22話 回顧
俺にはずっと大事にしている記憶がある。それは俺にとってすべての原点であり、この復讐を始めようと思ったきっかけだった。
――5歳になったとき、俺は絶望の中にいた。
手に握った小さなステッキ。白い杖。汗にまみれた手が震えていた。
ざわめきが起こる。俺の視界が暗くなっていく。握った杖はわずかにしか伸びず、何度測りなおしてもそれ以上伸びなかった。
(魔力……12です)
目の前の男がそう告げていた。
その瞬間、頭の中が凍りついたのを覚えている。たったの12。歴代の王族の中で最低だということもささやかれた。
なんで、と思った。俺は何も悪いことをしていないのに。
視界が遠ざかっていく。自分の思い描いていた理想とあまりに遠い現実に意識がついていかなかった。
そんなとき、俺の泣き言を聞いてくれたのは、兄――ルーベンだった。
(おまえは、まじめだなぁ)
そんなことを言われた。相変わらず酒を飲んでいた。ワイングラスを傾け、ソファに足をのばしていた。
(魔力が高いとか低いとか、そんなことでいちいち思い悩んでいたら疲れてしまうぞ)
別に俺は、高い魔力がほしかったわけではなかった。ただ、周囲の憐みの目線や残念そうな顔を見ているのがつらかったのだ。そう言うと、どっちにしろ一緒だよ、とルーベンは、けらけら笑っていた。
(あんまり真面目に生きようとするなよ)
そのときだ。はっきりとした口調でそう言われたのは。
(くだらないことも、すごく大事なこともこの世にはある。くだらないものには手を抜いて、大事なものにだけ精一杯尽くすんだ。でないと、いざというとき、疲れて何もできなくなってしまうぞ)
真面目になるな、と言いながら真面目な顔をしていた。大事なことなんだと思った。
少し気が楽になった。俺は、小さく笑った。
――そのわずか数か月後だった。
血を吐いて身悶えるルーベンの姿。俺に対して向けられた顔。
なにかを話そうとしている。しかし、聞き取ることもできない。俺はただ目の前の光景を黙って眺めるしかなかった。
幼いながらも、理解していた。ルーベンが、遠くに行ってしまう……。そしてそこに行ってしまったら、もう二度と会うことはできない――。
嫌だと思った。この苦しみからルーベンを救いたいと心の底から願った。なんとか、なんとかしないと。そう思った瞬間だった。
視界が真っ白に包まれた。
いや、違う。
光だ。
一瞬だった。何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
すぐに光は消える。視界が戻った瞬間に見えたのは、ルーベンが力尽き、意識を失った後だった。けれど、俺の頭の中には、ルーベンがこちらを見ていたときに視界を埋めていた光景全てが精密に刻まれていることに気づいた。
……最初、自分の属性は火だと思っていた。
単純に、魔力を込めてみたら、しだいに近くのものが燃えだしたからだ。他の人たちもみんなそう思った。小さな火しか作れなかったが、幼さを考えればそんなにおかしいことではなかった。
しかし、俺はそれがきっかけで初めて理解したのだ。自分の属性が光魔法であること。そして、あのとき使った光魔法によって、あの事件の一瞬を永遠に脳内に記憶することができたのだということ。
ルーベンが死んでから、俺は毎日泣き明かした。あと一度でもいいから会いたかった。大好きだったのだ。毒殺だと聞いていた。なんで殺されなければならないのかと、誰ともわからない犯人のことを強く憎んだ。
俺は頭の中にある光景を、何度も何度も脳裏に映した。あの日、何が起きたのかを探りたかった。そして、そのうちに気づいた。
兄が苦しみ倒れこんでいる。テーブルのうえにはいくつもの料理が並んでいる。一緒に食事をとっていた兄弟姉妹はその光景に目を見開いている。執事や侍女たちが、この一大事にあわてた様子で駆け回っている。
そのなかで、異色の存在があった。
奥のほう、キッチンとの境目あたりに、顔の一部をこちらに向けている者がいる。
侍女だろう。エプロンと青い服装はまさに侍女のそれだった。
壁に隠れ、のぞきこむように俺たちのほうを見ていた。そして、口元に、かすかに笑みが浮かんでいる……。
当然ながら、これでは証拠にはならない。ならないが、俺は、きっとその侍女こそ犯人なんだろうと直感した。
