10話 全てのはじまり
シルフィン大王が指揮官として反乱軍を率いていたとき、国王軍の意表を衝くことで国をひっくり返すことに成功したと言われている。子供のころ、何度も何度もその英雄譚を聞いた。誰もが、それを聞いて、シルフィン大王に尊敬の念を抱いたものだ。
いわく、敵軍の進行方向を読んで挟み撃ちした。
いわく、敵軍が不意打ちをしようとした際に、先回りして逆に罠にかけた。
いわく、敵軍の要人が、何の気配もなく突然に殺された。
現在のところ、これらの奇跡はすべてシルフィン大王の素晴らしい頭脳によってなされたことだと語り継がれている。しかし、俺は違うだろうとずっと思っていた。
なぜなら、シルフィン大王が、俺と同じ光魔法の使い手だからだ。
光魔法は闇魔法以上に希少な存在であり、その能力の詳細はあまり知られていない。だからこそ、それが光魔法によるものだと皆は気づけないのだ。
たとえば、暗視を使えば、暗闇の中に潜む敵を見つけることができる。
たとえば、透明化を使えば、敵軍に潜り込んで情報を入手することができる。
たとえば、千里眼を使えば、遠くに誰がいて何をしようとしているかを把握できる。
ほかにも光魔法でできることは多い。これほどまでに戦争に向いている魔法はきっとこの世にないだろう。
シルフィン大王はこれらの能力を用いて、反乱軍を勝利に導いたに違いない。
小さいころからずっと、俺はそう信じていた。
* * * * * * * * * * * *
「光……魔法……?」
俺の言葉に理解が追いつかないのか、リナは瞬きを繰り返し、口をぽかんと開けていた。
「シルフィン大王と同じ、あの、光魔法?」
「そうだ」
すぐに信じてもらえないのも無理はない。光魔法はそれだけ希少なのだ。俺だって、突然誰かにそう言われてもきっと信じられないだろう。
俺は、掌を自分の体の前に出した。そして、掌のうえに魔力を込める。
以前にリンクが出していた火のように、10センチほどの光が手のうえを浮かんでいた。
魔力を込めつづけると、当然その光は持続する。暗視を使いながらなのでこれ以上大きくすることはできないが、信じさせるには十分だろう。
白い光に照らされたリナの顔を見ると、瞳が楽しそうに輝いていた。
「すごい、すごいわ……! こんなの初めて見た……!」
俺は魔力を戻し、光を消す。
「信じたか?」
「し、信じるわよ……! ほんとうにいたのね。光魔法の使い手が……」
うわごとのように、すごいすごいと繰り返していたが、すぐにあれ? と声に出した。
「でも、わたし、あなたは火魔法の使い手だと聞いたことがあるわ。魔力があまりなくて、すごく小さい火しか作り出せないって」
そのからくりには種がある。ただ、あまり大きな火を作れないという意味では間違っていない。
「俺は、ポケットに小さな羽毛や紙切れをいくつか仕込んでいるんだ」
そう言って、ポケットから指の先に乗るほどの紙切れを取り出した。雨に濡れないように覆いながらリナにもそれを見せる。何の変哲もない、普通の紙切れだ。
「光は凝縮させると強い熱を発するようになる。そして、火をつけるのに必要なものは、燃えるものと空気と熱だ。掌のうえでそれらすべてをそろえてやれば、紙切れに火がつく。あとは掌から離してやれば、空中に火が現れたように見える」
もちろん、紙が燃えていると気づかれないようにするためには訓練が必要だ。何度も練習して、どの大きさの羽毛や紙切れならどれくらいの光で焼けばいいのかがわかるようになった。
「……今まで、そうやって自分の魔法を隠してきたの?」
「そうだ。光魔法と知られてもいいことはなさそうだからな」
「たしかにそうね。光魔法は、100年に1人と言われるほどだもの。シルフィン大王以降、光魔法を使える人は一人もいないと聞くわ。あなたが光魔法を使えると知られた日には、国中が大騒ぎになって、さまざまなことで担ぎ上げられるでしょうね」
