第15話 使い方は人それぞれ
そろそろ不幸にしてもいいかもしれない・・・
放課後、俺は約束通り第四工房へ向かった。
今日は自分で何かを試すつもりはない。机の上に用意したのは三秒札が六枚と、薄い木板を何枚か。それから札を剣に固定するための簡単な留め具だけだった。
カイルが来るまでの間に、俺は留め具の位置を何度か変えてみる。剣の鍔に近すぎれば手に当たりそうだし、離しすぎると振った時に紙が先に剥がれる。そもそも剣に魔法陣を付けること自体は珍しくないが、今回やりたいのは剣から魔法を出すことではなく、剣を振る動きで札だけを飛ばすことだ。
「難しいな」
実際の剣がないので、木製の棒へ留め具を付けて試してみる。
振る。
札は外れない。
もう一度。
強めに振る。
今度は外れた。
ただし、俺の後ろへ飛んだ。
「……駄目だな」
「何が?」
入口から声がして振り返ると、カイルが立っていた。肩には訓練用の片手剣を下げている。
「ちょうどいい。貸して」
「挨拶より先に剣?」
「早く試したい」
「お前、今日見るだけじゃなかった?」
「俺は使わない。取り付けるだけ」
「本当に?」
「何でお前まで疑うんだよ」
「グレイスから言われた」
またか。
「ミラは?」
「あとで来るって」
カイルから剣を受け取る。もちろん刃を潰した訓練用だけれど、重さや形は実物に近い。
鍔のすぐ上へ留め具を付ける。
「振ってみて」
「札なし?」
「最初は」
カイルが剣を握り、何度か軽く振る。
「邪魔?」
「少し」
「どこが?」
「親指の近く。握り変えた時に触る」
「じゃあもう少し上」
位置をずらす。
もう一度。
「今度は?」
「こっちの方がいい」
次に、魔力を入れていない三秒札を一枚挟む。
「剣振った時に、最後で手首を返して」
「こう?」
カイルがゆっくり動きを確認する。
剣を斜めに振り下ろし、最後に少しだけ手首を返す。
札が外れた。
前へ飛ぶ。
「お」
二人同時に声が出た。
距離は三メートルほど。それでも、手で投げるより明らかに速い。
「もう一回」
「今度は普通の速さでいい?」
「ああ」
新しい札。
カイルが構える。
振る。
札が飛ぶ。
今度は五メートルほど先へ行き、そのまま床へ落ちた。
「かなりいいな」
「俺の案だからな」
「まだ魔法入ってないけど」
「飛ばすところは成功だろ」
そこは認める。
「問題は向き」
「ああ」
二枚とも表が上を向いたまま飛んでいる。
偶然なのか、それとも剣から外れる時の回転が安定しているのか。
そこを確認するために、さらに三枚試した。
三枚とも大きく裏返ることはなかった。
「これなら三秒札使えるかも」
「三秒も必要?」
「剣から飛ばすならもっと短くできる」
「一秒?」
「それだと振る前に発動しそう」
「じゃあ二秒」
「多分それくらい」
俺が紙へ書き込んでいると、工房の入口からミラが入ってきた。
「もう始めてる」
「見るだけならいいだろ」
「レンが?」
「カイルが」
ミラが床に散らばった札を見る。
「飛んだの?」
「見ろ」
カイルが少し得意そうに新しい札を付ける。
「これ、俺が思いついた」
「まだ聞いてないよ」
「見れば分かる」
剣を振る。
札が前へ飛ぶ。
「へえ」
ミラは素直に感心したらしい。
「思ったより真っ直ぐ」
「だろ?」
「でも戦ってる時に毎回こんな振り方できる?」
カイルの顔が止まった。
「……できる」
「今ちょっと考えたよね」
「できるって」
「じゃあ訓練場で試せば」
もっともな話だった。
工房で剣だけ振るなら、好きな角度で札を飛ばせる。
実際の戦闘では相手がいる。
防ぐ。
避ける。
