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第23話 変化する日常

変わり続ける世界


 北部の都市で魔力濃度が六パーセントまで落ちた翌日、学院の授業は普通に始まった。


 普通に、という言い方が最近少し信用できなくなってきている。


 朝の講義棟には学生がいて、食堂からはいつもの匂いがして、廊下の照明も問題なく点いている。西部研究区の隔壁さえ見なければ、学院事故の前とほとんど変わらない。


 ただ、壁に付いている環境魔力計だけは増えた。


 教室の入口。


 階段。


 食堂。


 工房。


 前なら一つの区画に一台あれば十分だったものが、今は少し歩くだけで目に入る。


「九十八」


 講義室へ入る前に表示を見る。


「また見てる」


 後ろからミラに言われた。


「一応」


「朝から三台目」


「全部正常だった」


「じゃあ見なくていいじゃん」


「正常なの確認できた」


「それを気にしすぎって言うんじゃない?」


 多分そうだ。


 でも北部の六パーセントを見たあとだと、百前後という数字だけで少し安心する。


「レン」


「何?」


「今日、右腕の検査でしょ」


「ああ」


 忘れてはいない。


 むしろかなり覚えている。


 最初の怪我から考えれば長かった。


 途中で魔獣に掠られて、一週間追加。


 今日問題がなければ、ようやく身体強化を少しだけ再開できる予定だ。


「十パーセントから?」


「予定では」


「先生付き?」


「当然」


「勝手に二十にしないでね」


「しないよ」


「三十も」


「しない」


「五十も」


「何で増やす前提なんだよ」


 ミラが笑った。


 そのまま席へ向かう。


 今日は魔法工学の講義。


 俺が仮希望の第三に入れている分野だ。


 精密魔術。


 戦闘魔術。


 そして魔法工学連携。


 第一希望は今のところ変わっていないけれど、五号を作っている以上、工学側もかなり気になっている。


 教壇の上には、いつもより大きな魔力供給装置が置かれていた。


 先生が来る。


 授業開始。


「今日は予定を変更する」


 最近これも多い。


「環境魔力濃度が設備へ与える影響について扱う」


 教室の空気が少し変わった。


 北部の件だ。


「知っている者も多いと思うが、王国北部の一都市で大規模な環境魔力低下が発生している。現在も復旧していない」


 黒板に数字が書かれる。


 通常値を百とする。


 八十。


 五十。


 二十。


 五。


「魔法陣には、大きく分けて三種類の供給方法がある」


 装置の横に三つの小型陣が置かれる。


「使用者から直接供給するもの。魔石や蓄積槽など、事前に保存された魔力を使うもの。そして環境魔力を補助的、あるいは主として利用するもの」


 家庭用の照明程度なら、人が少し魔力を入れれば動く。


 大型設備はそうはいかない。


「環境魔力が百ある前提で設計された設備へ、二十しかない環境で同じ動作を要求すればどうなるか」


 誰かが答える。


「不足分を蓄積槽から取る?」


「そうだ。補助系が正常ならな」


 先生が一つ目の装置を起動する。


 普通に光る。


「では環境魔力を模擬的に二十へ落とす」


 透明な覆いが装置へ被せられる。


 内部だけ魔力を外へ逃がす。


 光が弱くなる。


 数秒後、横の蓄積槽が自動的に点灯した。


 また明るくなる。


「これなら問題ないように見える」


 先生が言う。


「ただし」


 蓄積槽の残量表示が少しずつ減っている。


「普段なら一日一割も使わない補助魔力を、数時間で使い切る」


「補充すればいいんじゃないですか?」


 前の席の学生が聞く。


「何で補充する」


「魔石」


「都市全体へ何日分運ぶ」


「……」


「病院。冷蔵。給水。工場。照明。通信。全部だ」


 簡単ではない。


 北部の都市で避難が始まった理由が少し分かった。


 魔力がなくても一つ一つなら代用できる。


 全部同時に無くなると無理になる。


「人間は魔力なしでも生きられる」


 先生が続ける。


「だが、現在の都市は魔力なしで同じ規模を維持できるようには作られていない」


 説明はそこまでだった。


 その後は低魔力環境用の回路設計。


 環境依存を減らす方法。


 非常時の優先供給。


 授業としては普通の工学だった。


 でも、教科書の中だけの話ではなくなっていた。


     ◇


 授業後。


「第三希望、ちょっと上がった?」


 ミラが聞いてきた。


「何が?」


「魔法工学」


「面白かった」


「第一にする?」


「そこまでは」


 精密魔術の研究棟で見た、一歩の中で四十回近く制御を切り替える上級生。


 あれはまだ頭から離れない。


「でも工学もやりたい」


「結局全部やりたいんじゃない?」


「できるなら」


「時間足りないよ」


「一日が四十八時間あれば」


「寝る時間増やしそう」


「八時間は寝たい」


「ちゃんと寝る気あるんだ」


「最近は」


 以前なら削る側だった。


 右腕を壊してから、そこも少し変わった。


「じゃあ検査行く」


「一緒に行く?」


「来るの?」


「暇だから」


「じゃあ来れば」


