18話 判明
今、俺が守らなければならない人が二人いる。
リナとビリヤンカ王妃だ。
守ると誓ったリナはともかく、ビリヤンカ王妃は俺が巻き込んでしまった人物だ。自分一人でリナを守るよりも確実性があるだろうという判断だったが、それが命の危険にさらすことになってしまった。
あの褐色の男は、まだ殺す気はないと言っていた。しかし、念には念を入れなければならない。だから俺はリナの周囲だけでなく、王妃の周囲にも気を払わなければならない。
――悪い、母様
翌日。俺は、透明化して王妃の後ろをつけてきていた。護衛のつもりだ。
しかし、それだけが目的ではない。
(ビリヤンカ王妃がなにやら不審な動きをしていることは私の耳にも入っています)
公爵と話しているとき、アクチュエータ越しにそう言っていた。しかしながら、ここは王宮内であり、さらに王妃ともなれば後を付け回すようなことが簡単にできるはずがない。俺みたいに透明化することができれば別だが、考えにくい。
光魔法は、100年に1人。その言葉を信じるのであれば、何か別の方法によって王妃の動向を把握しているに違いない。
とりあえず、今わかっていることは、以下のようなことだ。
一つ、リナと王妃の動きを遠くから把握している。
一つ、全ての動向が把握されているわけではない。
一つ、誰かが裏切っているわけではない。
最後のことについてはすでに調べてある。王妃の侍女たちのことだ。
もともと、リナのことを王妃に話した際、侍女たちに知られたことを俺は気にしていた。彼女たちがどのような動きをしているかは把握している。そしてその結果シロだと判断した。
王妃はあまり動いてはいない。視察のときや式典があるとき以外は宮内で事務仕事をしていることが多いからだ。さらに、リナのこともあって、なるべく外に出ないようにしているのだろう。
理解ができなかった。リナが王宮にいると見抜けた理由と、王妃がリナをかくまっているかもしれないと思えた理由。
それに、あの褐色の男は、あれ以来、王宮内に入っていなかった。幾度となく王宮内全体をサーチしているのでわかる。
遠隔的に情報を入手する方法……そんな方法があるのか。
考えているうちに、王妃はシニストラ宮を出ていく。
どうやらマッジョーレ宮に向かうらしい。中庭を通り抜けて、中に入る。
最初に出迎えるのは、半球状の高い天井だ。頂点に小さな丸窓があり、そこから日の光が入り込んでいる。開放的な玄関の先には、長い通路が伸びている。レッドカーペットが大理石の床を覆っている。
通路の手前に、執事が一人立っていた。ノールだった。
ビリヤンカ王妃がノールに声をかける。
「ご機嫌よう、ノール」
ノールは直立し、頭を下げる。
「おはようございます。王妃殿下」
「ねえ、国王陛下と話をしたいのだけど、時間いただけないかしら」
「ただいま確認してまいります。恐れ入りますが、少々お待ちください」
そう言って、ノールが去っていく。
そういえば、リナのことを国王にも話しておくと言っていた。おそらくだが、いまだに話せていないのだろう。だからこんなに朝早くに訪れたのだ。
国王は忙しい身だ。王妃といえども、仕事以外で話す機会はなかなか得られない。しかし、仕事のときは国王以外にも人がいるためにリナのことを口に出すわけにはいかないだろう。
やがて、ノールが戻ってきた。
「申し訳ありません、王妃殿下。すぐに王宮を出なければならない用事があるようです」
「そう……仕方ないわ。また出直すわ」
王妃が立ち去ろうとしたところ、ノールが声をかけた。
「お待ちください。夜であれば、お時間があるとの伝言も承っております」
「そう……! よかったわ」
「陛下は、午後八時くらいとおっしゃっていました。またのちほど、時間についてはご連絡いたします。それまでお待ちください」
「わかったわ。お願いね」
なんとか約束をとりつけられたようだ。王妃は安心した様子だった。
王妃も仕事があるようで、そのままマッジョーレ宮の奥へと向かっていく。俺もついていく。今のところ、不自然なことは起きていない。
