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第13話 当たるだけでは3流

《圧弾》

牽制技として利便性が高く愛用する人は多い

 携帯用の《圧弾》を実際に投げて使う許可が出たのは、その二日後だった。


 許可といっても、好きな場所で投げていいわけではない。セレナ先生から指定された魔法陣実習場の中で、教師立ち会いのもと、最低出力から始めること。紙製の陣を使い、事前に込める魔力量にも上限が決められた。


 条件だけ聞けば面倒だったけれど、四号の事故以降、こういう制限にはだいぶ慣れた。


 むしろ今回は、実際に投げていいだけありがたい。


「というわけで、今日はこれを飛ばす」


 放課後の実習場で、俺は手のひらほどの紙をミラとカイルに見せた。


 紙の表面には《圧弾》の魔法陣と魔力を蓄える副陣、それから発動までの時間を調整する遅延陣が描かれている。前回までは五秒後に発動させていたけれど、今日は三秒まで縮めてあった。


 カイルが紙を受け取り、表と裏を何度か見比べる。


「これ投げるの?」


「ああ」


「ただの紙だぞ」


「知ってる」


「飛ばなくない?」


「それも知ってる」


「じゃあ何で紙なんだよ」


「先生に最初は紙でやれって言われたから」


「なるほど」


 納得するのが早い。


 俺だって、本当なら最初から薄い木板か金属板を使いたかった。ただ、魔法陣そのものが失敗した時に壊れるのが紙一枚で済む、というセレナ先生の説明には反論できなかった。


「それで三秒後に勝手に《圧弾》が出るの?」


 ミラが聞く。


「遅延陣を起動してから三秒」


「向きは?」


「紙の表側に飛ぶ」


「投げて裏返ったら?」


「逆に飛ぶ」


「危なくない?」


「だから今から試すんだよ」


 言ったあと、自分でもかなり重要な問題だと思った。


 紙が空中で裏返る。


 三秒。


 俺の方を向く。


 《圧弾》。


 普通に嫌だ。


「……先に投げる練習した方がよくない?」


「俺も今ちょっと思った」


「今?」


「作ってる時は真っ直ぐ飛ぶ気がしてた」


「何で?」


「何となく」


「それで四号爆発したんじゃない?」


「四号は爆発してない。爆発したのは一号」


「そこ訂正するところ?」


 ミラが呆れた顔をする。


 その少し離れたところで、準備をしていたセレナ先生がこちらを見た。


「遊んでいないで始めるぞ」


「はい」


 俺たちは実習場の中央へ移動した。


 今日使う場所は、周囲を厚い防護壁で囲われている。魔法陣の試験中に変な方向へ魔法が飛んでも、外までは届かないようになっていた。


 正面には木製の標的。


 距離は十メートル。


「まず魔力を入れずに投げろ」


「やっぱりそこからですか」


「当たり前だ」


 セレナ先生が俺を見る。


「お前が作った魔法陣は、空中で向きが変われば発射方向も変わる。まず安定して投げられるか確認する」


「分かりました」


 一枚。


 まだ魔力を入れていない紙を持つ。


 投げる。


 ひらひらと飛び、二メートルくらい先で横向きになって落ちた。


「……」


 全員黙った。


「もう一回」


 先生が言う。


「はい」


 二枚目。


 今度は少し強く。


 投げる。


 三メートル。


 裏返る。


 落ちる。


「思ってたより酷いな」


 カイルが言った。


「うるさい」


「俺やってみていい?」


「どうぞ」


 紙を渡す。


 カイルは指の間に挟み、少し身体を捻って投げた。


 五メートルほど飛んだ。


 途中で回転しながら。


「お前も駄目じゃん」


「お前より飛んだ」


「向き変わってるから同じだよ」


「グレイスは?」


「何で私まで」