     ◇


 治療区画は、事件後も少し混んでいた。


 重傷者の大半は中央医療棟へ移されたらしいが、軽傷者や再検査の学生はまだ多い。


 受付を済ませる。


 右腕。


 検査。


 触診。


 魔力反応。


 筋肉の収縮。


 関節。


 一つずつ。


「痛みは?」


「ありません」


「日常動作で違和感」


「なし」


「魔力を流した時は」


「右腕への強化は禁止なのでやってません」


「通常の体内循環だけ」


「問題ないです」


 担当医が検査板を見る。


「筋損傷はほぼ回復。事件時の表面裂傷も問題なし」


「じゃあ」


「急ぐな」


「はい」


 最近よく言われる。


「予定通り、今日から低出力での身体強化を再開していい」


「十パーセント?」


「最初は五」


「減ってる」


「事件時に一度魔力を流しかけているからな」


「でも筋肉は」


「問題ない。だから五から始められる」


 言い方。


「五パーセント。今日は一回だけ。監督下で十秒」


「十秒」


「不満か」


「少し」


「では明日にするか」


「今日でお願いします」


 すぐ答える。


 ミラが後ろで笑った。


「エルド君、座って」


「はい」


 右腕を机へ置く。


 測定端子を付ける。


 久しぶりだ。


 普通に動かすことはずっとできていた。


 でも身体強化。


 魔力を意識して筋肉へ流すのは、事故以来ほとんどやっていない。


「開始」


 魔力を流す。


 弱く。


 本当に弱く。


 五パーセント。


 前なら使っているとも思わない量。


 それでも右前腕の筋肉が少しだけ強くなる。


 感覚が戻る。


「痛み」


「なし」


「熱」


「なし」


「違和感」


「……ないです」


 三秒。


 五秒。


 七秒。


 十秒。


「終了」


 魔力を止める。


 それだけ。


「終わり?」


「終わり」


「もう一回」


「駄目」


「ですよね」


 でも嬉しかった。


 思った以上に。


「明日、問題なければ同じ五パーセントを二回。三日後に十パーセント。以降は状態を見て増やす」


「全開は?」


「最短でも二週間以上先」


「長い」


「また壊したければ短くしてもいい」


「二週間で」


 即答。


「少しは学んだな」


「最近みんなそれ言います」


 検査を終える。


 廊下へ出る。


 右手を開いて閉じる。


 何も変わっていないように見える。


 でも五パーセント。


 使えた。


「嬉しそう」


 ミラが横から言う。


「かなり」


「五パーセントなのに?」


「ゼロから五は大きい」


「じゃあ十になったら?」


「倍」


「単純」


 それでいい。


     ◇


 昼食後、俺は第四工房へ向かった。


 今日は五号試験ではない。


 右腕の状態を見るためにも、装置を触るのはやめておく。


 代わりに前回の試験記録を整理する。


 十分維持。


 調整三回。


 温度問題なし。


 損失基準内。


 次は人工魔力材の初期魔力量を変える。


 少ない状態。


 多い状態。


 同じ出力で位置が変わる問題が、許容範囲を広げた後でもどこまで残るかを見る。


「五号、完成したら結局何ができるの?」


 カイルが向かいに座る。


「前にも説明しただろ」


「最終形」


「魔力を使いたい場所の近くまで待機させる」


「それだけ?」


「それだけ」


「地味だな」


「地味だからいいんだよ」


 俺がやる細かい操作を装置に任せるつもりはない。


 腕。


 脚。


 体幹。


 使う前に近くまで持っておく。


 そこから先は俺。


「普通に身体強化するより速くなる?」


「多分」


「多分?」


「まだ人間で試してない」


「俺で」


「駄目」


「何で」


「まず俺だろ」


「それもまだ先でしょ」


「当たり前」


 人工魔力材。


 次にもっと人体に近い特性の素材。


 それから低出力。


 最終的に自分。


「そういえば剣」


 カイルが木剣を出す。


「また持ってきたのか」


「今日は相談」


「毎回そう言ってる」


「本当に」


 剣の表面に薄く鉛筆で魔法陣の位置が描かれている。


「ここなら邪魔にならないと思う」


 鍔の少し上。


 剣身の根元。


「発射方向は?」


「剣先」


「振った時に自分へ向かない?」


「向かないように持つ」


「それが信用できないんだよ」


「何で」


「実戦で毎回剣の向き完全に意識できる?」


 カイルが少し黙る。


「……できない時あるな」


「なら発動条件付ける」


「角度?」


「それか、手元の接触条件」


「面倒」


「安全って面倒なんだよ」


 最近俺がそれを言う側になっている。


「誰だお前」


「俺だよ」


 ミラが笑う。


     ◇


 その日の午後、学院内に短い警報音が流れた。


 一瞬、工房にいた全員の手が止まる。


 事件の時とは違う。


 赤い非常灯も点かない。


 放送。


『環境魔力注意報。中央北区、環境魔力濃度が基準値を下回っています。現在値七十二パーセント。授業・研究活動は継続可能です。大型環境依存設備の使用を一時制限してください』