――いったい、これは誰なんだ。
顔の全貌が見えない以上、すぐには誰かを特定することなどできない。そのポケットに三本足の人の刺繍があったことだけが唯一の手掛かりだった。
犯人として捕らえられたのは、想像と反して執事の男だった。まだ30くらいの年齢だった。名前はゾールと言った。皆が一様に彼を責め立てていた。
――あんな素晴らしい方を殺すなんて、どんなに罪深いことか
――見せしめにして処刑するべきだわ
――この者に最大の苦痛と恥辱と、そして死後の厳罰が下らんことを祈ります
しかし、ゾールが何度も何度も自分の無実を訴えている姿を見た。私ではありません、信じてください、本当に違うのです。
誰も耳を貸さなかった。目撃証言をした者がいたらしい。あの執事が、ルーベンの紅茶のカップに何かを入れていましたよ、と。
そして、あっという間にゾールが処刑されることが決まった。
俺は、夜、こっそりとゾールがとらえられている牢屋に忍び込んだことがあった。そのときはまだ完璧に使いこなせていなかったが、透明化と暗視をできる限り利用して、ゾールの前になんとか現れることができた。
俺が急に姿を現したことに、驚きを隠せないようだった。しかし、そこで俺はすべてを話した。光魔法のこと。その能力で透明化できること。
すぐには信じられなかったようだったが、死ぬ間際に現れた俺を見て、これは天の慈悲だと思ったようだった。俺に縋りつくように泣き始めた。
そこで、俺は彼の話を聞いた。
(私には、家族がいるんです)
そう言っていた。声が震えていた。
(私がこのような罪を負わされたことによって、家族がどうなるのか見当もつきません。今も、ひどい目に遭っていると思うと、夜も眠れません……!)
ゾールの体はやせ細っていた。拷問まで受けたらしく、全身に鞭のあとや傷が残っていた。爪はすべて剥がされていて、手からは常に血が滴っていた。
俺は言った。
(おまえは、犯人じゃないんだろう)
すると、ゾールが顔を上げた。目を見開いて、まだ幼い俺の姿をまじまじと見つめた。
(なんで……私を信じてくださるのですか?)
(……持ってきたものがある。見てほしい)
鉄柵越しに、一枚の紙を差し入れた。そこには、俺の絵が描かれていた。
(これ、は?)
(俺があの日見たものだ。すべてありのままに描いてみた)
光魔法、瞬光を使えば、その瞬間に見たものをすべて完全に記憶できることも説明した。そして、奥にいる侍女を指さす。
(まさかと思うが、おまえが毒を入れたと言ったのは、こいつじゃないのか)
ゾールの手が震えていた。
(よく顔が見えませんが、おそらく、そう、です……。彼女、シーナにそう言われました)
(やはりそうか)
俺の直感は当たっていたらしい。シーナがどこのだれかを聞いたあと、目的は済んだと思って立ち上がる。と、ゾールに袖をつかまれた。
(待ってください。殿下、どこに行かれるつもりですか)
(決まっているだろう。本当のことを話して、おまえをここから救い出す)
(殿下……)
ゾールはうつむき、それから言った。
(私のことは見捨ててください)
(何を言っている! お前が犯人じゃないなら、すぐに言うべきだ。おまえの家族のためにも――)
しかし、ゾールはゆっくりと首を振った。
(私は今回のことで、いろいろなものを見てきたんです。この国の闇。背後にうごめく巨大な存在。私一人が立ち向かえるものでは到底なかった)
(……)
(私は死ななければならない。もうすでに、そのように国は動いているのです。今さら覆すことなどできません。むしろ、それを覆そうとするとより被害が増す可能性さえもあります)
(巨大な、なにか……)
(私にもその正体はわかりません。しかし確かに存在します。殿下、私はあなたに生きていてもらいたい)
そして、ゾールの手が伸びる。その手が俺の頬に触れた。
(まだ幼い殿下。しかし、あなたには無数の可能性が秘められています。今日、あなたと話していて、それを確信いたしました。あなたこそ、国を背負って立たねばならない人間です。光魔法のことも誰かに話してはなりません。利用される可能性が高い。今は大人しく、ただ生きることだけを考えてください)
俺の目からは涙がこぼれていた。悔しかった。何もできない自分に腹が立った。こんなにも近くにいる人間を救うことができない事実が受け入れられなかった。