踏み込む。
その中で毎回、札を飛ばすための動作を作れるとは限らない。
「今日訓練場空いてる?」
俺が聞く。
「第五の小区画なら申請すれば使えると思う」
ミラが答える。
「じゃあ行く?」
カイルがすぐ乗ってくる。
俺は少しだけ考えた。
今日の予定では、見るだけ。
俺自身は動かない。
それなら問題ない。
「行こう」
◇
第五訓練場の小区画は、夕方になるとかなり空いていた。
申請を済ませ、俺たちは端の一つを借りる。魔法を使うので防護陣も起動してもらった。
俺は外側。
中にカイルとミラ。
「何で私が相手なの?」
「俺は右腕使えないから」
「見るだけって言ってたもんね」
「そう」
ちゃんと守る。
「出力はかなり下げて」
「分かってる」
ミラが訓練用の魔力防護具を付ける。
カイルの剣には、一枚だけ札を装着した。
今回は魔力あり。
ただし《圧弾》の出力は、授業で使うものよりさらに低い。
「発動は三秒のまま?」
カイルが聞く。
「まずは。剣を振り始める前に起動して、振った時に飛ばして」
「三秒数えるの面倒だな」
「最初だけ」
「戦闘中は?」
「そこはあとで考える」
「また増えるな」
「だから試すんだよ」
ミラが少し距離を取る。
「私どうすればいい?」
「普通に避けて」
「攻撃していい?」
「弱い《圧弾》だけなら」
「分かった」
俺は区画の外から二人を見る。
「始めていい?」
「いいよ」
カイルが先に動いた。
剣を構えたまま距離を詰める。
ミラが《圧弾》を一発。
カイルは横へ避ける。
二発目。
剣で受ける。
そこから踏み込む。
「今!」
俺が言う前に、カイルは札を起動したらしい。
一。
ミラがさらに一発。
カイルが剣を上げる。
二。
防ぐ。
三。
札が剣に付いたまま発動した。
《圧弾》が横へ飛ぶ。
「危なっ」
カイルが驚いて剣を離しかけた。
ミラも思わず一歩下がる。
「止め!」
俺が声を出す。
カイルがこちらを見る。
「三秒無理だろ」
「分かってる!」
俺も思った。
戦闘中に三秒を正確に数えながら、剣を振るタイミングまで合わせるのは面倒すぎる。
「今、何で飛ばせなかった?」
ミラが聞く。
「攻撃来たから防いだ」
「つまり札を飛ばすために剣振れなかった?」
「そう」
予想していた問題がそのまま出た。
「これ、剣に付ける意味ある?」
「まだ分からない」
俺は中へ入らず、その場で考える。
剣へ付けた。
剣を振る。
札が飛ぶ。
工房では上手くいった。
でも実戦では、剣は札を飛ばすための道具ではない。
相手を攻撃したり、防御したりするものだ。
札を使いたい瞬間と剣を振れる瞬間が一致するとは限らない。
「なら、振った時に勝手に起動すればいい」
カイルが言った。
「それ、前にも似た話したな」
「補助環?」
「ああ」
剣を振る動作を検知。
その瞬間に起動。
ただ、それをやるには装置が必要になる。
「札だけじゃ無理?」
ミラが聞く。
「動きに反応する魔法陣なら作れるけど、かなり複雑になる」
「じゃあ剣側に魔法陣つけたら?」
「剣側?」
「札を起動する陣」
俺はカイルの剣を見る。
鍔。
留め具。
そこに小さな魔法陣。
剣を振った時に札へ魔力を送る。
「できるかも」
「また増えた」
「でもこれはかなり使える」
カイルが剣を持ち直す。
「俺としては、数える必要なくなるなら欲しい」
「だよな」
問題はどうやって剣の動きを判断するか。
単純に一定以上の速度で動いたら起動。
それなら剣を受けた衝撃でも反応するかもしれない。
角度。
加速度。
魔力。
「……工房戻りたい」
「レン」
ミラが俺を見る。
「何?」
「今日は?」