「三人いた方が分かるだろ」


 ミラも一枚投げる。


 四メートル。


 途中から右へ曲がって落ちた。


「紙って投げるためのものじゃないね」


「今それを実感してる」


 机の上には、作ってきた魔法陣が十枚ほどある。


 このままでは全部、投げる前に用途を失いそうだった。


「先生」


「何だ」


「紙やめていいですか」


「まだだ」


「もう結果出てません?」


「紙そのものではなく、形を変えろ」


「形?」


「投げるなら投げやすい形にすればいい」


 そこまで言われて、俺は手元の紙を見る。


 四角。


 授業で使う普通の魔法陣札と同じ形。


 魔法陣は平面に描ければいい。


 別に四角である必要はない。


「あ」


「気づいたか」


「円形にする?」


「それも一つだ」


「細長くするとか」


「試せ」


 俺はすぐに机へ戻った。


 紙を切る。


 最初は円。


 次に細長い板状。


 最後に、角を落とした少し重心の取りやすそうな形。


 魔法陣を描く場所が小さくなるので、一部は書き直す必要があった。


「レン」


「何?」


「楽しそう」


「今忙しい」


「やっぱり」


 ミラの声を聞き流しながら、三種類作る。


 魔力はまだ入れない。


 まず円。


 投げる。


 四メートル。


 回る。


 駄目。


 次に細長い形。


 指で挟み、前へ。


 思ったより真っ直ぐ飛んだ。


 六メートル。


「これだ」


「まだ標的まで届いてないぞ」


 セレナ先生が冷静に言う。


「でも向きは変わってません」


「なら改良しろ」


「はい」


 少し厚くする。


 二枚重ね。


 今度は七メートル。


 重くした方が安定する。


「紙でもいけるな」


 カイルが言う。


「最初からこうすればよかった」


「最初から分かっていたなら苦労しないだろ」


 先生に言われる。


 それもそうだった。


 さらに形を調整する。


 先端を少し細く。


 後ろを広く。


 投げる。


 八メートル。


 かなり真っ直ぐ。


「これ以上は紙の重さが足りないか」


「魔法陣を使うなら、十メートル飛ばす必要はない」


 セレナ先生が標的を指す。


「何のために投げる」


「相手に近づけるため?」


「それだけか」


 考える。


 俺がこれを作った理由。


 自分で撃つ《圧弾》は方向が安定しない。


 でも魔法陣なら、陣が向いた方向へ飛ぶ。


 だったら。


「自分の手元以外から撃つため」


「そうだ」


 先生が標的を五メートルの位置まで近づけた。


「まずそこからやれ」


「近くないですか」


「投擲武器ではない。魔法陣だ」


 また形にこだわっていた。


 遠くへ投げることばかり考え始めていた。


「分かりました」


 今度は魔力を入れる。


 薄い紙の中へ、俺の暗い藍色の魔力が少しだけ染み込む。


 蓄積陣。


 問題なし。


「発動まで五秒」


「三秒じゃなくて?」


「最初は五秒だ」


「はい」


 遅延陣を起動。


 紙を投げる。


 一。


 紙は真っ直ぐ飛ぶ。


 二。


 三。


 四。


 標的の手前で床へ落ちた。


 五。


 《圧弾》が発動。


 床へ。


 音が響き、紙が跳ねた。


「……地面撃った」


「見れば分かる」


「時間長いです」


「だから分かっただろう」


「何が?」


「飛行中に発動させる必要がある」


 確かに。


「じゃあ三秒」


「やれ」


 新しい一枚。


 魔力を入れる。


 遅延陣を起動。


 投げる。


 一。


 二。


 三。


 空中で陣が光った。


 《圧弾》が正面へ飛ぶ。


 標的。


