おまけ《愛は日常の中にひそんでいます》
《愛は日常の中にひそんでいます》
「ねー、ねー、お母さん。お父さんって、お母さんの言葉、一ヶ月で話せるようになったって、本当?」
洗濯物をたたんでいたら、一番上の娘がやってきて、急にそんなことを聞いた。
「本当よ」
「ねえ、どうやったの? お父さん、おまえには絶対真似できないとしか言わないんだけど」
「あらん。そうかもしれないわねえ。あれは愛の成せる業だったから~」
「惚気はいいから、教えてよ! ねえ、どうやったの?」
「なあに、好きな男の子でもできた?」
「うん。ウサギ族の子。すっごくかわいいのぉ。首にかぶりついて、むしゃむしゃ食べちゃいたいくらい」
とろけそうな表情で言う娘はまだ十三歳だけど、獣人だからか、人間的感覚から言うと大人にしか見えない。
上半身は私と同じで毛がなく、下半身から夫と同じ黒灰色の毛に包まれている。その体型といったら、背が高くてボンキュッボンのアマゾネスタイプ。豊かに波打ち腰まで覆う髪の毛に囲まれた顔は、野性味あふれた美貌だ。
わずかに弧を描いた唇からは、犬歯がのぞいている。それでイッちゃった目でその彼とやらを思い出している様子は、なんだか剣呑な感じで、血の予感しかしない。
私は人差し指で、娘の頬をぴんぴんと叩いて、現実に戻るようにうながした。
「かぶりついちゃ、だめよ? 食べちゃったら、明日からその子に会えないわよ?」
「食べないよう! お話してみたいの。でも、ウサギ族の言葉、難しくって。だから、教えて!」
一応、獣人としての常識はあるようだと確認する。人間が戦争をしつつも食人はしないように、獣人たちも殺し合いはしても、食べるのは禁忌だ。昔はそうではなかったらしいけども。
「ううーん、やめといた方がいいと思うわー。命令されたくないでしょ?」
「あ。命令したの!?」
娘は驚いて目を見開いた。次いですぐに、うわー、という顔から、でもー、と考える様子を見せる。
「んー、でも、それで一ヶ月で習得できるなら……」
「命令されただけじゃ、習得できないわよ。私の命令はそこまで万能じゃないもの。私もちゃんと教えたからよ」
「あ、そうかー。やっぱり教わるんだ」
「ええ、そう。まずは体で覚えてもらったの。たとえば、走れ、とか」
「ふうん。走れと言われて、体が走りだせば、確かにわかりやすいよね」
「それから、水持ってこいとか、食べ物持ってこいとか、魚獲ってこいとか、金持ってこいとか」
「ああ……、うん、必要だよね」
「肩揉めとか、足揉めとか、腰揉めとか」
「……」
「なによう、ちゃんと、ご褒美もあげたわよう。好きなだけ舐めろ、とか」
「……へえ」
「口とか頬とか真っ赤になるまで舐められて、たいへんだったわ」
「あ、そう」
娘は興味を失くしたように髪をかきあげて、それは色っぽくパッと払うと、立ち上がった。
「待ちなさい、あなたたちのお洋服、持っていって」
一山を指し示せば、娘は顔をしかめた。
「ええー? みんなの分ー?」
「そうよ。私より力持ちなんだから、お願いね。そうでないと、疲れて、生玉葱のサラダを食べたくなっちゃうかもしれないわー。あれって、本当に疲れがとれるのよねー」
ありがたいことに、この世界にも玉葱によく似た食物があった。そしてそれは、やっぱり犬族にとっては、毒になる植物だった。ちょっと違うのは、こちらでは食べるだけでなく、匂いも駄目らしいってこと。夫もそれで失神したことがあるくらい。
娘は渋々と、一人ずつに分けてあった洗濯物を全部積み上げると、高さ一メートルにはなるそれを、ひょいっと持ち上げて、上手にバランスをとりながら、二階の寝室へと持っていってくれた。
「やあねえ。そんな危ないもの、うちに持ち込むわけないじゃないの」
耳のいい娘がじゅうぶんに離れてから、一人ごちる。
チビたちが誤って食べちゃったらたいへんだし、愛しい夫が近づけなくなるようなこと、するわけないのに。
娘も、まだ愛ってものが、わかってないわね。
「そんなの、お父さんが浮気をしないかぎり、大丈夫よ」
私は、ふふっと笑って、夫の大好きな岩トカゲのステーキを夕飯にするべく、台所へと向かった。
読んでもらえて、お気に入りにしてもらえて、評価までもらえると思ってなかったので、嬉しくて!
ありがとうございました。




