20話 最強
日が沈みかけていた。おそらく、4時間くらいは待機していたと思う。
俺は、ギャラリーの上に膝を立てて座っていた。レイア教の連中が来たらすぐに察知できるように常に千里眼を用いて誰かが来ないかを張っていた。
――なかなか来ないな
だが焦る必要はない。時間がかかればかかるほど、相手の用意が入念に行われているということだ。こちらにやってくる人の数が多くなればなるほどこちらの思うつぼである。
リナは、俺の隣で膝を抱えながら眠っていた。この倉庫は無骨な石を削ってできている。座り心地があまりよくないのに、熟睡できるのはある意味才能だ。
公爵たちがすぐに来ない理由には、リナの存在も大きく関わっているだろう。
闇魔法の全貌がわかっているわけではないが、すでにその片鱗は見ている。影の中を行き来できるのであれば不意打ちが容易に行える。また、影を自由に操ることにより、おそらくもっとすごいことができるはずだ。
何かリナ対策を考えているのだろうか。影がなければどうにもできない以上、影を消す術を用意しているかもしれない。
それから30分ほど時間がたったころ、俺の千里眼に公爵の姿が引っかかった。
――来たな
まだ一キロほど手前だ。こちらにたどり着くまでにさらに20分ほどかかることだろう。サーチする箇所を絞り込み、より詳細な情報を得ようとする。
全員がサーチ圏内に入っていないようだが、30人以上いるようだ。しばらくして、こちらに向かう人影がすべてサーチ圏内に入る。
おおよそ、50人くらいだろう。
ギャラリーから窓を通して外を見てみたが、まだ公爵たちの姿を目視できない。俺はリナの肩をゆすって起こす。
「あれ? ここどこだっけ」
「寝ぼけている場合じゃない。すでにおまえの父親率いる軍勢がこちらに向かってきている。あと20分くらいで着く」
「え、嘘!」
リナも俺と同じように外の景色を見るが、やはり見えないようだ。俺が改めて千里眼の能力のことを説明すると、ようやく納得してくれた。
「こちらもそろそろ準備するぞ、俺の言う通りにしてくれ」
「わかったけど……あの、お父様だけ来ているの?」
俺はかぶりを振る。
「公爵を除いても50人くらい向かってきている。公爵の周辺にいる人の身なりを見ているが、装備が明らかに軍人のそれだ。この暑い中、生地の厚い軍服を着て、武器も携帯している。最低限準備しないと俺も死にかねない」
「ご、ごじゅう……」
顔色を真っ青にして、俺の袖をつかんだ。
「だめ、だめよ。逃げないと……。お父様はきっとあなたのことを本気で殺しにかかるわよ。そうなったら、いくら光魔法があっても勝てないわよ……」
「大丈夫だ。俺に任せておけ」
俺はギャラリーから階段に移り、下りはじめる。リナはまだ怖いのか、ついてこなかった。
開きっぱなしになっていた倉庫の扉を引いて閉じ、閂をかける。すべての扉が閉まると、倉庫の中は一気に暗くなる。窓がギャラリーの上くらいにしかなく、日の光がほとんど届かない。
「リナ、おまえも下りて来い」
「ね、ねえ、来てるわよ。お父様たちが、武器を持っていっぱい……」
どうやら目視できるようになったらしい。リナの声が震えていた。
「俺の言う通りにしていれば、問題ない。いいから下りて来い」
しぶしぶ、リナが階段を下りて俺の近くまでやってきた。
「リナ。はっきり言うが、今回の戦闘ではお前は邪魔だ。お前がいると俺も思う存分に能力を使うことができない。だから、お前はずっと倉庫の外の影に隠れていろ」
「本気なの? いくら光魔法でも、魔力12じゃできることなんて限られてるわ。わたしはあなたを死なせたくない。怖いけど……私も協力して戦えば」
「何度も言わせるな。俺は大丈夫だ。むしろ、おまえがそうやってごねればごねるほど俺の生存率が下がっていく。俺が信じられないか?」
「信じるとか、信じないとか、そういうことじゃなくて……」
リナには俺の力をしっかり見せておけばよかったな。しかし、今となってはあまり時間がない。とにかく、リナにはとっとと隠れてもらおう。俺は俺で作らなければならないものがある。
「わかってくれ。とにかく今は俺を信じて俺の言う通りにしてくれ」
「……わかったわ。何か起きたらわたしも出て行くからね」
「そうしてくれ。これから俺の言うことをよく聞くんだ。そうすれば、何人来ようが関係がない。俺たちは勝つことができる」
リナはしぶしぶうなずいている。俺はほっと息をつく。
20分くらいが経過しても、公爵たちはまだ来ていなかった。理由はわかっている。千里眼でずっと奴らの動きを追っていたからだ。
