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第22話 上昇

過程や方法は大事に


 翌日の十分試験は、思ったよりあっさり終わった。


「終了」


 オルフェン先生の声で主電源を切る。


 人工魔力材の中に留めていた俺の魔力が、ゆっくり元の位置へ広がっていった。


「温度」


「二十二・三」


 ミラが測定器を見る。


「開始二十一・四だから、上昇〇・九」


「損失」


「三・六パーセント」


「警告」


「三回」


 俺も記録紙へ書き込む。


 十分。


 調整三回。


 前回の五分で二回だったから、時間が倍になった割には増えていない。


「かなり減ったな」


「何が?」


「操作回数」


 以前なら五分維持するだけで十回以上触っていた。


 今は十分で三回。


 俺が最初から細かく制御しすぎていただけだったらしい。


「やっぱり、近くに置くだけでいいんだな」


「最初からそういう装置だ」


 先生が言う。


「分かってはいたんですけど」


「分かっているのと、設計に反映できるのは別だ」


「最近それ多くないですか」


「研究だからな」


 先生は記録を見る。


「次は初期魔力量を変える」


「今日?」


「今日はやらん」


「ですよね」


 もう言われる前に分かるようになってきた。


 試験条件を自分で決めると、勝手に先へ進みにくい。


 面倒だけど、逆に迷わなくて済む。


 今までは、一回うまくいくとそのまま次を試したくなっていた。


 今日はここまで。


 それが最初から決まっている。


「じゃあ片付けます」


「ああ」


 端子を外す。


 人工魔力材を保管箱へ戻す。


 測定器の記録を保存。


 表示灯を切る。


 全部終わる頃には、前より少しだけ手順そのものが好きになっていた。


「レン」


「何?」


 ミラが工房の壁を見る。


「また通知」


「最近多いな」


 工房の連絡板が点滅している。


 普段なら設備予約や研究棟の使用変更くらいしか出ない場所だ。


 事件後は、王国魔力監視局からの通知も流れるようになった。


「どこ?」


「北部」


 俺も近づく。


 王都からかなり離れた地方都市。


 人口は二万人ほど。


 大きくはないが、周辺の農村や鉱山から人が集まる地域拠点らしい。


「魔力濃度異常」


 ここまでは最近よく見る。


 問題はその次だった。


 通常値の一八パーセントまで低下。


「……低い?」


 読み間違えたかと思った。


「一八?」


 ミラも同じところを見る。


「低すぎない?」


「かなり」


 高濃度の通知ばかり見ていたから、逆方向は少し意外だった。


 この前も北部の湖で青系魔力が低下したという報告はあった。


 でも、あれは一色だけ。


 今回は違う。


 九色すべて。


 空気中魔力そのものが極端に薄くなっている。


「魔法使えるのかな」


 ミラが言う。


「自分の魔力なら使えるだろ」


「魔法陣は?」


「供給が外部依存なら厳しいかも」


 通知を読む。


 市内の公共照明陣。


 出力低下。


 給湯設備。


 一部停止。


 大型冷蔵庫。


 非常運転。


 医療施設。


「治療院が?」


 そこで声が止まった。


 市内中央治療院の大型魔法陣が安定動作せず。


 現在、蓄積槽と術者による直接供給へ切り替え。


「これ結構まずくない?」


「ああ」


 この世界では魔法陣は珍しいものじゃない。


 街灯。


 水。


 温度管理。


 工場。


 医療。


 全部が全部、空気中の魔力だけで動いているわけではない。


 蓄積槽もある。