 命中。


「……当たった」


 思わず口に出た。


「当たったね」


 ミラが笑う。


「もう一回」


 次。


 三秒。


 投げる。


 発動。


 少し右。


 それでも標的には当たる。


「もう一回」


 三枚目。


 今度も成功。


「先生」


「何だ」


「これ、普通に使えます」


「今の条件ならな」


「三回当たりましたよ」


「止まった相手に、五メートルから、誰にも邪魔されずに投げた」


「……」


「戦闘で同じことができるか?」


 嬉しかった気分が少しだけ落ち着いた。


「できると思います」


「なら試せ」


「今?」


「そのためにグレイスとカイルを呼んだんだろう」


 そうだった。


 俺が呼んだ。


 最初は見てもらう程度のつもりだったけれど、せっかく二人いる。


「カイル」


「嫌な予感するな」


「相手して」


「右腕使えないだろ」


「俺は脚と左だけ。お前は剣なし」


「何で俺だけ」


「《圧弾》当たったら痛いから」


「俺には当てるのかよ」


「出力下げる」


「グレイスじゃ駄目?」


「魔法撃たれたら俺が死ぬ」


「死なないよ」


 ミラが普通に言う。


「お前基準は信用できない」


「訓練用まで下げるって」


「それでも嫌だ」


「じゃあ俺か」


 カイルが諦めた。


     ◇


 模擬戦用の防具を着ける。


 俺は右腕を使わないよう、胸の前へ軽く固定した。日常生活ではもう必要ないけれど、戦闘になると無意識に強化しかねないので、教官の指示でこうしている。


 腰には魔法陣札を三枚。


 全部《圧弾》。


 事前に魔力を充填済み。


 発動まで三秒。


 カイルは武器なし。


 身体強化は許可。


「条件は、エルドが魔法陣を一枚でも命中させれば勝ち。カイルはエルドの左肩へ触れれば勝ち」


 セレナ先生が決めた。


「俺かなり不利じゃないですか?」


 カイルが言う。


「避ければいいだろ」


「紙三枚投げるだけだろ?」


「そう」


「じゃあいいか」


 軽く見られている。


 少し腹が立つ。


「始め」


 カイルが動く。


 速い。


 俺も脚へ魔力。


 昨日まで練習していた待機状態から流す。


 最初の一歩。


 早い。


 後ろへ距離を取る。


 左手で札を一枚抜く。


 遅延陣を起動。


 投げ――。


 カイルがもう近い。


「っ」


 投げるより先に避ける。


 右へ。


 カイルも追う。


「三秒長い!」


「まだ起動してないだろ!」


「うるさい!」


 距離を取る。


 今度こそ起動。


 投げる。


 カイルは紙を見た瞬間、横へ避けた。


 一。


 二。


 三。


 《圧弾》が発動。


 当然、誰もいない場所へ飛んでいく。


「……避けるよな」


「避けるだろ」


 当たり前だ。


 公開日の標的は動かなかった。


 カイルは動く。


 しかも発動まで三秒あることも見ていれば分かる。


「あと二枚」


「分かってる」


 二枚目。


 今度はすぐ投げない。


 起動だけする。


 一秒。


 カイルが近づく。


 二秒。


 ここで投げる。


 紙はカイルの横へ。


 三秒。


 発動。


 カイルが身体を反対へ振る。


 外れた。


「惜しい」


 ミラの声。


「今のいいな」


 カイルも言う。


「そっちが褒めるな」


「当たってないからな」


「次当てる」


 あと一枚。


 でもカイルは待ってくれない。


 距離を詰める。


 俺は後ろへ。


 このまま投げても、多分避けられる。


 魔法陣が飛んでいるのを見てから動けばいい。


 じゃあ。


 見えないようにする?


