《犬の嗅覚は人間の一億倍です》
《犬の嗅覚は人間の一億倍です》
私を襲っているのは、犬だった。それも、私よりかなり大きな犬。感覚的に、熊ぐらいありそうだ。毛皮特有の匂いがする。
視線が合った水色の目がガラス球みたいに綺麗で、知的にすら感じたが、それも数瞬で、すぐに濡れた鼻を首筋に押し付けてきた。
一瞬、噛みつかれるかと冷やりとしたが、ふんふんと匂いを嗅いでいるだけのようだ。
動くに動けず、凍りついたようにじっとしていたら、べろーりと喉を舐め上げられ、ひっと息を呑みこんだ。
犬の顔が上がる。口の筋肉がぐいーっと上がり、犬歯が露出する。
笑われた!? 犬に、笑われた!?
そんなまさかと犬の歯に目が釘付けになっていたら、今度は口から眉間にかけて、またもやべろーりと舐め上げられる。
とっさに目をつぶった間に、気配が動いて、胸の間に鼻を押し付けられた。ふんふんふんふんと、胸の上を通って脇に行き、わき腹を辿って途中からお臍。くすぐったさに身をよじっていたら、そこから真下に下りていきはじめた。
私は嫌な予感に、頭だけを上げて、犬が何をしようとしているのか見ようとした。
犬といえば、相手を識別するために、お尻の匂いを確認する。犬によっては、執拗に鼻面を押し付けたりする。それが嫌だった。
ところが、別の件で愕然とした。犬は、大きな布をまとっていたのだ。……というか、あれはマント?
しかも、よくよく見れば、肩にかかった手には手袋をしている。でも、腕は毛むくじゃら、首から下ももふもふ。顔は犬。
何これ。犬な形の知的生命体!? こういうの、なんて言ったっけ。
えーと。……そうそう。獣人。
なんてことを考えている間に、犬の鼻が足の間に到達した。しかも遠慮なく、そこに鼻を突っ込んでこようとする。
知的生命体ということは、無邪気な犬の本能以上の何かもあるかもしれないわけで。
羞恥と危機感と、推定痴漢行為に対する怒りとで、かーっと頭に血が上ってくる。
「やめろ、馬鹿わんこ!」
私は飼い犬を叱るときのように、低く冷たい声で鋭く命じた。