ノールとの会話中、ずっと周囲を警戒していた。しかしながら、声を盗み聞きしたり、二人の姿を盗み見することができるような場所に人はいなかった。
まだだ。あの男はまだボロを出していない。
王妃が自身の執務部屋に入る。大した大きさの部屋ではない。
奥に大きな執務机があり、書類が山のように積まれていた。
辺りを見回す。人は誰もいない。おそらく、呼べば誰かしら使用人が来るだろうが、忍び込んでいる者や外で聞き耳を立てている者はいない。
椅子に座り、書類と向き合い始めた。資金決裁書の一つ一つに目を通していく。
時間がかかりそうだな。俺はあきらめて王妃の近くを離れることにした。
そして、自分の部屋に戻ってしばらくして、いつも通りリンクがやってきた。
相変わらず、ロープを手に持っている。
「さあ、今日も授業を始めようか」
手際よく俺の体を椅子に縛りつける。最初は嫌で嫌で仕方なかったが、慣れてしまったせいで特に何も感じなくなっていた。
動きづらいが、いざとなればロープを焼いて外すこともできる。大した影響はない。
今日の授業は、軍事学だった。
かつて、リンクが経験した戦場の話をまじえつつ、戦争に勝つためにどのような手段がとられてきたのか、兵士の士気をあげるために何が行われてきたかなどが語られる。
さすが元軍人として伝説を残してきただけあって、内容が面白かった。
「戦争において、基本的に前線を張るのは火魔法の使い手だ」
もちろんのこと、アクチュエータによる攻撃も行われるが、やはり自由度の高い属性魔法のほうが重宝されるようだ。
「火魔法でよく使われるのは、火の矢と火の飛沫だ。前者は矢のように火を収束させ、密度の高い攻撃を相手に食らわすもの。後者は、火を周囲に広げ、近くの敵をまとめて焼き殺す」
しかし、リンクは魔力が強すぎて火の矢や火の飛沫とは呼ばれなかったらしい。どちらの技についても、炎の大波と呼ばれていたとのことだ。魔力を収束することなどできず、膨大な火の群れが押し寄せるだけだったからだ。
「自慢か? うっぜえな」
「参考情報だ。ありがたく聞いておけ」
リンクは耳のなかを指で掻きながら言う。
「しかし、火力で押せばいいというものじゃない。水魔法で相殺されることもあるし、そもそも囲まれてしまえば火の矢の集中砲火を浴びることになる。だからこそ、相手の動きを読んで有利な状況にすることも重要だ」
「動きを読む……?」
「そうだ。やりかたはいろいろある」
そして、リンクが指を三本立てる。
「まず一つ。単純に相手の最善手が何かを考え、その裏をかくようにする。相手の立場になって考えると言ったほうがわかりやすいかもしれない。次に、相手を誘導する方法がある。嘘の情報を相手に流し、自分たちの有利になるように相手を操作する」
当たり前の内容だ。むしろそれ以外に思いつかないくらいだ。
「そして、最後。これが実施されるケースは少ない。アクチュエータを使うやり方だ」
「そんなやり方があるのか?」
戦争で使われるアクチュエータとして思いつくのはカタパルト型とバリスタ型だ。どちらも魔力を固めた塊を投げるものだ。動きを読むことに使えるとは思えなかった。
「使用するのは、通信型のアクチュエータだ」
通信型。褐色の男と公爵が使っていたものだ。しかし、両方の端末に魔力を込めないと使えないはずだ。そう言うと、リンクもうなずいた。
「確かにその通りだ。通信型は両方に魔力を入れて初めて接続される。しかし、片方だけでも人がいれば、魔力を接続する方法があるんだ」
「それは……?」
「魔石をもう片方の端末に埋め込むんだ」
俺はそのとき、自分の頭の中で色んなものがつながるのを感じていた。
通信型のアクチュエータの使用可能範囲は約1キロ。そして、王宮の外にまでぎりぎり届くくらいの距離だ。
……もしも、王宮のどこかにアクチュエータが設置されていて、そこに集まった音を王宮の外で聞いている者がいるとしたら?
