25話 絵画
第一章最終話です。
リンクの授業が再開になったのは、事件が過ぎて2週間がたったときだった。それまでの間、公爵の事件や褐色の男の行方について首を突っ込んでいたらしい。特に、俺の証言――公爵とフルールの軍人が話していたという話――は、かなり重要な証言として扱われ、リンクにも何度も質問攻めされる羽目になった。
しかし、あまり進展はないらしい。褐色の男はすでに姿をくらましていた。公爵に教えてもらった拠点のことをさりげなく話してみたが、レイア教の痕跡は何も見つからなかった。もしも公爵の言っていたことが本当だとしたら、俺たちが公爵に勝つことを読んでいたとしか思えないほどの撤退の早さだった。
「あの男は、ノーウェン・レグナルドという」
リンクは、授業をする合間に、教えてくれた。
「フルールの有名な軍人だ。俺と同等の魔力を持つ火魔法の使い手で、俺も一度対峙したことがある」
葉巻を口にくわえながら言った。
「そんなに強いのか。おまえと戦ったら恐ろしいことになりそうだな」
白い煙がリンクの口から吹きだされる。
「確かにそうかもしれない。ただ、そのときは、あくまで対峙しただけだったから、直接対決したことはない。向こうは、俺に気づくとすぐに逃げて行ったからな。おそらく、慎重に慎重を期すタイプだ。確実に勝てる状況にならないと勝負を仕掛けてこないんじゃないかと思う」
たしかに、俺が瞬光を使ったときも、目ざとく反応していた。
「もともと、あいつが有名になったのは、隠れて不意打ちのように魔法を放ち、俺たちに大きな損害を与えていたからだ。絶対に表に出てこない謎の存在。擬態する幽霊火と呼ばれていた」
遠い目で天井を見つめていた。戦場を懐かしんでいるのかもしれない。
「初めて、擬態する幽霊火の正体がわかったのは、俺と対峙したときだ。お互い、時間が止まったよ。俺も有名だったし、相手も有名だった。これから、こいつとは何度も戦うことになるだろう。そういう風に予感したものだった」
そして、リンクは自分の足をさする。かつて、カタパルト型に壊された足。歩くことはできるが、少しでも走ろうとすると激痛が走るらしい。だから軍人を続けることができなくなったのだ。
「今でも、戦場に戻りたいか?」
すると、リンクは少し黙り込んだが、すぐにカッカと笑い出した。
「まさか。もう戦場に未練はねえよ。俺にも家族がいるし、死ぬ思いをするのはもうごめんだ。だから、もう、ノーウェンとも関わることもない、と考えていたんだけどな」
リンクは、テーブルのうえに、四角いものを置いた。
俺には見覚えがある。通信型アクチュエータだった。
「王宮のいくつかの場所に設置されていた。王宮内の会話を盗み聞きして内情を探っていたのだろう。……戦場にいたころと全く手口が変わっていない」
「恐ろしいことだな。戦場でも似たようなことを?」
リンクはうなずく。
「あいつの得意技だ。誰にも気づれかないうちに、誰にも気づかれないような場所に置かれて、いつのまにか盗聴されている。そして聞いた情報をもとにこそこそ動いて俺たちに不意打ちをするわけだ。おかげで、毎日拠点内にアクチュエータがないか探し回らなければならなかった。嫌な思い出だ」
俺も似たようなことをよくしているので、何も言えなかった。けれど、リンクの顔は以前よりも生き生きしているように見える。なんだかんだ、平和な日常に飽き飽きしていたのかもしれない。
「しかし、こんな形で、再びあいつの名前を聞くことになるとは思わなかったな。どうやら腐れ縁のようだ。ならば、徹底的に叩き潰すしかない」
ライバルみたいなものだしな、とリンクは笑う。
そこで俺は気になったことを訊くことにした。
「なあ、褐色のあいつは、擬態する幽霊火と呼ばれていたんだろ? お前も何か二つ名があったんじゃないか?」
そう言うと、リンクは恥ずかしそうに、「まああったな」と答えた。
「なんだよ、教えてくれよ」
リンクは左右を確認し、誰もいないことを確認してから小声で言った。
「……炎をまとった獣だ」
聞いた瞬間に爆笑してしまった。腹を抱えて笑っていると、リンクが怒りの形相で拳を鳴らしている姿が見えて、背中に大量の汗をかく羽目になったのだった。