「俺は何もしてない」
「そういう意味じゃなくて」
考える。
今日はカイルが使うところを見る。
その目的は達成した。
ここでまた工房へ戻って作り始めたら、結局いつもの流れになる。
「紙に書くだけ」
「ならいい」
俺はノートを出した。
最近、このやり取りにも慣れてきた。
◇
二回目の試験では、札を起動せず、剣のどの動作なら自然に飛ばせるかだけを見た。
今度はミラも普通に攻撃する。
カイルは剣で防御しながら、札を飛ばせる動きを探す。
最初に成功したのは、横薙ぎだった。
ミラの《圧弾》を避けたあと、そのまま剣を横へ振る。
札が前方へ飛ぶ。
「今の自然だった」
俺が言う。
「攻撃のついでだからな」
「斜めは?」
「やる」
踏み込み。
斜め切り。
札が飛ぶ。
少し上向き。
「これも使える」
「突きは?」
カイルが構え直す。
前へ突く。
札はほとんど外れなかった。
「駄目だな」
「動きが前後だから」
「じゃあ振る攻撃だけ」
何でもできるわけではない。
でも十分だ。
「防御の時は?」
ミラが聞く。
「剣を大きく払うなら飛ぶかも」
「やってみようか」
《圧弾》。
カイルが剣で外へ払う。
その動きで札が飛んだ。
「いける」
「でも発動方向、変じゃない?」
札はカイルの斜め後ろへ落ちている。
「防御から撃つなら駄目か」
「当てる必要ないなら?」
ミラが言う。
「どういう意味?」
「後ろに《圧弾》出たら、相手びっくりしない?」
「相手じゃなくて味方がびっくりするだろ」
カイルが即答した。
それはそうだ。
「方向はちゃんと考えないと危ないな」
ノートへ書く。
札を飛ばせる動作。
横薙ぎ。
斜め。
大きな払い。
突きは難しい。
「剣に直接魔法陣描いた方が早くない?」
ミラが急に言った。
「……」
俺とカイルが同時に止まる。
「何?」
「それ言う?」
「駄目?」
「いや」
駄目ではない。
むしろ普通だ。
魔法剣の類は存在する。
武器へ魔法陣を刻み、魔力を流して効果を発動させる。
別に珍しい発想ではない。
「じゃあ札いらないじゃん」
カイルが言う。
「待て」
「だって《圧弾》の陣を剣に付ければいいんだろ?」
「それだと発射位置固定になる」
「剣から撃てれば十分じゃない?」
「お前の場合はな」
「俺用の話してたんじゃないの?」
「……」
その通りだった。
俺は知らないうちに、カイルに俺の札を使わせることばかり考えていた。
でもカイルにとって一番使いやすい形が札である必要はない。
「じゃあカイルは剣に直接陣」
「それがいい」
「でも魔力入れるのは自分でだぞ」
「それくらいできる」
「発動も」
「できる」
カイルは魔法が得意なわけではない。
でも魔法陣へ魔力を流すだけなら問題ない。
「じゃあ札試す意味なかった?」
ミラが言う。
「いや」
俺は少し考えてから首を振った。
「使ってみたから分かった」
カイルには札より剣へ直接刻む方がいい。
俺には同じ方法が使えるか。
多分使える。
でも俺は短剣だけを使うとは限らないし、右腕が治ったら片手を空けて札を使うこともできる。
それに、札なら発射位置を変えられる。
「同じ魔法でも、使う人で違うんだな」
口にすると単純だった。
「当たり前じゃない?」
ミラが言う。
「今日それ多いな」
「だって当たり前だもん」
「作る側だと忘れるんだよ」
自分が使うもの。
そう考えると、自分の身体、自分の癖、自分の得意なことを前提に作る。
でも他人に渡した瞬間、その前提が全部変わる。
カイルには剣がある。
ミラにはそもそも札を使わなくても《圧弾》を撃てる。
じゃあミラが札を使う意味は何だ。