(シルヴィルト殿下。あなたに信じてもらえただけでも、私は幸せです。私の言葉を聞いてくれる方が最後の最後で現れてくれた……。ありがとうございます)
それきり、ゾールは何も言わなかった。
俺は、胸の中の痛みに耐えきれなかった。
……ゾールの処刑後、俺はゾールの家族の安否を追った。しかし、幼いころにできることは少なく、ようやく見つけられたころには、全員が後を追うように心中したという事実だけが残っていた。
――シーナという侍女は、当時、まだ16歳の少女だった。
俺の見ていたものは確かだった。三本足――トリスケオンの刺繍を持っていた。俺の脳裏に刻まれていた光景と寸分違わず同じだった。
――こいつだ。
俺は自分のうちに湧き上がる憎悪を必死に抑えた。
――まだだ。まだ復讐のときではない。
あのとき、俺にゾールが託してくれた言葉。守る義務があると思った。だから俺は、この侍女の背後にあるという組織のことを探ることにした。
毎日毎日、シーナの後を追いかけ、部屋にいるときにも黙って彼女の言葉を聞いていた。いつかボロを出す日が来ると信じていた。
そして、俺が10歳になったころ、その日がやってきた。
シーナが、人目を気にしながら王宮の外に出たのだ。今までシーナを追っていたが、実家に帰るとき以外、ひとりで外に出ることはなかった。
シーナは王宮の横の道を進んでいき、ある家のまえで立ち止まった。
(久しぶりに来たわ……)
そんな独り言が聞こえてきた。
中に入ると、男が一人いた。知らない人間だった。背が高く、顔も長い男だった。
(よく来てくれたな)
そう言っていた。シーナもうなずく。
それから、とりとめのない話がつづいた。30分くらいたって、男が大きく息を吐き、腕を組んだ。
(……あれから3年か。どうなっている?)
シーナは微笑んでいた。
(特に何も。ルーベンのことなどとうに忘れられているわ)
動揺を抑えるのが難しかった。手で口をおさえて息を止めた。
(ルーベンは邪魔な男だった。あのまま行けば彼が国王に即位していただろう。そのときにはトリトロンを支配するのが困難だった)
(ええ)
(優秀な男は排除しなければならない。そうして、我々の息のかかった者を必ず王に据える。世界を支配するのはレイア様だ)
(そのとおりよ。計画は着々と進んでいる)
そうして、二人はあの刺繍を見せ合った。三本足の人のマーク。
(レイア様の望む世界が完成する日は近づいてきている。それまでおまえもがんばってくれ)
(当たり前よ)
レイア、という言葉を聞いたのはこの日が初めてだった。
その日からレイア教のことを徹底して調べた、王宮の外にも出た。二人が会っていた家に何度も訪れ、信者たちの会話を聞いた。そうしているうちに、だんだんとその存在が何を意味しているのか分かってきた。
しかし、14歳になってもまだレイア教の全貌をつかめずにいた。光魔法をもってしても、俺の行動範囲は限られている。気軽に遠くに行ける立場ではない。
だから、その日、俺は直接シーナと話をすることにした。
いつもどおり、透明化したままシーナの部屋に入る。月のない夜だった。
俺は、シーナの後ろから近づき、その口をふさいだ。
(騒ぐな。騒いだら殺す)
そう言うと、大人しくなった。
尋問した。レイア教のことを。しかし、大した情報を得られない。もともとシーナは下っ端だったのだ。
そのうち、俺の中にある憎悪が再び頭をもたげるのを感じていた。ゾールの悲しみ。その家族の死。そして何よりも、ルーベンが殺されたという事実。
気づいたときにはシーナの腕を切断していた。血が噴き出た。
悲鳴が上がる。俺は、誰かに気づかれてはならないと首をはねた。
ころころと、生首が足元に転がる。
俺は、そのとき、自分の中に満足感が生じていることに気づいた。
なんのために、ずっと真相を探っていたのか。
このときのためだ。復讐のためだ。そう確信した。
その後、俺はシーナの死体を建物の外で油をかけて燃やした。死因を特定されないためだ。光線による切断は切り口がきれいなうえに焦げ目が出てしまう。それをごまかすためだった。
異臭を放ちながら、燃え裂かる炎を見て、俺は誓った。
レイア教のやつら全員を燃やし尽くしてやると――。