それだけならまだいい。光魔法の一番の使い道が戦争である以上、軍事利用されることは間違いないだろう。それに、光魔法が使えると気づかれるや、殺される可能性も高い。そのようなことをしてきそうな人間に心当たりもある。
「まあ、なにはともあれ、俺は光魔法が使えるんだ。そしてこれは、さっきの現象にもつながってくる」
「透明化のことね」
「ああ。正確には、『クリア』と呼んでいるが」
これ自体は、単純な原理だ。
「リナ、一つ質問をしよう。光とは何だと思う?」
「難しい質問ね。ええと……」
リナは顔を上げて、重なり合う木の枝の間から見える星空を指さした。
「あれとか。あんな感じで、目に突き刺さってくるまぶしいもののことよ」
「間違っていないが、正解じゃないな。それでは範囲が狭すぎる」
少しリナがむっとするが、この国で教えられる人は少ないので、わからなくても仕方がない。
「いいか、リナ。太陽が沈むとなぜ周りが見えなくなるのだと思う?」
「そんなの、日の光がなくなって、暗くなっちゃうからよ」
「そうだな。じゃあ、暗くなるとなぜものが見えなくなるんだ」
「ええとそれは……なんでだろう」
やはりそこがわかっていないか。俺は小さくうなずいた。
「見えているのは、ものが光を反射しているからだ。その反射の仕方によって色も変わる。反射された光が俺たちの目に入り、視覚で認識を行っている」
「しかく……にんしき……」
あんまり理解できないらしく、首をかしげていた。
「まあ、とりあえず、ものも光を放っていることをわかってもらえればいい。リナは『まぶしいもの』と言ったが、それに限らないわけだ。光が存在しない場所などほとんどないと言ってもいい。当然、俺たちも当てられた光によって反射しているわけだ」
わかっているのかいないのか、リナは自信なさげにうなずいていた。
「俺の体も、光が当たって反射しているからこそ、見ることができるんだ。じゃあ、光を操って、俺の体をすりぬけるようにしたらどうなるだろう」
しばらく考え込んだあと、リナが答えた。
「……見えなくなる?」
「正解だ」
魔法の使い方には2種類ある。創造と操作だ。創造は、魔力を使って0から火などを生み出すこと。操作は、魔力を使って既に存在する自分の属性にかかわるものを思うままに操ることだ。後者を使えば、光を透過させることもできる。
「そして、光魔法の使い道は他にも存在する」
俺は、自分の目の横をトントンと指でたたいた。
「なんで俺が最初にお前を見つけられたのか、疑問に思わなかったか?」
「……確かに、早すぎるとは思っていたわ。まるでわたしがどこにいるかが初めからわかっているかのようだった」
まあ、実際は偶然にもだいぶ助けられたんだけどな。
「俺はお前を見つけるために2つの能力を使った。それが暗視と千里眼。暗視は、暗いところでものを見ることができる能力、千里眼は、遠くにいるものを見つけたり観察したりできる能力だ」
「なるほど……。たしかにそれを使えば、わたしの居場所を見つけて迷わず追いかけられるわね。光ってすごいのね」
たぶん、まじめに原理を説明しても、リナは理解できないだろう。省くことにした。
暗視は、光を増幅させているだけだし、千里眼は遠くまで光を広げてその反射光を認識できるよう強引に操作しているだけなんだけどな。
「まあ、俺の魔法についてはそんなところだ。魔力が少ないとはいえ、できることは多い」
むしろ、魔力が少ないおかげで助かっていることも多いが。
「……今まで光魔法だってこと、よく隠せてきたわね」
リナが感心していた。
「たしかに、これを隠し続けるのは大変だった。でもボロを出したのは今回が初めてだ」
「そう、うまくやっていたのね」
「ああ」
そこでいったん会話が止まってしまった。
会話が終わってしまったら、結論を出さなきゃいけないと、おそらくリナもわかっているだろう。
だから、俺は意を決して訊いた。
「それで――お前はこれからどうする」
リナが俺を見た。