結局、公爵家は、取り潰しとなった。
掘れば掘るほど出てくる疑惑に、家を残すと危険だという考えが強くなった。特に大きなきっかけになったのが、通信型アクチュエータの存在だ。フルールの軍人であるノーウェンの仕掛けたものだろうというリンクの証言以降、これは国の存亡にかかわる一大事という見方が強くなった。さらにノーウェンとのつながりも疑われる公爵は、生きていたらおそらく処刑及び取り潰しとなっていたと思われ、殺されたからと言って原則から外すべきでないという考えに至った。
公爵家の領土や財産はすべて国が没収することとなった。公爵家の親族や公爵の下で働いていた人間は全員捜査の対象となり、厳しい尋問が行われることになった。
もちろん、リナもその一人だった。
幼いとはいえ、リナはもっとも公爵に近い存在だ。親と妻を亡くしている公爵にとって、直接的な血のつながりのある人間はリナ一人だけだった。
しかし、リナが知っていることも限られている。レイア教の存在やどのような集団なのかを簡単に説明することはできるが、たまに集会に参加する程度であり、本質的な部分まではわかっていない。まして、ノーウェンのことなど全く知らないようだった。
ただ、総合的な結果として、レイア教は国に仇なすものと認識され、目下、対処すべき最優先課題と扱われるようになった。今後、レイア教を信ずる者は処罰の対象となる。
なお、公爵家にかかわりのある人間たちは、国に飼われることとなった。放り出して、害なす存在となるよりも、内側で監視したほうがよいだろうという判断だ。
リナは、尋問が終わってからは、一度ビリヤンカ王妃の保護下に入った。
王妃自ら、リナを監視すると宣言したからだ。匿っていたときと同じく、王妃の隣の部屋をあてがわれ、今もそこで生活している。
俺は、左手を背中に隠しながら、リナの部屋をノックした。
「シルヴィルトだ。入るぞ」
うん、という返事が聞こえた。ドアを開けると、荷物をほどいているリナの姿があった。もともと持っていた私物のうち、許可されたものだけが返却された。足りないものは支給されているはずだ。
「……忙しかったか?」
最近解放されたばかりで、落ち着く暇もなかっただろう。リナは少しやつれていた。目元にもはっきりと疲れの色が見える。
「大丈夫よ。これくらいのこと、どうってことはないわ」
リナは、着替えや生活必需品をベッドの上に並べている。私物はあまり多くなさそうだった。ドレスも2種類しかないようだった。
「これから新しい生活が始まるのね。この処遇もいつまでのものかはわからないけれど、あの家にずっといるよりはよかったのよ。……わたしね、実は結構安心しているの」
「安心……か」
言いたいことはわかる。おびえながら暮らす日々はつらかっただろう。
「初めて、だもの。自分の当たり前の生活が保障されるということが、今までなかったもの。部屋にいるときも、常に足音を警戒していたわ。お父様が来るんじゃないかと思うと、気が気じゃなかったの」
「そうか」
自らの手で服をハンガーに通す。中には、俺と出会ったときに来ていた黒いドレスもあった。
「……まだ、おまえと会って、一か月くらいしか経ってないんだよな」
そうつぶやくと、リナの手が止まった。
「いろいろありすぎたな。この一か月に、多くのことがありすぎた」
「そうね」
だが、そのおかげで俺の復讐が一歩進んだのは事実だ。レイア教の危険性が周知されたことで、動きにくくなっただろう。また、リナという強力なカードを手に入れることもできた。
「わたし、もともとあの人たちが嫌いだったの」
レイア教のことか、と訊くとリナはうなずいた。
「あの人たちの言うことは、都合がいいことばかり。自分たちの魔力が強いから、周りを従わせたいのだと感じていたわ。結局のところ、自分が大好きな人ばかりなんだと思うわ」
「まあ、人間誰しもそんなものだ。自分にとって都合のいい考えに染まらないほうが珍しい。問題は、それを他人に押しつけるかどうかだ。あいつらはやりすぎだな」
自分たちの野望のために人を殺し、罪をなすりつける。口では、神のため、世界のためというが、そんな言葉に意味はない。