 無理。


 紙は普通に見える。


 なら、避ける方向を決める。


 ミラがやっていた。


 相手の進路を作って、そこへ次を置く。


 でも俺にある札は一枚だけ。


「……一枚でやるしかないか」


 カイルが来る。


 正面。


 俺は左へ動く。


 相手も合わせる。


 さらに左。


 柱はない。


 壁までも遠い。


 進路を限定するものがない。


 なら俺自身を使う。


 カイルの右側へ回る。


 俺がそちらにいれば、カイルは俺を追うために向きを変える。


 あと少し。


 近い。


 左肩を狙って手が伸びる。


 俺は脚へ強化。


 一歩だけ後ろ。


 避ける。


 札を起動。


 一。


 カイルが前へ。


 二。


 俺は札を投げず、左手に持ったままカイルへ向ける。


「え」


 三。


 《圧弾》。


 カイルが慌てて身体を捻る。


 空気の塊が肩を掠めた。


 当たっていない。


 そして次の瞬間、俺の左肩にカイルの手が触れた。


「終わり」


 セレナ先生の声。


「……負けた」


「危なかった」


 カイルが少し離れた。


「最後、投げなかったな」


「ああ」


「それあり?」


「魔法陣なんだから手に持っても使える」


「ずるくない?」


「何でだよ」


 でも負けた。


 当たりそうではあった。


 投げるよりずっと早い。


「エルド」


 先生に呼ばれる。


「はい」


「今ので何が分かった」


「投げなくてもいい」


「それだけか」


 考える。


 最初、俺は携帯魔法陣を投げるものとして作った。


 自分の手元から離れた場所で魔法を撃てる。


 それは使える。


 でも、投げるだけでは相手に見える。


 三秒の遅延もある。


 動く相手なら避ける。


「当てるだけなら、持ったままの方が簡単です」


「ああ」


「じゃあ投げる意味は……別方向から撃てること」


「そうだな」


「相手を動かす?」


 口に出した瞬間、公開日のミラを思い出した。


 相手に当てるためだけではない。


 地面を撃つ。


 砂を上げる。


 火で道を塞ぐ。


 相手の動きを決める。


「魔法陣を投げて、相手が避けたら」


「避ける場所が分かるな」


 カイルが言う。


 そうだ。


 命中させる必要はない。


「もう一回やりたい」


「今日は一戦だけだ」


「右腕使ってないですよ」


「そういう問題ではない」


「まだ疲れてません」


「一度考えろ」


 セレナ先生が言う。


「試すたびにすぐ次をやれば、自分が何をしたのか整理する時間がなくなる」


 言われて、少し黙った。


 最近本当に、いろんな先生から止められる。


 昔なら嫌だったと思う。


 今は、言っている意味が少し分かる。


「分かりました」


「明日の実技で試す機会を作る」


「本当ですか?」


「ああ。ただし、今日の三枚をそのまま持ってくるな」


「改良していい?」


「考えてこい」


 それなら十分だった。


     ◇


 実習場を出たあと、三人で食堂へ向かった。


 夕方の食堂はいつも通りそれなりに混んでいたので、少し奥の席へ座る。俺は夕食前なので軽いパンだけ。カイルはなぜか普通に肉料理を取ってきていた。


「それ夕飯じゃないの?」


「あとで家でも食う」


「よく入るな」


「動いたから」


「俺も動いたけど」


「お前は細いから食え」


「関係ある?」


「あるだろ」


 俺が返事を考えている間に、ミラが飲み物を置いて座った。


「それで、明日どうするの?」


 聞かれる。


「何が?」


「札」


「ああ」


 パンを一口食べながら考える。


「三秒は長い」


「短くする?」


「一秒なら?」


 カイルが言う。


「投げる時間なくない?」


「投げたあと起動すれば」


「遠隔で起動できない」


「ああ、そうだった」


 俺の魔力は身体の外へ出ると方向が安定しない。


 だから事前に起動して投げるしかない。


「二秒?」


 ミラが言う。


「それくらいなら投げられるかも」


「でも二秒固定だと使いにくいんだよな」


 今までは、遅延時間を魔法陣へ最初から組み込んでいた。


 三秒なら必ず三秒。


 五秒なら必ず五秒。


「起動する時に時間変えられない?」


「できなくはない」


「じゃあそれでいいじゃん」


「簡単に言うな」


 でも、できる。


 起動時に流す魔力量で遅延時間を変えるようにすればいい。


 少ない。


 長い。


 多い。


 短い。


「いや、駄目か」


「何で?」


「戦闘中に遅延時間計算するの面倒」


 バルガスさんの言葉が、最近何度も頭に出てくる。


 一人分の頭で足りるようにしろ。


 それなら選択肢は少ない方がいい。


「二種類にする」


「何と何?」


「一秒と三秒」


「何で?」


「一秒は手持ち。三秒は投げる」


 ミラが少し考えてから頷いた。


「分かりやすい」


「だろ」


「札自体を分ける?」


「それが一番楽」


 一秒用。


 三秒用。


 紙の端の形を変えておけば、見なくても触れば分かる。


「一秒用は四角。三秒用はさっきの細長いやつ」


「戦闘中に間違えない?」


「色も変える」


「見るの?」


「見ない。念のため」


 カイルが食事をしながら俺たちを見ていた。


「何?」


「いや」


「何だよ」


「お前らこういう話してる時、急に工房の人間っぽくなるなって」


「俺は魔術科だけど」


