日は大人しいと思っていたが、黙って話を聞くくらいできないのか」
呆れたような声がアクチュエータから聞こえてくる。
「シルヴィルト、お前もこの場に呼んでいるということの意味が分かっていないのか? まだ私は、お前に期待をしているということだ。小さいころ、お前は賢かったし、なによりも優しい人間だった。そのころのお前に戻ってほしいと思っている」
またそれか。俺は、声を出さずに片方を吊り上げて笑う。
「これはこれは国王陛下。もったいないお言葉ありがとうございます。しかし、あいにく私にはさっきから何を言っているのか難しすぎてよくわかりません。なので、退屈すぎてあくびがでそうでした」
「バカ、シルヴィルト!」
ニコルが焦った様子で、俺を諫めた。しかし無視する。
「そのため、少しは場を和ませようとエステルの耳に息を吹きかけた次第です。思った通り面白い反応をしてくれました」
エステルは耳まで赤くしてうつむいている。
「……シルヴィルト。この場においては、面白い面白くないなどどうでもいいのだ。さっきからしている話はきわめて真面目かつ重要なこと。茶化すのではない」
「申し訳ありません! 国王陛下! シルヴィルトには、私から言って聞かせますので、どうかこのことは……」
ニコルがぺこぺこ謝っている。耳に息をふきかけたくらいで大げさだな。
「もうよい」
その声を聞いて、ニコルが頭を上げる。いくらここで頭を下げようが、向こうには見えないのにな。
「シルヴィルト。次に、関係のないことをしたら部屋から出て行ってもらう」
「はーい」
背もたれに寄りかかる。すべての視線が俺に向いている。どれも、俺を咎めるようなまなざしだ。
国王が、こほんと咳払いする。
「……話がそれてしまったが、死を招く大熊事件についての話はまだ終わっていない。大事なことが一つ残っている。それは、スキラ公爵の忘れ形見――リナ・スキラのことだ」
やはりそうきたか。これも予想通りの話であった。
「今現在、お母様――ビリヤンカ王妃のもとで保護されているようですが」
「うむ」
リナの状況は、今なお変わっていない。重要な情報を握っており、かつ強力な闇魔法を持つリナを監視しつづけている。
「ここにきて、スキラ公爵の存在がまた重要な意味を持ってきた。ノーウェンとのつながりだけでなく、フルール軍を率いていた可能性が現れたのだ。トリトロンにとって、リナ・スキラの持つ情報が今後の重要なキーとなる。これまで以上に監視を強化し、時に応じて尋問を繰り返さなければならない」
ニコルがうなずく。
「そうですね。リナ・スキラが本当のことをどこまで話しているのかわからないですが、過去にスキラ公爵が参加していた集会、またレイア教のことを一番よく知っているのは彼女です。なんとかして、リナ・スキラを我々の味方としなければなりません。幸い、彼女はまだ幼い。思想・主義・信条を操作するのは容易です」
「うむ。リナ・スキラには申し訳ないないが、国の存亡がかかっている以上、そうせざるをえない。そして、おそらく皆に協力を要請することになるのは、この点についてだ。まだ、正式にどうするかは決まっておらんが、リナ・スキラをこちらに引き込むために、くれぐれも彼女を必要以上に不安にさせないようにすることだ。よいな」
はい、と俺以外の全員がそろって返事をする。しかし、そのなかで違和感を覚えた。
セントレアだ。いつもは、自分より上と認めた人間に対して素直に言うことを聞いているのだが、今日に限って声が小さい。戸惑っているようにも見える。
「ひとまず、今後のことについて、守ってもらいたいことがいくつかある。紙には書かず、頭で覚えろ」
あまり表沙汰にしたくない話もあるのだろう。
そこから、いくつか、注意事項の話があって会議は終了した。
「お兄様なんて嫌いです!」
会議が終わるや否や、エステルがそう叫んで会議室から出て行った。年齢は、リナと同じ12だったはずだ。かわいいものだ。
「お前、人に迷惑をかけるなと注意したはずだ。なぜエステルにあのようなことをした」
近づいてきたのはニコルだ。
「いったいいつになったら、お前は成長するんだ。国王陛下の前では慎むように何度も言っているだろう」
「いやぁ、つい……」
「――だから、会議室から出すように言ったじゃないですか」
セントレアまで俺のところにやってくる。不機嫌そうに俺を見ていた。
「頭がおかしいんですよ。言葉が通じないんですから、諦めて見捨てるべきです」
俺は鼻で笑う。
「うるさいぞ、セントレア。大好きなリナが可哀そうだと思って、最後のほうめっちゃ動揺していたくせに」
あてずっぽうで俺がそう言うと、時が止まった。
「な、なにいって」
めちゃくちゃ動揺していた。憶測が当たっていたことに俺も驚いた。しかし、表情には出さない。
「おまえ、バレてないと思ってたの? リナの話になったとたんにおびえた顔をしやがって。最後の返事もお前だけ小さかったぞ」
「ばかじゃねえの? そ、そんなわけねーし。こいつといると頭が腐りそうだわ」
そう言って、立ち去った。
ニコルが、俺を見て、ため息をつく。
「人を怒らせる才能は天下一だな」
よせやい。照れるじゃないか。
兄弟をからかうのは実に楽しい。