「学院でも?」


 カイルが壁の測定器を見る。


 ここは中央区。


 九十六。


 まだ正常。


「北だけ?」


「みたい」


 ミラが連絡板を見る。


 数分ごとに数値が更新される。


 七十二。


 七十。


 六十八。


「下がってる」


「でも北部都市ほどじゃない」


 工房の先生が全員へ声をかける。


「大型設備を使っている者は停止。蓄積槽を使う装置は残量を確認。個人作業は続けていい」


 誰も騒がない。


 慣れたわけではない。


 でも学院事故後、こういう時の手順がかなり増えた。


「五号やってなくてよかったな」


 カイルが言う。


「人工魔力材なら影響少ないけど」


「またそういうこと言う」


「やらないよ」


 一応。


 窓の外を見る。


 何も変わらない。


 空も。


 建物も。


 学生も。


 魔力が三割減ったくらいでは、目で見て分かるものではない。


 十五分後。


 中央北区。


 六十二。


 そこから止まった。


「落ち着いた?」


「多分」


 さらに十分。


 六十四。


 少し戻る。


「戻ってる」


 ミラが言う。


「自然に?」


「分からない」


 そのまま工房は通常へ戻った。


 大きな事故にはならなかった。


     ◇


 問題が起きたのは、その一時間後だった。


 今度は警報ではなく、学院全体への速報。


『王都東方、およそ四十キロ地点で急激な環境魔力濃度上昇を確認。現在、王国監視局および軍が現地対応中。学院生は許可なく王都外へ出ないこと』


「東?」


 連絡板を見る。


 地図。


 王都から四十キロ。


 さっき学院北側で下がった場所とは方向が違う。


「濃度は?」


 更新。


 通常値の二・四倍。


「高い」


「でも学院事故はもっとだったよな」


「あれは中心で三倍以上」


 まだそれほどではない。


 次の更新。


 三・一倍。


「上がるの早くない?」


 ミラの声が少し低くなる。


 五分後。


 四・六倍。


 表示が赤くなる。


「魔獣発生するだろ」


 カイルが言う。


「もうしててもおかしくない」


 高濃度。


 それだけで発生条件には入る。


 さらに速報。


 大型魔獣複数確認。


「やっぱり」


 その時点では、まだ学院事故に比べれば普通に見えた。


 高濃度魔力。


 魔獣。


 分かっている現象。


 問題はその次。


 現地周辺において地表隆起を確認。


「隆起?」


「地震?」


 続報を待つ。


 地震反応なし。


 地下魔法陣なし。


 地盤移動なし。


 それでも地面が盛り上がっている。


「何だそれ」


 誰かが呟く。


 十分後。


 さらに情報が来た。


 隆起したのは土ではない。


「……岩?」


 現地の地面から、巨大な黒い岩塊が突き出している。


 高さ。


 推定二十メートル。


 まだ成長中。


「成長って言い方おかしくない?」


 カイルが言う。


「でも増えてるなら」


「石だぞ」


 写真記録が送られてくる。


 平原だった場所。


 中央に黒い塊。


 その周囲に、魔獣らしい小さな影がいくつもいる。


 学院事故の時とは違う。


 魔獣だけではない。


 場所そのものがおかしくなっている。


「石橋のやつ」


 ミラが言う。


「似てる?」


「高濃度で石が変わったって意味では」


「でも規模違いすぎる」


 二十メートル。


 しかもまだ止まっていない。


「オルフェン先生」


 俺が立つ。


「行くの?」


「研究室」


「現地じゃなくて?」


「行くわけないだろ」


「確認」


 最近信用されていない。


     ◇


 研究室へ着くと、扉が開いていた。


 中は人だらけだった。


 オルフェン先生。


 魔法工学。


 環境魔力。


 物質魔法。


 知らない研究者。


 壁の大型表示板には、東方の観測値が出ている。


「エルド、何しに来た」


「速報見ました」


「見れば分かるだろうが、今忙しい」


「邪魔なら帰ります」


「待て」


 先生が少し考える。


「お前、学院北区の低下を見たか」


「工房で」


「時刻覚えている?」


