16話 盗聴
案の定、自分の部屋に戻るとリンクが仁王立ちしていた。
戻ってきたんだからいいだろと反論はしたが、軍人というのは時間に厳密なんだよと言われ、遅れた時間の倍も授業の時間が延長することになった。
授業が終わるころになると、俺の体は疲弊しきっていた。腰も足も痛い。
「あのさあ、いいかげんにロープで縛るのやめてくんないかな」
そう訴えかけてみるが、聞く耳を持たない。よほど俺の前科が効いているらしい。
「最低半年だな。それだけ耐えたら考えなくもない」
「まじかよ……」
毎日毎日縛られたまま授業を受けるのは相当しんどい。俺は肩を落とす。
リンクはそんな俺を鼻で笑いながら、部屋から出て行った。
……リンクが、出てから、5分くらいが経過した。
俺は疲れていた。しかし、それは、リンクの話をずっと聞いていたせいではない。
光魔法、千里眼をずっと使用していた。リナの部屋に誰かが近づいてきていないかを常に張っていて、誰かが来るたびに問題のある人物じゃないかを確認した。そして、今までの間、リナの部屋にスキラ公爵やその部下が来るようなことは特になかった。
スキラ公爵の動きもずっと追っていた。今日一日、特に不審な動きはなく、来客用の部屋にこもっていて、ときおり飯などで出て行くだけだった。
だからこそ、俺は思う。何かがある。
普通であれば、もっと焦るはずだ。それはリナが心配だとかそういう話ではない。リナは公爵が暴力を奮ったと訴えかける可能性があるのだ。たとえ、握りつぶせるという自信があるのだとしても、早々にリナを見つけ出したいはずだ。
そもそも、リナの闇魔法は、公爵にとっても重要なパーツだと思う。期待をかけて、強引にリナに功績を負いかぶせたのも、リナが必要だったことの証左に他ならない。
いつもよりも早いが、俺はつぶやいた。
「透明化」
自分の姿が消えていく。まだ暗視までは必要ない。
公爵は今、部屋から外に出ているようだ。俺は足音を立てないように、ゆっくりとその場から離れた。
ベンヴェヌート宮には、まだ故郷に戻っていない貴族たちが大勢いた。
しかし、帰り支度を始めている者もいるようで、大きな荷物を手に家族と話している人もそこかしこに見受けられた。
廊下に思ったよりも人がいることに、俺は戸惑いを感じていた。透明化されている以上、誰かとぶつかるなんてことがあれば致命傷だ。
前だけでなく、背後にも気を付けながら慎重に進んでいく。
サーチしながら公爵の後を追う。
やがて、公爵らしい猫背の背中を見つけた。公爵は、誰かと話しているようだった。公爵の目の前には青年が一人立っていた。
青年は精悍な顔立ちをしていた。しかし、顔の色がトリトロン国の人間よりも黒く、どこか異国の雰囲気を感じさせられた。髪の毛は白く、短かった。
何事か話しているが聞き取れない。俺は、ゆっくり歩いて二人の近くまで寄った、
声が聞こえるくらいまで近づいたところで、褐色の青年が言った。
「王都への旅はいかがでしたか?」
青年は、優しげに微笑んでいる。
公爵は口髭を触りながら答える。
「どうもこうもありませんな。いつも通り退屈な旅でありましたよ」
「しかし、王都にはさまざまな名所もございますよ。ウルクス遺跡や、リュビデンシュタイン公園など、どこも景色が壮大で一見の価値がありました」
「……あなたも、何日も前から王都にいたのですか」
「ええ。当然ですとも。私の仕事は、それですから」
この青年は何者だろう。公爵と対応に話している時点でただものではなさそうだった。
「リナは、まだ見つかっていないと聞いています。変わりありませんか?」
青年が訊くと、公爵は眉をしかめた。
「見つかっていません。しかし、近日中には解決させたいと思います」
「それなら結構です。くれぐれも、間違いのないように」
「わかっていますよ」
そうして、青年は公爵の横を通り過ぎた。
何かきな臭いにおいを感じる。俺は誰にも聞こえないよう、ささやくように言った。
「瞬光」
誰にも見えないくらいの光を、2、3回出す。3回目の瞬光で青年が立ち止まり、不審そうな顔をしたので、俺はそこで魔力を解除した。
気のせいと思ったのか、そのまま歩き去っていく。
俺は、少なくともあの青年を見たことがなかった。建国記念パーティのときにもいなかったと思う。あの容姿であれば人目を惹くし、すぐに気づいただろう。
公爵は、青年がいなくなったのを確認したあと、踵を返して自分の部屋に戻る。ドアを開けている隙に中に滑り込んだ。
「はぁ」
ため息をこぼしている。
部屋の中はあまり片付いていなかった。服や生活必需品が散らばっている。おそらく、使用人にもあまり立ち入らせていないのだろう。その理由は、部屋を見ていればわかる。
リナを殴ったときかどうかはわからない。天蓋は破け、ベッドシーツには血が点々としていた。椅子がひっくり返り、テーブルのうえにあっただろう小物がソファの足元に投げ出されていた。
明らかに何かがあったと分かる状態だ。しかも、リナが失踪していることは王宮中の人が知っている。どうしたって結びつけて考えてしまうだろう。