「ミラ」
「何?」
「今、札使ってみて」
「今?」
「ああ」
「何すればいい?」
「好きに」
「一番困るやつ」
「俺が決めたら意味ない」
ミラは少し考えてから、一秒札と三秒札を一枚ずつ受け取った。
「魔力入ってる?」
「入ってる」
「出力は?」
「訓練用」
「分かった」
ミラが訓練場の中央へ出る。
俺とカイルは外へ。
「何するんだろ」
「知らない」
「お前が頼んだんだろ」
「だから見たいんだよ」
ミラは三秒札を左手に持った。
右手は空いている。
正面には訓練用の標的が三つ。
距離はそれぞれ違う。
三秒札を起動。
その直後。
「《圧弾》」
右手から一発。
一番左の標的へ。
命中。
一秒。
今度は二発目。
右側。
二秒。
ミラが札を中央へ投げる。
三秒。
札から《圧弾》。
中央の標的に当たった。
ほぼ同時に、ミラ自身の三発目が左側へ飛ぶ。
「……四発?」
カイルが言う。
「そうなるのか」
俺も少し驚いた。
ミラは普通に魔法を撃てる。
だから札を使う意味がないと思っていた。
違う。
「別々に発動できる」
本人が撃つ魔法とは別。
事前に魔力を入れておけば、札は勝手に発動する。
つまり一人で同時に攻撃できる方向が増える。
「これ便利だね」
ミラが戻ってくる。
「お前が使う方が強くない?」
「そう?」
「俺は魔法撃てないから札一枚分。お前、自分でも撃てるじゃん」
「でも札作る時間かかるよ」
「そこは俺が作れば」
「レンが?」
「ああ」
言ってから少し止まる。
俺が作った札をミラが使う。
俺より上手く。
少し前なら、かなり嫌だったかもしれない。
自分の弱点を補うために作ったものを、元から才能のある人間がもっと上手く使う。
多分、悔しかったと思う。
今も悔しくないわけではない。
「……何その顔」
ミラが聞く。
「いや」
「何か嫌だった?」
「少し悔しい」
「何で?」
「俺が使うより強い」
正直に言う。
ミラは少しだけ困ったような顔をした。
「使わない方がいい?」
「いや」
そこはすぐ否定できた。
「使って」
「いいの?」
「ああ。むしろ使ってほしい」
「何で?」
「どこまでできるか見たい」
悔しい。
でも見たい。
そっちの方が強かった。
「俺の札だし」
「そうだね」
「俺が作ったものが強いなら、それはそれで嬉しい」
「レンが使えなくても?」
「使えないわけじゃない」
「そうだけど」
少し考える。
「俺には俺の使い方探すよ」
それでいい。
同じものを使って、ミラより上手く使わなければ意味がないわけではない。
そもそも身体も魔力も戦い方も違う。
俺には魔術がある。
カイルには剣。
ミラには魔法。
同じ札でも役割が変わる。
「じゃあ今度、もう少し作って」
「何枚?」
「四枚くらい」
「何に使う?」
「考える」
「そこから?」
「レンもそうだったでしょ」
「確かに」
返された。
◇
訓練場を出たあと、俺たちは学院内の食堂へ向かった。
今日は三人ともそれなりに腹が減っていたので、軽食ではなく普通に夕食にすることにした。
注文した料理を持って席へ座る。
俺は肉と豆の煮込み。
カイルはまた肉。
ミラは魚。
「お前本当に肉ばっかりだな」
「身体動かすから」
「野菜も食えよ」
「入ってる」
皿の端に少しだけある。
「それで入ってる扱い?」
「食べてるだろ」
ミラが笑いながら食事を始める。
「結局、剣に札付けるのやめるの?」
「カイルはな」
「俺は剣に直接魔法陣刻む」
カイルが答えた。
「誰が刻むの?」
「エルド」
「俺?」
「流れ的にそうだろ」
「勝手に決めるな」
「できない?」
「できるけど」
