第6話 力の入れ方は正しく
ベクトル変換って強いよな
ミラの実演区画は、第二研究区画から歩いて十分ほどの場所にあった。
普段ならもう少し早く着く。
でも公開日なので、途中の通りがかなり混んでいる。
入学希望らしい子供と親。
学院の案内冊子を持った人。
研究者らしい服装の人間。
軍服もちらほら見える。
学院に三十万人いるといっても、普段はそれぞれ別の区画に散らばっている。こうして外から来た人間まで同じ場所へ集まると、いつもとはかなり雰囲気が違った。
俺は人の間を抜けながら、第三実演区画へ向かう。
途中で一度、案内板を見た。
魔法科実演。
魔術科実演。
魔法陣実演。
魔法工学展示。
治療技術展示。
他にもかなりある。
全部見ようとしたら一日では無理だろう。
去年の俺が工房展示だけで一日終わったのも、今考えると普通だったのかもしれない。
第三実演区画へ着くと、すでにかなり人が集まっていた。
中央には大きな訓練場。
その周囲に観客席。
学院の生徒が何人か準備している。
その中にミラを見つけた。
「ミラ」
少し大きめに声をかける。
気づいたミラがこっちを見る。
「レン? 担当終わったの?」
「ああ。交代になった」
「どうだった?」
「思ってたより普通だった」
「説明できた?」
「失礼だな」
「できたんだ」
「できたよ」
俺は近くまで行く。
ミラは実演用の制服に着替えていた。
普段の学院制服より動きやすそうな形で、腕や脚の部分が少し細く作られている。
「もうすぐ始まるのか?」
「あと三十分くらい」
「ちょうどよかった」
「何が?」
「午後二時に第三訓練場行くことになった」
ミラが止まる。
「何で?」
「レオル・バルガスに呼ばれた」
「会ったの?」
「研究区画に来た」
「何するの?」
「俺の魔術を見るって」
ミラが少し眉を寄せる。
「右腕は?」
「使わない」
「本当に?」
「オルフェン先生も一緒にいた」
「先生が許可したの?」
「右腕を使わないなら」
そこまで聞いて、少し安心したらしい。
「ならいいけど」
「言わなかったら怒るだろ」
「怒る」
「だから来た」
「そこは偉い」
「最近俺の扱い子供みたいじゃない?」
「一週間前に腕壊しかけた人が何言ってるの」
「まだ壊してない」
「壊しかけた」
「そこは認める」
言い返しても勝てない。
「何するか聞いた?」
「何をして戦ってるのか見るって」
「それだけ?」
「多分」
「多分って」
「本人がそれしか言わなかった」
ミラが少し考える。
「見に行っていい?」
「いいんじゃないか」
「レンが決めることじゃないでしょ」
「さっきも似たようなこと言ったな」
「先生に聞く」
「そうして」
実演区画の奥から呼ぶ声が聞こえた。
「グレイス、最終確認するぞ」
「はい!」
ミラが返事をする。
「じゃあ行くね」
「ああ」
「ちゃんと見ててよ」
「見るよ」
「途中で装置のこと考えないで」
「それは分からない」
「見て」
「努力する」
「努力じゃなくて見て」
そう言ってミラは訓練場の方へ戻っていった。
俺は空いている観客席を探す。
ちょうど一番後ろに少し空きがあった。
そこへ座る。
右腕は普通に動く。
痛みもほとんどない。
でも強化は禁止。
午後は左腕と脚だけ。
バルガスさんが何を見るつもりなのか分からない。
少し楽しみだ。
それと同じくらい、少し不安でもある。
◇
ミラたちの実演は、魔法科二年生による戦闘魔法の基礎だった。
派手な上級者魔法を見せるものではない。
むしろ逆で、中級魔法をどう使うかを見せる内容だった。
最初に出てきた男子生徒が、簡単な説明をする。
「戦闘で使われる魔法は、威力が高ければいいというものではありません。今日は、同じ中級魔法でも使い方によって役割が変わる例を見せます」
