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復讐のベアリーパー  作者: Pのりお
第一章 二人の出会い
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24話 後始末

 翌日以降、当然のことながら大きな騒ぎになっていた。


 俺たちのいた空き倉庫からとてつもない異臭がするという苦情があったのがきっかけだった。中に踏み入れた警官たちは、そこにとてつもない量の死体が山積みされ、なおかつ燃やされていることに気づいた。


 死体の数は、およそ50。身元がわかるものはほとんど現場に残っておらず、どの死体が誰のものかは断定されなかった。しかし、スキラ公爵率いる集団が、空き倉庫のほうに向かったという目撃証言があり、その集団がなんらかの事件に巻き込まれて死亡したのではないかという推測が立った。

 実際、それ以来スキラ公爵が姿を見せることはなく、捜索の甲斐むなしく行方不明のまま見つけることができない。また、公爵のものと思われる指輪が死体についていたことから、最終的に死んだものとして処理されることになった。


 事件の余波は大きかった。国の重要人物であるスキラ公爵が何者かに殺されたのである。王都はざわめき、宮内は恐怖でおののいた。しばらく王都内において一人で出歩くことが禁止され、貴族たちは家から一歩も出ないように厳命された。

 さらに、スキラ公爵とともに死んだ者たちの素性が、その後も一切わからないのである。事件の全貌が闇に包まれていて、事件にかかわる者たちはみな頭を抱えていた。


 そのうえで、犯人の特定も困難という話だった。死体はばらばらに切断されており、そのうえで焼かれたものと見られる。凶器と思しきものがどこにも見当たらず、あれだけの数の人間を切断できるものとして候補に挙がるものも存在しなかった。刃物を使うとなると時間がかかるうえに、すぐに肉で刃が鈍くなるはずだ。そもそも、武装した集団をまとめて葬り去るには、刃物では絶対にできないだろうとも言われた。


 結局のところ、急に死体が大量に発生したとしか思えない状況であり、事件は迷宮入りとなった。トリトロン国内では、謎の怪物が暴れまわったのだとまことしやかにささやかれた。


 強靭な爪を持ち、火を噴く巨大な生物。

 熊のような図体をしており、人を見かけ次第、爪で体を切断し、燃やし尽くす。


 その怪物は、死を招く大熊(ベアリーパー)と名付けられた。


* * * * * * * * * * * * * * * * 


 俺は、いつものように酒瓶を散らかしながら寝転がっていた。


 しだいに眠気が増していき、気づいたら寝てしまっていたらしい。


 夢を見た。それは、ルーベンの夢だった。


 ルーベンは、俺がしていたように酒を飲んでいた。けれど酒瓶を無造作に置いているのではなくて、テーブルの上に綺麗に並べていた。開いている酒瓶の数は多く、すでに7本くらいが縦に並んでいた。


(おまえも、いつかは大人になるんだよなぁ)


 いつのことだろう。ずっと昔、ルーベンがしみじみとそう言ったのを覚えている。


 そのときルーベンは16くらいだったと思う。その割に、やけにジジ臭いな、と感じた。


(小さいくせに、やたら生意気だし、無駄に頭は回るし、いろんなことよく知ってるし、大人になったらとんでもないやつになってそうだよなぁ。少し楽しみな気がするけど、怖くて見たくない気もするぜ)


 俺は、ひでえな、って言って、何度もルーベンの肩を叩いた。すると、ルーベンはけたけた笑って、ごめんな、と謝ってきた。


(おまえはさ、きっとなんでもできるようになるよ。なんとなくそんな気がする。そうしてそういうやつほど色んな重たいものを背負わされるんだ。背負わなくていいものまで一緒に背負わされることになる)


 いいか、と少し真剣な顔で俺に言った。


(大変そうなときはいつでも俺を頼れよ。おまえは頭がいいけどバカだからな。なんでもかんでも自分でやろうとするなよ)


 うん、と俺はうなずいた。


 気づくと、体が、今の俺の体に変わっていた。背が伸び、手も大きくなっていた。


 前を見ると、ルーベンの姿が消えている。あれ? と思った。さっきまであんなに近くにいて、顔を赤くして酒を飲んでいたのに、どこへ消えたんだ。


 必死になって手を前に伸ばすが、そこには何もない。急に心細くなる。自分の足元が深い闇の底のように真っ黒に染まっていた。


 ――誰か……


 俺は、道を見失った子供のように、小さくつぶやいた。


 そのとき、俺の背中に、小さな手が触れた感触があった。振り返る。


 そこには、少女がいた。黒い髪。少し吊りあがった目。見下ろすほど小さな身長。


 リナだった。リナは、俺の背中に触れながら言った。


(わたしがいるわ)


 俺を見上げて、俺の目を見ていた。


(わたしも罪を背負うわ。わたしも、あなたと一緒にどこまでも行くわ)


 その瞬間、底がぱっくりと口を開いた。俺たちの体が落下していく。浮遊感と体の中身が下に吸い取られるような感覚を味わいながら、どこまでもどこまでも俺とリナは落ちていく。山の中でリナを助けたときみたいな、濃い暗闇が奥に広がっている――。