 魔石もある。


 人が直接供給するものもある。


 でも、普段から周囲の魔力を補助的に使っている設備は多い。


「原因は?」


「不明」


「また」


 最近こればかりだ。


「魔獣は?」


「減少」


「減るんだ」


 高濃度で発生するなら、薄くなれば減る。


 理屈としては当たり前。


「危なくないように見えるけど」


 ミラが言う。


「街の設備止まるなら十分危ない」


「そうだよね」


 魔獣がいない。


 何も生まれない。


 それだけなら安全に見える。


 でも人間の生活は、もう魔力なしでは成り立っていない。


「先生」


 俺が呼ぶ。


「見てる」


 オルフェン先生も後ろから通知を読んでいた。


「これも調査対象?」


「ああ」


「学院事故と関係あると思います?」


「まだ聞くのか」


「一応」


「現時点では不明」


「ですよね」


 ただ、先生の顔は前より少し険しかった。


「何です?」


「何が」


「その顔」


「元からだ」


「もう少し疲れてる」


「事件後、寝る時間が減った」


「それは寝てください」


「お前に言われたくない」


 それはそう。


「でも」


 先生は通知を見る。


「高濃度化だけなら、局所的な集積現象として考える余地がある」


「低下も出たから?」


「ああ」


「どこかに移動した?」


 口に出した瞬間、先生が俺を見る。


「可能性の一つではある」


「薄くなった分が、別の場所に?」


「ただし観測できていない」


「でも量は保存されるんじゃ」


「魔力は完全な閉鎖系ではない」


 先生が言う。


「生物が使う。魔法で消費される。魔石へ固定される。熱や運動へ変換される。単純な水の移動のようには扱えん」


「じゃあ、減った分がどこかへ行ったとは限らない?」


「そうだ」


 すぐには繋がらない。


 分かっている。


 でも、少しだけ気持ち悪い。


 ある場所では増える。


 ある場所では減る。


 それが最近、同時に増えている。


「王国全体の観測ってできないんですか」


「無理だ」


「そんな即答」


「観測点が足りない」


「増やせば?」


「数百倍必要になる」


「そんなに?」


「空気中魔力は場所ごとの差が大きい。都市だけ測っても山や海や地下は分からん。しかも流れは常に一定ではない」


「世界全体なら」


「もっと無理だ」


 先生は簡単に言った。


「現在の技術では、せいぜい局所的な変動を繋ぎ合わせるだけだ」


「循環してる可能性は?」


 聞いてみる。


 先生は少し考えた。


「仮説なら昔からある」


「あるんですか」


「水や風のように、魔力も大規模に循環しているのではないかという説だ」


 初めて聞いた。


「証明は?」


「できていない」


「何で?」


「動きが小さすぎる」


 先生が机の上の測定器を指す。


「この程度の機器で測れるのは、せいぜい研究棟周辺の変化だ。大陸をまたぐほど遅く緩やかな流れがあったとしても、局所的な揺れに埋もれる」


「じゃあ本当にあるかも分からない」


「ああ」


「でも今回みたいに大きく崩れたら?」


 先生が少し黙る。


「だから観測網を増やしている」


 答えはそれだけだった。


     ◇


 その日の授業は予定通り行われた。


 事件前なら、遠くの都市で魔力濃度が下がったという報告なんて、授業中に思い出すこともなかったと思う。


 今日は違った。


 教室の照明を見る。


 壁の温度調整陣を見る。


 廊下の給水器。


 全部、魔力を使っている。


 もしここが一八パーセントになったら。


 灯りは?


 研究設備は?


 治療棟は?