その言葉のあと、標的がいくつか並べられた。
距離も位置も違う。
最初は《圧弾》。
俺がこの前九点だった魔法。
普通に正面から撃つ。
標的に当たる。
次は地面。
砂が舞う。
その次は木製の壁へ撃ち、壁そのものを倒す。
同じ魔法でも使い方が違う。
これは授業で習う。
でも公開日に来た人たちには分かりやすいのだろう。
周りから小さく声が上がる。
次にミラが出てきた。
右手を前へ。
詠唱なし。
《圧弾》が三発。
一発目で標的の左側。
二発目で右側。
三発目で中央。
全部ほとんど同じ間隔で当たった。
相変わらず上手い。
俺なら三発撃ったら三方向へ飛ぶ。
いや、全部同じ方向へ飛ぶ保証もない。
次は炎。
小さな火球を作る。
それを直接標的へ当てるのではなく、地面へ落とした。
火が横へ広がる。
進路を塞ぐ。
さらに風を使い、火を片側だけへ寄せる。
大きな魔法ではない。
でも実際に相手がいたらかなり嫌だ。
相手がどこへ動くかを決めて、その先へ別の魔法を置く。
この前カイルと戦っていた時と同じ。
ミラは一発の威力より、次に相手がどう動くかを考えている。
見ていると分かる。
自分が戦っている時は、そこまで余裕がない。
俺は相手の攻撃を避けながら、自分の身体をどう動かすかだけで結構頭を使う。
もし魔法までまともに使えれば、選択肢はもっと増えるのだろう。
羨ましい。
でも。
昔ほど、羨ましいだけでは終わらなくなった。
ミラが何をしているのかを見る。
どのタイミングで魔法を撃っているか。
どこを狙っているか。
どうしてその魔法を選んだのか。
そういうところが気になる。
最後に数人で複数の標的を同時に攻撃して、実演は終わった。
拍手が起こる。
ミラたちが軽く頭を下げる。
俺も普通に拍手した。
そのあと人が少し動き始める。
俺も席を立った。
時間を見る。
まだ二時までは余裕がある。
「レン」
ミラが戻ってきた。
「どうだった?」
「普通に凄かった」
「普通に?」
「褒めてる」
「どこがよかった?」
「相手の動く場所決めてから次撃つところ」
「そこ?」
「一番気になった」
「もっと魔法自体とかないの?」
「綺麗だったよ」
「適当」
「本当に」
ミラが少し不満そうな顔をする。
「でも前よりちゃんと見てたね」
「失礼だな」
「途中で補助環考えてなかった?」
「少しだけ」
「やっぱり」
「でも見てた」
「ならいい」
どうやら許されたらしい。
「第三訓練場まで一緒に行く?」
「来るの?」
「行く。先生にも聞く」
「じゃあ行くか」
俺たちは人の流れから外れ、第三訓練場へ向かった。
◇
第三訓練場は、公開日の中心区画から少し離れている。
普段から戦闘実技で使う場所なので広い。
公開日でも一部は実演に使われているけれど、奥側は関係者しか入れないようになっていた。
入口で腕章を確認され、中へ入る。
「エルド」
先に来ていたオルフェン先生がこちらへ手を上げる。
その隣にはバルガスさん。
カイルもいた。
「何でお前いるの?」
「実演終わった」
「もう?」
「俺の方が早かった」
「見られなかった」
「来いって言っただろ」
「ミラの方見てた」
「ひどくない?」
「時間被ったんだから仕方ないだろ」
「俺、二時過ぎって言ったぞ」
「そうだっけ」
「覚えてないじゃん」
「ごめん」
普通に忘れていた。
「後でどうだったか聞く」
「自分で見ろよ」
「終わったものは無理だろ」
カイルが呆れる。
バルガスさんが俺たちを見る。
「友達か」
「一応」
「一応って何だよ」
カイルが言う。
「じゃあお前も見るか」
バルガスさんがカイルを見る。
「いいんですか?」
「構わん」
ミラも先生へ聞く。
「私も見ていていいですか?」
「邪魔をしないなら」
「はい」