「記録残ってます」


「何時」


 答える。


 先生が壁の地図を見る。


「やはり近い」


「何が?」


「東方の上昇開始と時間が近い」


 研究者の一人が別の紙を見る。


「差は十一分」


「それだけでは何も言えん」


「分かっています」


 会話が速い。


「先生」


「何だ」


「北で減った魔力が東へ?」


「まだ言うな」


「はい」


 でも先生たちも同じことを考えている。


「量が合わない」


 環境魔力の研究者が言った。


「北中央区の減少量を最大で見積もっても、東方上昇の一割にも届きません」


「範囲外から流入している可能性」


「観測点がない」


「東側の村は?」


「一部で低下報告。ただし二割程度」


 地図に数字が増えていく。


 減った場所。


 増えた場所。


 その間は必ずしも繋がらない。


「流れの方向は?」


 オルフェン先生が聞く。


「現地計測では中心方向」


「周辺は?」


「一致しません」


「またか」


 別の研究員が表示を切り替える。


 矢印。


 西。


 北。


 南東。


 途中で反転。


 中心に近づくと収束。


 でも遠くではばらばら。


「《方向不定》は?」


 俺が聞く。


 何人かがこっちを見る。


「三地点」


 先生が答える。


 また。


「学院事故と同じ?」


「似ている部分はある」


「違う部分は?」


「今回は人為的な集積魔法陣がない」


 そこだった。


 学院事故では、実験魔法陣が魔力を集めていた。


 だから高濃度化した。


 少なくとも局所的な集積には、人間が作った理由があった。


 今回は。


「何もない平原?」


「ああ」


「地下設備も?」


「確認されていない」


「じゃあ何が集めてるんです?」


「それが分からん」


 同じ答え。


 でも今回は、前より嫌な感じがした。


「黒い岩は?」


「まだ不明」


「元から地下にあった?」


「地質記録に該当なし」


「じゃあ急に」


「現地ではそう見えている」


 そこへ新しい速報。


 研究室の表示板が更新される。


 岩塊。


 高さ二十八メートル。


「増えてる」


「魔力濃度」


 五・二倍。


「軍は?」


「住民避難を優先。大型魔獣は討伐班が対応」


 研究員が言う。


「岩そのものへの攻撃は禁止されています」


「何で?」


「何が起きるか分からないから」


 オルフェン先生が答える。


 石橋。


 枯れ木。


 湖。


 今度は巨大な岩。


 異常が大きくなっている。


     ◇


 俺は研究室の隅に立ったまま、地図を見ていた。


 邪魔になるなら出るつもりだった。


 でも先生から待てと言われたので、そのままいる。


「学院事故以降の要調査事象を全部重ねろ」


 誰かが言う。


 地図が切り替わる。


 王国全体。


 点。


 石橋。


 森林。


 湖。


 都市。


 枯れ木。


 風。


 魔獣。


 北部希薄化。


 今回の平原。


 増えている。


 目で見ても分かるくらい。


「色に共通性は?」


「ない」


「地形」


「ない」


「地下水」


「一致しない」


「魔石鉱床」


「一部だけ」


「季節要因」


「説明不能」


 一つずつ消えていく。


 俺には分からない専門用語も多い。


 それでも、原因が見つかっていないことだけは分かる。


「世界全体で魔力が動いていると仮定した場合は?」


 一人の研究者が言った。


 部屋が少し静かになった。


「証明できない」


「仮定の話です」


「観測範囲が狭すぎる」


「だが、局所現象だけでは説明が苦しい」


 世界全体。


 前にオルフェン先生から聞いた。


 魔力が大規模に循環しているのではないかという古い仮説。


 証明できない。


 動きが小さすぎる。


 もし。


 その動きが今だけ大きくなっているなら。


「エルド」


「はい」


 先生に呼ばれて顔を上げる。


「帰れ」


「急ですね」


「これ以上は生徒に見せる段階ではない」


「何か分かった?」


「分かっていないからだ」


「……はい」


 今度は素直に出る。