 魔法そのものは、自分の体内魔力があれば使える。


 でも大型設備は別だ。


 個人で補える量じゃない。


「レン」


「何」


「聞いてる?」


 隣のカイルに小声で言われる。


「聞いてる」


「先生今何言った?」


「戦闘魔術における重心移動」


「じゃあ聞いてるな」


 今日は戦闘魔術の仮体験。


 第一希望ではないが、俺の第二希望だ。


 広い訓練場には三十人ほど集まっている。


 正面では担当教官が、相手の攻撃を受ける前に身体をどう動かすか説明していた。


「身体強化は出力を上げればいいわけではない」


 最近どこへ行っても似た話を聞く。


「必要な位置へ、必要な瞬間だけ使え。特に接近戦では、強くすることより間に合わせることの方が重要だ」


 カイルが少し得意そうな顔をする。


「お前向きだな」


「まあな」


「俺も最近それ練習してる」


「俺が教えたやつ?」


「バルガスさん経由だけど」


「元は似たようなもんだろ」


 実技では、相手に触れられる直前だけ脚を強化し、半歩ずらす練習から始まった。


 右腕はまだ禁止なので、俺は脚だけ。


 これは問題ない。


「エルド」


 教官に名前を呼ばれる。


「はい」


「右腕治療中か」


「はい」


「脚だけでやれ。転倒時も右で受けるな」


「分かりました」


 相手役の上級生が前に立つ。


「いくよ」


「お願いします」


 触れる直前。


 左脚。


 魔力。


 半歩。


 避ける。


「早いね」


「ありがとうございます」


「でも先に動いてる」


「え」


「今、私の肩見たでしょ」


 ばれている。


「攻撃方向を読んでから強化してる」


「駄目です?」


「今は間に合う。でももっと速い相手だと遅い」


「じゃあどこ見るんです?」


「全部」


「雑だな」


 上級生が笑う。


「相手だけじゃなくて、自分の状態も」


 もう一度。


 今度は肩だけを見ない。


 腰。


 足。


 目。


 自分の重心。


 魔力待機。


 相手が来る。


 今。


 動く。


 避ける。


「さっきよりいい」


「でもまだ読んでます」


「読んでいい。ただ、読む場所を一つにしない」


 なるほど。


 精密魔術でも似たことを言われた。


 細かくすればいいわけではない。


 戦闘でも、一か所だけ見ればいいわけではない。


 俺はどうしても、一つを見つけるとそこへ寄りすぎるらしい。


     ◇


 仮体験の後半は模擬戦だった。


 といっても本気ではない。


 攻撃側と防御側に分かれ、防御側は十秒間避け続ければ成功。


 俺の相手はカイルになった。


「お前か」


「やりやすいだろ」


「逆に嫌だ」


「何で」


「動き知ってるから」


「それはこっちも同じ」


 カイルは木剣。


 俺は武器なし。


 右腕は禁止。


 勝つ必要はない。


 十秒避ければいい。


「始め!」


 カイルが踏み込む。


 速い。


 知っている。


 だから最初の一撃は避けられる。


 左。


 次。


 剣先。


 下がる。


 カイルが身体強化を切り替える。


 脚。


 体幹。


 腕。


 短い。


 一瞬ずつ。


 前よりさらに上手くなっている。


「っ」


 三発目。


 避ける。


 四発目。


 近い。


 右へ逃げたい。


 でも右腕を使わないよう身体が少し遅れる。


 剣が肩へ触れる。


「終了」


「七秒」


 教官が言う。


「負けた」


「避けるだけなら結構いけるな」


 カイルが剣を下げる。


「お前速くなってない?」


「訓練増えた」


「事件後に?」


「ああ」


「何で」


「怖かったから」


 普通に言った。


「魔獣相手した時、剣振るの遅いと思った」


「十分速かったけど」


「もっと速ければ、一体多く止められたかもしれない」


 少しだけ声が変わる。


 あの日。


 通路。


 後ろにいた学生。


「だから練習してる」


「身体壊すなよ」


「お前に言われたくない」


「最近俺まともだから」


「期間短すぎ」


 そのまま交代する。


 今度は俺が攻撃役。


 武器がないので、左手で肩へ触れればいい。


「右使うなよ」


「分かってる」


「絶対反射で出すなよ」


「分かってるって」


 開始。


 脚。


 短時間強化。


 近づく。


 カイルが避ける。


 速い。


 二歩目。


 フェイント。


 右へ行くよう見せて左。


 カイルが少しずれる。


 まだ届かない。


 そこでふと、精密魔術研究の上級生を思い出す。


 一歩四十回。


 俺には無理。


 でも四回なら。