「じゃあ頼む」
「材料は?」
「俺が出す」
「ならいい」
訓練用の剣へ直接刻むなら、それほど難しくない。
ただし実際の武器へ刻む場合は、材質や強度、魔力伝導率まで考える必要がある。
「最初は木剣で試すぞ」
「木に《圧弾》?」
「何か問題ある?」
「格好悪い」
「知らないよ」
「金属がいい」
「失敗した時も?」
「木でいいです」
即答だった。
「ミラは札のまま?」
「多分」
「服とかに付ける?」
「それも面白そう」
「手で投げなくていいなら」
俺は昨日考えた胸への固定を思い出す。
魔法陣を服へ縫い付ける。
事前に魔力を入れておいて、必要な時に発動。
「服に直接陣描くのもありだな」
「洗ったら消えない?」
「魔獣血インクなら落ちる可能性ある」
「じゃあ札を差し替える方がいい」
「そうだな」
肩。
胸。
腰。
背中。
置ける場所はいくらでもある。
「待って」
考えているうちに気づく。
「ミラの場合、札を投げる必要ないかも」
「どうして?」
「別方向から撃ちたいだけなら、身体に付けたままでいい」
正面は本人。
左右は服に付けた札。
時間差。
同時発動。
「……結構嫌な戦い方になるな」
カイルが言った。
「何が?」
「正面からグレイスが魔法撃ってるのに、横からも勝手に飛んでくるんだろ」
「ああ」
「俺なら嫌だ」
「俺も」
ミラ本人だけでも十分強い。
そこへ別方向から魔法が増える。
「やってみたい」
ミラが少し楽しそうに言った。
「じゃあ作る」
「また夜更かし?」
「今日はしない」
「本当に?」
「四枚だけなら」
「前十枚作ってたよね」
「あれは十枚」
「今日は四枚」
「そう」
この程度なら大丈夫。
多分。
「でも」
カイルが俺を見る。
「お前、自分の札どうするんだ?」
「俺?」
「ああ。俺は剣。グレイスは身体に付ける。お前だけ普通に投げるの?」
言われて止まる。
確かに。
俺は最初から投げることばかり考えていた。
自分の場合こそ、もっと考える必要がある。
魔術。
近接。
魔法陣。
右腕が治れば、片手剣か短剣。
「……俺も身体に付ける?」
「剣に付ければ?」
「カイルと同じになる」
「同じじゃ駄目なの?」
ミラが言う。
またそこだ。
違うものが欲しい。
自分だけのもの。
無意識に、同じ方法を避けようとしていた。
「駄目じゃない」
「なら試せばいいじゃん」
「そうだな」
カイルの方法が良ければ使えばいい。
使って合わなければ変える。
「右腕治ったらな」
「まだ先?」
「もう少し」
治療院で言われた期間を考える。
最初の一か月から見れば、半分以上は過ぎている。
日常生活で違和感はほとんどない。
それでも魔術強化はまだ駄目。
「早く治らないかな」
何となく言う。
「焦るなよ」
カイルに言われた。
「お前に言われるとは思わなかった」
「俺も怪我したことあるからな」
「剣で?」
「ああ」
カイルが自分の左脇腹を軽く指す。
「十二の時に一回。訓練中」
「酷かった?」
「骨二本と筋肉」
「結構だな」
「治療魔法使って、しばらく訓練禁止」
「どれくらい?」
「一か月ちょい」
「長い」
「当時はそう思った」
カイルは普通に肉を食べながら続ける。
「治ったと思って勝手に剣振って、また痛めた」
「お前もやってるじゃん」
「だから言ってる」
「説得力あるようなないような」
「二回目の方が長かったぞ」
その一言で少し笑えなくなった。
「……どれくらい?」
「二か月くらい」
「そんなに?」
「最初の怪我そのものより、治りかけを傷めた方が面倒だったらしい」
俺は自分の右腕を見る。
今は普通に動く。
