↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

第6話 力の入れ方は正しく

ベクトル変換って強いよな

 ミラの実演区画は、第二研究区画から歩いて十分ほどの場所にあった。


 普段ならもう少し早く着く。


 でも公開日なので、途中の通りがかなり混んでいる。


 入学希望らしい子供と親。


 学院の案内冊子を持った人。


 研究者らしい服装の人間。


 軍服もちらほら見える。


 学院に三十万人いるといっても、普段はそれぞれ別の区画に散らばっている。こうして外から来た人間まで同じ場所へ集まると、いつもとはかなり雰囲気が違った。


 俺は人の間を抜けながら、第三実演区画へ向かう。


 途中で一度、案内板を見た。


 魔法科実演。


 魔術科実演。


 魔法陣実演。


 魔法工学展示。


 治療技術展示。


 他にもかなりある。


 全部見ようとしたら一日では無理だろう。


 去年の俺が工房展示だけで一日終わったのも、今考えると普通だったのかもしれない。


 第三実演区画へ着くと、すでにかなり人が集まっていた。


 中央には大きな訓練場。


 その周囲に観客席。


 学院の生徒が何人か準備している。


 その中にミラを見つけた。


「ミラ」


 少し大きめに声をかける。


 気づいたミラがこっちを見る。


「レン? 担当終わったの?」


「ああ。交代になった」


「どうだった?」


「思ってたより普通だった」


「説明できた?」


「失礼だな」


「できたんだ」


「できたよ」


 俺は近くまで行く。


 ミラは実演用の制服に着替えていた。


 普段の学院制服より動きやすそうな形で、腕や脚の部分が少し細く作られている。


「もうすぐ始まるのか?」


「あと三十分くらい」


「ちょうどよかった」


「何が?」


「午後二時に第三訓練場行くことになった」


 ミラが止まる。


「何で?」


「レオル・バルガスに呼ばれた」


「会ったの?」


「研究区画に来た」


「何するの?」


「俺の魔術を見るって」


 ミラが少し眉を寄せる。


「右腕は?」


「使わない」


「本当に?」


「オルフェン先生も一緒にいた」


「先生が許可したの?」


「右腕を使わないなら」


 そこまで聞いて、少し安心したらしい。


「ならいいけど」


「言わなかったら怒るだろ」


「怒る」


「だから来た」


「そこは偉い」


「最近俺の扱い子供みたいじゃない?」


「一週間前に腕壊しかけた人が何言ってるの」


「まだ壊してない」


「壊しかけた」


「そこは認める」


 言い返しても勝てない。


「何するか聞いた?」


「何をして戦ってるのか見るって」


「それだけ?」


「多分」


「多分って」


「本人がそれしか言わなかった」


 ミラが少し考える。


「見に行っていい?」


「いいんじゃないか」


「レンが決めることじゃないでしょ」


「さっきも似たようなこと言ったな」


「先生に聞く」


「そうして」


 実演区画の奥から呼ぶ声が聞こえた。


「グレイス、最終確認するぞ」


「はい!」


 ミラが返事をする。


「じゃあ行くね」


「ああ」


「ちゃんと見ててよ」


「見るよ」


「途中で装置のこと考えないで」


「それは分からない」


「見て」


「努力する」


「努力じゃなくて見て」


 そう言ってミラは訓練場の方へ戻っていった。


 俺は空いている観客席を探す。


 ちょうど一番後ろに少し空きがあった。


 そこへ座る。


 右腕は普通に動く。


 痛みもほとんどない。


 でも強化は禁止。


 午後は左腕と脚だけ。


 バルガスさんが何を見るつもりなのか分からない。


 少し楽しみだ。


 それと同じくらい、少し不安でもある。


     ◇


 ミラたちの実演は、魔法科二年生による戦闘魔法の基礎だった。


 派手な上級者魔法を見せるものではない。


 むしろ逆で、中級魔法をどう使うかを見せる内容だった。


 最初に出てきた男子生徒が、簡単な説明をする。


「戦闘で使われる魔法は、威力が高ければいいというものではありません。今日は、同じ中級魔法でも使い方によって役割が変わる例を見せます」


 その言葉のあと、標的がいくつか並べられた。


