21話 復讐
血の匂いが充満していた。もはや腐臭と言ってもいいくらいの悪臭だ。俺は鼻をおさえて、あたりの光景を見渡した。
死屍累々だ。目の前の男は上半身を縦に裂かれていて、ぱっくり開いた頭の中身や腹部の臓器が剥き出しになっている。ピンク色の長細いものが床に散らばっていた。横の男は腕と足を片方ずつ斜めに切られ、頭を貫かれている。
床はすべて人の死体か血で埋め尽くされていた。ときおり、痙攣する者やうめき声をあげる者もいたが、そのうち動かなくなるだろう。作り出した自分が思うことではないが、地獄という場所があるのだとしたら、こういう光景のことだろう。
公爵は、そんな死体の群れの中で、ひとり震えていた。腰をぬかしたまま、少し涙をこぼしていた。戦場に行ったことはおそらくないのだろう。俺もないが、殺された人の死体を見るのはこれが初めてではない。
俺は透明化を解除する。
「透明化」
すると、まもなく、俺の姿が色を帯び始める。肌の色、服の色、髪の毛の色。全身があらわになったとき、公爵が後ずさる。しかし、すぐに死体に手が触れて悲鳴を上げた。
「く、来るな。瞬間移動ができるだなんて聞いていないぞ……」
「瞬間移動?」
公爵の言葉に対し、初めて口を開いた。
「さ、さっきまでここにいたのに、なんでそこにいるんだ……。瞬間移動だろう」
「ああ、なるほどね。あんたにはそう見えるのか」
たしかに透明化と幻影を同時に使えば、あるいは同時に解除すればまるで急に姿が移動したように見えるだろう。俺はもう一度、唱えた。
「幻影&透明化」
すると、俺の姿が消え、公爵の背後に俺の幻影が姿を現す。死体の上に立つ俺の姿を見て、公爵が背中を反対側に向けてまた後ずさった。
「くるな、くるな、くるなあああああ!」
拾いなおしたナイフで何度も俺の幻影に対して振っている。しかし、そこには俺の姿はない。いくら振り回しても空を切るだけだ。
「なんで、なんで、どうして当たらねえんだよぉ!」
狂ったように何度も何度も。俺の腹を一閃し、足に対して繰り返しナイフを振り下ろす。当たれ、当たれ、当たれ、と振り下ろすたびに叫んでいる。ただでさえ丸まっていた背中がさらに丸まり、体全体がとても小さく見えた。
「死ね死ねよ! 俺の邪魔すんなよ! 死ね、死ね、死んでくれぇぇ……!」
しだいに体が動かなくなってきたのか、ペースが遅くなっていく。やがて、まったく腕が動かなくなり、ナイフを落とした。
からん、と音を立てる。嗚咽のような泣き声も聞こえてくる。
俺は、ゆっくりと公爵のもとまで、歩み寄った。死体を踏み越え、血に靴を濡らす。
足音がしているが、おそらく聞こえてないのだろう。すぐに公爵の背後までたどり着くことができた。
子供のように、鼻水をすすりながら床を湿らす姿を見て哀れだと思った。
「幻影&透明化」
俺が言うと、公爵が振り向いた。
その瞬間、俺は右手で公爵の首をつかみ、床に叩きつけた。首に爪を食い込ませ、鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔をじっと見つめる。頭を打ったのか、意識がもうろうとしているようだった。
「やあ、スキラ公爵。泣いているところごめんね」
俺は笑っていた。
「ど、どうじて。どごから現れ、たんだ」
ここまでやってもまだわからないとは、相当混乱しているのか。しかし、光魔法のことを知らなければ、理解できないものなのかもしれない。
俺は言った。
「別に。俺は、ただまっすぐ歩いてきただけだ」
説明してやる義理はない。光魔法のことや、その具体的な能力を話しても意味がない。
――どうせ、こいつは死ぬのだから。
「俺を煽っているときはさぞかし気分がよかっただろう。しかし、結果はこのとおりだ。おまえの負けだ。じきにおまえも、そこらへんに転がっている死体と同じ轍を踏むことになるだろう」
「い、いやだ。やめて、くれ。しにたく、ない」
「すぐに殺しはしないさ。だが、その言葉を聞くことはできないね。おまえは死ね」
「やだ、しにたくない……しに、たくない」
うわごとのように死にたくない、死にたくないとつぶやいているが、俺の心には一切響かない。むしろ、面倒くさいから今すぐ殺してやろうかとさえ思った。