だから余計に、もう使ってもいいような気になる。
でも中まで完全に戻ったわけではない。
「治療魔法使っても?」
「だから治療魔法は完全に元通りにする魔法じゃないだろ」
「分かってる」
分かっている。
治るところまで戻す。
そこから先は身体が治す。
「俺の時は骨だったから、お前とは違うけどな」
「でも参考にはなる」
「勝手にやるなってことだけ覚えとけ」
「最近みんなそれしか言わない」
「必要だからだろ」
また同じだ。
でも今回は、少しだけ重く聞こえた。
◇
翌朝。
俺は治療院へ寄ってから授業へ向かった。
定期的な経過確認の日だったからで、別に昨日の話が怖くなったわけではない。
多分。
「痛みは?」
「ないです」
「違和感」
「ほとんど」
「日常動作は?」
「普通」
治療担当の先生が俺の右腕を動かし、何か所か触って確認する。
そのあと小さな魔法陣を腕の近くへ置いた。
「魔力を流すぞ」
「はい」
薄い光が右腕を覆う。
熱くも冷たくもない。
筋肉の状態を見るための検査らしい。
「治り方は問題ない」
「じゃあ身体強化」
「まだだ」
「聞く前に言わないでくださいよ」
「聞こうとしただろ」
「しました」
「あと一週間」
思っていたより短い。
「一週間?」
「ああ。ただし、いきなり以前と同じ出力には戻さない」
「どれくらいから?」
「一割」
「少なっ」
「一割」
「二割」
「一割」
「分かりました」
これも交渉できない。
「最初の数日は治療院か教員監督下。異常がなければ段階的に上げる」
「一週間後から?」
「検査して問題なければな」
「じゃあ本当にもう少しだ」
「そうだ」
先生が記録を書きながら言う。
「だから今壊すなよ」
「壊しません」
「治りかけが一番そう言う」
カイルの話を思い出した。
二か月。
「……気をつけます」
先生が少しだけ顔を上げた。
「今日は素直だな」
「昨日、知り合いから似た話聞いたので」
「ならそいつに感謝しておけ」
「はい」
治療院を出る。
あと一週間。
長いと思う。
でも、ここまで待った。
今さら一週間で全部やり直す方が馬鹿らしい。
それなら、右腕が戻るまでに準備を終わらせればいい。
携帯魔法陣。
五号。
魔力待機。
左手でできる訓練。
まだやれることはある。
そう考えて歩いていると、少し先にミラがいた。
「レン?」
向こうも気づいた。
「治療院?」
「ああ」
「どうだった?」
「あと一週間」
「本当に?」
「検査通れば」
「よかったじゃん」
「ああ」
自然にそう答えた。
以前なら「まだ一週間」と言っていた気がする。
今は「あと一週間」と思える。
「じゃあ来週からまた魔術使えるね」
「一割からだけど」
「いいじゃん」
「一割だぞ」
「ゼロよりいいでしょ」
「まあ」
その通りだった。
「今日の放課後、工房来る?」
「札?」
「ああ。お前用四枚」
「行く」
「カイルの剣も」
「忙しいね」
「俺は作るだけだから」
「五号は?」
「今日は触らない」
「ちゃんと分けてる」
「もう慣れた」
少しだけ嘘だ。
今でも全部やりたい。
思いついたらすぐ試したい。
でも、やらなくても忘れないように書いておけばいいと分かった。
今日できないなら明日。
明日も駄目ならその次。
それで消えるような興味なら、多分そこまでだったというだけだ。
「一週間か」
もう一度言う。
「長い?」
ミラが聞く。
「短い」
今度はそう答えた。
その間にやれることを考えれば、一週間なんて多分すぐ終わる。
少なくとも、何もできずに待っているだけではない。
俺たちはそのまま並んで講義棟へ向かった。
フフフフフフフフ・・・




