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第3話 1パーセントの閃きは意外なところから

歴史の授業って何であんなに眠いんだろう?

 翌日の午前は歴史の授業だった。


 正直、俺は歴史がそこまで好きではない。


 嫌いというほどでもないけれど、昔どこの国とどこの国が戦ったとか、何年に何が起きたとか、そういうものを覚えるのがあまり得意ではなかった。


 魔術なら、試せば結果が出る。


 魔法陣も、書いて魔力を流せば動く。


 でも歴史は、覚えたところで目の前で何かが変わるわけではない。


 だからどうしても後回しになる。


「レン、起きてる?」


「起きてる」


「今、目閉じてたよ」


「考えてた」


「何を?」


「歴史について」


「絶対嘘」


 隣のミラが小声で言う。


 少し前では、歴史学の教師が黒板へ大陸の簡単な地図を描いていた。


 俺たちが暮らしている王国。


 その周囲にある国々。


 さらに北側の山岳地帯と、南に広がる大森林。


 今日の内容は三十年前に終わった大陸戦争についてだった。


「大陸戦争は、単純な領土争いから始まった戦争ではない」


 教師が黒板に線を引きながら話す。


「もちろん領土問題もあった。しかし、その前から各国の間では魔石、魔獣素材、魔法陣用資源の確保を巡って長い対立が続いていた」


 そこは少しだけ興味が出た。


 魔法を使うにも、魔法陣を作るにも材料が必要になる。


 家庭魔法程度なら大したものはいらないけれど、大規模な設備や上級者魔法になると話は別だ。


 特に魔法陣は素材の影響が大きい。


 質のいい魔獣血。


 魔力伝導率の高い金属。


 宝石。


 そういうものが採れる場所は当然価値が高い。


「戦争後期になると、魔法使いの数が各国の戦力を大きく左右するようになる。特に遠距離から上級者魔法を使用できる者は、戦場だけではなく都市防衛にも大きな影響を与えた」


