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復讐のベアリーパー  作者: Pのりお
第二章 王都に忍び寄る者
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1話 会議

「おい、ちょっと待ってくれよ」


 後ろから、苦しそうな声が聞こえる。

 振り返ると、息を切らし、肩を上下させるルーベンの姿があった。膝に手を付けて、腰を曲げていた。俺のほうを見て、困った顔をしている。


「おまえと違って体力がないんだからちょっとは遠慮してくれ」


 遠慮も何も、まだ少ししか走っていなかった。相変わらずだな、と思う。……しかし、このときのルーベンはまだ15歳くらいだったはずだ。


「……お酒飲みすぎなんじゃないの?」

「……それを言われると痛い」


 俺の知る限り、酒を一滴も飲まない日は存在しなかった。ルーベンの部屋に入ると、毎日一本以上は空の酒瓶が転がっていた。


「待ってたら、日が暮れちゃうよ」

「……なるべく急ぐから、走らない方向でお願いします」


 仕方ない、そう思って俺は走るのをやめる。ルーベンは、ひーひー言いながら俺のいる場所まで高台をのぼってきた。足が痛いらしく、何度もふくらはぎをさすっていた。


「おじいさん?」

「ははは、まあ、体はじいさん並みかもな」


 見た目だけで言えば、じいさんにはとても見えない。さらさらのブロンドの髪。白くてきれいな肌。美しいブルーの瞳。


 恐ろしい数の縁談が届いていることを俺は知っている。お母様――ビリヤンカ王妃が、血眼になってふさわしい相手を探していることも知っている。


 俺とルーベンは、ゆっくりとまた高台をのぼりはじめる。




 頂上にたどり着いたときには、周囲が赤く染まっていた。高台の上から町が一望できた。王都から30キロほど離れた、都会でも田舎でもない規模のローランという場所だ。街路を目で追っていくと、畑を通り抜けた先にテントがたくさん張られた大通りが見えてきた。人々がたくさん行きかっているのが遠目にもわかった。


「やー、いい景色だな」


 俺もうなずく。基本的に、王宮から出ることはほとんどない。あったとしても、厳重な警備が敷かれて、自由に動けることがない。まして、見晴らしのいい場所になんて、そうそう来られるものではない。

 夕日の輪郭が、西の空のなかで鮮明に浮き上がっている。もうすぐ夜になる。徐々に徐々に地平線の向こうへと転がり落ちようとしていた。


「よく、夕焼けとか、朝焼けの色のことを、茜色って言うだろ?」


 急にルーベンは言った。


「そうだね」

「茜色ってなんのことかわかるか?」


 俺は鼻で笑う。当たり前だろ、と返した。ルーベンがむっとする。


「かわいくないな」

「かわいくなくて問題ない。茜というのは花の名前だ。よく染料に用いられる。茜色とはすなわち、その染料の色のことだ」

「しかも正解かよ……」


 花についてまとめられた本を読んだときに覚えた。本を読んで勉強するのは好きだ。


「まあ、そのとおり、茜色というのは、花からできた染料の色のことだ。藍なんかも有名だな」

「そうだな」

「……他の兄弟に言ったら、へー、とか、兄さまかしこいーってほめてくれたのに」

「そうか。……じゃあ、『兄さますごいー』」

「もういいよ、バカにされてるとしか思えないから」


 確かにバカにしていた。そんなことを言うために、茜色がどうたら言い出したのか?


 しかし、そうではないらしく、ルーベンはこう訊いてきた。


「じゃあ、なんで夕焼けが赤いかわかるか?」


 俺は言葉に詰まってしまった。


「……それは知らない」


 夕焼けは赤いもの、それで基本的に終わりだ。これ以上深く考えたこともない。考えようと突き詰めている本もない。


「お、わからないか。さすがのおまえも知らないことは知らないんだな」

「……そんなこと誰も教えてくれないから」

「やった! シルヴィの知らないこと発見した!」


 ルーベンがはしゃいでいる。いつもいつも、豆知識を披露しようとするたびに、知ってると返されたことがよほど悔しかったのだろう。


「……いいから教えてよ、なんで赤いのさ」

「いや、俺も正確なことは知らないんだけどな」


 がくっと崩れ落ちそうになる。知らないのかよ。


 俺の軽蔑のまなざしに気づいたルーベンは、あわてて言った。


「ああ、いや、正確なことがわからないってだけだ。こうなんだろうという推測はある。たぶん、間違ってないと思う」


ほんとか? そう思いながらも続きを促した。


「おまえってさ、真昼間の太陽は何色だと思う?」


 俺は迷わず白と答えた。ルーベンがうなずく。


「そうだな。普段は白い色だ。でも、なぜか日が沈もうとしているときや日が昇ろうとしているときだけ赤くなるんだ。どうしてだ?」


 確かに言われてみればおかしなことだ。なんで太陽の位置によって色が変わってしまうんだろう。


「……わかんないけど、太陽が移動している間に、こっちに見えている面が白のところから赤のところに変わっているからか?」


 しかし、ルーベンが首を横に振る。


「それだと、赤と白が混在しているときがないとおかしいだろ。俺が思うのは、実は太陽の色なんて変わってないってことだ」

「……どういうこと?」


「太陽はずっと同じような光を発しつづけてる。でも、人はそう思わないだけってこと」


 余計にわけがわからなくなってくる。俺が混乱していると気づいたルーベンは、楽しそうににやにや笑っていた。


「いいなぁ。お前のその顔いいなぁ」

「うるさい。早く言えよ」


 ルーベンはたっぷり間をとってから答えた。


「まあ、簡単な話だ。昼間に見ている光は一見白いようだけど、実は赤い光もあるんじゃないかってことだ」

「なにそれ」


 俺は納得できなかった。白は白、赤は赤だと思った。


「そう見えてないだけ。そう感じていないだけ。虹だって、白い光しかなくても急に現れるだろ? それと同じで、いろんな光が集まって白い光になってるんじゃないかって考えたんだ」