「グレイスは魔法科だしな」


「別に学科関係なくない?」


 ミラが言う。


「使うの私たちなんだし」


 その通りだった。


 学院では魔法科と魔術科に分かれている。


 その中でさらに細かい専門へ分かれる。


 でも、実際に何かをやろうとすると、綺麗に一つの分野だけで終わる方が少ない。


 俺の五号だって魔術から始まったのに、今は電気と魔法工学と測定技術を使っている。


 携帯魔法陣は魔法科の技術だけれど、使いたいのは魔術で近接戦をする俺だ。


「カイルも使う?」


 聞いてみる。


「札?」


「ああ」


「使えるなら」


「魔力入れられる?」


「普通に」


「じゃあ使える」


「魔法適性あんまり高くないぞ」


「魔法陣ならほぼ関係ない」


「それ便利だな」


 そう言うカイルを見て、少し考える。


 俺だけのために作っていた。


 でも、別に俺だけが使える必要はない。


「明日、お前にも何枚か作るか」


「いいの?」


「試してほしい」


「俺、魔法陣ほとんど使わないけど」


「だからいい」


 俺と同じ感覚の人間だけで試すより、その方が分かることがありそうだった。


「じゃあ剣持って使う」


「片手空く?」


「剣は右。札は左」


「盾は?」


「持たない」


「ならいけるな」


 カイルが笑う。


「これ結構いいかもな」


「まだ一回も当たってないぞ」


「さっき俺に当たりかけた」


「掠っただけ」


「なら次は当てろ」


「言ったな」


「訓練用出力で頼む」


「そこは分かってる」


     ◇


 その日の夜、俺は魔法陣を十二枚作った。


 一秒用が六枚。


 三秒用が六枚。


 一秒用は普通の四角い札。


 三秒用は投げやすいよう細長くし、紙も二枚重ねにした。


 魔獣血インクで陣を書く。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 同じ陣を何度も書いていると、最初よりかなり速くなる。


 それでも十二枚は多かった。


「……面倒だな」


 六枚目を超えた辺りで普通に後悔した。


 使い捨てにするなら、使うたびにこれを作る必要がある。


 戦闘で毎回十枚使うなら、そのたびに十枚。


 魔獣血インクはそこまで高くない。


 紙も安い。


 問題は俺の時間だ。


「これ、量産できないかな」


 魔法陣は精度が必要になる。


 でも同じものを何枚も作るだけなら、毎回手で書く意味は薄い。


 工房に複製用の魔法器具があったはずだ。


 原版を作り、それを転写する。


 家庭用の印刷より精度が必要だけれど、簡単な《圧弾》くらいなら使えるかもしれない。


 明日セレナ先生に聞く。


 忘れないように紙の端へ書いた。


 七枚目。


 八枚目。


 そこで右手が少し疲れた。


 痛みではない。


 ただ長く筆を持っていたせいだと思う。


 一度手を止める。


 右腕を見る。


 以前なら、この程度ならそのまま続けていた。


 今は少し考える。


 怪我の影響なのか。


 普通の疲れなのか。


 分からない。


「……今日は十枚でいいか」


 二枚減らす。


 カイル用は四枚。


 俺も六枚あれば足りる。


 明日の授業で全部使い切るとも限らない。


 残り二枚を書かないことにした。


 たったそれだけなのに、少し変な感じがした。


 途中でやめる。


 できるのにやらない。


 少し前なら、それが妙に気持ち悪かった。


 今も完全に平気ではない。


 十二枚作ると決めたなら、十二枚作りたい。


 でも十枚でも困らない。


 なら今日は終わりでいい。


 筆を洗い、インクを片付ける。


 机の上には十枚の札が並んでいた。


 これまで俺が魔法を使う時は、当てることだけで精一杯だった。


 詠唱して。


 魔力を外へ出して。


 形を作って。


 撃つ。


 そして外す。


 だから、まず当てたいと思っていた。


 魔法陣なら当たる。


 それで一つ問題が終わると思っていた。


 今日、カイルとやってみて分かった。


 当たるだけでは足りない。


 相手は動く。


 避ける。


 近づいてくる。


 俺が魔法を使うまで待ってくれるわけでもない。


 でも、それは少し嬉しかった。


 魔法が当たらないというところで、ずっと止まっていた。


 今はようやく、その次のことで困っている。


 どうやって当てるか。


 いつ使うか。


 相手をどこへ動かすか。


 魔術とどう組み合わせるか。


 考えることが増えた。


 俺は机の上の札を一枚持ち上げる。


 ただの紙。


 そこに《圧弾》の陣が書いてあるだけ。


 自分で魔法を撃てるようになったわけではない。


 明日になったら、やっぱり自分の《圧弾》は変な方向へ飛ぶだろう。


 それでも。


 今までより、一つ先へ進める。


「十分だな」


 紙を机へ戻した。


 今日はもう寝る。


 五号の設計図にも触らない。


 身体機能学の本も開かない。


 明日の授業で試してから、また考えればいい。


 灯りを消してベッドへ入る。


 しばらくすると、明日カイルが札をどう使うのか気になってきた。


 剣を持ちながら。


 左手に札。


 相手へ近づいて。


 そこで《圧弾》。


「……いや、明日でいい」


 考えるのをやめる。


 今度はちゃんと、そのまま眠った。


私は飛び道具が好きだぁ・・・

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