23話 瞬光
公爵の顔が恐怖の色に染まっていた。
シーナは俺が殺した。その言葉に、動揺を隠せないようだった。
おそらく、公爵もシーナのことは知っていたのだろう。なにせ、ルーベンを殺した実行犯だ。暗殺成功のために、公爵もある程度手を貸したのだと思う。でなければ、あんなにあっさりと別の者に罪を着せ、のうのうと逃げおおせることはできないはずだ。
「こ、ろした……あなたが、ころし、た?」
「そうだ。腕を切り、首を刎ねて殺した。そのうえで油をかけて燃やした。髪が燃え、肌がただれ、原形をとどめなくなっていく様を眺めていた」
「……こ、ろし……ころし、た」
悔しそうに顔をゆがませている。しかし、すぐに自分の体から発せられる強い痛みを思い出したのか、体をくねくねさせて再び苦しそうに呻いた。切り離された腕と足からは際限なく血が流れ続けている。そのうち、出血多量で死ぬだろう。
「く、そ……な、んで、こん、なこと……」
ダルマみたいな姿で、必死に体を動かしている。しかし、それでも進めるのは数センチ程度。痛みに耐えながら、ひゅうひゅう息を漏らしている。
俺は、公爵の前に回り込む。そこで跪いて、見下ろした。
「おまえらのことを、俺は決して許さない。なんでこんなことに? それは、おまえが、おまえらが人を殺したからだ。その報いを受けただけだ。俺は知っている。あの事件の後、どれだけの悲しみが生まれたのかを知っている。冤罪で殺された執事だけじゃない。ルーベンを慕うもの、あの執事の家族……黒く塗りつぶされた人生を見てきた」
公爵の目が上に向く。俺と公爵の目が合う。
「おまえの目の前には何が見えている?」
目をそらさず、その瞳の奥をのぞきこむようなつもりで見つめた。
「これからおまえに待っているのは、死という大きな暗闇の中だ。苦しめ。悔しがれ。こんなことになるくらいなら、初めから何もしないほうがよかったのだと後悔しろ。ルーベンを殺すべきではなかった、殺してはならなかったのだと思い知れ」
公爵の頭をつかんで床に押し付ける。ううう、ぐうううという声が床との隙間から漏れ聞こえてくる。歯を折るつもりで、体重を乗せて床に全力で押し込む。
「覚悟しておけ。これで終わりじゃない。この復讐はこんなものじゃ終わらない。すべてを燃やし尽くすまで、俺はおまえらを探し出し、殺しつづける。死ぬ最後の最後まで、俺への憎しみ。腕や足を切り落とされた痛み。完膚なきまでに叩きのめされた屈辱を味わえ」
ううううう、うううううううという唸りが響きつづけている。俺は手を緩めない状態のまま言った。
「光線」
頭をつかんだまま、すべての指を伸ばす。そして、魔力に意識を傾ける。
「じゃあな」
俺は、指で首の端から端までなでる。そして、そのまま頭を持ち上げると、体から生首が分断され、すさまじい勢いで大量の血が俺の体に降りかかった。
全員を殺し切ったあと、俺は倉庫の外に出ていた。外の木々の中に樽を隠していた。
樽は、俺の身長の半分くらいの大きさだ。中には、油を入れている。当然のことながら火をつけるために用意したものだ。
もともとこの倉庫の中に油を隠していた。いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたからだ。あの侍女――シーナを殺した日から、今か今かと復讐する日を待ち望んでいた。
しかし、やはり樽が重い。樽を倒し、転がすが、少し上り坂になっているため簡単には運べそうにない。ちょっと時間がかかるかもな、と思った瞬間、少し樽が軽くなった。
「手伝うわ」
いつのまにか、隣にリナが来ていた。なぜか涙を流し鼻水を垂らしていた。
「……おまえ、どこにいたの?」
「あなたに言われた通り、影の中に隠れていたわ」
「……なんで泣いてる?」
もうすでに状況をある程度把握できているのだろう。でなければ、泣くわけがない。
「べつ、に、泣いてなんかいないわ」
目元を赤くし、ずるずる鼻水をすすりながら言われても説得力がない。おそらく、影の中からでも声が聞こえる。そうでなければ影から耳だけ出していたのだろう。すべてが聞こえていたわけではないだろうが、それでもいろいろなことがありすぎた。
そうか、とだけ言って、俺はそれ以上の追及をあきらめた。
リナが手伝ってくれたおかげで、樽はするすると前へと進んでいく。
「におい、がすごいわね……」