 教師が一度こちらを見る。


「戦場における魔法使いの役割を説明できる者」


 何人かが手を上げる。


 俺は上げない。


 分かってはいるけれど、わざわざ答えたいわけでもない。


「グレイス」


「敵の部隊や拠点に対して、遠距離から大規模な魔法攻撃を行うことです。魔法使い同士で相手の魔法を妨害したり、防御魔法を使う場合もあります」


「そうだ」


 ミラが普通に答える。


「特に上級者魔法を扱える者は、一人でも大きな戦力となる。だから各国は魔法使いの育成を急いだ」


 黒板に数字が書かれる。


 三十年前。


 大陸戦争。


 その文字を見て、昨日のオルフェン先生の話を思い出した。


 敵兵百十四人を一人で倒した魔術師。


 左右の目を別々に使っていた変な人。


「先生」


 気づいたら手を上げていた。


「何だ、エルド」


「大陸戦争って、魔法使いが一番強かったんですか?」


 教師が少し考える。


「質問の意味によるな」


「戦場で一番多く敵を倒したとか、そういう意味です」


「必ずしもそうではない」


 やっぱり。


「もちろん大規模戦闘では魔法使いの影響が大きかった。ただ、接近戦や市街戦では魔術師の活躍も多い」


「やっぱりいるんですね」


「何がだ?」


「変な魔術師」


 教室の何人かが笑った。


 教師は少し眉を寄せる。


「変かどうかは知らんが、特殊な魔術を使った者は多い」


「例えば?」


「授業の範囲外だぞ」


「少しくらい」


「エルド」


「はい」


「お前、歴史には興味ないと思っていたが」


「魔術の話ならあります」


「正直だな」


 また少し笑いが起きる。


 教師は呆れたようにしながらも、黒板の端へいくつか名前を書いた。


「有名なところなら、痛覚を一時的に遮断して戦闘を続けた者。左右の腕でまったく違う魔力操作を同時に行った者。心拍を意図的に落とし、長時間潜伏した者もいる」


 痛覚遮断。


 少し気になる。


「痛み消せるんですか?」


「完全に消すのは危険だ。怪我に気づかなくなる」


「ああ……」


 右腕を見る。


 痛みがあるから止められる。


 少し前の事故を考えると、確かに消さない方がいい。


「強い魔術師ほど、自分の身体をよく理解している。単純な強化だけで戦えるほど実戦は簡単ではない」


 それを聞いて、少し納得した。


 俺は細かく操作することばかり考えている。


 でも、細かくできることと、実際に使えることは同じじゃない。


 十二系統に分けたところで、戦っている途中で扱えなければ意味がない。


「エルド」


「はい」


「今は授業中だ。補助環のことを考えるな」


「何で分かったんですか」


「顔に出ている」


 隣でミラが笑っている。


「やっぱり分かりやすいんだ」


「うるさい」


「静かに」


「はい」


 歴史の授業はそのまま大陸戦争の終結まで進んだ。


 結局、俺が一番覚えていたのは変な魔術師の話だった。


 たぶん試験には出ない。


     ◇


 昼休み。


 今日は食堂へ行かず、教室でパンを食べていた。


 昨日三日連続で同じものを食べているとミラに言われたので、今日は少し違うものにした。


 中に肉が入っている。


 それだけでかなり違う。


「結局パンなんだ」


「種類が違う」


「そういう問題?」


「食べやすいからいいんだよ」


 右腕が使えない以上、片手で食べられるものが一番楽だ。


 ミラは隣で普通の弁当を食べている。


「午後、戦闘実技だね」


「俺は見学だけどな」


「ちゃんと見ててよ」


「何でお前に言われるんだよ」


「途中で補助環の設計考え始めそうだから」


「そこまでしない」


「本当に?」


「多分」


「信用できないな」


 昨日も帰り道にずっと設計を考えていた。


 家へ帰ったあとも、借りた本を読むつもりだったのに、途中から紙を出して四号の構造を書き直していた。


 もちろん実際には触っていない。


 だから約束は破っていない。


 多分。


「レン」


「何?」


「昨日、何してた?」


「本読んでた」


「それだけ?」


「設計図見てた」


「やっぱり」


「触ってないぞ」


「そういう問題じゃなくて」


「危ないことしてないんだからいいだろ」


 ミラは少し考えてから、


「まあ、それなら」


 と納得した。


 少し意外だった。


「止めないんだ」


「考えるなって言っても無理でしょ」


「分かってるな」


「だから実際に試す時だけ絶対一人でやらないで」


「分かった」


 俺もそこは守るつもりだった。


 今回ばかりは、本当に危なかった。


     ◇


 午後の戦闘実技は、学院の東側にある第三訓練場で行われた。


 屋外の広い場所で、中央には土の地面が広がっている。


 訓練用の障害物や木製の壁も置かれていて、単純な一対一だけではなく、実際の戦闘に近い訓練もできるようになっていた。


 今日は二人一組での模擬戦。


 魔法、魔術、武器。


 どれを使ってもいい。


 ただし上級者魔法は禁止。


 当然だ。


 学生同士の訓練で使うものじゃない。