 距離も位置も違う。


 最初は《圧弾》。


 俺がこの前九点だった魔法。


 普通に正面から撃つ。


 標的に当たる。


 次は地面。


 砂が舞う。


 その次は木製の壁へ撃ち、壁そのものを倒す。


 同じ魔法でも使い方が違う。


 これは授業で習う。


 でも公開日に来た人たちには分かりやすいのだろう。


 周りから小さく声が上がる。


 次にミラが出てきた。


 右手を前へ。


 詠唱なし。


 《圧弾》が三発。


 一発目で標的の左側。


 二発目で右側。


 三発目で中央。


 全部ほとんど同じ間隔で当たった。


 相変わらず上手い。


 俺なら三発撃ったら三方向へ飛ぶ。


 いや、全部同じ方向へ飛ぶ保証もない。


 次は炎。


 小さな火球を作る。


 それを直接標的へ当てるのではなく、地面へ落とした。


 火が横へ広がる。


 進路を塞ぐ。


 さらに風を使い、火を片側だけへ寄せる。


 大きな魔法ではない。


 でも実際に相手がいたらかなり嫌だ。


 相手がどこへ動くかを決めて、その先へ別の魔法を置く。


 この前カイルと戦っていた時と同じ。


 ミラは一発の威力より、次に相手がどう動くかを考えている。


 見ていると分かる。


 自分が戦っている時は、そこまで余裕がない。


 俺は相手の攻撃を避けながら、自分の身体をどう動かすかだけで結構頭を使う。


 もし魔法までまともに使えれば、選択肢はもっと増えるのだろう。


 羨ましい。


 でも。


 昔ほど、羨ましいだけでは終わらなくなった。


 ミラが何をしているのかを見る。


 どのタイミングで魔法を撃っているか。


 どこを狙っているか。


 どうしてその魔法を選んだのか。


 そういうところが気になる。


 最後に数人で複数の標的を同時に攻撃して、実演は終わった。


 拍手が起こる。


 ミラたちが軽く頭を下げる。


 俺も普通に拍手した。


 そのあと人が少し動き始める。


 俺も席を立った。


 時間を見る。


 まだ二時までは余裕がある。


「レン」


 ミラが戻ってきた。


「どうだった?」


「普通に凄かった」


「普通に?」


「褒めてる」


「どこがよかった?」


「相手の動く場所決めてから次撃つところ」


「そこ?」


「一番気になった」


「もっと魔法自体とかないの?」


「綺麗だったよ」


「適当」


「本当に」


 ミラが少し不満そうな顔をする。


「でも前よりちゃんと見てたね」


「失礼だな」


「途中で補助環考えてなかった?」


「少しだけ」


「やっぱり」


「でも見てた」


「ならいい」


 どうやら許されたらしい。


「第三訓練場まで一緒に行く?」


「来るの?」


「行く。先生にも聞く」


「じゃあ行くか」


 俺たちは人の流れから外れ、第三訓練場へ向かった。


     ◇


 第三訓練場は、公開日の中心区画から少し離れている。


 普段から戦闘実技で使う場所なので広い。


 公開日でも一部は実演に使われているけれど、奥側は関係者しか入れないようになっていた。


 入口で腕章を確認され、中へ入る。


「エルド」


 先に来ていたオルフェン先生がこちらへ手を上げる。


 その隣にはバルガスさん。


 カイルもいた。


「何でお前いるの?」


「実演終わった」


「もう?」


「俺の方が早かった」


「見られなかった」


「来いって言っただろ」


「ミラの方見てた」


「ひどくない?」


「時間被ったんだから仕方ないだろ」


「俺、二時過ぎって言ったぞ」


「そうだっけ」


「覚えてないじゃん」


「ごめん」


 普通に忘れていた。


「後でどうだったか聞く」


「自分で見ろよ」


「終わったものは無理だろ」


 カイルが呆れる。


 バルガスさんが俺たちを見る。


「友達か」


「一応」


「一応って何だよ」


 カイルが言う。


「じゃあお前も見るか」


 バルガスさんがカイルを見る。


「いいんですか?」


「構わん」


 ミラも先生へ聞く。


「私も見ていていいですか?」


「邪魔をしないなら」


「はい」


 これで全員残ることになった。


 俺は訓練場の中央へ出る。


 バルガスさんも入ってくる。


 やっぱり武器は持っていない。