敵がいると分かっていながら真正面から来ようとするバカはいない。一部の勢力が背後に回っているのを感じていた。挟み撃ちにするつもりだろう。そして、襲い掛かろうとしているのがばれないように、音を立てず、こちらに向かっている。
おそらくだが、二手に分かれた軍勢には通信型のアクチュエータが持たされている。密に連絡を取り合わないと、ここまで足並みをそろえて行動できないだろう。すでに、倉庫の周囲は敵に囲まれていた。あとはタイミングを見計らって、扉を打ち破るだけだ。
俺は一人でそのときを待っていた。準備はすでに整っている。あとは、敵が入り次第、作戦通りに事を運ぶだけだ。
やがて、前と後ろの両方の部隊に動きがあった。それぞれ二人くらいが扉の前に立ち、その隙間からこちらをのぞき込んでいる。そして、おそらく俺の姿を発見している。
来る、と思った。前に出た二人ずつが魔法を唱えている姿が、俺の千里眼ではっきり見えている。そして、呼吸を合わせて、どちらもが言った。
「火の矢」
その瞬間、扉が吹き飛ばされた。本来は、人が持てないほどの重さだろう。にもかかわらず、簡単に浮かび上がり、外れた金具ごと宙を舞っていた。
くるくると回転しながら、前と後ろの扉が地面に叩きつけられる。地響き。かすかに地面が揺れたような気がした。よほど高威力の魔力に当てられたのか、どちらも大きくへこんでいる。
扉のあった場所に煙が立ちこもる。そこから飛び出すように、人が大量になだれ込んできた。そして、倉庫のど真ん中に立つ俺の姿を見つけると、全員が俺を囲んで携帯用カタパルト型アクチュエータ――通称ピストル型アクチュエータを俺に一斉に向けた。
俺は、それを黙って見ていた。なるほど、洗練されている。いつでも殺せる状況にまであっという間に追い込んでいた。普通であれば絶体絶命だな。
やがて、部隊の隙間を縫うように、一人の男が現れた。
猫背の男、スキラ公爵だった。公爵は相変わらずひげをしきりに触りながら俺の前に近づいてきていた。
「なんだ……誰もいないじゃないか」
きょろきょろと辺りを見渡したあと、公爵は言った。
「リナはどこに行った? それから、ほかの人間はどこかに隠れているのか。拍子抜けだな。こんなにもあっさり制圧できるだなんて、こんなに兵を用意した意味がない」
今日は麻薬を使っていないみたいだな、と俺は暢気に考えていた。
「お前らの策は読めている。どうせリナの闇魔法を使ってどこかに潜ませ、不意打ちで我らを屠るつもりだろう。どこかに王子の私兵でも紛れ込ませているのか?」
「……」
しかし、俺は何もしゃべらない。微動だにせず、じっと公爵を見つめている。
「残念だったな。闇魔法は使わせない」
スキラ公爵が手を挙げた。その瞬間、兵たちが自分の足元にアクチュエータを向けた。
「撃て!」
兵は自分の影に向かってアクチュエータに魔力を込める。と、そこから魔力の塊が飛び出し、影に当たって大きな音を立てる。
「お前は知らないだろうな」
それぞれの兵士の足元から小さな煙が立ち昇っていた。
公爵がもう一度手を挙げると、全員がアクチュエータを再度俺に向けなおした。
「影に隠れたときでも、強い力を与えれば影の中の相手をも殺すことができる」
……こいつ、もしかしてリナごと殺すつもりだったのか。想定していたことだったので特に問題はないが、表情を変えずにやってのけたことに驚きを隠せなかった。
倉庫全体を見渡したあと、公爵が言った。
「残念ながら、外れだな。どうやらこの倉庫にはいないらしい。リナが死んだ場合、闇魔法が解除されて、リナの姿が表に出てくるはずだからな。まあ、殺せなかったということは、今後も生かして利用しろという神の思し召しか……」
俺にはこいつの思考が理解できなかった。強引に功績を与えてまで評判を高めたリナを見捨てようと思ったのか。こいつ、自暴自棄になっているんじゃないだろうか。
スキラ公爵は腐ったまなざしを俺に対して浴びせている。
「とりあえず、シルヴィルト王子、あなたを殺す。不意打ちしようにもこの数だ。どうせ、全員を殺しきることなどできない。どうすることもできないだろう」
「……」
俺は何も答えない。
スキラ公爵は、そんな俺の姿を見て、鼻で笑った。
「ハハ。どうやら、この王子はビビッて、何もしゃべることができないらしい。そんなことになるくらいなら我らに歯向かわず、王宮で暴飲暴食でもしていればよかっただろうに」
俺を囲む兵たちが、武器を構えなおす。
「まあ、安心してほしい。楽に殺してやろう」