これで全員残ることになった。
俺は訓練場の中央へ出る。
バルガスさんも入ってくる。
やっぱり武器は持っていない。
「まず確認する」
「はい」
「右腕は使うな」
「分かってます」
「痛みが出たら止める」
「はい」
「魔法は使わなくていい」
「助かります」
「そこは喜ぶのか」
「当たらないので」
「さっき聞いた」
バルガスさんが少し離れる。
「普段、模擬戦では何を使う」
「身体強化です。武器は短剣か片手剣」
「今日は?」
「右腕使えないので、武器なしで」
「それでいい」
「何するんです?」
「まず動け」
「どう動けば?」
「俺に触れろ」
「触る?」
「ああ」
簡単そうに聞こえる。
でも多分簡単じゃない。
「どこでも?」
「どこでもいい」
「分かりました」
俺は脚へ魔力を流す。
身体強化。
右腕は使わない。
左腕も今は最低限。
まず脚。
踏み込む。
距離を詰める。
バルガスさんは動かない。
俺はそのまま左手を伸ばした。
届く。
そう思った。
でも触れなかった。
男の身体が半歩だけ横へ動いた。
それだけ。
俺の手が空を切る。
「もう一回」
「はい」
今度は最初から少し横へ回る。
正面から行けば避けられる。
なら進行方向を変える。
左。
そこから一気に右へ。
足首。
膝。
腰。
必要な場所だけ順番に強化する。
速度を上げる。
近づく。
左手を伸ばす。
また半歩。
避けられる。
「……」
「もう一回」
今度は止まらない。
避ける先を追う。
一歩。
二歩。
三歩。
バルガスさんはほとんど走っていない。
なのに追いつけない。
俺の方が明らかに速く動いているはずなのに。
「何で?」
思わず口に出た。
「何が」
「そんな速くないですよね」
「そうだな」
「なのに何で届かないんです?」
「考えろ」
またこれだ。
俺は距離を取る。
見てみる。
バルガスさんの立ち方。
足。
腰。
肩。
力が入っているようには見えない。
「もう一回行きます」
「来い」
踏み込む。
今度は手を伸ばすふり。
途中で止める。
相手が動く。
その方向へ脚を切り替える。
追う。
でも。
また届かない。
「今のは少し良かった」
「少し?」
「ああ」
腹が立つ。
でも同時に面白い。
「レン」
外からミラの声。
「右腕」
「あ」
無意識に右肩へ少し魔力を流しかけていた。
すぐ止める。
「使ってない」
「今使いかけた」
「止めた」
「気をつけろ」
オルフェン先生にも言われる。
「はい」
バルガスさんは俺の右腕を見る。
「身体強化が癖になってるな」
「結構」
「悪くはない」
「いいんですか?」
「必要な時に勝手に出るならな。ただ、使わなくていい時まで出るなら無駄だ」
それは前にも似た話を聞いた。
「次」
バルガスさんが言う。
「今度は俺が触る」
「え?」
「避けろ」
嫌な予感がする。
「速度どれくらいです?」
「お前に合わせる」
「それ一番信用できない言い方なんですけど」
バルガスさんが笑った。
「始めるぞ」
「ちょっと待っ――」
来た。
速い。
俺は反射的に右へ跳ぶ。
脚へ魔力を集中。
避ける。
男の左手が肩の横を通った。
危ない。
そのまま距離を取ろうとする。
でも次が来る。
今度は右。
俺は後ろへ。
足首を強化。
さらに一歩。
避けた。
三回目。
左から。
腰を捻る。
身体をずらす。
手が服の端を掠める。
「まだ」
バルガスさんが言う。
四回目。
今度は見えた。
左手。
いや。
違う。
途中で右へ変わった。
「っ!」
避けようとした瞬間、肩を軽く叩かれた。
「終わり」
「……早い」
息を整える。
全力で走ったわけではない。
でもかなり集中した。
「何で最後分かったんです?」
「何が」
「俺が左に避けるって」
「分かってない」
「じゃあ何で」