 扉の前で止まる。


「先生」


「何だ」


「今回の場所、近くに人は?」


「避難中だ」


「間に合います?」


「間に合わせる」


 短い。


 でも、その言い方で少し安心した。


     ◇


 学院を出る頃には、東の空が少し暗く見えた。


 四十キロ離れている。


 岩が見えるわけではない。


 魔獣も。


 何も。


 でも学院の門では、軍の運搬車が何台も東へ向かっていた。


 治療班らしい車両もある。


「レン」


 ミラとカイルが待っていた。


「先生何て?」


「分からないって」


「いつも通り」


「でも今回は人為的な魔法陣がない」


 二人の顔が変わる。


「じゃあ何で魔力集まってるの?」


「それが分からない」


「岩は?」


「二十八メートル」


「まだ増えてる?」


「さっきは」


 カイルが東を見る。


「討伐行く人いるのかな」


「軍が行ってる」


「学生は?」


「絶対出さないだろ」


 学院事故では、その場にいたから戦った。


 今回は違う。


 わざわざ学生を四十キロ先へ連れていく理由はない。


「行きたい?」


 俺が聞く。


 カイルは少し考えた。


「見たい。でも戦いたくはない」


「珍しい」


「学院の時ので十分分かった」


「何が?」


「知らない相手に突っ込むの怖い」


 それは俺も同じだった。


 ミラも東を見ている。


「人、大丈夫かな」


「先生が避難中って」


「ならいいけど」


 何もできない。


 俺たちは学生。


 今できるのは帰ることくらい。


 それが少し悔しい。


 でも、今はそれでいいとも思う。


     ◇


 翌朝。


 東方平原の異常について続報が出た。


 黒い岩塊は夜中に成長を停止。


 最終高さ。


 三十四メートル。


 周辺魔力濃度は徐々に低下し、朝には通常値の一・七倍。


 新規魔獣発生も停止。


 避難対象地域の住民に死者なし。


 負傷者。


 軍と警備を中心に二十一名。


「止まったんだ」


 ミラが掲示を見る。


「ああ」


 ひとまず安心する。


 でも報告はそこで終わっていなかった。


 黒い岩塊の周囲。


 半径約百二十メートル。


 地面の性質が変化している。


 通常の土壌ではない。


 硬度。


 魔力保持量。


 重量。


 どれも既存の地質分類と一致しない。


「場所ごと変わってる?」


 俺が呟く。


 岩一個ではない。


 周囲まで。


「立入禁止区域に指定」


 カイルが読む。


「そりゃそうだろうな」


 さらに下。


 昨夜、王国内の別地点で新たな魔力希薄化を二件確認。


 一つは海沿い。


 一つは山間部。


 どちらも人的被害なし。


「また減ってる」


 ミラが言った。


「こっちでは集まって」


 俺は地図を見る。


 東で有りすぎた。


 別の場所では無さすぎる。


 関係があるかは分からない。


 でも報告は確実に増えている。


「最近さ」


 カイルが言う。


「最近?」


「普通の報告の方が珍しく感じてきた」


「それは気にしすぎ」


「エルドに言われたくない」


 否定できない。


 俺たちは掲示板から離れる。


 今日も授業がある。


 右腕は五パーセント。


 五号の次の試験もある。


 学部選びも終わっていない。


 自分のやることはいくらでもある。


 それでも、歩きながら一度だけ環境魔力計を見た。


 百一。


 正常。


 ほんの少し安心する。


 以前なら、それで終わっていた。


 今はその数字を見ながら思う。


 ここにある魔力は、ずっとここにあるものなのか。


 どこかから来たのか。


 どこかへ行くのか。


 そんなことすら、人間はほとんど知らない。


 知っているつもりだった世界に、分からない場所が急に増えたわけじゃない。


 多分。


 最初から分からないことだらけだった。


 今まで、それが普通に動いていたから気にしていなかっただけだ。


 そして今、その普通だけが少しずつ崩れ始めていた。

どうなるかな?ウフフ・・・

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