 俺は訓練場の端にある見学席へ座った。


「暇そうだな」


 横から声がした。


 カイルだった。


「お前、参加しないのか?」


「順番待ち」


「そうか」


「腕、まだ駄目なんだな」


「一か月強化禁止」


「長いな」


「昨日も言われた」


「誰に?」


「自分で」


「何だそれ」


 カイルは笑いながら、自分の剣を確認している。


 刃は潰してある。


 訓練用だ。


「今日、誰とやるんだ?」


「グレイス」


「……大丈夫か?」


「何が?」


「お前が」


「失礼だな」


「上級者魔法なしでも普通に強いだろ」


「知ってる」


 カイルは剣術が得意だ。


 魔術も上位。


 でも相手はミラ。


 俺ならやりたくない。


「まあ、近づけば何とかなる」


「近づければな」


「そこが問題なんだよ」


 言っている間に名前が呼ばれた。


「じゃあ行ってくる」


「頑張れ」


「軽いな」


「俺は見てるだけだから」


「そういうところだぞ」


 カイルが訓練場へ出ていく。


 反対側にはミラ。


 二人とも開始位置に立つ。


 教官が中央でルールを確認する。


「勝敗は降参、戦闘不能、または私が続行不可能と判断した場合。防護魔法は常時作動しているが、危険な攻撃は禁止だ」


 二人が頷く。


「始め!」


 合図と同時に、カイルが走った。


 速い。


 脚へ魔力を集中させ、一気に距離を詰める。


 普通の相手ならかなり嫌だと思う。


 でもミラは動かなかった。


 右手を前へ向ける。


 詠唱なし。


 空気が弾ける。


 《圧弾》。


 カイルは横へ跳んで避けた。


 そのまま止まらず前へ進む。


 二発目。


 避ける。


 三発目。


 今度は剣で受けた。


 金属音が響く。


 押されながらも、そのまま距離を縮めていく。


「上手いな」


 思わず声が出た。


 単純に速いだけではない。


 魔法が来る直前に身体の向きを変えている。


 多分、ミラの手や魔力の動きを見ている。


 魔法が出てから反応しているわけじゃない。


「あと十メートルくらいか」


 カイルがさらに前へ。


 ミラは一歩下がった。


 ここで初めて動く。


 カイルが少し笑ったのが見えた。


 近づけると思ったのだろう。


 でも次の瞬間、ミラが左手を地面へ向けた。


 風が起きる。


 土と砂が一気に舞い上がった。


「うわ」


 視界を潰した。


 俺から見ても、二人の姿が一瞬見えなくなる。


 直後、何かがぶつかる音。


 砂が落ち着いた時には、カイルが地面へ転がっていた。


 ミラは数メートル離れた場所に立っている。


「そこまで!」


 教官が声を上げる。


 カイルが仰向けのまま手を上げた。


「無理だ」


 教官が確認して終了。


 ミラが近づき、手を差し出す。


 カイルはそれを掴んで立ち上がった。


「何した?」


 戻ってきたカイルに聞く。


「見てなかったのか?」


「砂で見えなかった」


「俺も見えなかった」


「じゃあ何されたんだよ」


「横から圧弾」


「見えてないのに?」


「多分、最初から俺がどこへ避けるか決めてた」


 ミラも戻ってくる。


「正解」


「やっぱりか」


「カイル、右に避けること多いから」


「そんな癖ある?」


「あるよ」


 カイルが少し嫌そうな顔をする。


「何回見た?」


「授業で三回くらい」


「三回で?」


「十分」


「怖いな」


 俺もそう思う。


 魔法の威力だけじゃない。


 相手の動きを見て、その先へ置く。


 こういうのも戦いなんだな。


「レンならどうする?」


 ミラが急に聞いてきた。


「俺?」


「今の状況」


「カイル側?」


「うん」


 少し考える。


「砂を上げられた時点で前に行かない」


「何で?」


「ミラがわざわざ視界を潰したんだから、何かするに決まってる」


「じゃあ下がる?」


「いや」


 下がれば距離が戻る。


 それだとミラの得意な距離になる。


「その場で防御」


「何で防ぐ?」


「剣に魔力集めるか、腕を強化して急所だけ守る」


「見えないのに?」


「見えないから全部避けるのは無理だろ」


 ミラが少し考える。


「悪くないかも」


「上から言うな」


「でもレン、右腕使えないじゃん」


「今の話だろ」


 カイルが笑う。


「実際やったら?」


「多分普通に負ける」


「正直だな」


 魔法実技九点の人間が、遠距離からミラに勝てるわけがない。


 接近できれば別だけど。


 ……接近できれば。


 カイルの動きを思い出す。


 脚へ強化。


 避ける瞬間だけ横へ。


 剣で受ける時は腕と肩。


 全部を常に強化しているわけではなかった。


「カイル」


「何だ?」


「さっき走ってる時、全身強化してた?」


「いや。基本は脚だけ」


「避ける時は?」


「体幹と脚。剣で受ける時は腕と肩も」


「切り替えてるのか」


「普通だろ」


「どれくらい細かく?」


 カイルが少し考える。


「そこまで細かくない。脚なら脚。腕なら腕って感じ」