「お前が動いてから変えた」
「間に合うんですか?」
「間に合わせる」
簡単に言う。
「もう一回」
また始まる。
今度は相手の手を見るだけじゃない。
足。
肩。
腰。
どこから動くか。
一回目。
避ける。
二回目。
避ける。
三回目。
少し遅れた。
触られる。
「遅い」
「分かってます」
「何が遅い」
「反応?」
「違う」
バルガスさんが少し離れる。
「魔術だ」
「魔術?」
「お前、避けると決めてから強化してるだろ」
「はい」
「遅い」
「でも普通そうじゃないですか?」
「普通はな」
「じゃあどうするんです?」
「先に用意する」
意味がよく分からない。
「ずっと強化しておく?」
「それだと魔力が減る」
「じゃあ」
「流す直前まで持っていく」
バルガスさんが自分の脚を指す。
「俺は今、脚を強化していない」
「はい」
「だが、強化に使う魔力はすでに必要な場所の近くにある」
「……」
「動く瞬間だけ流す」
なるほど。
「筋肉に入れる前で止めてる?」
「そうだ」
「そんな細かく?」
「できるだろ」
「できますけど」
やったことはある。
魔力を特定の場所まで移動させて、使う直前で止める。
でも戦闘中にそれを常に維持したことはない。
「お前は魔力操作が細かい」
「まあ」
「なのに、使い方が遅い」
かなり嫌な言い方だった。
「細かくすることばかり考えてるからだ」
「……先生にも似たこと言われました」
「誰だ」
「魔術理論の先生」
「正しいな」
最近同じことをいろんな人から言われる。
「十二本に分ける装置を作ったらしいな」
「何で知ってるんです?」
オルフェン先生を見る。
「私は言っていない」
「さっきお前が電気式の補助具を作ったと言っただろ。少し聞いただけだ」
「誰に?」
「研究員」
情報が広がるのが早い。
「十二本に分けて何をする」
「必要な筋肉だけ強化します」
「全部同時に?」
「四号では」
「無駄だな」
「……」
即答された。
「いや、効率は四十三パーセント減ったんですよ」
「魔力消費だけならな」
「なら成功では?」
「戦闘中に十二本全部意識できるか」
「それは」
「できるとしても、他のことができなくなる」
カイルと話した時にも似た結論になった。
「だから五号は切替式にしようと思ってます」
「それなら少しはいい」
「少し?」
「装置で何を補いたい」
「魔力操作」
「お前が一番得意なところを?」
言われて止まる。
「……そう言われると変ですね」
「かなりな」
バルガスさんが自分の手袋を外した。
下には普通の手。
ただ、指の付け根や手首に細い線のような跡がある。
傷ではない。
魔法陣。
「それ」
「俺の装備だ」
手袋の内側を見る。
そこにも細い魔法陣が描かれている。
「魔法陣?」
「ああ」
「魔術師なのに?」
「魔術師が魔法陣を使ったら駄目なのか」
「いや」
駄目ではない。
ただ少し意外だった。
「何するものです?」
「衝撃を逃がす」
「攻撃じゃない?」
「違う」
バルガスさんが手袋を着け直す。
「俺は身体強化を自分でやる。魔法陣に任せるのは、俺が戦闘中に考えたくない部分だ」
その言葉が少し引っかかった。
「考えたくない部分」
「ああ」
「自分でできない部分じゃなくて?」
「できるかどうかは関係ない」
バルガスさんが拳を軽く握る。
「全部自分でやれるからって、全部自分でやる必要はないだろ」
また同じことを言われた気がする。
最近多い。
「お前の装置も同じだ」
「どういうことです?」
「自分が得意なところを装置へ渡して、自分が装置の面倒を見るようになったら意味がない」
「……」
「十二本の流れを自分で全部管理して、装置の状態まで見て、相手まで見る。何人いるんだ、お前は」
「一人です」
「なら一人分の頭で足りるようにしろ」
