12話-1 侵入
山を下り、雨の中を進んで、王宮の近くまで戻ってきた。
街灯はほとんどなく、周囲が暗い。リナが、ときおり石畳の凹凸につまずいて転びそうになる。透明化したら数歩に一度は転ぶんじゃないだろうか。やはり、リナだけ透明化させないで正解だったなと思う。
リナの体力はそろそろ限界に近づいていた。
そもそも殺される勢いで暴力を振るわれ、ボロボロの状態で逃げ出したのだ。そのうえで強い雨に打たれ、転びながら山を登っていた。泣いたり叫んだり、精神面でも相当な疲れがたまっているはずだ。
しかし、俺にできるサポートはせいぜいつないだ手を引っ張るくらいだ。背負うくらいできればよかったが、さすがにそこまでは抵抗があるようだった。いくら体を休めるためとはいえ、精神的に負担をかけては意味がない。
すでに、視線の先には、俺が通り抜けた正門が見えている。
「リナ。あと少しの辛抱だ」
目を開けているのも辛いのか、瞼が閉じかかっている。気を抜いた瞬間に倒れてしまいそうなくらいだ。
ここで俺がとりうる選択肢は、堂々と正門から戻るか、こっそり王宮内に戻り、しかるべき人間に声をかけるかだ。前者のほうが楽だが、リナが公爵に連れ戻される可能性がある。その場合、あまり望ましいことにはならないだろう。
やはり、ここはこっそり中に入るしかない。
しかし、この状態のリナを透明化させたとして、バレずに正門を突破できる保証がない。抱えることができれば楽だが、それもリスクが大きすぎる。
立ち尽くしていると、つながれたリナの手に少しだけ力が戻った。
「ここ、どこ……?」
小さな声で俺は答える。
「王宮の少し手前だ。正門も見えてきてる」
「よかったわ……なんとかもちそう」
リナはぱちぱちとまばたきをして、目に力を入れていた。
おそらく、リナ自身もわかっているのだろう。正門から堂々と戻るわけにはいかないと。俺が守ると言った手前、決して公爵に引き渡してはならない。
「リナ、どっちか選んでくれ」
俺は、透明化を解除してから、リナの前でしゃがみこむ。
「ある程度がまんして、俺に背負われるか。自分の足で歩いて正門を抜けるか。どちらにせよ、透明化を施して、誰にも見つからないようにする」
どうだ、とリナの顔をのぞき込む。改めて見ると、リナの顔には殴られた跡が鮮明に残っていた。唇の端から血が出ているし、目の横にはあざがある。
しかし、リナは首を横に振る。
「そっちよりも、影を使ったほうが、安全……」
そう言って、リナが俺の背中側を指さした。
指さしたほうを見ると、王宮の敷地を囲む高い塀がそびえている。塀よりも高い位置に存在する外灯の光によって、塀の足元に影を落としているし、そもそも塀自体が影に沈んでいる。さらに、塀の影から外灯の影がつながっていて、影伝いに進めば衛兵に気づかれずに進めそうだった。しかし――
「おまえ、そんな状態で魔法が使えるのか」
魔法を使うのには集中力が不可欠だ。集中力が途切れた瞬間に魔力は霧散し、発動しようとしていた力は瓦解する。怖いのは、影に埋もれている間に魔法が解けることだ。どうなるか正確なことはわからないが、そのまま影から出てこられなくなる可能性もある。
「心配するのはわかる。でもやらせて」
リナの瞳の奥がまた強い輝きをもったように見えた。俺は信じることにした。
まず、どのようなルートで塀の影までたどり着くかを二人で話し合って決める。あとは実行するだけだ。リナも透明化することを考えたが、体を動かしにくくなること、俺自身がリナを守りにくいことを考慮してやめることにした。それに、影伝いで十分に衛兵の目から逃れられると判断した。
俺とリナは、木の影のまえまで歩いていく。そして、リナが影とつま先が触れるような立ち位置で、小さくつぶやいた。
「開錠」
その瞬間、影が波打つようにうごめき、やがて影のあったところにぽっかりと穴ができた。
「行くわよ」
リナが、手を引いて先導する。俺は、それに続くようにその穴に飛び込んだ。
落下の感覚。水のなかに入るようなイメージを持っていたが、単純に穴へと落ちていくだけだ。しかし底は浅く、すぐにその感覚も消えてなくなった。
そして、穴に入るや否や、俺たちの頭上を影がまた覆う。
影のなかに潜るというより、影という箱の中に入るような感じだな。
俺たちは、端から端まで歩いて、行き止まりまでたどり着いた。
リナは頭上の影を少し払い、地上の様子を確認する。
「大丈夫そうね」
リナが、「上昇&施錠」と言うと、影の底が持ち上がり、俺たちの体が地上へと戻る。そして、影は何事もなかったように固い地面にかかるだけになる。
「闇魔法の実物を見たのは初めてだ。面白いものだな」
「わたしも家族以外に見せるのは初めてよ」
リナはつづけて次の影へと向かい、同じように影を開放する。中に入り、また影から出るのを繰り返して、やがて塀の影の近くまでたどり着いた。
影の中でリナは言う。
「ここが正念場だわ」
たしかに俺もそう思っていた。この影を出たら、すぐ目の前に塀の影がある。しかし、一番王宮に近いだけあり、正門にも近い。少し大きな音を立てると、気づかれてしまう可能性がある。
「影から出たら、塀まで迷わず走って。すぐにわたしが開錠するから、そのまま飛び込んで」
俺はうなずいた。影の底が持ち上がった瞬間、上がり切るのを待たずに俺たちは影から飛び出し、塀にぶつかる勢いで走っていった。
すぐにリナが塀の影を開放し、穴をあける。俺とリナは倒れこむようにその穴に飛び込むと、勢いをそのままに塀の反対側へと出た。そして二人ともバランスを崩して、敷地内で折り重なるように倒れこんだ。
リナを刺激しないよう、あわてて離れる。転がって仰向けになり、夜の空を眺めた。
そこで俺はようやくほっと一息つくことができた。第一関門突破だ。