顔をしかめながらリナが言った。俺はうなずく。
「そうだな、この中に入っているのは油だからな。なかなか強烈な臭いだ」
「そうじゃなくて……」
もちろん、言いたいことはわかっている。こんなに近くにある油の臭いに負けないくらいの強烈な臭いが漂っていることくらい俺にもわかっている。
「リナ。もうここまででいいぞ。ここから先は俺一人で十分だ」
そう言った。公爵と対峙しているとき、リナを外に隠しておいたのは、影魔法対策を読んでいたというだけではない。もっと単純に、あの凄惨な光景をリナに見せたくなかったからだ。皆殺しにすることは初めから決めていた。
「……いいの」
しかし、リナはかぶりを振る。俺の言うことを聞かず、そのまま樽を押しつづける。
「……わかっていたもの。こうなるって、わかっていたもの。覚悟、していたもの。今さら引き返せない道だって、わかっているもの」
そして、苦しそうな声を出しながら樽に力を込めている。
「影の中で、ずっと考えていたの。あなたやお父様の声を聞きながら、わたしにとって何が正しくて、何が必要なのか。そして、わたしのなかで結論が出せた。やっぱり、これでよかったんだって思ったの」
俺は黙ってその言葉を聞いていた。
「だから、わたしも協力するの。あなたに従うというだけじゃない。わたしの意志で、しなければいけないと思うからするの。わたしはあなたの共犯者」
そして、俺の目を見つめてきた。
「この罪を、わたしにも背負わせて」
リナはそう言った。
樽を倉庫の横までなんとか運びきることができた。
俺もリナも、疲れて息を荒げていた。しかし、新しい空気を吸い込もうとするたびにすさまじい異臭が鼻についた。
「……吐きそう」
リナが、口を抑えてうずくまっている。
「……やっぱり、おまえは休んでろ。ここから先は、もっとすごい臭いになる。しかもそれだけじゃない。おびただしい死体の群れを見ることになる」
「いいの。大丈夫。わたしも、見るわ」
本当かよ、と思ったが、口には出さないでおく。
もうすでに、リナの目からは涙が消えていた。顔が少し腫れているが、いつぞやに見た強い目をしていることに気がついた。
「……わかった、行くぞ」
リナがうなずく。
扉を開けると、さっきまでの何倍も密度の濃い異臭が漂ってきた。改めて見てもすさまじい光景だった。原形をとどめている人間がほとんどいない。内臓が飛び出ている者。腕と足が切られている者。生首が転がっている者。
案の定、それを見た瞬間に、リナが顔を背けた。そして、おぇええと吐いている声も聞こえてくる。しかし、それでも外に出るとは言わなかった。
「悪いが、先に始めているぞ。おまえも、落ち着いたら手伝うんだ」
うずくまるリナを尻目に、俺は手前にある死体のひとつをつかんだ。そして、そのまま引きずって、中央にある公爵の死体のうえに置く。
それを繰り返していく。端っこのほうにある死体を一つ一つ引きずっていき、中央部に積み上げる。手が汚れるな、と思ったが、自分の体を改めてみると返り血で真っ赤になっていることに気づいた。もともと、汚れ切っていたのか。そう思うと少し笑えてきた。
半分くらいが積みおわったところで、リナが立ち上がった。吐けるものがなくなったのだろう。気分悪そうにふらふらしながら俺の近くまで寄ってきた。
「死体を集めればいいのね」
「そうだが、本当に大丈夫なのか?」
「ずっとここにいるうちに、臭いになれてきちゃったわ。だから、全然大丈夫」
「ゆっくりでいい。無理せず、進めてくれ」
わかった、と言って、ふらふらと近くにある死体まで歩いていく。
予想できていたことだが、また吐いていた。吐くものがないので液体をぼろぼろ口からこぼすだけだったが、それでも苦しそうだった。生々しい死体の断面や至近距離での強烈な臭いにやられたのだろう。俺はあえて手を貸さず、死体を集めつづけた。
やがて、リナがひとつの死体を手につかんだ。その感触に一瞬顔をしかめていたが、俺と同じように死体を引きずり、中央部まで運んでいた。
「よく、こんなに殺せたわね。たったの魔力12で」
リナが言った。俺は、作業をつづけながら答える。
「直前に、俺の力を少し見せただろう。幻影と光線、透明化を同時に使えばこれくらい容易い。わかっていたから、おまえも姿を出さなかったんだろう?」
「うん。でも、やっぱり、光魔法ってすごいのね」