外からカイルが笑った。
「エルド、それ俺も言っただろ」
「ここまで言ってない」
「似たようなもんだ」
少し腹が立つ。
でも正しい。
「じゃあ五号は何を補助させればいいと思います?」
「俺に聞くな」
「ここまで話して?」
「お前の道具だろ」
「そこだけ自分で考えろと」
「そうだ」
バルガスさんが笑う。
「ただ、一つだけ言う」
「何です?」
「お前は魔力を細かく動かすのは上手い」
「はい」
「なら、速く動かす方法を考えろ」
細かさではなく。
速さ。
「さっき避ける時も、脚へ流してから動いていた」
「はい」
「それを逆にする」
「逆?」
「動く準備を先にしておいて、必要な瞬間に最後の一押しだけする」
言葉では簡単。
でも実際にやると難しい。
「試していいですか?」
「今やれ」
「右腕使わずに?」
「脚だけで十分だ」
俺は少し距離を取った。
脚の中を見る。
いつもなら胸の辺りから魔力を流して、太腿、膝、足首へ持っていく。
それを先にやる。
ただし筋肉には入れない。
近くで止める。
右脚。
左脚。
必要な場所のすぐ手前。
「できたか」
「多分」
「じゃあ来い」
また触れればいいらしい。
俺はバルガスさんを見る。
脚にはまだ強化をかけていない。
でも魔力は準備してある。
踏み込む。
その瞬間だけ流す。
「っ」
速い。
自分で少し驚いた。
いつもより一歩目が早い。
相手が動く。
俺も切り替える。
左。
止める。
右。
流す。
止める。
まだ慣れない。
でも。
「さっきより近い」
バルガスさんの服に指先が触れそうになる。
避けられた。
「もう一回」
続ける。
今度は最初から両脚に準備。
右へ。
左へ。
前。
切り替える。
魔力を一から運ぶ必要がない。
だから反応が早い。
ただ、準備した状態を維持するのが難しい。
使わない場所へ流れそうになる。
戻す。
また止める。
それをやりながら相手を見る。
「集中しすぎ」
バルガスさんが言った。
「分かってます」
「なら顔上げろ」
いつの間にか自分の脚を見ていた。
前を見る。
次の瞬間、バルガスさんが近くにいる。
「え」
額を軽く指で押された。
「死んだ」
「急に攻撃してくるの反則じゃないですか」
「戦闘中に自分の脚を見る奴が悪い」
「今練習中ですよ」
「相手は待ってくれない」
「厳しいな」
でも。
感覚は分かった。
「もう一回」
「いや、終わりだ」
「え?」
「右腕怪我してるだろ」
「脚は平気です」
「疲れてる」
「まだ」
「自分で分かってないだけだ」
言われてみる。
太腿が少し重い。
魔力も思っていたより使っていた。
「……本当だ」
「だろ」
「何で分かるんです?」
「動きが遅くなった」
「そんなに?」
「少し」
自分では気づかなかった。
「エルド」
オルフェン先生が訓練場へ入ってくる。
「今日はそこまでにしろ」
「はい」
今回は素直に答える。
「珍しいな」
「先生まで言うのやめません?」
バルガスさんが笑った。
◇
訓練場の端へ移動し、水を飲む。
思ったより疲れていた。
右腕を使っていないから大丈夫だと思っていたけれど、脚ばかり使えば当然そっちが疲れる。
カイルが隣へ座った。
「どうだった?」
「面白かった」
「それだけ?」
「悔しい」
「一回も触れなかったな」
「最後かなり近かった」
「触ってない」
「うるさい」
ミラも来る。
「右腕は?」
「使ってない」
「痛みは?」
「ない」
「ならよかった」
「お前ら俺の親みたいだな」
「レンが心配させるからでしょ」
否定できない。
少し離れたところで、バルガスさんとオルフェン先生が話している。
何を話しているのかは聞こえない。
「でも」
カイルが言う。
「さっきの、結構使えそうだな」
「先に魔力準備するやつ?」