「まず確認する」


「はい」


「右腕は使うな」


「分かってます」


「痛みが出たら止める」


「はい」


「魔法は使わなくていい」


「助かります」


「そこは喜ぶのか」


「当たらないので」


「さっき聞いた」


 バルガスさんが少し離れる。


「普段、模擬戦では何を使う」


「身体強化です。武器は短剣か片手剣」


「今日は?」


「右腕使えないので、武器なしで」


「それでいい」


「何するんです?」


「まず動け」


「どう動けば?」


「俺に触れろ」


「触る?」


「ああ」


 簡単そうに聞こえる。


 でも多分簡単じゃない。


「どこでも?」


「どこでもいい」


「分かりました」


 俺は脚へ魔力を流す。


 身体強化。


 右腕は使わない。


 左腕も今は最低限。


 まず脚。


 踏み込む。


 距離を詰める。


 バルガスさんは動かない。


 俺はそのまま左手を伸ばした。


 届く。


 そう思った。


 でも触れなかった。


 男の身体が半歩だけ横へ動いた。


 それだけ。


 俺の手が空を切る。


「もう一回」


「はい」


 今度は最初から少し横へ回る。


 正面から行けば避けられる。


 なら進行方向を変える。


 左。


 そこから一気に右へ。


 足首。


 膝。


 腰。


 必要な場所だけ順番に強化する。


 速度を上げる。


 近づく。


 左手を伸ばす。


 また半歩。


 避けられる。


「……」


「もう一回」


 今度は止まらない。


 避ける先を追う。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 バルガスさんはほとんど走っていない。


 なのに追いつけない。


 俺の方が明らかに速く動いているはずなのに。


「何で?」


 思わず口に出た。


「何が」


「そんな速くないですよね」


「そうだな」


「なのに何で届かないんです?」


「考えろ」


 またこれだ。


 俺は距離を取る。


 見てみる。


 バルガスさんの立ち方。


 足。


 腰。


 肩。


 力が入っているようには見えない。


「もう一回行きます」


「来い」


 踏み込む。


 今度は手を伸ばすふり。


 途中で止める。


 相手が動く。


 その方向へ脚を切り替える。


 追う。


 でも。


 また届かない。


「今のは少し良かった」


「少し?」


「ああ」


 腹が立つ。


 でも同時に面白い。


「レン」


 外からミラの声。


「右腕」


「あ」


 無意識に右肩へ少し魔力を流しかけていた。


 すぐ止める。


「使ってない」


「今使いかけた」


「止めた」


「気をつけろ」


 オルフェン先生にも言われる。


「はい」


 バルガスさんは俺の右腕を見る。


「身体強化が癖になってるな」


「結構」


「悪くはない」


「いいんですか?」


「必要な時に勝手に出るならな。ただ、使わなくていい時まで出るなら無駄だ」


 それは前にも似た話を聞いた。


「次」


 バルガスさんが言う。


「今度は俺が触る」


「え?」


「避けろ」


 嫌な予感がする。


「速度どれくらいです?」


「お前に合わせる」


「それ一番信用できない言い方なんですけど」


 バルガスさんが笑った。


「始めるぞ」


「ちょっと待っ――」


 来た。


 速い。


 俺は反射的に右へ跳ぶ。


 脚へ魔力を集中。


 避ける。


 男の左手が肩の横を通った。


 危ない。


 そのまま距離を取ろうとする。


 でも次が来る。


 今度は右。


 俺は後ろへ。


 足首を強化。


 さらに一歩。


 避けた。


 三回目。


 左から。


 腰を捻る。


 身体をずらす。


 手が服の端を掠める。


「まだ」


 バルガスさんが言う。


 四回目。


 今度は見えた。


 左手。


 いや。


 違う。


 途中で右へ変わった。


「っ!」


 避けようとした瞬間、肩を軽く叩かれた。


「終わり」


「……早い」


 息を整える。


 全力で走ったわけではない。


 でもかなり集中した。


