12話-2 侵入
王宮はほとんど夜闇に沈んでいるが、外灯の付近のみ明るくなっている。しかし、そこかしこに人の話し声がかすかに聞こえてくる。リナが行方不明ということで探し回っている使用人たちだろう。
俺たちは、外灯の近くを離れる。ひとまず、向かう先は、俺の住んでいるシニストラ宮だ。
王宮は広い。そのうえ、立ち止まった状態で透明化すればいくらでもごまかすことができる。俺たちは、なるべく足音を立てないようにしながらベンヴェヌート宮のそばを通り過ぎ、シニストラ宮の裏口までやってきた。
「ここまで着いたら、おおむね大丈夫だろう。ひとまず、俺の影に隠れることはできるか?」
「わかった」
そして、リナは、俺の足元に伸びた影に入り込む。建物の中は、ランタンがいくつも存在しているため、俺の影も維持することができる。それに、たとえ何もなくても俺が光魔法をうまいこと使えばいいだけだ。
リナの姿が見えなくなったのを確認したあと、俺は裏口の扉を開けて宮内に入る。幸い、近くには誰もおらず、俺の存在は気づかれていないようだ。
目的地はすでに決めていた。ビリヤンカ王妃の部屋だ。
もう寝ているかもしれないが、協力者として最も心強い存在。ビリヤンカ王妃であれば、俺の言うことを信じてくれるし、融通も利かせてくれるだろう。
廊下を歩き、角に差し掛かったときだった。足音が聞こえてきた。
俺は立ち止まり、角から顔を出して様子をうかがう。こちらに向かってきているのは、第7王位継承者、セントレアの専属執事だった。たしか、名前はメンサと言ったか。セントレアは俺を露骨に軽蔑しており、その執事もまた同様の態度をとってくる。表面上はにこやかだが、口調に棘があるのだ。
――いやなやつと鉢合わせしたな。
しかし、隠れていることに気づかれるのも癪なので、俺は仕方なく角から顔を出した。
すぐにメンサも気づいたようだ。俺のほうを見て、一瞬顔をしかめた。
話す義理もないのでそのまま通り過ぎようとしたところ、メンサが声をかけてきた。
「全身濡れているようですが、こんな夜遅くに出歩いていたのですか?」
めんどうくさいな。一瞥をくれてやるが、そのまま足を止めずに横を抜ける。
しかし、その声はつづいていた。
「……縁談の話は残念でしたね。せっかくのお話でしたのに、どうして断ってしまったのでしょうね。何か事情でも?」
「話してやる義理はないね」
俺のことが嫌いなくせに、なんでわざわざ関わろうとするのかがわからない。
「まさか、リナ様のこの騒動、殿下の仕業でしょうか?」
足を止めた。
「あ?」
「なかなか面白いじゃありませんか。殿下ほどのお人に、急に発生した縁談。断る理由などなさそうなのに、殿下から断ったという事実。そして今日の出来事。夜にも関わらず、怪しく動き回る殿下。妄想していると、楽しい気分になれそうです」
「回りくどいな、何が言いたい」
「いえいえ、私は殿下や皆さんの幸せを願っているだけですよ」
しわだらけの顔をゆがませて微笑む。気味の悪い顔だ。
「言っておくが、お前が考えているようなことは何もない。妄想もたいがいにしろ。お前の主が国王になるくらいのありえない考えだ」
「その理屈で言うと、私は殿下のことを100パーセント疑わなければなりませんが」
相変わらずの忠誠心だ。しかし、あいつのどこに可能性を感じているのかわからない。
「幸せなやつだな」
俺はそう言って、その場を離れる。どうしても俺が何かをやらかしたとみなしたいらしい。残念ながら、俺は巻き込まれただけだし、むしろ助けている側なんだよあ、と思うも、口に出したりはしない。言っても無駄だ。
メンサもそれ以上は声をかけてこなかった。俺をいじめるのも飽きたのだろう。
しかし、今みたいな噂が出回っているのかもしれないな。根も葉もないが、噂というのはバカにならない。近いうちに対処しておかなければならない。
俺は、王妃の部屋の前までたどり着いた、ノックする。
「お母様。起きていらっしゃいますか」
すると、ドアが間もなく開く。寝間着姿のビリヤンカ王妃が立っていた。
「なんで全身がびしょ濡れなのかしら。まさかこの雨の中で歩いていたの?」
「事情がありまして……」
俺が言葉を濁すと、王妃は、もしかして、と問いかけてきた。
「リナお嬢のことを探していたの? 入りなさい」
周囲に誰もいないことを確認してから中に入る。そして、ドアを閉めた。
「大変なことになっているようね。嫌な予感がするわ」
「お母様。そのことなのですが、私から重要な報告があります」
王妃の顔が怪訝そうな表情になる。
「なにかしら?」
俺は、足元の影に向かって、「もう大丈夫だから出て来い」と語りかける。
まもなく、影がうごめき、リナの頭がそこから飛び出す。リナの体が上昇し、ゆっくりとその姿を現していく。
目の前の王妃は、目を丸くしていた。王妃さえも闇魔法を目の当たりにするのは初めてなのかもしれない。そして、さらに姿を現したのが渦中のリナとあっては、驚くなというのが無理な話だろう。
それに、それだけじゃない。
リナは、全身に傷を負い、着ている服も破けている。雨の中にさらされていた影響で、ずぶ濡れになりながら体を震わせていた。
俺は言った。
「リナを見つけました。保護をお願いします。事情は今から説明します」
王妃が息をのむ。俺は、息を吸ってから再度口を開いた。