「ああ」
「お前やってないの?」
「多少はやる。でもあそこまで細かくはしてない」
「できるだろ」
「戦いながらそこまで意識したくない」
やっぱりそこか。
「レンならできるんじゃない?」
ミラが言う。
「やるだけなら」
「でもさっき下見てた」
「そこは慣れ」
「また三時間やる?」
「脚全体なら三時間もいらない」
「そういう意味じゃない」
分かっている。
「五号も変えた方がいいかもな」
口に出す。
「また?」
ミラが少し嫌そうな顔をする。
「作るんじゃなくて設計」
「ならいいけど」
頭の中で考える。
今までの五号は、必要な筋肉へ自動で魔力を流すことを考えていた。
でも。
俺はそこを自分でできる。
むしろ得意。
だったら装置にやらせる必要はない。
装置がやるべきなのは。
魔力を必要な場所の近くまで運ぶ。
そこで待機させる。
あとは自分で流す。
「……それなら」
「何?」
「五号、全部自動じゃなくていいかも」
カイルが少し考える。
「補助だけ?」
「ああ」
「そっちの方がよくない?」
「多分」
「四号より簡単になる?」
「制御は」
ただし安全装置は増える。
全体として簡単になるかは分からない。
「先生に聞くか」
そう言ったところで、バルガスさんが戻ってきた。
「エルド」
「はい」
「一つ聞く」
「何です?」
「何で魔術やってる」
急だった。
「何で?」
「ああ」
少し考える。
「得意だから」
「それだけか」
「好きだから」
「魔法も好きなんだろ」
「好きです」
「でも魔術の方が上手い」
「そうですね」
何を聞きたいのか分からない。
「なら、魔法を捨てて魔術だけやるつもりは?」
「ないです」
これはすぐ答えられた。
「何で」
「できるようになりたいから」
「魔法使いになるのが難しくても?」
「……」
一瞬だけ止まる。
「難しいのと、できないのは違うでしょう」
「そうだな」
「上級者魔法まで行けないかもしれないですけど、中級魔法なら使えるし。今は当たらないだけで」
自分で言って少し悲しい。
「それに」
「それに?」
「好きなものを、下手だからって全部やめるのは嫌です」
バルガスさんは少しだけ笑った。
「そうか」
「何です?」
「いや」
「何か言いたそうですけど」
「別に」
何なんだ。
「ただ、お前は一個勘違いしてる」
「何を?」
「魔術師だから魔術だけ使う必要はない」
さっき手袋を見せられた。
魔法陣。
「使えるものは使え、ってことですか」
「そうだ」
「先生にも友達にも似たこと言われました」
「なら早く覚えろ」
「みんな同じこと言うな」
「お前が同じところで止まってるんだろ」
それは少し痛い。
「それと」
「まだあるんですか」
「右腕を治せ」
「そこもみんな言う」
「ならなおさら聞け」
「はい」
バルガスさんが笑う。
「次に会った時、もう少しマシになってろ」
「また来るんです?」
「学院には時々な」
「じゃあその時は触ります」
「俺に?」
「今日一回も触れなかったので」
「いいぞ」
簡単に言われた。
「その代わり」
「何です?」
「その時も右腕壊してたら相手しない」
「壊しませんよ」
「どうだかな」
「信用ないな」
「今日会ったばかりだからな」
それはそうだった。
◇
公開日が終わる頃には、かなり疲れていた。
朝から説明。
ミラの実演。
バルガスさんとの訓練。
工房展示も少し見た。
帰る頃には人もだいぶ減っている。
俺とミラは学院の大通りを歩いていた。
「今日どうだった?」
ミラが聞く。
「何が?」
「公開日」
「面白かった」
「最初帰りたいって言ってたのに」
「人が多いのが嫌だっただけ」
「説明役は?」
「意外と普通」
「またやりたい?」
「それはいい」
「即答」
研究区画の展示はまた見たい。