「何で最後分かったんです?」


「何が」


「俺が左に避けるって」


「分かってない」


「じゃあ何で」


「お前が動いてから変えた」


「間に合うんですか?」


「間に合わせる」


 簡単に言う。


「もう一回」


 また始まる。


 今度は相手の手を見るだけじゃない。


 足。


 肩。


 腰。


 どこから動くか。


 一回目。


 避ける。


 二回目。


 避ける。


 三回目。


 少し遅れた。


 触られる。


「遅い」


「分かってます」


「何が遅い」


「反応?」


「違う」


 バルガスさんが少し離れる。


「魔術だ」


「魔術?」


「お前、避けると決めてから強化してるだろ」


「はい」


「遅い」


「でも普通そうじゃないですか?」


「普通はな」


「じゃあどうするんです?」


「先に用意する」


 意味がよく分からない。


「ずっと強化しておく?」


「それだと魔力が減る」


「じゃあ」


「流す直前まで持っていく」


 バルガスさんが自分の脚を指す。


「俺は今、脚を強化していない」


「はい」


「だが、強化に使う魔力はすでに必要な場所の近くにある」


「……」


「動く瞬間だけ流す」


 なるほど。


「筋肉に入れる前で止めてる?」


「そうだ」


「そんな細かく?」


「できるだろ」


「できますけど」


 やったことはある。


 魔力を特定の場所まで移動させて、使う直前で止める。


 でも戦闘中にそれを常に維持したことはない。


「お前は魔力操作が細かい」


「まあ」


「なのに、使い方が遅い」


 かなり嫌な言い方だった。


「細かくすることばかり考えてるからだ」


「……先生にも似たこと言われました」


「誰だ」


「魔術理論の先生」


「正しいな」


 最近同じことをいろんな人から言われる。


「十二本に分ける装置を作ったらしいな」


「何で知ってるんです?」


 オルフェン先生を見る。


「私は言っていない」


「さっきお前が電気式の補助具を作ったと言っただろ。少し聞いただけだ」


「誰に?」


「研究員」


 情報が広がるのが早い。


「十二本に分けて何をする」


「必要な筋肉だけ強化します」


「全部同時に?」


「四号では」


「無駄だな」


「……」


 即答された。


「いや、効率は四十三パーセント減ったんですよ」


「魔力消費だけならな」


「なら成功では?」


「戦闘中に十二本全部意識できるか」


「それは」


「できるとしても、他のことができなくなる」


 カイルと話した時にも似た結論になった。


「だから五号は切替式にしようと思ってます」


「それなら少しはいい」


「少し?」


「装置で何を補いたい」


「魔力操作」


「お前が一番得意なところを?」


 言われて止まる。


「……そう言われると変ですね」


「かなりな」


 バルガスさんが自分の手袋を外した。


 下には普通の手。


 ただ、指の付け根や手首に細い線のような跡がある。


 傷ではない。


 魔法陣。


「それ」


「俺の装備だ」


 手袋の内側を見る。


 そこにも細い魔法陣が描かれている。


「魔法陣?」


「ああ」


「魔術師なのに?」


「魔術師が魔法陣を使ったら駄目なのか」


「いや」


 駄目ではない。


 ただ少し意外だった。


「何するものです?」


「衝撃を逃がす」


「攻撃じゃない?」


「違う」


 バルガスさんが手袋を着け直す。


「俺は身体強化を自分でやる。魔法陣に任せるのは、俺が戦闘中に考えたくない部分だ」


 その言葉が少し引っかかった。


「考えたくない部分」


「ああ」


「自分でできない部分じゃなくて?」


「できるかどうかは関係ない」


 バルガスさんが拳を軽く握る。


「全部自分でやれるからって、全部自分でやる必要はないだろ」


 また同じことを言われた気がする。


 最近多い。


「お前の装置も同じだ」


「どういうことです?」


「自分が得意なところを装置へ渡して、自分が装置の面倒を見るようになったら意味がない」


「……」


「十二本の流れを自分で全部管理して、装置の状態まで見て、相手まで見る。何人いるんだ、お前は」


「一人です」


「なら一人分の頭で足りるようにしろ」