「……おまえには、まだ聞きたいことがある。だから生かしておいた……。俺の質問に対してきちんと答えてくれれば、もしかしたら見逃してやるかもしれない。いいか。俺の言うことに正直に答えるんだ」
そう言うと、少しほっとしたような顔をし、それからしつこいくらいに何度もうなずいた。
「まず、以前におまえと話していた褐色の男。あの男はどこに行った?」
まさか、自分とその男がつながっていることが露見していると思っていなかったのだろう。目を見開いていた。しかし、俺が、首を強く握ると手で俺の腕を叩いた。
「い、いいます。言います。彼がどこに、いるのか、私にも、わかりません」
「本当か?」
「本当です……。もともと、私とあまり、接点のない人間、です……。今回の件でも
私に兵を渡したあとは、どこに行ったかわかりま、せん」
「やはり、あいつがこれだけの兵をよこしてきたのか……」
アクチュエータを用いて話しているときも、そのような協力をすると言っていた。
「あの男は何者だ?」
「さあ……。私が知っているのは、彼がフルールの軍人であり、幹部候補であること。属性魔法が火であり、魔力が200以上あることくらいです」
「それだけじゃない。レイア教の幹部でもあるんだろう?」
そう言うと、公爵の顔が引きつる。レイア教のことまでばれていると思っていなかったようだった。こいつ、この期に及んで隠し事する気か? 一度、痛みつけたやったほうがいいと判断した。
「光線」
すぐに俺の右手人差し指から熱線が生まれる。収束させ、威力を高める。
指を公爵の右肩に向けた。右肩から少し指を動かすと、悲鳴が上がる。
「ぎいいいい! あがああいいいいい!」
右肩から血が流れ出ている。そろそろいいかと思い、魔力を解除した。
「いた、いたいぃ! いたい!」
「正直にすべて話そうとしないからだ。俺のことをあまり舐めないほうがいい。隠し事をして、隠し通せるなんて思うな。次はお前の腕を切り落とす」
「わ、わがった。わがったです」
右肩がよほど痛いのか、左手でおさえて身もだえている。
「た、たしかに、あの男はレイア教の、幹部です。なぜ彼が、レイア教の幹部にまで、上り詰めたのか、は知りません。本当、です。しかし、フルール、のレイア教信者は彼に率いられている、ようです。そのため、発言力も、強い……」
実際的な軍事力を持つのであれば、確かに幹部にもなれるのかもしれない。しかし、なぜ彼がレイア教信者を束ねているのかまではわからないということだろう。
「あの男は、おまえと話し終わったあとにどこに戻っている? あいつは通信型アクチュエータを用いて、王宮内の人の声を盗聴していたようだ。どこかで聞いていたはずだ。それも、王宮内に設置したアクチュエータに音が漏れないような静かな場所で」
「盗聴……です、か。ただ、彼が、いる場所は、わかって、います」
公爵は、王宮の近くにある隠れ家の説明を始めた。シニストラ宮やベンヴェヌート宮からちょうど1キロ程度離れたところにあるらしい。そのうえで、おそらくアクチュエータが盗聴用に使われているのなら、王宮内のアクチュエータから音が流れないように設定されているはずだと言われた。どうやら、作り方次第で片方が聞くだけのアクチュエータも製造できるらしい。
「わかった。あとで確かめてみよう。もちろん、嘘だと分かったときには……わかっているな?」
公爵がこくこくとうなずく。
「よし。次の質問だ。レイア教について、知っていることを全部話せ。あらいざらいにだ。どこに拠点があるか、誰が信者か、そして何をしようとしているのか……」
「れ、レイア教のことをなぜそこまで……? あなたは。リナを守ろうと、しているのではないの、ですか?」
「あ?」
俺がまた魔力を込めようとすると、あわてたように公爵が手を振った。
「失礼、しました……。私の知る限りのこと、をお話しさせていただきます」
そこで首をつかんでいた手の力をさらに緩める。ここだ。ここが一番聞きたいところだ。
「レイア教、のことは、すでにある程度、ご存じ、ですね? レイア教は、近頃生まれた新興宗教、です。魔法を人類に与えた、レイア神を信仰、しています」