そして、公爵がすぐそばにいた兵士の肩に手を乗せる。お前が殺せ、という合図だろう。
その兵士は小さくうなずくと、俺の近くまでゆっくり歩み寄る。そして、俺の額辺りにピストル型アクチュエータを構えた。
「撃て」
その合図が発せられた瞬間、アクチュエータから魔力が吐き出された。
ピストル型は、カタパルト型を携帯サイズまで小さくした兵器だ。込められた魔力を凝縮し、高熱を持った塊を飛ばす。そして、その塊は、俺の額に突き刺さった。
「死ね」
スキラ公爵のゆがんだ笑顔が見えた。
まもなく、うめき声が倉庫内に響き渡る。そして、バタリ、と人が倒れる音――。
――それは、俺の後ろにいた兵士から聞こえた音だった。
「え?」
ぽかんとしたスキラ公爵の表情。周囲の兵たちも何が起きたかわかっていない。皆一様に口を開け、目を見開いていた。
撃たれたはずの俺の体には何一つ傷がついていない。
撃ったはずの魔力塊が、俺の体を貫通していた。
「貸せ! なにをやっているんだ!」
公爵が兵からピストル型を奪い取る。そして同じように俺にアクチュエータを向け、同じように魔力を込めていた。
さっきよりも大きな塊が放出される。そして、まっすぐ俺のもとへと向かう。
「今度こそ死ねええええええ!」
叫び声。俺は、それを見ながら、にやけていた。
――なんだ、あいつ。まだ気づいていないのか。
魔力塊は同じように俺の体を通り抜け、反対側の兵に当たる。大きな魔力塊を当てられた何人もの兵が苦しみ、そのまま死に絶えた。
「なぜ、なぜ、なぜだ!」
次に腰に固定されていたナイフを手に取る。そして俺に向かって切りかかる。
しかし、それもまた俺をすり抜ける。勢いあまってスキラ公爵がナイフを落として倒れこんだ。何が起こっているか、誰もわかっていない様子だった。
そろそろ始めるか――。
「光線」
そう唱えると、俺の指からは細い光が伸びた。魔力に意識を集中させ、その線をできる限り細くなるように、誰にも見えなくなるくらいまで凝縮させる。
そして、光線が完成したタイミングで俺は階下に集まる烏合の衆を眺める。
透明化してギャラリーに隠れている俺に誰も気づいていない。指から発せられた高熱線が、足元の石を焼いてか細い煙を立ち昇らせていた。
「じゃあな」
俺はギャラリーから身を乗り出し、指をゆっくりと移動させ、兵士の一人にその光線を当てた。
「ぎゃあああああああああああああ!」
悲鳴が上がった。床に零れ落ちる、一本の腕。それが始まりだった。
一人の兵士の右腕がなくなり、その切断面から大量の血が飛び散っていた。
「痛い、痛い痛い! 痛い、ああああああああ!」
必死に腕をおさえながら、叫び声をあげる仲間を見て、次第に動揺が広がっていく。自分の足元の影や周囲に視線を向けているようだが、当然そこには何もない。
俺はゆっくりと指を動かし始めた。
光線が兵を通るたびにすさまじい悲鳴がこだましていた。俺はそれに構わず、ひとりの兵も漏らさないように、兵士の頭をなぞっていく。
体が分断され、崩れ落ちる音。死に絶え、そのまま倒れこむ音。仲間が死んでいくたびに発狂し、見当違いの方向に魔力塊を飛ばし、さらに被害を増やしていく。
腰を抜かしている者もいる。冷静に辺りを見渡し、どうやれば助かるか考えている者もいる。逃げ出そうと出入り口まで走っていく者もいる。
「逃がさねえよ……」
魔力をさらに開放する。俺のもう一つの手からも光線が発せられる。
「一人残らず殺してやる……」
光線は、逃げようとしていた男の頭上を貫いた。すぐに意識を失って倒れこむ。
スキラ公爵はひとまず生かしておくつもりだったが、そのほかの者は誰一人見逃してやる気はなかった。手を慎重に動かし、倒れこんだままのスキラ公爵の周囲にいる兵士全員を光線で切断し、あるいは、穴をあけていく。
恐ろしい悲鳴が上がり続けていた倉庫も、すぐに静まり返った。
スキラ公爵以外を全員殺したからだ。
「な、なにが。起き、てい、る……んだ」
未だに現実だと理解できていないようだな。俺はつぶやいた。
「幻影」
その言葉と同時に、倉庫の中央にいたはずの俺の姿が消えた。俺は千里眼を用い、誰も残っていないことを確認したあと、ギャラリーから飛び降りる。
落下音に気づいたスキラ公爵が俺のほうを見る。
だが、そこには何もない。あくまで空虚な空間があるだけだ。
俺は、自分の作戦が上手くいったことを改めて認識し、顔がにやけるのが抑えきれなかった。
いつもより少し長めです。読んでくださった方、ありがとうございます。皆さんのおかげで連載を続けられています。