 外からカイルが笑った。


「エルド、それ俺も言っただろ」


「ここまで言ってない」


「似たようなもんだ」


 少し腹が立つ。


 でも正しい。


「じゃあ五号は何を補助させればいいと思います?」


「俺に聞くな」


「ここまで話して?」


「お前の道具だろ」


「そこだけ自分で考えろと」


「そうだ」


 バルガスさんが笑う。


「ただ、一つだけ言う」


「何です?」


「お前は魔力を細かく動かすのは上手い」


「はい」


「なら、速く動かす方法を考えろ」


 細かさではなく。


 速さ。


「さっき避ける時も、脚へ流してから動いていた」


「はい」


「それを逆にする」


「逆?」


「動く準備を先にしておいて、必要な瞬間に最後の一押しだけする」


 言葉では簡単。


 でも実際にやると難しい。


「試していいですか?」


「今やれ」


「右腕使わずに?」


「脚だけで十分だ」


 俺は少し距離を取った。


 脚の中を見る。


 いつもなら胸の辺りから魔力を流して、太腿、膝、足首へ持っていく。


 それを先にやる。


 ただし筋肉には入れない。


 近くで止める。


 右脚。


 左脚。


 必要な場所のすぐ手前。


「できたか」


「多分」


「じゃあ来い」


 また触れればいいらしい。


 俺はバルガスさんを見る。


 脚にはまだ強化をかけていない。


 でも魔力は準備してある。


 踏み込む。


 その瞬間だけ流す。


「っ」


 速い。


 自分で少し驚いた。


 いつもより一歩目が早い。


 相手が動く。


 俺も切り替える。


 左。


 止める。


 右。


 流す。


 止める。


 まだ慣れない。


 でも。


「さっきより近い」


 バルガスさんの服に指先が触れそうになる。


 避けられた。


「もう一回」


 続ける。


 今度は最初から両脚に準備。


 右へ。


 左へ。


 前。


 切り替える。


 魔力を一から運ぶ必要がない。


 だから反応が早い。


 ただ、準備した状態を維持するのが難しい。


 使わない場所へ流れそうになる。


 戻す。


 また止める。


 それをやりながら相手を見る。


「集中しすぎ」


 バルガスさんが言った。


「分かってます」


「なら顔上げろ」


 いつの間にか自分の脚を見ていた。


 前を見る。


 次の瞬間、バルガスさんが近くにいる。


「え」


 額を軽く指で押された。


「死んだ」


「急に攻撃してくるの反則じゃないですか」


「戦闘中に自分の脚を見る奴が悪い」


「今練習中ですよ」


「相手は待ってくれない」


「厳しいな」


 でも。


 感覚は分かった。


「もう一回」


「いや、終わりだ」


「え?」


「右腕怪我してるだろ」


「脚は平気です」


「疲れてる」


「まだ」


「自分で分かってないだけだ」


 言われてみる。


 太腿が少し重い。


 魔力も思っていたより使っていた。


「……本当だ」


「だろ」


「何で分かるんです?」


「動きが遅くなった」


「そんなに?」


「少し」


 自分では気づかなかった。


「エルド」


 オルフェン先生が訓練場へ入ってくる。


「今日はそこまでにしろ」


「はい」


 今回は素直に答える。


「珍しいな」


「先生まで言うのやめません?」


 バルガスさんが笑った。


     ◇


 訓練場の端へ移動し、水を飲む。


 思ったより疲れていた。


 右腕を使っていないから大丈夫だと思っていたけれど、脚ばかり使えば当然そっちが疲れる。


 カイルが隣へ座った。


「どうだった?」


「面白かった」


「それだけ?」


「悔しい」


「一回も触れなかったな」


「最後かなり近かった」


「触ってない」


「うるさい」


 ミラも来る。


「右腕は?」


「使ってない」


「痛みは?」


「ない」


「ならよかった」


「お前ら俺の親みたいだな」


「レンが心配させるからでしょ」


 否定できない。


 少し離れたところで、バルガスさんとオルフェン先生が話している。


 何を話しているのかは聞こえない。


「でも」


 カイルが言う。


「さっきの、結構使えそうだな」