「そうだな、そこらへんは知っている」
他の王族もすでに知っていることは言わないでおく。
「レイア教の信者、は各国に存在、しています。それぞれの国に、拠点も存在し、支部も、様々な場所に、作られています。すでに信者は、我が国の人口に、匹敵するくらいだと言われていま、す。まだトリトロンでの、信者は少ない、ので、殿下も当然ご存じない、と思っていました、が……」
「まあ、そこらへんのことはいい。つづきを聞かせろ」
しかし、急に公爵は黙り込んでしまう。どうした、と尋ねる。
「これ以上のこと、を話すと、殿下に、殺されなくても、レイア教の信者たちに、私が殺されることになり、かねません……」
仕方ないな。俺は嘘をつくことにした。
「そんな心配はするな。俺がなんとか守ってやろう。今俺が何よりも欲しているものは情報だ。情報がなければ、今回の件について判断することが難しい。俺の力はすでに見ただろう。レイア教すべてを敵に回したところで、勝つ可能性は十分にある」
「そ、うです、ね……。わかり、ました」
公爵は、目を泳がせながら言った。
「トリトロンには、王都に1つ、だけ大きな拠点、が存在します。ここ、から2キロ、離れたところにある、マークロン、商会というところです。表向きは、輸入雑貨を扱う店となっております、が、実際のところは、レイア教の資金、を集めるために、存在する、商会です。夜な夜な、信者が、集まり、さまざまな決定、を下しています」
「それが、レイア教の目的に関することか……」
「はい……」
唇をなめている。
「レイア教の目的は、魔力のある、者が支配する、国を作り上げること。そして、その国でもって、世界を統一する、ことです。それこそ、レイア神の、思し召し。魔力を、有効的に使うことにより、世界を豊かにする。魔力を用いれば、それができるという考え方です」
「なるほど。そのために、各国をひっくり返し、自分たちの息のかかった者に支配させようという魂胆か。勢力を増やし、軍事力を高めて、内部的な支配ができないところは強引につぶす。そして、そのうえで邪魔になる者も当然殺す」
公爵はうなずいた。
「その一人が、俺の兄――ルーベンだったわけか」
「……!」
その瞬間、公爵の顔色が変わった。公爵が魔力を込めているのを感じ取り、とっさに俺は唱えた。
「光線」
首をつかんでいた手を両肩に移して押さえつける。そして、両肩をもぎ取る。
「いいいいいがあああああああああ!」
血が噴き出る。両腕ともに肩から外れ、丸い切り口が剥き出しになった。
「あが、ああ、くそ、ああああ」
「馬鹿め。ペラペラしゃべりすぎだ。俺を殺そうとしていることくらいわかる」
おそらく、俺を油断させようと思ったのだろう。ちらちら俺の顔色をうかがいながら、両手を握ったり開いたりしていたのを俺は見逃さなかった。
「くそ、くそ、くそがあああああ!」
「大人しくしていろ」
光線を足に向ける。一閃すると、公爵の足が斜めに切断された。立ち上がろうとした体制のまま、床に倒れこむ。
「あ、あぁ、があ」
「ルーベンの言葉を聞いた瞬間だったな。お前らが殺したという話に嘘はなかったようだったな」
「うぎい、ひぃ、ああ」
「痛みで声も出せないか。すぐに楽にしてやろう」
俺は公爵の体に馬乗りになり、髪の毛をつかんだ。
「本当に俺がお前を生かしてやるつもりだと思っていたか? ルーベンの仇だ。全員皆殺しにするに決まっているだろう。お前らからレイア教のことを聞いた瞬間、俺はうれしくてしょうがなかった。やっと本格的に復讐する機会に恵まれたんだからな」
「な、なぜ……」
ひゅう、ひゅうと口から空気を漏らしながら、公爵は声を絞り出していた。
「なぜ、ルー、ベンの、こと、を……」
「なぜ、なぜね?」
くっくと俺は笑い始めた。
笑いが止まらない。あのときのことを思い出したからだ。胸の内からざまあみろという感情が沸き上がってきて、頭の中が真っ赤に染まっていく。
「シーナを殺したのは、俺だ」
公爵の耳元でささやく。
シーナとは、手や首が切り落されたうえで焼死体となった、あの侍女のことだった。
しばらく、残酷な描写が増えると思います……。