 踵。


 体重。


 抜ける。


 蹴る。


 一歩の中で全部を同じ強さにしない。


 試す。


 左脚へ流す。


 切る。


 次。


「うわ」


 身体が少し前へ出すぎた。


 カイルが避ける。


「何今の」


「試した」


「戦闘中に?」


「模擬戦だから」


「そういうところだぞ」


 結局十秒。


 触れられなかった。


 でも少し面白いものは見えた。


     ◇


 授業が終わり、三人で食堂へ向かう。


 ミラは魔法戦術の仮体験が別棟だったので、途中で合流した。


「どうだった?」


 俺が聞く。


「面白かった」


「何やった?」


「同じ魔法を場所だけ変えて撃つ訓練」


「地味だな」


「地味だけど難しいよ」


「ミラでも?」


「私、威力上げる方が得意だから」


 意外だった。


「何で?」


「強く撃つなら魔力量である程度押せる。でも弱くして正確に置くのは別」


「へえ」


「何その顔」


「ちょっと安心した」


「何で?」


「苦手あるんだなと思って」


「あるよ普通に」


 ミラが少し笑う。


 その時、食堂の入口で人が止まっているのが見えた。


「何?」


 近づく。


 照明が暗い。


 昼間だから分かりにくいけど、明らかに普段より弱い。


「故障?」


 カイルが天井を見る。


 食堂の職員が何人か設備盤の前に集まっている。


「また出力落ちてる」


「蓄積槽は?」


「残量七割」


「じゃあ供給?」


 聞こえてくる。


 俺たちも立ち止まる。


「学院でも?」


 ミラが小さく言った。


 壁にある環境魔力計を見る。


 正常値。


 いや。


「九十一」


 少し低い。


 でも異常というほどではない。


「普段いくつ?」


「この辺なら百前後」


「誤差じゃない?」


「多分」


 それでも、職員は設備を調べている。


 数分後。


 照明は戻った。


「ただの故障かな」


 カイルが言う。


「多分」


 俺もそう答える。


 最近は何でも魔力異常に見える。


 先生に言われた通りだ。


 繋げすぎるな。


 食堂へ入る。


 普通に注文する。


 食べる。


 問題ない。


 それだけ。


     ◇


 翌朝。


 学院へ着くと、正門の横に新しい掲示が出ていた。


 北部地方都市における環境魔力低下について。


 昨日の続報。


 濃度は一八パーセントからさらに低下。


 最低時。


 六パーセント。


「六?」


 思わず声が出る。


 近くにいた学生も同じ反応をしている。


 ほとんどない。


 完全にゼロではない。


 でも、都市としては異常だ。


 公共魔法陣の大半が停止。


 医療施設は魔石と術者による直接供給へ完全移行。


 工場停止。


 冷蔵設備停止。


 給水設備の一部停止。


 周辺住民の一時避難開始。


「魔獣は?」


 ミラが隣から見る。


「確認数、急減」


「やっぱり」


 高濃度なら魔獣が出る。


 低ければ出ない。


 それだけ見れば安全。


 なのに街は避難している。


「理由、魔法陣?」


「生活できないんだろ」


 水を汲むことはできる。


 火も焚ける。


 人間は魔法がなくても一応生きられる。


 でも、二万人が住む街の仕組みはそう簡単じゃない。


 病院。


 食品。


 水。


 仕事。


 運搬。


 一つずつ人力へ戻すには、人が多すぎる。


「昔ならどうしてたんだろ」


 カイルが言う。


「魔法陣が今ほど普及する前?」


「ああ」


「人力」


「大変だな」


「だから発展したんだろ」


 便利だから使う。


 使えるから街が大きくなる。


 大きくなれば、なくなった時の影響も大きくなる。


「原因」


 掲示の最後を見る。


 不明。


 もう驚かない。


     ◇


 昼休み。


 オルフェン先生の研究室へ行くと、今日は扉の前で止められた。


「入るな」


 中から声。


「何で?」


「会議中だ」


「じゃあ後で」


「待て」


 少しして先生が出てくる。


 いつもより疲れている。


「北部の件?」


「そうだ」


「六パーセント」


「見たか」


「はい」


「質問は三つまで」


「何で三つ」


「時間がない」


「じゃあ一つ目。原因分かりました?」


「分からん」


「一個無駄にした」


「知ってて聞いただろ」


「一応」


「残り二つ」


 考える。


「魔力、戻るんですか」


 先生が少し黙る。


「現時点では戻っていない」


「自然に?」


「予測できない」


「じゃあ最後」


 少し迷う。