そんなことを言って、また別の死体まで歩きだした。
「これからもずっと、同じようなことを繰り返すつもりなの?」
背中を向けながらリナが尋ねる。俺は迷わず答えた。
「ああ。当たり前だ」
「その……ルーベン、っていうあなたのお兄さんのために?」
「そうだ。だが、ルーベンのためだけじゃない。あの事件で苦しんだ人全員のために。そして、俺が知らない事件によって、苦しめられている人たちのためにも」
「うん」
それから、俺もリナも黙々と死体を引きずりつづけた。指や肉片なども残さず運んだ。中央部に積みあがった死体が俺の身長を越え、横幅も俺の身長を越えたくらいで、ようやくすべての死体を集めきることができた。
倉庫の外から樽を転がし、集まった死体の前で立て直す。その際にはリナも手伝ってくれた。
「一気に行くぞ、せーの!」
そして、樽を二人で持ち上げ、集まった死体の群れに思い切りぶっかけた。重すぎて、すぐに二人とも持てなくなる。少し油を中に残したまま樽がごろごろと転がっていった。
「……ねえ、どうやって火をつけるの?」
しゃがみこんだままリナが訊いてきた。俺は返事をするかわりにポケットに手を入れて、小さな羽毛を手に取った。そこで、リナも気づいたらしい。
「公爵の姿を見られるのはこれで最後だ。悔いはないか?」
ちら、と最下部にある公爵の死体を確認していたが、すぐに言った。
「悔いはないわ」
そうか、と俺は言って、羽毛に火をつけた。
「地獄でまた会おう。公爵」
そして、火のついた羽毛を死体のほうに投げると、一気に火が広がった。最初、死体を囲むように燃え広がり、やがて、その内側の死体を焦がしていく。
「リナ。離れよう。ここにいると危ない」
リナの手を引っ張る。リナがちいさくうなずく。
そして、倉庫の外に出て、扉を閉じた。
倉庫の外には、何事もなかったように静かな夜空が広がっていた。
* * * * * * * * * * * * * *
(解決するって……それってどうするの?)
俺は、リナを王宮から連れ出したときの会話を思い出していた。
ベッドの向こうでカーテンが柔らかく揺れていた。暖かい日差しが、窓から差し込んでいるのが見えた。
俺は、リナの問いに対して、殺す、ということをはっきり伝えた。すると、リナは、目を見開いたあと、力なく微笑んだ。
(そうね、仕方ないわ……)
こんなにあっさり納得するとは思っていなかった。俺は尋ねた。
(いいのか。俺はおまえの父親を殺すと言っているんだぞ)
(うん)
リナは俺の目をまっすぐに見つめていた。
(わたし、あのとき、山の中で迷わずあなたの手を取ったわ。差し出された手を見て、この手を取らなければならないってはっきり思ったの)
俺も、その目をまっすぐ見つめ返した。
(どうしてなんだ?)
そう訊くと、リナの瞳に覚悟の色が宿った。
(戦うんだって、決めたから)
そう言った。
その瞳の奥に、鈍くも暖かい、小さな光が輝いているように見えた。
なんでだろう。おれは、その瞳に惹き寄せられるのを感じていた。
気づいたときには、心の中で唱えていた。
――瞬光
たった一瞬の、目に見えない程度の光。なんでそんなことをしたのか自分でもわからない。ただ、俺は、この一瞬を永遠に忘れてはならないのだと思った。
* * * * * * * * * * * * * *
リナと俺は手をつないだまま、倉庫のほうを振り向いた。
ギャラリーのそばにあった窓から、かすかにオレンジ色の炎がちらついているのが見えた。ふうっと大きく息を吸い込む。俺が手に力をこめると、リナもまた強く握り返してきた。
「この罪は、あなただけには背負わせない。わたしたちがともに選んだ道よ。だから、このことを絶対に忘れはしない。一生、あなたとともに、背負いつづける」
それから、リナは俺のほうを見つめて言った。
――ねえ、シル
優しい口調だった。
なんとなく、その言葉が俺の心の奥底に染み入るのを感じた。
そういえば、俺がこいつから名前で呼ばれるのは初めてだったな。
倉庫の窓からちらつく炎が見えている。そこで、俺は、もう一度唱えた。
――瞬光
光が広がっていく。倉庫全体を包むように。
俺も、この日の出来事を、一生忘れないだろう。
あと1話か2話くらいで第一章完結の予定です。何とか一章の終わりが見えてきました……。




