《犬を叱るときに手をあげてはいけません。その場ですぐに、仕草と声で伝えます》
《犬を叱るときに手をあげてはいけません。その場ですぐに、仕草と声で伝えます》
私の叱責に対する犬の反応は、劇的だった。
ぴたりと動きが止まる。肩をおさえる力も弱くなる。
なんだ、言葉が通じるんだ、しかも言うことをきいてくれるんだと、安心がわいてきた。だけど、まだ警戒心は全部はとけず、じりじりとずって、犬から離れてみる。
そして、いまだ動かない犬を観察する。
上半身は裸というか毛むくじゃらだけど、腰から下はズボンをはいている。靴は膝下まであるごついブーツ。胸に十字に硬そうな皮のベルトがかかり、背から剣の柄が覗いて見えている。ずいぶん大きな剣のようだ。
あんなものを使う生業をしているらしい。かなり怖い系の犬とみた。
胸や腰のベルトにたくさんのポケットが付けられて、何かがたくさん収納されているようだった。もしかしたら、あれも武器なのかもしれない。
この犬の装備なら、殺そうと思えば、最初に私を殺せたはずだろう。でも、それをしなかった。少なくとも、すぐに殺す気はないと考えてもいいのかもしれない。……気まぐれかもしれないけれど。
それに、体力差から考えて、逃げてもすぐに捕まるだろうし、だいたい、私は一人ではここでは生きていけそうにない。
だったら、この縁をつないだほうが、生きられる確率があがる。
私はにじりよって、手を伸ばせば届く距離で話しかけた。
「馬鹿わんこなんて言ってごめんなさい。すごくびっくりして、怖くて何を言ってるのか、自分でもよくわかってなくて。悪気はなかったんです」
犬が、すいっと顔を上げた。なんだか呆然とした感じに、私を見ている。
「あの……?」
問いかけるつもりで首を傾げたら、犬が、びくうっと身を引いた。
あれ? ……怖がられているような?
「えと、どうしましたか?」
離れた分、ちょっと体を近寄せたら、びくびくびくうっ、と十倍の距離をあけられた。遠い。犬がさらに遠くなってしまった。
このまま逃げられてはたまらない。私は仕事で鍛えた業務用スマイルを顔にはりつけ、再度チャレンジした。
「私、怖くないですよ? 何も持ってないし、力も強くないし」
両手を広げて見せる。そうしながら、じりじりと近付いていく。ちょっとずつ、ちょっとずつ。大丈夫、大丈夫、よーし、よしよし、イイ子だねー、コワクナイからねーと、野良犬を手なずける感じで。
が、しかし。
どうやら彼の間合いに入ったところで、彼は身構え、背中の剣の柄に手をやった。そうして、耳が痛くなるほどの大声で怒鳴った。
「ばうわうあうわうあー!」
それは悲しいことに、見事にチンプンカンプンな犬語だった。