「筋肉ごとじゃなくて?」


「そんなこと戦いながらできるか」


「できたら?」


「できても考えること増えすぎて遅くなるだろ」


 昨日の授業と同じだ。


 細かくすればいいわけではない。


「なるほどな」


「何考えてる?」


「別に」


「絶対補助環だろ」


 ミラが言う。


「顔に出てる?」


「かなり」


「そんなに?」


「うん」


 少し嫌だ。


 でも今のは参考になる。


 四号は十二系統を全部同時に維持していた。


 それ自体はできた。


 効率も上がった。


 でも実戦で十二本全部を常に意識するのは無駄かもしれない。


 必要な時に必要なところだけ。


 昨日の授業でも言われた。


 だったら。


 端子で流れを作るだけじゃなく、切り替えを――。


「レン」


「はい」


「考えるなとは言わないけど、今は授業」


「見てるよ」


「今、完全に見てなかった」


「聞いてはいた」


「同じじゃない」


 怒られた。


     ◇


 次の試合は、魔法が得意な生徒と槍を使う生徒だった。


 今度はちゃんと見る。


 見ていると、普段の実技では気づかなかったことがかなりあった。


 魔法使い側は、必ずしも大きな魔法を使わない。


 小さな魔法で相手の進路を限定する。


 足元へ撃つ。


 視界を邪魔する。


 相手を止めてから、本命を当てる。


 魔術側も同じだ。


 ずっと全力で強化するわけではない。


 必要な瞬間だけ強くする。


 それ以外は魔力を温存する。


 見ているだけなら簡単に分かる。


 でも自分が中に入ったら、多分こんなに冷静には見られない。


「見学も悪くないな」


 思わず言った。


「珍しいこと言うね」


 隣のミラが答える。


「普段は自分のことで精一杯だからな」


「レン、戦ってる時かなり集中してるもんね」


「余裕ないだけ」


「でも魔術の切り替えは速いよ」


「そこだけな」


 魔法が飛んでくると、大体避けるしかない。


 迎撃しようとして自分の魔法を撃ったら、どこへ行くか分からない。


 下手に使う方が危ない。


「レンって戦う時、本当に魔法使わないよね」


「使った方が危ないからな」


「中級魔法くらいなら使えるでしょ」


「使えると当てられるは別」


「それはそうだけど」


 実際、一度だけ模擬戦で《圧弾》を使ったことがある。


 相手を狙った。


 見事に横にいた教官へ飛んだ。


 防御されたから何もなかったけれど、それ以来戦闘中には使っていない。


「魔法陣なら?」


「準備する時間あれば」


「戦闘用に持ち歩けばいいじゃん」


「紙?」


「札とか」


「邪魔じゃない?」


「腰に付けるとか」


 少し考える。


 魔法陣。


 俺でも安定して使える。


 しかも自分で魔法を撃つ必要がない。


「……それ、普通にありだな」


「今まで考えなかったの?」


「魔術ばっか考えてた」


「視野狭いね」


「否定できない」


 戦闘用の魔法陣を持ち歩く。


 別に珍しいことではない。


 兵士だって使う。


 なのに自分が使うことはあまり考えていなかった。


 理由は分かる。


 俺はどこかで、自分の力だけでどうにかしたかったのだと思う。


 魔法陣は便利だ。


 便利すぎる。


 俺が苦手な部分を、書かれた陣が全部やってくれる。


 だから少し嫌だった。


 でも。


 使えるものを使わない理由もない。


「次の魔法陣学で聞いてみるか」


「何を?」


「持ち運べる戦闘用のやつ」


「先生喜ぶんじゃない?」


「何で?」


「レンがまともに授業へ興味持ったから」


「俺を何だと思ってるんだ」


「魔術以外だとすぐ寝る人」


「寝てない」


「今日も目閉じてた」


「あれは考えてた」


「歴史について?」


「……魔術について」


「やっぱり」


 言い返せなかった。


     ◇


 戦闘実技が終わる頃には、日が少し傾いていた。


 俺は一度も身体を動かしていない。


 それでも、普段の授業より疲れた気がする。


 ずっと人の動きを見ていたからかもしれない。


 訓練場を出たところで、カイルが追いついてきた。


「エルド」


「何?」


「さっきの話だけど」


「どれ?」


「補助環」


「顔に出てた?」


「グレイスが言ってた」


「余計なことを」


 ミラを見る。


「事実でしょ」


「そうだけど」


 カイルは気にせず続ける。


「治ったら、俺にも使わせてくれないか?」


「四号を?」


「ああ」


「駄目」


 即答した。


「何で?」


「俺が腕壊しかけたやつだぞ」


「壊れてないんだろ?」


「そういう問題じゃない」


 自分で使うのと他人に使わせるのは別だ。


 もし何かあったら困る。


「安全確認終わってからなら考える」


「本当か?」


「先生がいいって言えば」


「じゃあ予約しとく」


「何の予約だよ」


「試験役」


「人体実験みたいに言うな」


「実際そうだろ」


「違う」


 少なくとも違うと言いたい。