「先に魔力準備するやつ?」


「ああ」


「お前やってないの?」


「多少はやる。でもあそこまで細かくはしてない」


「できるだろ」


「戦いながらそこまで意識したくない」


 やっぱりそこか。


「レンならできるんじゃない?」


 ミラが言う。


「やるだけなら」


「でもさっき下見てた」


「そこは慣れ」


「また三時間やる?」


「脚全体なら三時間もいらない」


「そういう意味じゃない」


 分かっている。


「五号も変えた方がいいかもな」


 口に出す。


「また?」


 ミラが少し嫌そうな顔をする。


「作るんじゃなくて設計」


「ならいいけど」


 頭の中で考える。


 今までの五号は、必要な筋肉へ自動で魔力を流すことを考えていた。


 でも。


 俺はそこを自分でできる。


 むしろ得意。


 だったら装置にやらせる必要はない。


 装置がやるべきなのは。


 魔力を必要な場所の近くまで運ぶ。


 そこで待機させる。


 あとは自分で流す。


「……それなら」


「何?」


「五号、全部自動じゃなくていいかも」


 カイルが少し考える。


「補助だけ?」


「ああ」


「そっちの方がよくない?」


「多分」


「四号より簡単になる?」


「制御は」


 ただし安全装置は増える。


 全体として簡単になるかは分からない。


「先生に聞くか」


 そう言ったところで、バルガスさんが戻ってきた。


「エルド」


「はい」


「一つ聞く」


「何です?」


「何で魔術やってる」


 急だった。


「何で?」


「ああ」


 少し考える。


「得意だから」


「それだけか」


「好きだから」


「魔法も好きなんだろ」


「好きです」


「でも魔術の方が上手い」


「そうですね」


 何を聞きたいのか分からない。


「なら、魔法を捨てて魔術だけやるつもりは?」


「ないです」


 これはすぐ答えられた。


「何で」


「できるようになりたいから」


「魔法使いになるのが難しくても?」


「……」


 一瞬だけ止まる。


「難しいのと、できないのは違うでしょう」


「そうだな」


「上級者魔法まで行けないかもしれないですけど、中級魔法なら使えるし。今は当たらないだけで」


 自分で言って少し悲しい。


「それに」


「それに?」


「好きなものを、下手だからって全部やめるのは嫌です」


 バルガスさんは少しだけ笑った。


「そうか」


「何です?」


「いや」


「何か言いたそうですけど」


「別に」


 何なんだ。


「ただ、お前は一個勘違いしてる」


「何を?」


「魔術師だから魔術だけ使う必要はない」


 さっき手袋を見せられた。


 魔法陣。


「使えるものは使え、ってことですか」


「そうだ」


「先生にも友達にも似たこと言われました」


「なら早く覚えろ」


「みんな同じこと言うな」


「お前が同じところで止まってるんだろ」


 それは少し痛い。


「それと」


「まだあるんですか」


「右腕を治せ」


「そこもみんな言う」


「ならなおさら聞け」


「はい」


 バルガスさんが笑う。


「次に会った時、もう少しマシになってろ」


「また来るんです?」


「学院には時々な」


「じゃあその時は触ります」


「俺に?」


「今日一回も触れなかったので」


「いいぞ」


 簡単に言われた。


「その代わり」


「何です?」


「その時も右腕壊してたら相手しない」


「壊しませんよ」


「どうだかな」


「信用ないな」


「今日会ったばかりだからな」


 それはそうだった。


     ◇


 公開日が終わる頃には、かなり疲れていた。


 朝から説明。


 ミラの実演。


 バルガスさんとの訓練。


 工房展示も少し見た。


 帰る頃には人もだいぶ減っている。


 俺とミラは学院の大通りを歩いていた。


「今日どうだった?」


 ミラが聞く。


「何が?」


「公開日」


「面白かった」


「最初帰りたいって言ってたのに」


「人が多いのが嫌だっただけ」


「説明役は?」


「意外と普通」


「またやりたい?」


「それはいい」


「即答」


 研究区画の展示はまた見たい。


 説明は別にいい。