「ふーん」


 このときはよくわからなかったが、あとで光魔法のことを研究するうちに、ルーベンの言っていることが本当だと分かった。ルーベンは、やはり頭がよかった。誰もそれに気づいていないのに、あっさり正解して見せたのだ。


「俺が言いたいのは、見えているものだけが正しいって思うなよってこと」


 ルーベンの視線が、また高台の下に広がる景色に映っていた。


「俺たちは、まだまだ知らないことがたくさんある。この世界のすべてを知ろうなんて傲慢だと思えるくらいに複雑にできている。だからさ、物事はちゃんと自分で考えて、自分で結論を出さなくちゃだめだ。じゃないと、いつか後悔することになるかもしれない」

「うん」


 昔から、ルーベンはジジ臭い説教が多かった。第一王位継承者として、さまざまな現実に直面したんだろう。だから、俺が大きくなる前に、大切なことを少しでも教えようとしたんだろうと思う。


「そろそろ、帰るか。日が沈むと危ないから」


 そして、俺たちは高台を下りていく。地方への遠征で、この場所に訪れていた。あんまり遅くなると、使用人たちが大騒ぎし始めるはずだ。


「こうやって、こっそり抜け出すのも面白いな。たまには羽目を外さないと頭がおかしくなるぜ」

「ちなみに、バレたときは全部兄さんのせいにするから」

「それはひどくない!?」


 懐かしい思い出。ルーベンと過ごした記憶の中で、鮮明に残っているものの一つだ。


* * *


 マッジョーレ宮、大会議室。


 この場所に入ることを許されている者は数少ない。王位継承権を持つ者、国王陛下、王妃殿下、また国王陛下に認められた要職に就いている者――。


 部屋は広く、四方30メートルくらいありそうだ。天井も高く、見上げると気が遠くなるくらいだ。中央部に直径10メートルくらいの円卓が置かれていて、そのほかにはほとんど物が存在していない、非常に贅沢な空間だ。


 俺は、円卓の前に座り、足を組んでいた。部屋全体が緊張感でピリピリしているのを感じる。俺の周囲には、この部屋に入ることを許されている数多くの兄弟姉妹がいた。


「国王陛下が、そろそろ準備を終えたころだろう。皆、くれぐれも失礼がないように」


 そう言ったのは、現在の第一王位継承者――ニコルだった。メガネをかけていて、しきりにそれを触っている。見るからに神経質そうだ。


「国王陛下はお忙しい中、我々――王位継承権を持つ者を集め、このような会議を催されたのだ。我々は国王陛下のご期待に沿えるよう、円滑に話を進めなければならない」


 ニコルが、その場にいる一人一人の目を順番に見ている。緊張感が漂う。


「特に、シルヴィルト」


 そして、その目が俺のところで止まった。


「お前が不安要素だ。自分で自分の評価を落とすのはかまわない。だが、他人の迷惑になるようなことは慎むこと。急にドアの建付けを確認したり、椅子の上で逆立ちしたり、息を何秒止められるか試したりしないでくれ」


 大きく息を吐く。


「そんなことするわけないじゃん」

「……全部、お前の過去の行動なんだが」


 確かにそうだったな。しかし、急にバカみたいなことをしたくなるときというのがある。仕方がない。


「――ニコル兄さま。こいつに何を言っても無駄ですよ」


 別方向から声が上がった。見ると、第七王位継承者――セントレアの姿があった。


「こいつは、頭のねじがゆるんでるんですよ。なので、何を言っても無駄です」

「あのなぁ」


 俺が反論しようとしたところで、セントレアが手を前に出した。


「ああ、何もしゃべるな。お前の話は聞いていない。俺はニコル兄さまに話をしている」

「でも俺の話だろ」

「うるさい。しゃべるな。……ねぇ、ニコル兄さま」


 無視された。俺は、ち、と舌打ちしながら円卓を下から蹴り上げる。

 セントレアが立ち上がって、前のめりになる。


「こいつは、会議室から追い出しましょう。いても邪魔なだけです。どうせ、声だけのやりとりなんですから、シルヴィルトがいようがいまいが気づかないでしょう」


 勝手なことを言ってくれる。しかし、ニコルは、首を振った。


「国王陛下のご命令は、王位継承権を持つ者、全てを集めること。そのご命令に反することはできない。お前も、場を乱すようなことをするのは慎め」

「はーい」


 ニコルに対しては大人しいセントレアは、すぐに言葉を引っ込めて椅子に腰を下ろす。俺は、セントレアのほうを見て、「バーカ」と口の動きだけで伝えた。すると、セントレアの顔が赤く染まっていく。


 セントレアが何か言おうとした矢先、円卓の中央部からざっ、という音がした。

 全員が音のしたほうに視線を向ける。緊張感がより色濃くなっていく。


 そこにあるのは、通信型アクチュエータ。国王陛下と通信がつながったのだ。


 そして、まもなく聞こえてきた。




「――愛すべき我が子たちよ。今日は、よくぞ集まってくれた」


 国王陛下の声だ。

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