公爵は、ひっくり返った椅子を直し、その上に腰を下ろした。そして、床に転がっている掌サイズの四角いものを手に取る。
俺には、それが何かわかっていた。
通信型アクチュエータ。アクチュエータのなかでも最大の発明と言われている。
2つのアクチュエータに魔力がこめられると、2つの異なる魔力をつなげることができる。片方に音声を入れると、その魔力を介してもう1つへと音声を伝えることができる。しかし、音声を接続できるアクチュエータは1つだけだ。そして、アクチュエータの型番が一致していないと機能しない。
そういう意味で、2つで1セットのものだ。
スキラ公爵が、なぜこれを持っているのかがわからなかった。なにせ、かなりの希少な品のはずなのだ。公爵といえども、簡単に手に入れられるものではない。
しかし、そんな疑問をよそに、公爵がアクチュエータの横についているボタンを押した。
「聞こえていますか、ジークさん」
その声に対し、ジ、ジという音のあと、声が返ってきた。
「聞こえています。スキラ公爵」
返ってきた声は、さっきの褐色の男のものに似ていた。しかし、音声が明確でなく、確信が持てない。
「さっきは人目もあり話せませんでしたが、リナのことについて、まだ聞きたいことがあります」
さっき、ということは、声の主はあの青年で間違いないだろう。
アクチュエータが音声を通信できる範囲は、確か一キロ圏内だと聞いたことがある。ここからだとぎりぎり王宮の外に届くくらいだ。まだ青年は王宮内のどこかにうろついているのだろう。
「……私の言いつけ通り、まだ大人しくしてくれているようですね」
「今回の件は私の落ち度です。これ以上失敗するわけにはいきませんから」
「そうですね。今回の件は非常に困ったことです」
「申し訳ありません」
渋い顔でスキラ公爵が細い声を絞り出していた。謝りたくないが、心を殺して無理やり誤っているように見えた。
「リナのことですが、王宮内にいますよ。公爵」
(……っ)
俺の呼吸が止まる。
ばれている? なぜ? 誰にも伝わらないようになっているはずだ。
なんとか動揺を隠し、自分の存在が気づかれないようにすることで精一杯だった。
「誰かが隠しているようですが、私の目はごまかせません。誰かが保護をし、おそらくあなたがやったことさえも聞いている……。そして、公爵、あなたにどのような処置を下すかを考えている、といったところでしょうか」
公爵の顔に青筋が浮かんでいた。
「それは困ります! なんで王宮内にいるならいると教えてくれなかったんですか! わかっていればもう少し手が打てたでしょうに」
「あなたの打つ手などたかが知れていますよ。むしろ、迷惑です」
「……っ」
公爵の拳が怒りで震えていた。
「スキラ公爵。あなたは何もわかってはいません。この件はリナを取り返して終わりではないのです。その保護した人間を特定し、場合によっては――」
アクチュエータ越しの声が、一呼吸置いたあと、はっきりと言った。
「――殺さなければなりません」
「……リナには、余計なことをしゃべらないように教育してあります。心配は無用かと」
「しっかりと手綱を握れていないからこんなことになったのではありませんか?」
「……面目ありません」
「あなたがリナのことをしっかり管理していると聞いていたから、今まで自由にさせてきたのですよ。それができていないと分かった以上、こちらも考えなければなりません」
先ほどは、公爵と対等であると思っていたが、実際のところはあの青年のほうが立場が上のようだ。公爵が言われるがままになっていた。
「我々のほうで、今回の件についての解決策を考えます。なによりもまず、リナを保護した相手を見つけ出し、どこまで情報を持ったのかを知る必要があります」
「はい」
「あなたにも、そのうち協力の要請をすることになるでしょう。それまでは待機です」
「待機。承知しました」
「それでは結構……」
そして、二人はそろって言った。
「「レイア神の御心のままに」」
通話が切れた。公爵は緊張の糸が切れたのか、背もたれに寄りかかって大きく息を吐いていた。それから、くそ、と顔をしかめてアクチュエータを投げ飛ばした。
……やはりと思っていたが、背後にはレイア教がいるようだ。あの褐色の男は、レイア教の幹部なのかもしれない。
それと同時にまずいことになっているのもわかった。
公爵一人だけならまだなんとかなるが、こうやって密に連絡を取り合う相手がいて、その相手は公爵よりも冷酷に物事を考えている。
(場合によっては、殺さなければなりません)
おそらく、俺が王子と知ったところであまり躊躇することはないだろう。
だからこそ、俺もまた、今得た情報をもとに相手の裏をかかなければならない。
――殺す、か。
俺は、内心、心が躍っているのを感じていた。殺す、殺すね。
お前らがその気なら、俺にも考えがある。
自分の口元が、かすかににやけているのがわかった。




