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復讐のベアリーパー  作者: Pのりお
第一章 二人の出会い
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17話-1 不穏

 俺はスキラ公爵という人間のことをあまりよく知らない。


 そもそも、直接話した回数など片手で数えられるほどだ。重要な地位にいる人物なので、簡単なプロフィールは当然把握しているが、どのような考えの人で、どのような性格で、普段何をやっているのかは今までずっと知らなかった。


 ただ、少なくとも評判のいい人物なのは間違いがない。スキラ公爵が当主となってから領地の作物収穫量は増大し、税金についても貧乏な者からはあまり徴収しない人道的な手法をとっている。

 いつも笑みを絶やさず、物腰も柔らかい。頭がよく、魔力も強い。

 評判だけ聞けば、完璧超人か何かのようにさえ感じられる。




 だからなのだろうか。スキラ公爵が部屋にいるとき、いつも機嫌が悪そうにしているのは。ときおり、思い出したように手近の物を投げたり、蹴飛ばしたりする。彼の中には抑えきれない衝動が眠っていて、押し殺したそれが何かの拍子に頭をもたげる。苛立ちなのか、苦しみなのかもわからない。ひたすらに、その衝動が、公爵の中にぐつぐつと煮えたぎっているように感じる。


 俺は、褐色の男を見かけた日から、ずっとスキラ公爵を観察していた。リンクの授業が始まる前、昼休憩、終わった後。できる限り、近くにいて、スキラ公爵を探っていた。


 そして、思ったことが、さっきのとおりだ。


 普段作り笑いを浮かべながら、煮えたぎる内なる感情を必死に押さえつけているような。


 その感情は決して消えることなく、スキラ公爵のなかに渦巻きつづけているのだろう。


 ベッドに向かって、思い切り拳を叩きつけているときがある。幾度となく、ベッドの弾力に跳ね返されようとも、執拗にベッドを殴る。呻きに近い声を上げ、よだれを垂らしながら右腕と左腕を振り上げる。


 きっとリナがあそこにいたのだ。リナは、あの拳に痛みつけられ、苦しめられ、心を傷つけられた。恐ろしいことだと思う。


 そしてなにより――俺が恐ろしいと思ったのは目だった。


 瞳孔が開き、充血した目。


 それは、決して興奮の色だけではない。


 公爵を観察し始めて、すぐにわかったことだった。公爵は毎晩、黒い粉末状のものを口に含み、水で流し込んでいる。


 おそらく、麻薬だった。種類まではわからない。ただ、俺にわかるのは、それを飲んだあとの公爵は、しばらく一人で声を上げて笑い出す。ひっひ、はっは、と世界のすべてを手に入れたみたいに残酷で気持ちのよさそうな笑いだ。


 しかし、一時間もしないうちに、笑い声は消えてなくなる。代わりに訪れるのは、目を吊り上げ、神経を過敏に尖らせた公爵の姿だ。獣のようにあたりを警戒し、ふーふーと鼻息を荒げながら、呻き声を漏らす。


「リナぁ! くそぉ!」


 そして、何かに当たりだすのもだいたいこのときだ。今も、テーブルのうえにあったオレンジを執拗に踏みつぶし、果肉と果汁がカーペットにしみこむまで何度も何度も足を振り下ろしている。


 しかし、そんなときにも、アクチュエータから通信が入ることもある。


 公爵は目を充血したまま、興奮を抑えて応答していた。


「……ジーク、さん?」

「そうです。声がしゃがれていますが、何かありましたか?」

「特にぁ、そんぬあことわないですあ」

「クックック……まあそういうことにしてあげましょう」


 あからさまな異常に対して、相手の声は動揺しない。おそらく、ジークが麻薬依存症であることなどとうに知っているのだろう。


「お楽しみのところ申し訳ありませんね。そちらの状況を教えていただきたいのです」

「ふん、まあいいれしょう」


 ろれつが回っておらず、体も揺れていた。


「とくに、うごき、ありゃせん。たら、うわさ、ききました」

「ほう?」


 アクチュエータ越しの声が、楽しそうな明るい声色になる。


「えんだんを、もちかけ、た、シルヴィルトが、リナをさらったといううわさ、れす」

「ほうほう、あのバカ王子が、リナを強引に手籠めにしたということですか」

「そう、です」

「ありえないですが、面白い情報ですね」


 思い出した。メンサと話しているときにそのような話を聞いた。誰かが、噂を出回らせているらしい。たしかにずっとリナが見つかっていない以上、何らかの憶測が行きかっていてもおかしくはない。


「おもしほい、ですか?」

「ええ。バカ王子一人でやったことではないでしょう。しかしながら、私には協力者に心当たりがあります」


 嫌な予感がして、俺は耳を澄ませた。そして、危惧した通りの名前が出てきた。


「ビリヤンカ王妃ですよ」

「お、うひ」


「ビリヤンカ王妃がなにやら不審な動きをしていることは私の耳にも入っています。その情報と結び付ければ、推測がしやすい。あなたが縁談を持ちかけたとき、ビリヤンカ王妃と直接話をする機会があったのですよね」

「は、い」

「もしかしたら、あなたの言動からリナの置かれている状況についてある程度察してしまったのではないですか? そして、バカ王子を操って、リナを保護している……」


 逆だなと思うが、かなり真相に近い内容だ。


 以前と同じだ。褐色の男は、どこからかわからないが情報を入手している。


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