「わたし、あなたに会えてよかったと思うわ」
リナはそう言った。
「自分の中にわだかまっていたものが、すっきりした気がするの。これでようやく自分は自分になれたんだって思った。お父様の操り人形みたいな人生で、ようやく自分だけの道を見つけられた気がするの」
「うん」
「だから、その、ありがとう……」
顔を少し赤くし、目を背けていた。俺は言った。
「リナ、手を出してくれ」
「え?」
いいから、と付けくわえると、戸惑いながらリナは俺に掌を向けた。
俺は左手に持っていたものをその上にのせる。
「なに、これ?」
俺がのせたものは、紙を丸めたものだった。長さは30センチ程度だ。
「開けてみてくれ」
そう言うと、リナは紙をゆっくり伸ばしていく。全貌が明らかになるにつれて、リナの目がどんどん輝いていくのが見えた。
「す、っごい……」
それは、一枚の絵だった。
リナが尋問を受けている間、何日かかけて作り上げた。俺の頭の中には、今でもあの日の光景が鮮明に残っている。リナが、戦う、と言ったときの姿。
「おまえにプレゼントしようと思ったんだ。どうだ、うまいだろう」
「すごい、すごい、すごい……! こんなにうまい絵初めて見たわ! シル、あなたが作ったの?」
「そうだぞ。小さいころから鍛えているからな。誰にも負けないつもりだ」
俺にとって、絵というのは自分を鍛える手段でもあった。
幻影を使うとき、自分の体をイメージすれば簡単に偽物を作れるわけではない。光の細部を細かく操り、間近で見てもわからないくらいに再現しなければならない。それも、そのときの環境に応じて明るさなども変える必要がある。絵を描いていると、自然とそのような技術が身に着くのだ。
魔力が小さいからこそ、できる芸当――それが幻影だ。
「ねえ」
リナが、絵で顔の下半分を隠しながら言った。
「あなたには、わたしがこんなふうに見えているの?」
俺はうなずいておいた。
「まあ、そうだな。あのとき、おまえの姿がきれいだと思ったんだ。だから描くことにした。自分でも自信作だ」
「き、きれ……!」
腕を少し持ち上げて、今度は顔の全部を隠す。俺はつづけた。
「きれいだったぞ。恥ずかしがることはない。自信を持て」
「な、なんで、急にそんなこと言うのよぉぉおお……」
リナは絵で顔を追いながらうずくまってしまう。俺はため息をついた。
「こんなことで恥ずかしがっていて、今までどうやって生きてきたんだ。だいたいの貴族は、上っ面で歯の浮くようなこと言いまくっているだろう」
「……それとこれとは別だもん。よくおつめんもなく、そんなこと言えるわね」
耳まで真っ赤になっている。ちょろすぎて、本当に男性恐怖症なのかと疑いたくなる。
ただ、そんなことより、俺は別のことが気になっていた。
「おつめんもなく?」
何が言いたいかわかっていたが、あえて訊いてやった。あまり自信がなかったのか、リナは黙り込んでしまう。
「お・つ・め・ん・も・な・く? 悪いな。あいにくバカで、どんな意味か全く分からないんだ。才女のおまえに教えてもらいたい」
リナの体がプルプル震えだす。絵で顔を隠したままだが、なんとなく表情がわかる。
「ん? どうした? まさか、才女のリナ様に限って、臆面もなくという言葉を勘違いして覚えていたなんてことはないよなぁ。きっともっと難しい意味があるんだと思うんだけど、全然見当もつかないぜ」
リナがゆっくりと立ち上がる。絵を持つ手をぶらんと下げて、吊り上がった目がはっきりと見えるようになった。
「おいおい、焦らさないでくれよ。どんな意味か分からないと夜も眠れないぜ」
そう言った瞬間だった。ぶちんと血管が切れる音を聞いた気がした。
「うるさい!」
ぽかぽかと俺の胸を叩いてくる。それでも、煽りつづけていたら、もう知らない! と背中を向けられてしまった。
……この後、翌日になるまで口を聞いてもらえなかったのは言うまでもない。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第一章はこれにて完結です。
拙い作品ですが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