「でも、俺みたいな剣使う奴にも役立つと思うぞ」


 カイルが自分の腕を見る。


「必要な瞬間だけ強化できるなら、魔力かなり残せるだろ」


「そうなんだよ」


 そこは俺も考えている。


「今は切り替えを全部自分でやってるからな。補助できるなら楽になる」


「戦闘中に十二系統扱える?」


「無理」


「やっぱり?」


「無理だって。三つか四つでも面倒」


 やっぱり十二は多い。


「でも自動で切り替わるなら別」


「自動?」


「例えば剣振った時に勝手に腕が強化されるとか」


 俺は足を止めた。


「……それだ」


「何が?」


「自動で切り替える」


「できるのか?」


「今はできない」


「駄目じゃん」


「でも、できるかもしれない」


 動作を検知する。


 それに合わせて電流を切り替える。


 魔力の誘導先も変える。


 完全自動は難しい。


 でも、補助程度なら。


「レン」


 ミラの声。


「何?」


「今すぐ工房行こうとしてない?」


「行かない」


「本当に?」


「腕治ってないだろ」


「設計だけなら?」


「……」


「レン」


「家でやる」


「結局やるんだ」


「考えるだけ」


 カイルが笑う。


「面白いな、お前」


「何が」


「昨日まで腕吊って落ち込んでると思ってた」


「落ち込んではいるよ」


 普通に痛いし。


 魔術も使えない。


 かなり不便だ。


「でも、考えるくらいはできるからな」


「そういうもんか」


「そういうもん」


 使えないなら別の方法を考える。


 できないなら、できるところからやる。


 それくらいしかない。


     ◇


 帰宅してから、夕食を食べた。


 右腕が使えないので少し時間がかかる。


 母さんに手伝うかと聞かれたけれど断った。


 これくらいは自分でできる。


 部屋へ戻って机に座る。


 昨日借りた本が一冊。


 横には四号の設計図。


 少し迷ってから、設計図を開いた。


 別に触ってはいない。


 紙を見るだけだ。


 約束は守っている。


 ……多分。


 左手で新しい紙を出す。


 十二個の端子。


 それぞれに繋がる回路。


 今までは、十二系統を同時に維持することだけを考えていた。


 でも必要なのはそこじゃない。


 必要な時に、必要なところだけ。


 今日の戦闘実技を思い出す。


 カイルは走る時に脚。


 剣を受ける瞬間に腕と肩。


 ミラは相手の動きを見ながら、必要な魔法を選んでいた。


 全部を一度に使っているわけではない。


「切り替え……」


 声に出す。


 端子を減らす必要はない。


 十二個あるままでいい。


 問題は、全部へ同時に流すこと。


 なら、普段は最低限だけ。


 動作の瞬間に必要な場所へ強く流す。


 そのためには。


「動きを取る方法か」


 電気は魔力に影響する。


 逆に魔力の変化を測ることもできる。


 筋肉が動く前には魔力も変わる。


 それを読み取って。


 ……いや。


「無理だな」


 今の俺には難しすぎる。


 いきなり全部自動は無理。


 なら手動。


 指の動き。


 ボタン。


 いや、戦いながら押すのは面倒。


 足。


 口。


「口は嫌だな」


 自分で言って笑う。


 戦いながら歯でスイッチを押している自分を想像した。


 かなり格好悪い。


 オルフェン先生の師匠ならやるかもしれない。


 魔術はキモければキモいほど強い。


「……いや、やめよう」


 さすがにそこまで行きたくない。


 左手で簡単に案を書く。


 今すぐ完成させる必要はない。


 右腕が治るまで時間はある。


 それに、次に試す時は先生もいる。


 分からないところは聞けばいい。


 そう考えると、少し気が楽になった。


 全部自分でやらないといけないわけではない。


 少し前なら、それが嫌だったかもしれない。


 自分にしかできないものが欲しい。


 だから全部自分でやりたい。


 そう思っていた。


 今もその気持ちがなくなったわけではない。


 でも。


 腕を壊しかけてまで一人でやることではない。


 そこくらいは分かった。


 紙へ新しく一行書く。


 五号案。切替式。


「……五号?」


 書いてから止まる。


 四号の検証も終わっていない。


 勝手に五号へ進むのはさすがに早い気がする。


 少し考えて、横に小さく書き足した。


 仮。


 これならいい。


 多分。


 机の上の本を見る。


 本来はこっちを読む予定だった。


「少しくらい読むか」


 設計図を横へ置き、魔術事故症例集を開く。


 右腕はまだ痛い。


 治るまで時間もかかる。


 今できることは少ない。


 でも、何もないわけではない。


 見て。


 考えて。


 分からなければ調べる。


 それでも駄目なら、誰かに聞く。


 今日のところは、それで十分だった。


 俺は左手でページをめくった。

案外頭の硬いエルド君

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