「魔石もシルフィン大王が発明したと言われている。要するに、魔力をためて保存できるという代物だ。魔石をアクチュエータの動力としておけば、しばらくの間、人がいなくても魔力が流され機能する。あとは、その端末を敵が通りそうな場所に置いておく。そのうえで、遠くから聞こえてくる声を聞いていればいい」
しかし、俺には一つ疑問があった。
「通信型のアクチュエータは、非常に希少で高価なものと聞いたことがある。そんな使い捨てみたいな使い方でいいのか?」
「まあ、お前の考えはもっともだ。成功するかどうかもわからない盗聴のために、貴重なアクチュエータを使用するのはばかげているかもしれない。その一面も確かにあるからあまり使用されない手段だ。しかし……」
リンクは、腕を組んだ。
「しかし、軍に備え付けられている通信型アクチュエータの数は多い。一般に流通していない分、もっとも効果的に扱える軍に通信型アクチュエータが集まるからだ。それに、通信型は必要不可欠と言っても差し支えないほど戦争に必要なアイテムだ。情報次第で、簡単に勝敗が決まることがあるからな」
「少なくとも俺は、現物を見たことがなかった……」
「そりゃそうだろう。軍人でもなければあまり見ることはない」
軍人以外、現物を見ることが少ないのであれば、通信型のアクチュエータを所有している時点できなくささを感じる。
俺は、そのとき思い立って、「ロープを外してくれ」とリンクに頼んだ。
「なんでだ?」
「ちょっと絵を描かせてくれ。どうしても見てもらいたいものがある」
俺の表情から必死さを感じ取ったのだろう。ロープをほどいてくれた。
俺は、手近にあった白紙を手に取り、褐色の男の顔を描いていく。俺の頭には寸分の狂いもなく、あの日に見た光景が記憶されている。
急いでペンを動かしたおかげで、5分もかからず似顔絵が完成した。
「リンク。こいつを見たことがあるか?」
うまいものだなあ、と感心していたが、まもなく、目を丸くして驚いていた。
「お前、こいつのこと、何で知っているんだ」
「知っているわけじゃない。たまたま見かけて気になっただけだ。つい先日、王宮にいた」
「なんだと……」
リンクの顔色が変わった。
「こいつは、軍人だ。それもただの軍人ではない」
そして、こう言った。
「海を挟んだ隣国、フルールの軍人だ」
昼飯の時間になり、いったん授業が終わった。リンクはどうしても俺の話が気になったようだったので、簡単に見かけたときの状況を話す。ただし、公爵と話していたこと、アクチュエータを使って密談していたことなどは隠した。
早急に対応が必要と判断したらしく、リンクは「午後の授業は中止」と俺に告げた。
俺は、昼飯を食べたあと、シニストラ宮の入り口まで来ていた。アクチュエータの効果範囲ぎりぎりで聞いているのあれば、遮蔽物の少ない場所を選んでいるだろう。
そして、見つけた。
ドアの上。庇に隠れるような形で四角い装置が取り付けられているのが見えた。
――これだ。
俺は、リナを王宮に連れ戻したときのことを思い出す。影に隠れてもらうように、リナにお願いをしたのだ。
(ここまで着いたら、おおむね大丈夫だろう。ひとまず、俺の影に隠れることはできるか?)
(わかった)
このときだ。おそらく、褐色の男はこの声をもとにリナが王宮内に戻ったと確信した。
そして、リナが王宮内にいるとわかれば、情報も集めやすい。王妃自体に動きはなくとも、リナの世話をしていた侍女たちの動きである程度察することはできるかもしれない。
また、そもそも王妃や侍女たちが、シニストラ宮の入り口で何らかのことを口走ったのかもしれない。それを聞かれた可能性もある。
(ビリヤンカ王妃がなにやら不審な動きをしていることは私の耳にも入っています)
あのとき、アクチュエータ越しの声は、『耳に入っている』という言い方をしていた。
文字通り、聞いて情報を入手していたのではないか。俺はそう思った。
ここからまた話が動く予定です。