「お前は、父親から逃げ出すためにこんなところまで来たわけだ。しかしここからどうする。どうやって生きていくんだ」
顔をそらされる。リナの目線は、山の反対側へと向いていた。
「さっきも言ったでしょ。わたしは、父のいないところに行くの。そしてそこで一人で生きていく。そのためにもこの山を越えて、隣の街まで向かう」
「それで、そこまで行ってどうするんだ? 飯は? 住む場所は?」
「……ひとまず、誰かに助けてもらうわ。そこから考えようと思う」
やはりそういう考えだったか。俺はため息をつく。
「お前は甘いな」
「甘い?」
こちらに向き直る。吊り目がちな目がさらに吊り上がっていた。それでもかまわず俺はつづけた。
「甘い。甘いね。誰かが助けてくれる? 何を根拠に言っているんだ? お前が想像しているよりも世の中にはろくでもない人間がいっぱいいる。お前の姿を見て同情してくれるやつばかりじゃない。ひどい目にあわされる可能性も高い」
リナはその可能性を考えていなかったのか、顔が青ざめていた。そして、自分の恰好を見下ろし、俺の言わんとしていることの一端を理解したようだった。
「で、でも!」
リナが、必死の形相で叫ぶ。
「だからといって、どうしたらいいのよ! わたしはあの父とはもう一緒にはいられない。見つかれば次はどんな目にあわされるかわからない! 父と会わないようにするために他にどうしたらいいっていうのよ!」
言いたいことはわかる。逃げ出そうとした自分に対し、公爵がどのようなことをするのか考えるだけで恐ろしいだろう。
だからこそ、俺は言った。
「おまえには2つの選択肢がある」
リナの前に、人差し指と中指を突き上げた手を出す。
「1つは、さっきお前が言ったように、山を越えて、誰かに助けてもらうことを期待する。ろくでもないやつも多いが、うまいこといけばそこから新しい生活を得られるかもしれない」
否定はしたが、不可能なことではない。俺が途中まで送り届ければ、成功率は上がることだろう。
だが、俺の本命はもう一つのほうだった。
「そして、俺は、おまえにもう1つの選択肢を与えてやる」
リナの目をまっすぐに見つめた。
……俺が光魔法のことをリナに話した理由。それは単純に同情だけじゃない。
闇魔法を使えるとわかったとき、俺は内心こう思っていたのだ。
――使える
闇魔法の使い手は、10000人に1人程度。しかも魔力も高い。
俺の目的のために、協力者としていてくれればどれだけ助かるだろう。
そういう打算の理由が、正直あったのだ。
「王宮に戻ろう」
「な、にいって」
「いいか、よく聞け」
きっと、この言葉には、俺の未来を大きく変える力があるだろう。生半可な気持ちで言っていいものでは決してない。
それでも俺に迷いはなかった。
リナの前にひざまずいて、リナの目線に俺の目線を合わせる。
俺には、覚悟ができていた。あとは、その覚悟を伝えるだけだ。
「おまえのことは、俺が守ってやる」
そう言った。
これから先、この誓いによって、さまざまな苦労を背負う羽目になるかもしれない。
それでもいいと思った。俺は、自分にとって、これが最善と思ったから言葉にするのだ。
俺は自分の手をリナに差し出す。
「そして、おまえは俺のことを信じて、命を預ける。これが俺の与えるもう一つの選択だ」
リナの唇が震えていた。
雨音が耳朶を叩きつづけている。
「いい、の?」
声も震えていた。
しばらく逡巡しているようだった。やがて、リナがゆっくりと俺に歩み寄ってくる。
「わたし、あなたのことを信じても、いいの?」
「信じるか信じないかは、おまえの決断次第だけどな」
おそるおそるといった感じで、リナの手が伸ばされる。
そういえば、こいつ男性恐怖症だったな。
そう思って引っ込めようとした瞬間、リナの手が俺の手をつかんだ。
俺は驚いてリナの顔を見たが、そこには恐れなどない。
強い決意の顔があった。
――後になって思う。これが、俺とリナにとって、全てのはじまりだったのだと。