「他にも薄くなってる場所、あります?」


 先生の顔を見る。


 これが一番聞きたかった。


「ああ」


「何か所」


「確認中を含めれば五」


「五?」


 北部都市だけではない。


「どれくらい?」


「都市ほど極端ではない。六割から八割程度が四か所」


「増えてる」


「そう見える」


「高濃度の方も?」


「ああ」


「両方?」


「ああ」


 先生はそれ以上言わなかった。


 でも十分だった。


「学院事故の後から?」


「時期は重なる」


「関係ある?」


「分からん」


 四つ目。


 でも答えてくれた。


「先生」


「もう終わりだ」


「一個だけ」


「駄目だ」


「王国全体の魔力が減ってる可能性は?」


 先生が止まる。


 少しだけ。


「それも調べている」


「測れるんですか」


「ほぼ無理だ」


「じゃあどうやって」


「分かる範囲を増やす」


 先生は研究室の中を見る。


 壁一面に地図。


 線。


 数字。


 色。


 前より増えている。


「観測点を繋ぐ。過去記録と比べる。魔石鉱床の変化を見る。魔獣発生域も使う」


「魔獣?」


「高濃度地域の目安になる」


「ああ」


「低濃度地域では逆に減る」


 生物そのものを測定器代わりにする。


「でも、それで世界全体までは」


「分からん」


「やっぱり」


「だから調べている」


 いつもの答え。


 でも最近、この言葉の重さが少し変わってきた。


 先生一人が分からないんじゃない。


 学院でも。


 研究院でも。


 王国でも。


 分からない。


 それでも調べている。


「エルド」


「はい」


「お前は自分のやることをやれ」


「五号?」


「それも」


「学部も?」


「それもだ」


 先生は少し考えてから続ける。


「世界で異常が起きているからといって、全部お前が調べる必要はない」


「分かってます」


「本当に?」


「多分」


「怪しいな」


「でも勝手に現地行ったりはしません」


「そこまで成長したなら十分だ」


「基準低くないですか」


「お前の場合はな」


 先生は研究室へ戻っていった。


     ◇


 午後。


 授業中、窓の外に大きな影が通った。


 最初は雲だと思った。


 でも違う。


 翼。


 長い首。


 巨大な胴体。


「ドラゴン?」


 誰かが言う。


 教室の全員が窓を見る。


 かなり高い。


 それでも大きい。


 以前、家から見た個体と同じかは分からない。


 色も遠すぎて判別できない。


 ただ、王都上空を一度大きく旋回し、そのまま北へ向かった。


「最近よく見るな」


 教師が少しだけ窓を見る。


「珍しいんですか?」


「この時期に王都近郊まで来るのはな」


「何で来てるんです?」


「知らん」


 授業はそのまま再開した。


 俺もノートへ戻る。


 でも、少しだけ気になった。


 北。


 魔力が薄くなった都市も北。


 偶然。


 多分。


 ドラゴンが何を考えて飛んでいるのかなんて、人間には分からない。


     ◇


 王都から北へ、数百キロ。


 その頃。


 山脈の上空を一頭のドラゴンが飛んでいた。


 人間が付けた名前はない。


 本人も必要としていない。


 長く生きている。


 王国ができる前。


 山が今より少し低かった頃。


 海岸線が今とは違った頃。


 もっと前。


 今の世界が、まだ今の形ではなかった頃。


 それでも、何が起きているのかを説明できるわけではなかった。


 ただ。


 違う。


 それだけは分かる。


 空気の中にあるものが、いつもより少ない。


 別の場所では、多すぎた。


 それが本来ならゆっくりと移り、薄まり、戻っていく。


 少なくとも、ずっとそうだった。


 今は違う。


 一か所へ寄る。


 抜ける。


 止まる。


 また流れる。


 落ち着かない。


 若い頃にも似た感覚はあった。


 だが、ここまで大きくはなかった。


 ドラゴンは山の上を越える。


 眼下に街が見える。


 灯りが少ない。


 魔力も薄い。


 人間が動いている。


 逃げている。


 その意味まではどうでもいい。


 ただ、ここではない。


 さらに北。


 何かがある。


 何かではない。


 流れ。


 いつもなら気にもしない程度のもの。


 それが、今は嫌に目につく。


 ドラゴンは翼を広げた。


 そして、人間にはほとんど観測できないほど弱い魔力の流れを追って、さらに北へ飛んでいった。

ドラゴンは長生きです

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