「バルガスさん、どうだった?」


「強かった」


「それは見れば分かった」


「あと変だった」


「どこが?」


「魔術師なのに、自分で全部やろうとしてない」


「普通じゃない?」


「俺にはちょっと意外だった」


 ミラが少し考える。


「レンが全部自分でやろうとしすぎなんじゃない?」


「最近それよく言われる」


「じゃあそうなんでしょ」


「簡単に言うな」


「何人にも言われてるなら多分そうだよ」


 返せない。


「五号変えるの?」


「多分」


「また最初から?」


「いや。安全装置はそのまま使える」


「何を変えるの?」


「魔力を勝手に流すんじゃなくて、流す直前まで持っていく補助にする」


「違うの?」


「かなり」


 自分で最後に決める。


 装置はそこまで。


 それなら暴走の危険も少し減るかもしれない。


 少なくとも、四号みたいに装置側から十二本へ流し続ける必要はない。


「レンが自分で操作するんだ」


「ああ」


「じゃあ最初と逆だね」


「何が?」


「レンの負担減らすための道具だったのに」


「今もそうだよ」


「でも自分で操作するんでしょ」


「全部やるよりは楽になる」


「なるほど」


 少し歩く。


「でもさ」


「何?」


「それ、装置なくても練習すればできるんじゃない?」


 止まった。


「……」


「レン?」


「今、言わなくてよくない?」


「できるよね?」


「できる」


「じゃあ五号いらない?」


「いや」


 少し考える。


 できる。


 バルガスさんがやっていた。


 俺もさっき少しできた。


 魔力を先に必要な場所へ持っていく。


 そこまでは装置なしでもできる。


「でも戦闘中ずっと維持するのは難しい」


「じゃあそこを助ける?」


「多分」


 必要な場所に魔力を置いておく。


 勝手に流れないようにする。


 必要な時だけ俺が使う。


「……それだな」


「決まった?」


「一個は」


「よかったね」


 少し嬉しい。


 事故を起こした四号。


 そこから五号を考え始めた。


 最初はただ効率を上げることしか考えていなかった。


 今は少し違う。


 安全。


 速さ。


 自分でやる部分。


 装置に任せる部分。


 考えることは増えた。


 でも前よりは、何を作りたいのか分かってきた気がする。


「帰ったら設計する?」


「する」


「今日は休んだら?」


「紙に書くだけ」


「昨日も言ってた」


「本当に紙だけ」


「夜更かししないでよ」


「努力する」


「それ絶対するやつじゃん」


「今日は疲れてるから大丈夫」


「ならいいけど」


 学院の正門が見えてくる。


 公開日の片付けをしている学生がまだ何人も残っていた。


 俺たちはその横を通る。


「ミラ」


「何?」


「今日の実演」


「うん」


「普通に格好よかった」


 さっきは適当に言ったみたいになっていたので、もう一度言っておく。


 ミラが少しだけこっちを見る。


「急に何?」


「いや。ちゃんと言ってなかったから」


「そう」


「何だよ」


「別に」


 少し笑っている。


「レンもさっき少し格好よかったよ」


「どこが?」


「バルガスさん追いかけてる時」


「一回も触れなかったけど」


「最後かなり近かった」


「だろ?」


「そのあとすぐ額触られてたけど」


「そこ言うなよ」


 結局それを言われた。


 俺も笑う。


 正門を出る。


 右腕は少し重い。


 でも痛みはない。


 今日は右腕を使わなかった。


 ちゃんと止められた。


 少し前の俺なら、それだけで褒められること自体が気に入らなかったと思う。


 今も少し変な感じはする。


 でも。


 まあ、いい。


 治ってからやればいい。


 やりたいことは逃げない。


 むしろ、今日だけで増えた。


 五号。


 魔術の速さ。


 魔法陣。


 それから、いつかバルガスさんに触る。


 最後の一つは別に研究ではないけれど。


 結構大事だ。


 俺はそんなことを考えながら、ミラと一緒に帰り道を歩いた。

やることいっぱいでも楽しい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。