 はっと目が覚めた。


 足が思わずソファのひじ掛けを蹴飛ばしていた。息を何度も吸って、心を落ち着かせる。


 汗をかいていた。額から流れてきて、俺の目に入りそうになるのを拭う。


 なんでこんな夢を見たんだろう……。


 体を起こす。辺りを見渡すと、倒れた酒瓶から残ったワインが垂れて、カーペットを濡らしていた。脱いだ服がソファの後ろに捨てられていた。


 さらに、その後ろ――背筋を伸ばしながら立つ一人の執事の姿が目に入った。


「おはようございます、王子。相変わらず、気持ちよさそうに寝ておりますね」


 ムースの眉間にしわが寄り、顔に青筋が浮かんでいた。今にも怒鳴ってきそうだった。


「まあな。これだけ散らかしても、誰かが片付けてくれるなんて最高な朝だぜ。王子に生まれてよかったわ」


 うーん、と言って伸びをする。ムースが拳を震わせながら近づいてきた。


「何度も何度も言っているでしょう! 酒を飲んで、ぐうたらソファの上で寝てるなんて情けない……! 誰かが何とかしてくれるだろう、誰かが起こしてくれるだろうという甘い考えでいつまで生きていくつもりなんですか! こんなことでは誰とも結婚できないうえに、家からも追い出されてしまって――」


 両手を背中に入れて掻いていると、面倒な説教はいつのまにか荒い鼻息に変わっていた。


「あれ? どうした?」


 尋ねた瞬間、ムースの怒りが爆発した。


「王子!!!!! そこに座りなさい!!!!!」


 ………そこから、一時間くらい説教されたのは言うまでもない。






 説教のあと、しびれた膝を引きずりながら、王妃の部屋まで向かった。


 二回ノックすると、すぐに、入りなさい、と返事があった。


 中に入ると、氷で頭を冷やしている王妃の姿があった。めずらしく、背もたれに体を乗せて、けだるそうな顔をしている。


「おはようございます。ご機嫌……よさそうではありませんね」

「当たり前でしょ……」


 王妃は、のろのろと立ち上がる。それからふらふらと俺のほうまで歩み寄ってきた。


「……あれから大変よ。ひどいことになったものだわ」

「そう、ですね……」


 俺はうなずいた。


 ……公爵が亡くなったあと、捜査のために公爵の身辺が調査された。調査が進んでいくうちに、公爵とレイア教のつながりが徐々に明らかになった。それどころか、公爵が隣国のフルールと通じていたのではないかという疑念まで生まれていた。


「公爵家をどうするべきか、話が遅々として進んでいないわ」


「今、どういう話になっているのですか?」


 そう訊くと、王妃はため息をつきながら話してくれた。


 公爵がもし敵国と通じていたのであれば、即刻、取り潰しとなる。しかし、死人に口なしとなってしまった以上、正確な情報をつかむことができないのだ。疑念はあくまで疑念であって、そうと確定したわけではない。


 こうして大きな事件の渦中に巻き込まれたことも加味して、念のためにも即刻取り潰して心配の種を削いでしまおうという考えが一つ。もう一つは、取り潰しまではせず公爵家の人間がこれからも生活できるように、ある程度財産は残しましょうという考え。


 どちらの勢力にも同じくらいの人がいて、喧々囂々となり議論が進まないらしい。難しい判断が必要な場面だ。仕方ないことだと言える。


 さらに、今回の事件にまつわる様々な事務仕事が王妃にも降りかかってきたらしい。捜査の進捗に応じて新たな情報が出るたびに、どこまでの情報について、どのような立場の者に伝えるべきかを考えること。また、公爵が受け持っていた公務の一部を引き受けること。事件に関する書類の承認をすること。山のように仕事があって、夜寝る暇もほとんどないと以前にぼやいていた。


「私はね、リナお嬢のことが心配なのよ」


 王妃は、柔らかな口調で言った。


 リナが公爵家の令嬢である以上、公爵家の今後次第では身寄りのない状態で貴族の立場を失うことになる。


「暴力に耐えてきたと思ったら、これだもの。かわいそうったらありゃしないわ」

「そうですね。不幸は重なるものなのでしょうか……」


 努めて神妙な顔で話したつもりだったが、王妃は急に黙り込んでしまった。不安げな顔で、俺の顔をじっと見つめている。


「どう、しましたか?」

「いや、ちょっと気になっただけよ……」


 王妃は自分の腕をさすっていた。そして、小さな声で俺に言った。


「ねえ。今回のことと、あなた。本当に無関係なの……?」


 俺は、笑った。


「おっしゃっている意味が分かりません」

「……いや、別にいいのよ。気にしないで」


 リナを保護したのは俺だ。公爵の暴力のことを話したのも俺だ。その矢先に起こった事件に何らかのつながりがあるのではないかと思ったのだろう。頭のいい人だ。


「なんにせよ、リナお嬢のことは私に任せておいて。どんな結論になろうと、路頭に迷わないように調整するわ。そのほうがあなたも安心でしょ?」


 王妃の目の下には、隈が青く浮かんでいる。肌もかさついている。


 ごめんなさい、と心の中で謝った。俺のやったことの後始末を全部任せてしまって申し訳ありません。


 リナのことは、必ず守らなければならない。


 ありがとうと、さらに心の中で呟いた。


一章はあと少しだけ続きます。

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