説明は別にいい。
「バルガスさん、どうだった?」
「強かった」
「それは見れば分かった」
「あと変だった」
「どこが?」
「魔術師なのに、自分で全部やろうとしてない」
「普通じゃない?」
「俺にはちょっと意外だった」
ミラが少し考える。
「レンが全部自分でやろうとしすぎなんじゃない?」
「最近それよく言われる」
「じゃあそうなんでしょ」
「簡単に言うな」
「何人にも言われてるなら多分そうだよ」
返せない。
「五号変えるの?」
「多分」
「また最初から?」
「いや。安全装置はそのまま使える」
「何を変えるの?」
「魔力を勝手に流すんじゃなくて、流す直前まで持っていく補助にする」
「違うの?」
「かなり」
自分で最後に決める。
装置はそこまで。
それなら暴走の危険も少し減るかもしれない。
少なくとも、四号みたいに装置側から十二本へ流し続ける必要はない。
「レンが自分で操作するんだ」
「ああ」
「じゃあ最初と逆だね」
「何が?」
「レンの負担減らすための道具だったのに」
「今もそうだよ」
「でも自分で操作するんでしょ」
「全部やるよりは楽になる」
「なるほど」
少し歩く。
「でもさ」
「何?」
「それ、装置なくても練習すればできるんじゃない?」
止まった。
「……」
「レン?」
「今、言わなくてよくない?」
「できるよね?」
「できる」
「じゃあ五号いらない?」
「いや」
少し考える。
できる。
バルガスさんがやっていた。
俺もさっき少しできた。
魔力を先に必要な場所へ持っていく。
そこまでは装置なしでもできる。
「でも戦闘中ずっと維持するのは難しい」
「じゃあそこを助ける?」
「多分」
必要な場所に魔力を置いておく。
勝手に流れないようにする。
必要な時だけ俺が使う。
「……それだな」
「決まった?」
「一個は」
「よかったね」
少し嬉しい。
事故を起こした四号。
そこから五号を考え始めた。
最初はただ効率を上げることしか考えていなかった。
今は少し違う。
安全。
速さ。
自分でやる部分。
装置に任せる部分。
考えることは増えた。
でも前よりは、何を作りたいのか分かってきた気がする。
「帰ったら設計する?」
「する」
「今日は休んだら?」
「紙に書くだけ」
「昨日も言ってた」
「本当に紙だけ」
「夜更かししないでよ」
「努力する」
「それ絶対するやつじゃん」
「今日は疲れてるから大丈夫」
「ならいいけど」
学院の正門が見えてくる。
公開日の片付けをしている学生がまだ何人も残っていた。
俺たちはその横を通る。
「ミラ」
「何?」
「今日の実演」
「うん」
「普通に格好よかった」
さっきは適当に言ったみたいになっていたので、もう一度言っておく。
ミラが少しだけこっちを見る。
「急に何?」
「いや。ちゃんと言ってなかったから」
「そう」
「何だよ」
「別に」
少し笑っている。
「レンもさっき少し格好よかったよ」
「どこが?」
「バルガスさん追いかけてる時」
「一回も触れなかったけど」
「最後かなり近かった」
「だろ?」
「そのあとすぐ額触られてたけど」
「そこ言うなよ」
結局それを言われた。
俺も笑う。
正門を出る。
右腕は少し重い。
でも痛みはない。
今日は右腕を使わなかった。
ちゃんと止められた。
少し前の俺なら、それだけで褒められること自体が気に入らなかったと思う。
今も少し変な感じはする。
でも。
まあ、いい。
治ってからやればいい。
やりたいことは逃げない。
むしろ、今日だけで増えた。
五号。
魔術の速さ。
魔法陣。
それから、いつかバルガスさんに触る。
最後の一つは別に研究ではないけれど。
結構大事だ。
俺はそんなことを考えながら、ミラと一緒に帰り道を歩いた。
やることいっぱいでも楽しい




